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第69話 令嬢招待


 地方侯爵家ゼムストリス。

 その数ある屋敷のうちの一棟は、貿易港ゴルドラフに大きく構えられていた。


 石造りの大広間はおよそ三階建てほどの吹き抜け構造。

 高窓から注がれる陽射しは、磨き上げられた床にキラキラと光を落としている。


 そして壁に沿うようにして大広間を見下ろせる階上廊下、その中央に立つのは侯爵家長男のファビディアナンドだった。


「実に結構!」

 彼は腕を組み、階下の様子に満足げに頷く。


 金髪碧眼、三十路を越えているが存外若々しく見えるこの男は、十数歳年下の平民の娘と婚姻を結んでいる。


 ――彼は宴好きだ。


 男爵家系譜令嬢クリストファーとの婚約破棄の錯綜で、平民の娘……かつてこの屋敷の侍女勤めであったエウリュディーケとの婚姻パーティーは出来ずじまい。


 彼女は現在臨月であまり表には顔を出せないが、それでも嫡子が産まれる前に盛大に婚姻祝賀をせねば、という彼の提案であった。


 エウリュディーケも嬉しそうにこの祝賀会を後押しし、ファビディアナンドは手配に腕を鳴らしていた。


 祝賀会の準備はすでに佳境だ。


 大広間の壁には新しいタペストリー、壁沿いには大きな花瓶達、有名どころの華道家の手で活けられた大仰な花。


 貿易港という立地を奮って手に入れた異国の燭台も、広間の長卓の上にこれ見よがしに並べられている。

 料理や音楽も打ち合わせを進め、担当者はそれぞれ慌てふためくように奔走していた。


 それらを晴々とした顔で監督していたファビディアナンドは機嫌良く自室に戻り、執務机の上に広げられた招待客の名簿を指で辿った。


「ふむふむ……こうして眺めてみると、私の婚姻がいかに祝福されるべき出来事か、改めて実感するな!」


 机の傍には燕尾服の老年の家令が佇み、静かに微笑んでいる。


「侯爵家嫡男としての責務を果たし、貴族のしがらみや政情に囚われず、真に心ある伴侶を選び取った――この決断は、きっと多くの者に勇気を与えるだろう。ふっふっ」


 笑いが溢れる。

 その言葉を聞いた家令の肯定する頷きにも、ファビディアナンドは更に上機嫌になった。

 

「身分の壁を越えた婚姻は、爵位撤廃運動の時代を象徴する。つまり民との隔たりを瓦解させる一歩……そうだな!」


「ええ、ご立派でございます旦那様。民間に沿うというご意向とご英断……以前から皆様その話題で持ちきりです」

「そうだろうそうだろう」

 ファビディアナンドは得意げに頷いた。


「父上などは最初こそ難色を示したが、ついには理解してくださった。クリストファーは残念だったが(・・・・・・)……」


「差し支えなければ、お父上をどう説得されたのかお聞きしても?」

 ファビディアナンドはそう問われると、少し目を泳がせた。

 彼は気分良く武勇伝のように語り出すかと思っていたので、家令は些か不思議に感じる。


「う、うむ。クリストファーのような、やたらと理屈を並べ立てるばかりで素直さの欠けた令嬢ではなく、もっと温かみのある女性を妻に迎えるべきと、父上にはそれはそれは丁寧に説明して差し上げたのだ。いやはや骨が折れた」


 家令はほう、と静かに相槌を打つ。

 クリストファーとの婚約破棄は、ジアルクエ男爵家と当侯爵家の繋がりを断つことと同義でもある。


 それを嫡男とはいえファビディアナンドの気分次第で破棄など、困難であることは家令にも重々に分かる。

 が、この時代の流れ、爵位同士の繋がりはむしろ薄くしていくことにこそ意義があるのかもしれない。


 ……ファビディアナンドの言うことが真実であるならば、だが。


 クリストファー嬢は家令の知る限り、自分の立場をよく把握している令嬢であった。


 顔立ちがはっきりしており厳しい眼差しの印象が先行するが、普段から婚約者を立て数歩あとを歩く。

 彼女が屋敷で生活していた中でファビディアナンドに理屈をやたら並べ立てたり、無礼に反論するなどという場面は見たことがない。


 そんな思考を家令は呑み込み、いつもの微笑みを主に向ける。


「長年の婚約を解消されるには、さぞご苦労もおありでしたことでしょう」

「……ああ。しかし私は信念を通した」

 ファビディアナンドは眉根を寄せ、まるで自分が政治交渉でも成し遂げたかのように言う。


「彼女の態度は以前から気になっていたのだよ。錬金術などという不可解な創造物が趣味だと言うし、美人だがまぁそれだけ、表情に華がない。口をたまに開いたと思えば私の意見に『それはコレコレこういう理由で適切ではありません!』と、水を刺すようなことを……」


 また話を盛っている。当主に対しそんな言い方をクリストファーはしていない。


 それに婚約をした当初はクリストファーにぞっこんだったと家令の記憶にはあるが、成長するに従って彼女の博識さがファビディアナンドの癪に障ることも増えたのだろう。


「婚約者というのはもっとこう……夫となる者の理想や志を励まし、共に歩もうとする心構えが必要だろう!?」

「ごもっともでございます」

 家令の返答にファビディアナンドは大袈裟に頷き、再び名簿へ目を落とした。


「それに比べればエウリュディーケは実に可愛らしい。私が話せば瞳を輝かせて頷き、少しばかり“講釈”などすれば『さすが侯爵家の御方です』と感心してくれる。おっと、これは高度に掛かってしまったなあ! ともあれああいう素直さこそ、妻としての徳というものだ」

「誠に、素晴らしいご婦人でいらっしゃいます」

 途中よく分からない文言を挟まれたが、家令はそつなく同意した。


 そんな中、名簿を見ていたファビディアナンドは何か思いついたように顔を上げた。


「そうだ。この祝賀会だが折角の機会だ。出来るだけ多くの者に見届けさせるべきだろう」

「はい」

「となれば、クリストファーにも送っておくべきではないかな」

「送っておく……申しますと?」

 ファビディアナンドは、いかにも名案だという笑みを浮かべて口を開く。

「祝賀会の招待状だよ」


 家令の眉がわずかに動いた。

 だがそれは一瞬で、すぐに元の穏やかな表情に戻る。

「……ファビディアナンド様、クリストファー様は幽閉中の身でありますので、外界へ赴かれることは難しいかと……」

「何を言う」

 ファビディアナンドは胸を張った。


「幽閉を言い渡したのは私だ。とすれば、私が祝賀会に出て来ても良いと命を下したのならそれは受けるべきだろう?」


 なにを当然のことを、という空気感でファビディアナンドは言ってのける。

 流石に家令の表情には戸惑いが滲み出た。


「私はな、別に彼女を軽侮して婚約を解消したつもりはないのだよ」

「え、はい……?」

 あんなに大勢の前で婚約破棄をし偉そうに叱責しておいて何を? と家令は内心突っ込んだ。


「故に幽閉の身の女をわざわざパーティに招待してやるのだ。私の懐の寛大さにクリストファーも咽び泣くことだろう!」

「……」


 家令は暫しの沈黙の後、ゆっくりと頭を下げた。

「……さようでございますね。ファビディアナンド様のお心遣い、きっとお喜びになることでしょう」

 そう後押しされ、ファビディアナンドは気分良く口角を上げる。


「ではクリストファー・ジアルクエに招待状を、早急にだ。祝賀会まで日も無いからな……ああ勿論文面は丁寧に。私が新たな伴侶と共に歩む門出を、ぜひ見届けて欲しいと書き添えてくれ」


「畏まりました」









「あ、あ、アホなんですのーーーー!!??」


 湖の屋敷。

 速達で届けられた招待状の文面を食い入るように見つめたクリストファー。

 その高く荒げた声は、エントランスに盛大に響き渡った。




ファビディアナンドはかなりその時のテンションで話したり決め事をするので、家令的に「この前と言ってたこと違うじゃん!」とかはよくあります。

というか結構ギャグで付けた無駄に長い名前がこんなに出てくるとは思わなくて…この人とエウリュディーケだけで一行の文字数が増えてしまう…

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