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第60話 セレキと朋斗


 眠い。


 ネハラの事件で茅峨と人格が入れ替わってから……実際は異能(スフィア)を使いだしてから、やはり眠気が大きい。


 これは茅峨の体がスフィアの扱いに慣れてないことが大きいだろう。

 洞窟でも一時的に威力も落ちていたし、身体もついていけてなかった。


「……まだ無理は出来ねえな」


 セレキは茅峨(じぶん)の手のひらを見ながらぽつりと呟く。



 ――洞窟から湖畔の屋敷に戻ってきた際、ほとりの東屋には見慣れない男が座っていた。


 どう見ても貴族然とした衣装をまとった銀色の長髪の男と、その従者達。


 クリストファーの知り合いのようだったが、クリストファーの態度は一変して硬くなってしまったのだ。


 屋敷から出迎えに来たランムデールに促され、クリストファーは貴族の……レイヴフォードと呼んでいた気がする……その男と連れ立って行ってしまい、朋斗とセレキは屋敷内の別室で傷と体力の手当てを受けていた。


 今は侍女もランムデールも退室しており、整然した高そうな部屋に朋斗とセレキ、それからリィは隅の方で丸まって眠っている。


 ……クリストファーと貴族の男の事情は聞けずじまいだ。



 セレキは誰も居なくなったのをいいことに、ここぞとばかりウィッグを取って青い髪を晒している。

 そのままソファーに深々と座り、大きなあくびをしていた。

 ……朋斗にとっては依然どう対応していいか分からない相手だった。


「……なぁおまえ、あのレッドクラブの狂化、よく解除出来たな」

「あーあれ? 俺様も適当にやった」

 なんとなく気になっていたことを訊いてみると、ざっくりとした返事が返ってくる。


「て、適当って……スフィアって術に近いんだろ? なんかこう、自然とかとやりくりするんじゃねえのかよ」


「自然っつーか。とりあえずあのジイサンが使った狂化のスフィアってのは、たぶん神経の乗っ取り(ハック)と潜在値解放の複合型なんだわ。だから霊素操作で頭部神経の電気信号解除して、洗脳と筋肉の動きを停めた」


「……何言ってんの?」

「お前バカなの?」

 朋斗は率直にイラッとした。


「俺は正直頭良いとは思わねーけど、おまえのがヤバいわ!何!? なんで入れ替わってすぐ見た魔物の狂化を分析出来んの!?」

「俺様これでも理系なんだよなァ」

「ぜってぇ嘘だろ……!」


 もうこの少年、霊素操作云々も適当に言ってるのでは?

 なにせこの人格が茅峨のもう一人というのなら、知識も記憶も茅峨のそれと同じはずなのだ。


 ……ということは、言うこと成すこといちいち間に受けてはいけない気がする。それくらいこの人格に真実性がない。


「お前失礼なこと考えてね? 実際あのカニ公の状態異常が解除されたんだから、俺様の手順は合ってんだろうが」

「……う。釈然としねーけど、そうなのかもな……」


 茅峨は村にいた時によく本を読んでいたと、朋斗に話してくれたことがある。


 もしかしたら本人は読んだが忘れてしまっている人体や科学っぽい専門知識を、別人格は記憶を茅峨と別にして全て覚えている……なんてことがあるのかもしれない。


「……で、おまえはいつまでセレキなんだよ。茅峨はどこ行ったんだ」

「岩ンとこでおもっきし頭打って気絶したからなァ、まだ起きてねえよ。それよか朋斗」


 セレキはソファーから体を起こして、朋斗の顔を覗き込む。


「お前、落ち込んでね?」



「……は」


 思わずセレキから身を引いた。


「あれだろ。未族のジイサンに動き止められて、なんも出来なかったから。お前ソロ生活に引っ張られすぎててパーティ戦略かなり苦手だろ」


「……っ」

 セレキに正確に見透かされ、朋斗は渋い顔で口をつぐむ。


「わはは! クソダセぇ!!」

「てめ……マジでムカつくな……!」

 茅峨が逆立ちしても言いそうにない言葉を、少年は先程から次々と言い放つ。


「けどよ、慣れてねえこと急にやったってスムーズに上手くいくわけなくね」

「……えっ?」


「慣れてんのを熟練でミスってんならそりゃクソだけど。初見のモンって判断遅れたり間違えたりが普通じゃん。当たり前のことで落ち込むなって」


 朋斗は今度こそ、何を言ってるんだこいつはと思った。

 まともなこと? を……言っているように聞こえる。


「……も、もしかして励ましてんのか? おまえそんなこと出来たのか?」

「俺様をなんだと思ってんだテメーは」


 朋斗が感じるセレキの印象は茅峨の言っていた通り横柄で、しかも素行が荒いとかいう尺度で測れる奴でもない。

 洞窟での未族の男に対しても、村を焼いたことに関しても、この人格はきっと根本的に人間が嫌いなんだろうな……と受け取っていた、のだが。


「ま〜初見ミスって、下手したら死ぬとかあるかもしんねーけどな!」

 めちゃくちゃ笑顔でバシンと背中を叩かれる。


「痛って! 最後の一言が物騒なんだよ……!」


「そうか? 死んだら落ち込むこともねーんだし、どうでもいいだろ」


 ……まともなことは言ったと思ったがやはり着地点が雑だ、というかモラルが感じられない。


「ふざけんな……おまえやっぱ倫理観前世にでも置いてきただろ」

 その言葉にセレキは思いっきり吹き出し、また盛大に笑いだした。

「ぜ、前世……!! ヤバい」

 もう何がツボなのか全然分からない。早く茅峨に戻ってほしい。


「おまえほんとなんなの……?」

「いやー面白すぎる、俺様朋斗のこと結構好きだわ!」

「なんで!?」


 セレキはここ一番に屈託なく笑い、朋斗は驚きと唖然を交えてうんざりしてしまう。

 と、何かに気付き部屋の扉の方を見た。


「……なんか声すんな」

「……あぁ?」


 セレキがスタスタと部屋の扉に向かい少しだけ開けるので、朋斗もなんとなく側まで行く。


 扉の先から廊下を覗き見ると、クリストファーと先程の貴族然とした男が二人で何か話しているところだった。


「……あの貴族の人、なんの用なんだ? クリストファーって一応幽閉されてんのに」

「あの銀髪頭、どっかで見た顔の気がするような……しねぇような」

 セレキは珍しく首を傾げている。


「おまえ、貴族に会ったことあるのか?」


 普通の一般庶民は相手が地主や領主でない限り、貴族や身分のある人間とそうそう会うことがなく、朋斗も貴族には縁がない。


「……そーいやイスラに保守派の奴が来てるとか言ってたな」

「……セレキ?」


「あ、ダメだこれ、落ちるわ」

「は?」

「俺様もう限界だから、後よろしくぅ」


 急にそうセレキが背後で言ったかと思えば、朋斗の肩口に頭突きのような勢いで頭を乗せた。


「はっ!? ちょ、おま……」


 突然の重みでバランスが崩れかけ、自分の体幹とセレキの頭を無理矢理支える。

 これは、どうやら……一瞬で寝入ったようだ。


「マジかこいつ……!」


 廊下のクリストファー達に気付かれないようすったもんだし、一旦部屋に押し戻そうかというところで、寝落ちしたはずのセレキの目が開く。


「………………朋斗?」

「!」


 何度かまばたきをしたその顔には、素朴さが戻っていた。




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