第70話 違う魔法-1-
屋敷のエントランス上でわなわなと震えながら、クリストファーが口から文句を漏らす。
「アホだアホだと思っておりましたが、追放状態の元婚約者に本当にこんな招待状を寄越しやがっ……送ってくるとは、イカレ……どうかしてるんじゃないんですの!?」
クリストファーは侍女から渡されたその場で文書を読んでいたので、彼女の剣幕に侍女は汗を飛ばす勢いで焦っている。
そのエントランスをたまたま通過しようとした少年二人、朋斗は絶対面倒事だと思いスルーしかけたが、隣に居た茅峨がクリストファーに声を掛けてしまった。
「どうしたの? クリストファー様」
「ちょ聞いてくださいな!! あのファビ……わたくしを婚姻祝賀会に招待して来ましたのよ!! 幽閉中のアナタもなんと特別に!今回だけ!とかゴチャゴチャと!!」
文書を握り締め、勢いで捲し立てたクリストファーの綺麗な顔はとっ散らかっている。
「え! それじゃあクリストファー様、外に出られるの?」
「根本的な解決には全然なっていませんわ! こっちが正式に保護観察手続きの最中だというのにあの男、また権限だけ振り翳して……」
ブツブツ文句を言っているクリストファーだが、朋斗はふと顔を上げる。
「でもそれってチャンスじゃね? クリストファーを幽閉に追いやってるのはそのファビなんだろ。幽閉を解く交渉が直に出来るんじゃねえの」
「うぅんそう上手く出来る気はしないのですが……」
クリストファーを幽閉するに至った原因は侍女への対応と、異端の魔法使いだという発覚である。
「エリュー……侍女のことは元より、魔法については交渉材料がまだ有りませんわ。しかも祝賀会は明日ですのよ!!」
もっと時間があれば発言の裏付けや公的記録を引っ張り出してこられたのに……だとか、無茶振りにも程がありますわ! だとかクリストファーは再び苛立っている。
「……嘉神に相談してみようかな?」
茅峨がぽつりと呟いた。
「魔法のことやそれを使う人の立場とか、詳しいかもだし……」
「まーあのヒト当事者だしな」
不機嫌極まりないクリストファーに、侍女がもう一通手紙を渡す。
「……えっ!? これは保護観察許可証!? 申請が通ったのですわね! どっどうしてこちらを先に渡してくれなかったんですのよー!」
ファビ云々よりこっちの方が重要ですわ!! と嬉しそうにするクリストファーに、侍女はホッとして微笑んでいた。
そんなクリストファーを背に、茅峨と朋斗はいそいそと茅峨の寝室へと戻る。
「ファビの許可は祝賀会の日とその場所に行くことだけ幽閉を解くってヤツか。絶対無理くり通したんだろうな」
「すごく断定的だけど……クリストファー様は参列するのかなあ」
クリストファーは嫌そうではあるが、あくまでも彼女は貴族だ。
「行くと思うぜ。相手は侯爵家だし、貴族の上下関係とか断れない確執もあるんじゃねえかな」
そんな話をしつつ部屋の扉を閉め、茅峨はワンショルダーの鞄から小さな端末を取り出す。
嘉神から渡された通信端末だ。
何かあればこれで呼び出してくれ……と言われたのだが、しかし。
「これ……どう触るんだろ……」
手のひらに収まる四角いサイズに、少ないボタンらしきものと黒いガラスの画面。
電子機器というものにほぼ触れてこなかった茅峨は、端末を撫でてみるもののよく分からない。
きっと高価な物だろうし変にいじって壊れないかも不安だ。
「えっと……」
人差し指でひとつボタンを押すと、黒い画面に明かりが点いた。
画面にもいくつかアイコンが並んでいて、またそれを人差し指で押してみると、よく分からない文字列の画面が現れる。
「????」
「あーちょっと貸してみ」
横から朋斗が覗き込んできたので端末を渡す。
朋斗がぽちぽちと画面に触れるたび、画面が茅峨が把握出来ない流れで切り替わった。
「……ん、こうじゃね。あとはここ押したらいいと思うわ」
画面に嘉神の名前と丸いアイコンが表示されている。
「わっ……すごい、朋斗も触ったことないって言ってなかったっけ」
「そうなんだけど、大体こういうのってこんな感じだろ」
かなりふんわりとした返事が返ってきたが、おかげで通話が出来そうだ。
丸いアイコンを押すと、聞いたことのない電子音が端末から聞こえてきた。
――暫しのあと、声。
『……茅峨か?』
端末から発せられたその声に、茅峨はパッと目を丸くした。
「嘉神! 本当に? これどうなってるんだろう……!」
端末を不思議そうに裏返してみたりするが、当然本人の気配などなく声だけがそこに在る。
『……お前、無事なのか?』
問われて、朋斗が茅峨に「返事、喋れ」とジェスチャーで促した。
「う、うん。無事だよ! ちゃんと朋斗も居てくれてて……あのね、嘉神に聞きたいことがあるんだ。今話をしても大丈夫?」
『ああ』
嘉神と別れてまだ数日だが、その低音はとても久しく感じる。
音がスピーカーとなっているため横で聞いていた朋斗は、嘉神が落ち着いていて淡々としているのは相変わらずだなと思った。
「嘉神って、嘉神以外に魔法を使える人を知ってる? 今その人と一緒にいて、貴族の女の人なんだけど……」
『……魔法が使える貴族?』
嘉神が復唱して、やや思案するような間を含ませる。
『……いや、心当たりはないが』
「え……!」
嘉神はクリストファーのことを知らない。魔法事情で繋がりはない……?
『……その貴族がどうかしたのか』
「え、えっと……」
クリストファーの事情を掻い摘んで話す。
とは言っても口止めはされなかったとはいえ、詐欺のように魔法石を埋め込まれた……と第三者に言ってしまうのは憚られたので、魔法石のせいで人工的に魔法が使えるようになっていることと、それを異端の力とされ幽閉されている旨を伝えた。
「嘉神は魔法が使えるし、周りの人もそれを知ってるし国のお客様でしょ? でもクリストファー様は異端で、閉じ込められてるから……」
『それをどうにかしたいのか?』
「う、うん。その、色々あって……」
茅峨の話に嘉神は深くは追及しなかったが、否定する気配も感じなかった。
『……私と件のクリストファー嬢は、根本的に立場が違うのだろう。私が捕えられていないのだから同様の能力を持つ彼女も解放しろ、というのは無理があるはずだ』
「無理……」
茅峨の顔色は落ち込んだが、嘉神は続ける。
『だがそれは、事情を知るものにとっては、だ』
「……?」
話が飲み込めず茅峨と朋斗は首を傾げた。




