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第67話 ノットペシミスティック-5-


 クリストファーはふと疑問を投げた。

「ねえ、茅峨は『その力で助けて』などと言われて、どうしようと思ったんですの?」


「……俺は自分の力が何かの役に立てるなら、協力したいと思ったんだけど……」

 主麗と話した後がどうだったかと記憶を辿った。


「その時一緒に居た人が、それは俺に人殺しをさせることかもしれないからまだ答えを出すなって……俺も、まだあんまり未族を信用出来てない」


 洞窟での未族の男も、主麗の態度も……自分の中のセレキのことも含めて、まだ未族に対しての判断を避けている。


「つかその戦争云々ってどことどこ? そんな噂ギルドでも聞いたことねえんだけど」

「それは確かクレオリアの隣国の動きが不穏らしくって……あッ」

 朋斗の疑問を答えた瞬間、茅峨は自分の口元を押さえた。


「ご、ごめん朋斗……これ内緒だったんだ」

「ナイショ?」

「嘉神が箝口令出てるって言ってた」

「おいガチなやつ」


 聞かなかったことにするわ……と頭を抱えた朋斗だったが、クリストファーが続ける。

「隣国の動きが怪しい話は知っていますわ。まぁこれも研究員から盗み聞きしたのですけれど。人の口に戸は立てられませんわよね」

「マジかよ……」


 クリストファーは一呼吸置き、口を開く。


「隣国に行った両親は帰って来ませんでしたわ。なのでわたくしには隣国を恨む理由がある」


 戦争の道具になることについて。


「……」

 ……茅峨はもう人を傷つけた惨状を知ってしまったので、クリストファーにはそうなってほしくないと……純朴にそう思ってしまった。

 彼女にとってはきっと、そんな単純なことでは無いとも分かるのに。



「……クリストファー様は、それでいいの?」

 赤い瞳を見つめると、その目はふと気が抜けたように伏せられた。


「……わたくし、先程これは愚痴だと思ってと言いましたわよね」


 そしてクリストファーは握った両こぶしをテーブルに叩きつける。



「いいわけないじゃないですのーー!! ぜっったい嫌ですわ!!」


 唐突に声を上げたあとグスグスと咽び泣き――涙はそんなに出ていないが――しだしたクリストファーに、茅峨と朋斗は身を引いておののく。


「お、おい……」

「わたくしは趣味の錬金術をしながら人脈と事業を広げて、従業員を養いつつ新薬やアロマを開発したりするような、のんびり領地開拓スローライフを過ごしたいのです!!」


 それはスローライフなのかな……? と茅峨が戸惑うのを気にもせず、クリストファーは更に続ける。


「お父様もお母様もわたくしが怪物になった姿なんか見たくないに決まっていますわ! 両親がいた頃の幼いわたくしは愛らしすぎて天使だったのですから……!」

「そ、そこなんだ!?」

「自認天使かよ……」


 クリストファーは暫し喚いた後目尻を拭った。


「……でも、もうどうしようもない。わたくしに選択権はないのですわ」


「選択権」


 茅峨が呟く。

 ……自分で進む先を選ぶこと。



「……あの、自分の意思で怪物になるのって……なりたいって思わなければならなくていい、というわけじゃなくて……?」


「それは、説明が難しいのですが、自分の中で感情のスイッチがあるのですわ。その(タガ)が外れれば人ではなくなる。時期が来たらわたくしは研究機関に召集され、その力を持って軍事の為に貢献するというわけです」


「――……」


 茅峨の感じた限り、やはりクリストファーは嘆きこそすれ根本から諦めている。

 自分は選べることを知らなかったが、クリストファーは選ぶことをやめたのだ。



「勝手にスイッチ入って変身しちゃったりとかねえのかよ、リスクやばいと思うけど」


 朋斗の問いにクリストファーはこくりと頷いて、金色の横髪を耳にかける。

 多角にカットされたカラーレスの宝石のピアスが耳朶に付いている。


「魔法石の侵食と、感情による怪物化のリンクを抑制する制御装置ですわ。これがある限りわたくしは勝手に人外にはならない。レイヴフォード様が定期的にわたくしの体調とこの宝石を診てくださっていますのよ」


 茅峨と朋斗は顔を見合わせる。

 クリストファーとレイヴフォードの関係は理解出来たが……



「俺だいぶ頭ん中ごちゃついてきた。もうクリストファーが変な研究機関のせいで怪物になることしか分かんねえ」

「大体合ってますわ」


「…………」


 茅峨がクリストファーを見ている。

 その目は眼光鋭いわけではなかったが、クリストファーは少しだけ身じろいだ。……眠れてない、と言われた時のような人の機微を察する眼差し。


「待ってくださいな」

「えっ」

 クリストファーは茅峨を静止した。まだ何も言っていないが……


「貴方、わたくしが全てを諦めている、自暴自棄になっていると思ってますわね?」

「う、うん……」

 茅峨は素直に肯定した。

 クリストファーは大きく溜め息を吐き、椅子の背に身を預ける。


「はぁ、概ねその通りです。わたくし、怪物になる前になら正直いつ死んでもいいとまで思っていますのよ」


 その言葉に薄っすらと反応したのは朋斗だった。クリストファーからも茅峨からも顔を背ける。

(何でここに居る奴ら、人生で死の直面を考えてたりするわけ? 世の中どうなってんだよ)

 朋斗の頭の中で深淵と星空が広がっていた。



「そういうわけですので、貴方達に護衛を頼んでおいて実際無事でなくても良かった。だからゴーストの時も前に出たし……」

「なんだそりゃ。じゃあなんでわざわざ護衛頼んだんだよ」


「錬金術の部屋で言ったでしょう。貴方達と話してると楽しくなったって。それに本当に死にかけたら制御装置が壊れて最悪の事態に……ということも有り得る。なのでわたくしの行動は浅慮で矛盾した、ただの悪あがきですわ」


「クリストファー様は、自分は無事でなくてもいいと思ってるんだ……」


 茅峨のぽつりとした吐露に、クリストファーは複雑な声色で言った。


「軍事兵器など使われずに無くなってしまった方がいいでしょう。けれど兵器が無ければクレオリアを守れないかもしれない。わたくし、八方塞がりです」


 何度目かの溜め息。

(そりゃ眠れないわな……)

 それを一瞥し朋斗が口元をしかめる横で、茅峨は少し身を乗り出した。


「少しわかる、かも。俺も、村を焼いた自分はどうなっても仕方ないって思ってたから……でも」


 思っていたけれど。


「……でもクリストファー様はそう思って欲しくない。だって貴女は俺と違う。クリストファー様は何も悪いことしてないから」



「……わたくし、は」


 クリストファーは口を閉じてしまった。



 少しの沈黙の後、朋斗が髪を掻きながら切り出す。


「そうだな。茅峨はセレキの起こした自責とか罪悪感だけど、あんたはまだ何もやってない。クリストファーの八方塞がりは主観で、まだ抜け道はあるんじゃねえの」


「抜け道……?」

 目を丸くするクリストファーを指差した。


「魔法石はあんたの体の臓器とかと入れ替わったわけじゃないんだろ? ただの異物なら、取り除ける方法があるかもじゃん」


「……こ、これは、わたくしの身体と同化してるようなものですわ。そんな方法あるわけ……」


「同化どころか、本人の中の精神を引き剥がそうとしてる奴もいるけど」

 振られた茅峨は小さく頷く。


「……うん。それにクリストファー様は幽閉されてるのに、同じ魔法使いでも国の賓客の人もいるから……その部分をどうにか主張したら、まず幽閉を解放出来るかも」


 単純に同じ能力の条件で嘉神とクリストファーの扱いが違うことは、貴族や国への問題提起になるかもしれない。

 そもそもクレオリア王や政界面と、侯爵や機関と未族の関わりは共有されているのだろうか。


(リディアに聞いてみたいけど、今の俺の立場じゃ難しいよね……)


 朋斗と茅峨の提案に、クリストファーは目を大きく見開いている。


「で、でも、わたくしの力が本当に戦争を止める抑止力になるのだとしたら? その力を無くすのは……!」

「あ、たぶん、それがクリストファー様を制御してる気がする……」

「え……?」


 なんとなくわかる。

 “それが普通だ”と決められていて、疑いもしなかった日常に近い。


「それな。仮に本当に戦争が起こるのだとして、その対策がクリストファーひとりの魔法の力に頼ってるとは思えないんだよな。これ、賢いあんたなら察せられるんじゃね?」


「うん、それで頭が良いから……そういうクリストファー様の性格とかが元々知られてて、責任感があるから自分で仕方ないと思っちゃうとか、国のためにとか……諦めさせるようにしてる気がする」


「…………」


 瞳孔が開く。


「そんな、ことって……」


「あのさ、クリストファーは利用されるの嫌なんだろ。だったらここでじっとして軍事の呼び出し待つより動いた方が良くね? 制御装置もあるしあんたの立場って、きっと自分が思ってるより無敵だぜ」



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