第71話 違う魔法-2-
茅峨の部屋。
少年二人はソファに座って、四角い端末は目の前のローテーブルに置かれている。
スピーカー状態の端末から嘉神の話が続く。
『貴族というのは面子や体裁、威厳を保とうとする。それが物事の筋とは多少ずれても、庶民の支持の方が主に重要らしい。昔ロアンから聞いたことだが』
「ロアンさん?」
以前茅峨が町のベッドに居た時に話した、嘉神の同僚の男性だ。そういえば茅峨に、話し方を気にするなと言ってくれた人でもある。
貴族は未だ爵位を持つものから地方末席まで様々だが、身分が高ければそれだけ下手な始末が公になった場合、バッシングは免れない。
『ましてや今は爵位返還が進められている。他の民と統一身分になるかもしれないこの時勢に、民間から反感を買う状態は避けたいはずだ』
「う、うん……??」
話の流れが読めず、茅峨は疑問符を飛ばしている。
「わりぃ嘉神サン、茅峨がよく分かってねぇ……つか俺もよく分からねぇんだけど、どういうこと?」
『つまり、民間や下位貴族の視点を味方につければいい。その侯爵家の嫡男が令嬢に寄越したレッテルが、正式な対処であるのかどうかを』
「み、味方。クリストファー様の立場に付いてくれそうな人を探すとか……?」
『いや、もっと単純だ……ゼムストリスの名前には丁度聞き覚えがあってな』
「?」
『明日パーティを開くのだろう? 私がそちらに行けたのなら魔法使いの処遇の証明として早かったかもしれないが、生憎私個人と貴族は関われない。仕事も詰まっているしな……』
嘉神の声は少し溜め息混じりだった。
「あれ? 明日パーティだって俺言ったっけ」
『いや。それもたまたまロアンがな……丁度いいから出席者にそちらのフォローを頼んでおく。お前達も行くなら会場付近で合流するといい』
ということは、クリストファーの味方になるような誰かと会わせてくれるのだろうか。
『……まぁ、民間や貴族を味方にとは言ったが、内々の話し合いでゼムストリスの嫡男が令嬢の処遇撤回を行うのが一番円滑なのだがな』
確かにそうだが、クリストファーからファビディアナンドの性格を聞いている手前、そう簡単に処遇発言を覆すとも考えにくい。
「つかいきなりの話なのに嘉神サン、こんな対処してくれるのやばくねえ? なんで?」
やや驚きながら朋斗が口をつくと、嘉神は声色を変えずに言った。
「なんでと言われても、私は少し案を広げただけだ。それに魔法石に関しては他人面が出来る立場ではないからな……」
いつだったか、嘉神は己が魔法が使えることについて特異体質だと言っていた。
「それはクリストファー様と同じで……嘉神も魔法が使えるから……?」
……嘉神もクリストファー同様に、実験の被験者で魔法石が身体にあることの示唆なのだろうか。
それを今聞くのは躊躇われたが……
(……ううん、嘉神ってクレオリアの人じゃないはずだよね。だから、実験とは関係ないような……)
『すまない、そろそろ仕事に戻る時間だ』
つい考え込んでしまっていた茅峨は慌てて顔を上げる。
「あっうん! 忙しいのにありがとう……!」
『……あまり無茶なことはするなよ』
そう告げられると、通話の向こうは無音になった。
ソファの背にぽすりともたれた朋斗が苦笑をする。
「嘉神ってもしかして茅峨にちょっと過保護?」
「え、そう……?」
「急な話なのに明日クリストファーをフォローしてくれる人寄越してくれるって、かなり手厚いと思うぜ」
確かに、突然の相談だったし嘉神になにか明確な利点があるというわけでもない。
嘉神と魔法石の関係は気になるが……
「あっ!」
「どっどうしたよ」
「俺、嘉神に未族のことで分かったことがあったら言うって言ってたのに。蟹の所で未族の男の人にも会ったし、保守派とか貴族の繋がりもありそうな話、伝えたらよかった」
完全に失念していた。
嘉神が欲しい未族の地への情報というわけではないが、嘉神は聡いのでこれだけでも方向性の材料になったかもしれないのに。
「まー今は忙しそうだし今度でいいんじゃね? とりあえず明日、クリストファーとその来てくれる誰かさんと話擦り合わせて、どうファビと交渉するかだよな」
「う、うん。クリストファー様がファビディアナンドさんと話せるのって明日しかないだろうから……」
嘉神の魔法使いとしての待遇とクリストファーの格差を、上手く交渉材料に出来るのなら……
しかし、嘉神の言う民間や他の貴族を味方につけるというのはどうやって……?
頭を傾げていると、トントンと扉をノックされた。
「お二人共、そちらにおられまして?」
茅峨が扉を開けると、きりりと眉を上げたクリストファーが立っていた。
「貴方達、今晩ゴルドラフに向かって出立致しますわよ! 準備をしておいてくださいな!」
赤い瞳に豊かな金髪。
そんな彼女を見て、茅峨はなんとなく問いかけてみる。
「あの。クリストファー様も、色を変える魔法や、状態異常の解除が出来たりする?」
唐突に尋ねられ、クリストファーは「はぁ?」と首を傾げた。
「色変えって、なんですのそれ」
きょとりとした反応に、茅峨と朋斗は一度まばたきをする。
「ええっと雨に濡れないようにする魔法とか、魔法で宝箱の鍵を外したりとか」
「鍵を外したりってなにそれヤバ」
朋斗が茅峨の横で仰天した。
「ええ? それ魔法ですの?」
「本人は魔法だって言ってた……」
「そんな器用なこと出来ませんわよ、なんでも屋じゃないんですから。というかほ、本人って、そんなこと言ってるのはどこの誰なんですの!」
「か、嘉神が……国賓の人、なんだけど」
その名前を出すと、クリストファーの表情は明らかに不機嫌になった。
「グレイドル卿が……?」
「え……嘉神っていう名前じゃなくて?」
「……例の御方はカガミ・グレイドルだと聞いていますけれど」
フルネームを初めて聞いたが、聴き慣れないファミリーネームに卿とまで付くとなんだか遠い存在みたいに感じる。
クリストファーは渋い顔のまま口を開いた。
「……前に、ファビディアナンドが言ったんですの」
――彼の卿と、貴様が同じ能力の立場を持ち得ているとでも? 驕りも甚だしい!
(忘れていない。わたくしが魔法を発現した時、調べてくれると言ったのに、あの手のひらの返しよう)
「わたくし、もう……悔しくて」
「……悔しい?」
「ファビの奴、まともに調べたかも怪しいですわ! そもそもグレイドル卿のことすらどうせ碌に知りもせずわたくしと比べて……!!」
クリストファーが何かを思い出したのか両拳を握り締め憤り始めてしまったので、茅峨は焦るし朋斗はやや引いている。
「卿がなんだっていうんですのよ! まぁわたくしもそんな男逢ったことありませんけど!!」
「そんな男って言っちゃったよ」
「絶対ぜったい、わたくしの方が派手で華やかな魔法ですわ!! 兵器じゃなかったらイベントの花火にシフトしたいくらい!!」
「ええ!? お、落ち着いてクリストファー様」
ひとしきり文句を言い、肩で息をする。
「……失礼、取り乱しましたわ」
「クリストファー様って……」
「めんどく……じゃねえ、激情型だよな」
しかしクリストファーの魔法と嘉神の魔法は、用途や技能が明らかに違うようだ。
「わたくしの魔法は攻撃特化です。ですのでそんな色変えなり雨に濡れないとか……便利そうで羨ましい限りですわ!」
「魔法を応用して……とかじゃ無理なの?」
その疑問にクリストファーは口を尖らせて両腕を組む。
「魔法石を埋め込む実験はあくまで軍事用。人間に大砲を搭載すると言えば分かり易いかしら。出来るのは属性を繰り出し操ること、そして攻撃する、ほぼこれだけですわ」
「……あれ? それって逆に、嘉神の魔法は軍事と関係ない……?」
「……」
小さく呟く茅峨だったが、隣の朋斗からは深掘りするとロクなことなさそー……という感情が顔から滲み出ていた。
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