第74話 貿易港ゴルドラフ-3-
購入した商品の宅配手続きや武器整備を終えた三人は、大通り近くの路地へと移動していた。
今晩の婚姻披露祝賀会でのクリスの衣装の為である。
既に昨日、祝賀会への出席を決めた時点でランムデールが手配をしていた、貿易港ゴルドラフで貴族御用達のドレスショップ。
クリスがファビディアナンドと婚約していた時も幾度と利用していたブランドだ。
勿論当時は屋敷にショップの外商が足を運んできていたのだが、今のクリスは自ら赴くしかない。
婚約破棄された後クリスの扱いがこの街でどうなっているか、クリス本人も多少は不安ではあったが、男爵である伯父やランムデールの権威は残っていたらしい。
茅峨の朋斗を店の近くで時間を潰すように促し、クリスはドレスショップの前に佇む。
日が傾きかけた夕刻……フィッティングの予約時間だった。
「ふふ、わたくしった従者も連れずに……あら? でも監視の朋斗ってもしかして会場に同行必須なのかしら……?」
自分で扉を開けようとしてふと思案する。その時だった。
「クリス様」
懐かしい声に目を見開く。
一瞬の間のあとに振り返ると、いつの間にか店の前に一台の馬車が停まっている。
「エ……エウリュディーケ……!?」
「そうです。お久しぶりですね、クリス様」
窓から覗くその顔は、以前と変わらないあどけなさを持つ友人だった。
「あ、貴女……! こんなところで何をしているの!? 今日は……いえ、外に出て身体は大丈夫なの……!?」
馬車の窓に駆け寄るとエウリュディーケはにこりと微笑んだ。
(あ、つい普通に話しかけてしまったわ……!)
――数ヶ月前の婚約破棄の場、ファビディアナンドにしおらしく寄り添いながら、クリスを壇上から見下ろしていたあの顔。
勿論覚えている。
覚えているのだが、それよりもエウリュディーケと長く過ごしてきた、屋敷の侍女であり友人である笑顔の方が記憶に優っていた。
「そんなに慌てないでクリス様。身体は全然大丈夫」
そう前置きをして、彼女は懐かしそうにクリスを見つめる。
「ファビディアナンド様が貴女を招待したと聞いて。だから、会いたくなってしまって」
「…………エウリュディーケ」
「貴女が居なくなってから気が付きました。クリス様のことが、あたしの心の支えになっていたんだなって。本当に友人だったんだと。クリス様があたしに明るく沢山のお話をしてくださった時間……本当に楽しかった」
その言葉にクリスは複雑な表情を浮かべた。
「……貴女はファビディアナンドが好きだったの?」
その問いかけにエウリュディーケはただ無言で笑みを作る。
そして手にしていた扇を口元に当て、クリスの耳に唇を寄せた。
「……クリス様。今夜屋敷が騒ぎになりましたら、すぐにお逃げください」
「え?」
「東の勝手門は人払いがしてあります。どうかそこから」
それだけ告げるとエウリュディーケはふわりと身を引く。
もう一度だけ微笑んで、馬車は出発してしまった。
「エリュー……?」
夕陽で橙に照らされる路地、言葉の意味が飲み込めずに、クリスは暫く立ち尽くしていた。
「うん、分かった……じゃあ後で!」
ドレスショップの近くの歩道で、茅峨が端末での通話を終えた。
朋斗が首を傾げる。
「今のって嘉神じゃないよな?」
「うん。嘉神が呼んでくれた、クリスをフォローしてくれる人」
……だが恐らく茅峨と対面したときに指名手配の件を言及されるだろう。
嘉神からある程度の事情は聞いたと本人は言っていたが、一体どれくらい説明されたのだろうか。
(ちょっと会うの怖いかも……)
と端末を見て苦笑していたので、茅峨は曲がり角から現れた人影にぶつかってしまった。
「わっ」
「……あァ?」
それは筋骨隆々の大男だった。あまりの背の高さに山のように見上げる。
「すっすみません……!」
大男は茅峨の手元、小さな機械の端末に目をやった。
「オイオイ……嬢ちゃん、それ。高価なの持ってんじゃねえか」
茅峨はその声色に思わず身構える。この話し方がどういう方向性なのか、よく身に染みているものだった。
「えっと……」
端末を両手の中に収めた茅峨と、一歩後ろにいた朋斗は無言で様子を窺う。
「ねえ、ここで無駄に絡むのは良くないと思うけど。それに子供だし」
大男の後ろからひょっこりと、別の痩せ型の男が顔を出す。
それに続いてもう一人、フードを被った男が横から大男の脛を結構な勢いで蹴り付けた。
「痛ッて! わぁってるよ冗談だって!」
大男は絡みかけた茅峨にはもう目もくれずに歩き出す。
痩せ型の男が茅峨に対して目を細めた。
「ごめんね?」
何事もなかったように男達は去ろうとしたが、突然フードの男が踵を返してこちらに戻って来る。
「?」
そして茅峨の目の前に立ち、やや屈んで顔を覗き込まれた。
男の肩には黒い猫が乗っている。だがペットにしてはなんだか妙な気配が……
「……オマエ、茅峨・斎宮?」
「!?」
それはごく小声だったが、不意に名を当てられ驚愕した。
正直茅峨の外見で一番目立つのは髪が青いことなので、見た目の変装も相まって顔の造形だけで把握されるとは思っていなかった。
「ちが、います……けど……」
「変装してんだ? まそりゃそーか、大変だな」
男の声色は笑っている。
深いフードで顔はあまり見えないが、若そうな口元と振る舞いだ。
「おいコラテメーがガキに絡んでどうすんだよ! 置いてくぞ!」
少し先で大男が呼んでいる。
「安心しろよ、黙っててやるから。お互い気をつけようぜ」
「……えっ?」
フードの男はそれだけ言って、他二人の元へ戻っていった。
男達の背を茅峨は唖然と見送る。
「……茅峨? あいつになんか言われたのか?」
「お…………俺のこと、ばれた」
「は!?」
街の喧騒で男の声が聞こえていなかったらしい朋斗は飛び上がる。
「まっマズいだろそれ!」
「で、でもなんか黙っててくれるみたい……俺を捕まえるって言い方じゃなくて……」
「黙っててくれるってそんなことあるか……!?」
信じるには怪しすぎるが、あの男自体も堅気ではないような空気感はあった。
それに茅峨だと分かって捕まえるなり周囲に言いふらすなりするなら、この場ですぐ行動を起こすはずだ。
「あの人の肩に乗ってた猫も変な感じだった……」
「肩のって……あれは、魔物だろ。つーかさっきのでけぇ男もなんかどっかで見たような……」
「え?」
茅峨は不思議と既視感を覚える。
黒い猫のような魔物……
「……ここに居たのですわね!」
背後から声が掛かり、二人が振り向くとクリスが走って来ていた。
フィッティングは終わったのだろうか? だがドレスを着替えてそのまま会場の屋敷に向かう予定だが、まだ昼間と同じドレスだ。
「朋斗! すっかり盲点だったのですが、貴方わたくしの監視担当なんですから一緒に祝賀会に出席しますわよ!!」
「は……」
そう捲し立てられ、一瞬朋斗は内容を理解出来なかった。
「はあ!!?」
「ミヨにも参列して頂きたかったのですが、流石に手配中のリスクは避けられません……残念ですが朋斗だけお借りしますわね!」
「え、あっ!うん……!」
クリスは問答無用で朋斗の背後に回り込み、背中をぐいぐいとドレスショップの方へ押していく。
「おっ……いや、え!? 俺がフォーマル着るってこと!? 貴族に紛れて!? うそだろ!?」
「心配ありませんわ、全てこちらで整えますので! それに貴方、案外目鼻立ちイケてますわよ! 自信持ってくださいな!」
「自信とかそういう問題じゃねーんだけど……!!」
朋斗はあからさまに青ざめて茅峨を見る。
が、茅峨は茅峨で「わぁ、似合うだろうなぁ」的なざっくばらんなことをキラキラと言っており、朋斗は庇い立てがないことを察した。




