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第75話 祝賀会-1-


 御者以外の家の者には告げず外出していたエウリュディーケは、クリスと話した後はすぐ屋敷に帰宅し、裏手から自室へと戻った。


 今日の為の準備は全て終えている。

 少し暇が出来たので大きなソファで読み物をすることにした。


 ハードカバーではあるがやや小ぶりの本で、内容はファンタジーだ。

 数日前から読み進め、物語は丁度佳境、そして最終章へ。

 細い指でページをめくる。


 ……ああ主人公は報われてハッピーエンドだ。けど幸せや爽やかさよりも、どこか懐かしさを感じる。


 うんなるほど、これは教訓めいた話なのかもしれない。

 幼い頃、両親に読み聞かせて貰った童話もそんな感じだった。


 ――弱者を虐げるべからず、さもなくばその身は反転する。

 そんな教訓。



「……そろそろかな?」

 顔を上げると予定の時間ぴったりに扉をノックされ、入室許可後に一人の侍女が訪れる。


「エウリュディーケ様。支度のお時間です」


 ゆっくりと本を閉じた。


「あら。そちらの物語、如何でした?」

 この本自体は以前に、この侍女がお勧めだからと持ってきてくれたものだ。巷で流行している作家の一冊らしい。


「楽しめました。能力のある者が正当に評価されず追放され、のちにレッテルを覆す……追放を下した者に慈悲を与えない所も良かった」


 気に入ったシナリオ部分を口にしてみると、侍女は少し苦笑した。もしかしたら主人公の恋愛要素について話した方が良かったのかもしれない。


 それはそれとして、エウリュディーケは作品に別の人物の面影も重ねていた。


「……主人公の境遇は、幽閉を告げられたクリス様を思い出しました」


 それを聞いた侍女はほんのりと目を丸くしてから、思わず笑い声を漏らす。


「ふふ、あのお方には若様を補佐する能力がありませんでしたので、追放しなければ良かった……などといった逆転の展開はありませんよ」


 エウリュディーケは少しだけまばたきを止め、ただ無言で侍女を見上げる。


「……そうね。ここは物語ではないもの。クリス様は聖女じゃないし、存在を受け止めてくれる隣国の伯爵も勇者もいない。貴族行政に貢献する能力も持たないから、此処に戻ってきてくれなんて誰も言わない」


 そう独りごちて、エウリュディーケは大きな腹を抱えながら立ち上がった。


「……誰も言わないから価値がない、っていうのはすっごく浅はかだけどね」


 その言葉は小さく、彼女の着替えの支度を進めている侍女には聞こえなかったようだ。

 窓の外を見上げる。


 日は落ち。

 空の橙が紺色に侵食されていく。










 茅峨達はクリスの立場をフォローしてくれるという、嘉神が仲介した人物との待ち合わせ場所まで来ていた。


 クリスは深い赤の宮廷ドレスを纏っており、髪も艶やかに巻き直していて、派手な顔立ちも相まって気迫がある。

 ……ということを朋斗が本人に伝えると、「それ褒めてるんですの?」と微妙な顔をされた。

 そんな朋斗は髪をアップバングに着慣れないフォーマルの装いで、ずっと窮屈そうな顔をしている。

 茅峨だけはそのまま少女の服装だ。


 ゼムストリスの屋敷にほど近い、白い石のモニュメントの立つ場所。

 目の前の大通りでは馬車が行き合っており、そのほとんどがゼムストリスの門を潜っていく。祝賀会の来賓達だろう。


 そして待ち合わせのモニュメント前には従者らしき老人と、金髪碧眼に黒のフォーマルスーツを着た男が立っていた。


「すげえ男前が居るんだけど……」

「……視線、集めちゃってますわね……」

 二人は思わず呟く。

 明らかに周りの空気が違ってキラキラしているし、通り過ぎる通行人にもさりげなく見られている。


 その男がこちらに気付き、やや戸惑った表情をした。


「ロアンさん……!」

 茅峨が男の名前を呼んで近くまで駆けて行くので、朋斗とクリスは彼が本当に待ち合わせの相手だったのか、と少し汗をかいた。


「茅……ああいや、ミヨって言ってるんだっけ。君さ……」

 ロアンと呼ばれた男は従者の老人を下がらせたあと茅峨に近付く。目線が合ったと思ったら茅峨は彼に両肩口を掴まれた。


「君、ヤバいことになってるよね!? 嘉神から聞いた話だけでもかなり綱渡りな選択してるぜ!?」

「あ、は、はい! そうだよね……!?」

 色々と自分の現状に麻痺しているが、目の前で驚かれて茅峨も半笑いになる。


 金髪碧眼で秀麗な顔の人物……ロアンは茅峨がネハラ村で倒れ、近くの町で少し療養した時に同席した嘉神の同僚だ。

 その時は白衣の姿だったし、身なりも一般的だったのだが……


 こうして端正なヘアセットと衣装を着ていると身分の違いを実感する。

 それに顔立ちも相まって、以前リディアが、彼が嘉神と共に巷で好意を寄せられがちだったと言っていたのを思い出す。

 暫く茅峨は見上げつつ口を開いた。


「前に会った時と違っててびっくりした……すごく素敵です……!」

「そう? なら良かった。社交はずっと兄貴に任せきりでさ、付け焼き刃で不安だったんだよね……それより驚いたのは俺の方だよ」

 その格好、とロアンは茅峨のいでたちを指差す。

 茅峨が少女の変装していることはあらかじめ通話で伝えていた。


「あはは……来てくれてありがとうロアンさん、本当は出席じゃ無かったって聞いたけど……」

 その茅峨の言葉にロアンはやれやれと首を振りつつ微笑む。


「それはいい、ゼムストリス家の動向はウチも気になってはいたから。で、そちらのお嬢様が男爵家の……クリストファー嬢か?」


 少し離れたところで様子を窺っていたクリスが、ロアンと目が合って反射的に身を竦ませる。


 クリスの元へと歩み寄ったロアンが、先立って口を開いた。

「挨拶が遅れて申し訳ない。ロアノルド・ヴァレリーだ。今日は尽力をつくすつもりだが、至らないところがあれば遠慮なく言ってくれ」


 ロアンは穏やかに微笑む。

 それを見上げながらクリスは自分の萎縮さを実感した。


 以前は貴族相手にもこんなに身構えることはなく、むしろクリスの性格的にも常に堂々としていたものだ。


 煌びやかな周囲、着飾る貴族達の目線。

 ……数ヶ月前のあの婚約破棄の場は、クリスの精神面に未だ(こた)えている。


(……情けないですわね。幽閉への異議と主張はまだ始まってすらないのに)


 けれどこんなところで気後れするわけにはいかないのだと、クリスは赤い瞳の中にロアンを捉えた。


「……クリストファー・ジアルクエですわ。ロアノルド様、お会い出来て光栄です」



 貴族然とした二人の挨拶を見ながら、朋斗は茅峨に話しかける。


「なぁ、貴族の家柄とかよく分かんねえんだけど茅峨は知ってたのか?」

「ううん、俺もロアンさんが貴族だってさっきの通話で初めて聞いたよ」


 仕事の同僚だとはいえ、ロアンは国賓の立場の嘉神とかなり親しく、王女であるリディアもロアンのことを知っていた。

 そう考えると確かに、貴族身分だったと言われれば納得出来る。


 ロアンがクリスと少年二人に呼びかけた。


「さて、祝賀会までもう少し時間がある。場所を変えて一通り情報共有しようか」




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