第72話 貿易港ゴルドラフ-1-
昨晩、ランムデールが手配した寝台付きの馬車に乗り、クリストファーを含む三人は湖畔の屋敷を出立した。
屋敷を出る前にランムデールとクリストファーが少し会話をしていたが、それらを少年二人は彼女達のことだからと深くは聞いていない。
話題を逸らすように、貴族令嬢のクリストファーと庶民の男子が同じ馬車で大丈夫なのかと訊ねると、
「なにも問題ありませんわ!」
と景気良く返事が返ってきた。
馬車で一泊した後に着いたのはゼムストリス侯爵家が治める街の一つ、貿易港ゴルドラフ……
あまり海に面していないクレオリアにとって、数少ない港だった。
潮の香りを含んだ風が、ゆるやかに街を抜けていく。
白い石造りの街並み。
貿易港とされているだけあり、露店に並ぶ果物や香辛料は見たことない物や香りが多い。
港に向かう大通りは、淡いレンガ畳みの緩やかな坂道になっており、荷を引いた馬車や商人、冒険者達が絶えず行き交っている。
坂下の方角、日差しを受けキラキラと瞬く海には、帆を下ろした船がいくつも停泊しているのが見えた。
しかし街が広すぎて実際港までは距離があり、今回用向きの侯爵の屋敷も海からは逆方向だ。
「海、見に行きます?」
とクリストファーが訊ねると、少年二人は存外興味が無さそうだった。
「と、朋斗はまぁ、どうでも良さげですけど貴方も興味無いんですのね」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
山岳、岩山、林ばかりが周辺にあったネハラ村とは真逆の景色。
人の活気で覆われ、自然の声はあまり聞こえない。
巨大ディスプレイのあったレイライムズも大きな街だったが、ここは異国の混じりや開放感があるからか、茅峨はこの空気感に慣れずに面食らうばかりだった。
(……ネハラから更に離れたから? それとも人波がすごいからかな……なんだか落ち着かない感じ……)
目立たないように胸の辺りを少し掴んで周りを見る。
本当に人が多い。
きょろきょろと覚束ない茅峨を見て、朋斗は何故かにやりと笑った。
「ど、どうしたの?」
「いや、おまえ不安そうだなって」
そう言いつつあまり心配はしてなさそうだ。
朋斗の肩の上では、リィが久しぶりの明るい太陽に眩しそうにしている。
「不安、なのかな。そうかも……見たことない建物とか、ちょっと派手な人がいっぱいでドキドキする」
「田舎から都会に出てきた人じゃん」
建物が高くてずっと上見ちゃうやつだわ、と言いながら朋斗はおかしそうに笑った。
困惑している茅峨の後ろからクリストファーが顔を出す。
「ねえ、少しあの店に寄っても構いませんこと?」
クリストファーが指を差したのは、細めの路地にイーゼルの看板を掲げた、年季のある佇まいのアイテム屋。
二人が許可すると、クリストファーはウキウキとその店へと入っていった。
店は二階建てのようだ。
深い茶の木造りの扉にはベルが付いていて、扉の開け閉めにカラコロと不思議な音を立てる。
「クリストファー様、ここって……」
彼女に続いて店に入った茅峨の顔の前に、クリストファーは人差し指を向けた。
「敬称はもう要らないと言ったでしょう。これから暫くは同行者なのですし、身分も面倒なので気にしなくて構いません!」
ハキハキと話し、己の胸元に指先を当ててクリストファーは茅峨を見下ろす。
……クリストファーの方が少しだけ背が高い。
「ですのでわたくしのことはクリス、と気兼ねなく呼んでくださいな」
にっこりと微笑むクリストファー……改めクリス、は楽しそうだ。
イスラの森から外界へ出るのはいつぶりなのだろうか。
「あんた、一応顔割れてんだから大人しくしてろよ?」
「茅……じゃない、ミヨはあんたとか呼び捨てじゃなく愛称で呼んでくださいますわよね?」
「えっ? は、はい……」
圧だ。笑顔なのに圧がある。
朋斗の言うように、ここゴルドラフの街の入り口では門番による検問があった。それはべつに普通のことだ。
レイライムズもそうだったが、それなりに大きな規模の街には守衛や門番がいる。
その仕事は主に外界からのモンスター侵入の監視や追い散らしではあるが、指名手配の見当も行なっている。
また今日はファビディアナンドの祝賀会でもあるので、通常よりも検問が真面目だった……とは、門近くにいた冒険者の談だ。
茅峨は現在少女の外見であることと、ギルド登録とリンクして少しの実績があったのでスルー。茅峨自身、「えっ大丈夫なのかなこんな検問で……」という気持ちになった。
あとギルド登録を偽名にしておいて良かったなと今更ながら思った。
しかし、クリスは止められた。
ファビディアナンドの元婚約者。ジアルクエ男爵系譜の彼女は、その人相と現在幽閉中の過程まで全てが侯爵家敷地の者に控えられているのだろう。
「ファビディアナンド様から招待状を頂いたのですわ」
そう説明し当人から送られた招待状を見せても門番は何故か納得しない。
それどころか彼女が勝手に乗り込んできたと思われてしまった。
その様子に茅峨は小声で呟く。
「もしかして元婚約者を招待してること、周りにちゃんと伝えてないのかな……?」
「有り得ますわね……ジブンがいちいち招待したのなら家来に周知させとけよって話ですわ……!」
クリスは手に持っていた招待状をグシャリと潰した。
「ふっまあいいですわ。わたくしにはこちらが有りますので!」
懐から堂々と出したのは『保護観察許可通知書』。そんな高らかと出す物でもない気がするが、これにより門番とのやり取りを一蹴した。
「“クリストファー様が来てる”ってこと、祝賀会に来る偉いさんとかも知らない可能性があるんだろ? 変に目立つとややこしくなるぜ」
アイテム屋の店内、朋斗は訝しげにそうクリスに忠告する。
「そうは言っても、招待してきたのはアイツですのよ? ……もしかしてノコノコやって来たなどとわたくしを嘲笑うつもりで……?」
クリスの表情がワナワナと険しくなる。
もしその想像が当たればファビディアナンドはかなり性格が悪い。
いや元々性格が良いわけではないが。しかし奴はその傾向ではないとクリスは被りを振る。
「アイツは直情短絡的のアホですけど、妙に正義ぶってるところがあるんですわ。だから異端の力を幽閉したり……なんにせよ、今日はファビディアナンドときちんと話さなければ」
そう言って顔を上げる。
だがここはアイテム屋。しかも老舗らしい。
錬金術が趣味のクリスにとって、心躍る場所である。
「……それはそれとして、奥まで見て回っても?」
彼女はそう言って気もそぞろに笑みを作った。




