第66話 ノットペシミスティック-4-
それなりに夜も更けてきたが、不眠症のクリストファー、夕方に仮眠をとった茅峨、生活リズムが適当な朋斗だったので、このまま談議を続けることになった。
クリストファーの呼びかけで現れた侍女が、三人にポットと紅茶を用意してくれる。
紅茶のセッティングを横に、クリストファーは口を開いた。
「元々は先の戦乱の時、魔法石を使った軍事があったようです。その後クレオリアの一部の研究者達が、遺物である魔法石を調べていたのですわ。私の祖母、ランムデールもその一人でした。……わたくしが魔法石の手術を受けたのは九歳の時です」
「……手術をする理由があったの?」
彼女の話では、当時外遊中だったクリストファーの両親が隣国で事件に巻き込まれ、クレオリアに戻って来られなくなったそうだ。
するとどういうわけか魔法石の研究者達から、
『両親に会わせてやれる伝手がある。代わりに魔法石の実験に協力をしてくれ』
……と打診があった。
「わたくしは両親に会いたかったしランムデールも研究員だったので、そのまま承諾してしまいました。結果的に魔法石を埋め込む実験は、成功したのです」
クリストファーの口調は淡々としている。
「その両親って帰ってこられたのか?」
一人で幽閉されている手前、この屋敷に家族の気配がないのは理解出来るが……
朋斗の言葉にクリストファーは声色を乱すことなく答えた。
「両親は外国でとっくに亡くなっていましたわ。それはランムデールにも知らされていなかった。わたくしはただ研究員の身内で、都合よく詐欺のように被験体として選ばれただけ」
そう話すクリストファーの表情は変わらなかった。悲しさも怒りも、あったのだろうけれどもう表には出てこない、というような。
「わたくし、昔からませていて高飛車で……それ故に子どもながらに両親のことも身体のことも諦めようとしました。自分で承諾したのだから仕方がないと。けれどランムデールのことは恨んだ。あの人も辛かったでしょうに、わたくしは自分の悲しさの矛先を祖母に向けた」
だから貴族だというのに祖母を呼び捨てにしているのだろうか。
「……実際、諦められたのか?」
「ええ」
問いかけには即答だった。
「わたくし、ウジウジするタイプじゃありませんので」
そう言いながら紅茶のカップに口をつける。
(本当、かな……)
クリストファーの毅然さは、なんだか己に言い聞かせているように感じた。
「……貴方達。しんみりしてますけどここからが本番ですわよ!」
「え」
「まだ続きあんの……!?」
そういえば先が長くない問題に触れていない。既に軽くないバックグラウンドを聞いた気はするが……
クリストファーは閉じた扇子を目の前に突き出した。
「魔法石を埋め込まれた人間は、強大な魔法が使える代わりに怪物になるのです! そして数日も経たないうちに、死ぬ!!」
「「…………」」
二人はぽかんと目を丸くした。
怪物になって、死ぬ。
「……本気で言ってる?」
「ク、クリストファー様、手術を受けたのって小さい時だよね?」
「九歳ですわ」
「今何歳……?」
「十八です」
めっちゃ生きてんじゃん! と朋斗がつっこみ、茅峨はおずおずとクリストファーをうかがった。
「あの……実験は成功って、怪物にならないことが成功……?」
しかし、そうなるとクリストファーの言い回しはおかしい気がする。
「いいえ。“魔法石を埋め込み魔法が使えるようになる”ことが“成功”ですわ」
クリストファーの説明によれば、魔法石を身体に入れるとまず適合するかしないかで枝分かれするらしい。
適合した場合魔法が使えるようになる。
その後、“自分の意思で怪物になる”。
そうなると数日も経たないうちに死に至るらしい。
「自分の意思で怪物になる……!?」
茅峨は唖然とし、朋斗は眉間を寄せた。
「これは漠然としているのですが、過去に怪物になった者は戦乱時に討伐されたそうです。当然ですわよね、強大な魔法を使用する人外ですもの。死に至る、というのは討伐されなかったサンプルが一例しかないからです」
「ど……どういうこと?」
「討伐されなかった怪物……魔法石保持者は、暫くして肉体が崩壊し死んだそうですわ。けれど、討伐された怪物の中には“実は死なない個体もあったかもしれない”。それが分からないから、『怪物になって死ぬ』と研究者の間では一旦定義しています。そして」
クリストファーは初めて言葉を切る。
「……先程、先が長くないとは言いましたけど。もしかしたらわたくしは、怪物になっても死なないかもしれません」
「…………なぁ、でもそれって」
人間としては死んでいるのと同じじゃないのか。そう言いかけて朋斗は口を継ぐんだ。
「……わたくしはこの事柄を、石を埋め込まれた後に知った。知っていたのに忘れていたのです。記憶を消していたといってもいい。両親が死んでいて、自分は怪物になる力を抱えている……思い出した時から眠れなくなった。貴族の立場で支えられてきた侯爵家から婚約も破棄され、これからどうしたらいいのか分からなくなった」
一息で吐き出し、クリストファーはその赤い目を伏せる。
「……ごめんなさい。ちょっと、取り乱しましたわ」
そう言って紅茶を一口飲み下した。
「レイヴフォード様は、その研究機関との関係です。わたくしを監視している立場ですわ」
「……魔法石を埋め込んだ研究機関と貴族が繋がってる……下手したら未族もか? なんの為に?」
朋斗の疑問に、茅峨は察するように口を開く。
「…………戦争を起こす……?」
魔法石が軍事運用されていたのなら、辿り着く可能性はそこだ。
しかも魔法が使える怪物になるなんて、脅威の人外兵器でしかない。
「……魔法石の研究目的、わたくし自身は『平定の為』としか聞かされていません。ただ迂闊な研究員の話を耳にしたことがあります。軍事には必ず関係ある。そして婚約破棄のあと魔法石や軍事運用を思い出したわたくしに、レイヴフォード様は……」
『――その力で、これから起こるであろう争いを止めてくれ』
「……と仰いましたわ」
「え……」
ぞっとした。
言い回しは違うが、既視感のある勧誘表現。
謀、戦争になる可能性。助けてほしい……
「……俺の言われたことと、似てる」
動揺して自分の両手を握る。
その貴族、レイヴフォードとやらが保守派なのだとして、以前未族の長である主麗も保守派と言っていた。
ならば本当に繋がりが……?
「言われたことってなんですの? 誰に言われたのです?」
「俺、旅に出た頃に未族の長の人と話したことがあって、ええと確か……」
『――今、未族は二つの派閥に分かれているの。ひとつは私が束ねている、土地や種族を厳格に守る保守派。もうひとつは隣国と共謀して未族の地はおろか、クレオリア領さえその手に治めようとしている侵略派』
「……それで、俺の持ってる力で、私を助けてって……言ってた」
その説明にクリストファーは口元に指先を当てて思案した。
「……確かに似てますわね」
話を聞きながら朋斗が少し唸る。
「力で助けろとか止めろとか、茅峨の力は異能のことでもさ。クリストファーの力は魔法と、怪物になることなんだろ? しかも自分の意思で……」
「クリストファー様は自分の意思で戦争の道具になる……?」
「そんな感じですわ」
既に諦めているのかとっくに覚悟を決めているのか、クリストファーはあまりにも存外に、淡白に言ってのけた。




