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第59話 偽善と違和感-2-


 ――先程の部屋。


 村長のエイトクは捕えられ、フェリーマンも先立って王都に帰還するとのことでもうここには居ない。静かなものだ。


 アスハはその辺りの事情は知らず、ひとまず監査官である銀髪の少女とテーブルを挟んで向かい合って座る。

 少女の付き人らしき黒服の女性は、扉の前に姿勢正しく立っていた。


 少女はじっと自分を見つめてきたので、ばつが悪くて少し顔を伏せる。


「えっと、昕栄(アスハ)斎宮(イツキ)さん、ね。茅峨と血の繋がらない兄で、色々と世話をしていた、と村の人から聞いたわ」

「おれは、世話なんて……」


 少女は凛としながらも可愛らしい顔付きをしている。

 ……村が現存している時に来ていたら、男達が放っておかなかっただろうなと思った。


「当たり前だけど、貴方茅峨とは全く似ていないわね……」


 それはそうだろう。

 自分は黒髪に青い目で、茅峨は青い髪に茶色の目だった。

 日の下で瞳が茶から若草色に薄くなるのが、綺麗だと思ったことがある。

 顔立ちも茅峨は素朴で幼さがあって、自分は……あまりそういう感じではない。


「あ、でも雰囲気は少し近いかも。貴方も粗野には見えないから」


「…………え」


 指名手配の画像からそう感じたのだろうか? 思わず少女をまじまじと見やってしまう。

 彼女はコホンと咳払いをした。

 

「……まずはお時間を頂き感謝します。わたくしは国内の地域視察・監査をしているリディーゼア・水葵(ミナズキ)・クレオリアです」


「……。……?」


 アスハは一瞬止まって暫し考えたあと、目を少し丸くしたが、すぐに視線を外す。


「……リディーゼア殿下、でしたか。さっきはお呼び立てに取り合わず……すみません」


 ああ、宮廷の者と分かれば大抵の人間は見なりも振る舞いも一度は正すものだが、彼にはそんな心の余裕などないのだ。


「気にしないで、ここは非公式の場です。貴方の発言は自由で、咎められるものではありません。気負わずなんでも言ってください」


 そう前置きをしたあと、リディアはずい、と前のめりになった。


「それで、貴方の前では茅峨はどんな感じだったの!? あ、敬語だと(かしこ)まった話しかしなさそうだから普通に喋って!」


「は……」


「リディア様、距離感を早速間違えてます」

「だって気になるんだもの! 一番茅峨の近くにいた人よ!? 茅峨のこと一番分かってるはず……!」

 その言葉にアスハは狼狽える。


「……そんなこと、ない。おれはあいつのこと、分かりません……分かってやれなかった」

「自信持って! お願い!」

「えぇ……?」

 テンションでアスハを圧倒してしまったが、それでもすぐにアスハの表情は暗くなる。


「……自信なんか持てない。茅峨がこうなってしまうまで、おれはその気持ちも汲んでやれなかった。でも……違和感が……」


「……違和感?」


 リディアが促したが、アスハはそこで言い淀んでしまった。


(これ、本当に言っていいのか? 馬鹿だと思われないか……?)


「……」


 リディアは椅子に座り直し、改めて口を開く。

「貴方や村長から話を聞く前に、村の人達から一通り茅峨のことを聞いたの」

「……」

「私の印象と違ってなかった。穏やかで、人を庇いがち。全然怒らなくて、献身的な子」


 ……そうだと思う。茅峨はずっとそんな感じだった。


「アスハもそう感じる?」


 問われて、頷く。


「……ああ。けどおれ、茅峨には怒られたこと、ある」

「え!!」


 またリディアが前のめりになったので、アスハは一歩引き下がる。



『――お前さァ、マジでいつも遅ぇ』


 あの時の、嫌悪感で殴るような茅峨の顔と声がずっと頭にある。

 それを噛み締めつつ薄く口を開いた。


「……おれが農作業でちょっと無茶して怪我したんだ。その時に、危ないことしないでって怒られて……」


 アスハは溜め息を吐く。


「おかしいだろ。あいつは無茶なことたくさんやるしさせられるのに。それを言ったら案の定、自分はいいからって言うんだよ」

「……そうなの?」


「あいつこれまで死にかけたことだって山ほどあるんだ。それでもいいって……茅峨。おれは、全部」

 自分の行いを思い出し、口をつぐんだ。


「……もしかして、アスハは助けた? 茅峨を?」

「ッそうだよ……!」


 声が荒れてしまった。

 本当は、本当は茅峨は、助けとかそんなこと必要としてなくて。


「…………あいつ、死んでもいいと、思ってたのかも」


 助けてほしくなんかなかったのかもしれない。

 生きていればずっと蔑ろにされるのが分かっているから。



「……やっぱ駄目だ、おれ。偽善ばっかりだ」


「…………」


 リディアは何も言わなかった。

 茅峨の真意は本人しか分からない。




「……私ね、茅峨のネハラ村での行動、変だと思ってるの」


「……?」 


 項垂れていたアスハが、少し顔を上げる。


「村の人達から聞いた限り、小さい子どもも含めて、生き残った彼らはエイトク村長と価値観が合っていなかった。それに普段から茅峨の処遇に加担もしていない」

「……」


「彼らが言ってることが仮に本当だとしたら、“茅峨を虐めなかったから殺されなかった”、それか、“村長や村の思想に染まっていないから生かされた”……という辻褄が合うわ」


 それは、つまり。


「……茅峨は、誰が村長と対立した考えだったか、分かってたってことか……?」

 こくりとリディアは頷く。


「村そのものを恨むなら全員手にかけたっておかしくないのに、わざわざそうしなかった……勿論、生存した村人の口裏合わせや偶然や、茅峨の気まぐれだってあるかもしれないから、確定は出来ない。ただ……」

 一度言葉を切る。


「何人かが生き残ったことで、良くも悪くもネハラの異質さが私達(・・)に把握された。村人からの村長の情報や焼けなかった資料。村長は搾取と脱税をしていたし、あの老人はきっとあの場で殺されるよりも、牢獄で生かされる方がずっと苦しいわ」


 アスハは複雑な顔色を浮かべた。


「……茅峨は、そこまで考えた?」


「貴方はそう思う? アスハ。村を出たことのない男の子がそこまで考えるかしら?」


「……」


「真っ黒に焼かれた村と殺された人数を知って私は、茅峨のことを一瞬」


 そこで初めてリディアはアスハから視線を逸らした。

 起こった事実と、その事実への違和感。



「感情に任せた狂気の沙汰だと思ったのよ。重要指名手配までされるレベルの凄惨さを実行するほどの感情があったのかって。でも。でも、もしかしたら違うのかもしれない。茅峨には何か、ずっと考えてることがあったのかもしれない」


 アスハは思案するように、しかし自信無さげに眉を寄せる。


「おれは……茅峨はそんな風に計算するような性格じゃ、ないと、思う」


 その言葉に、リディアは少なからず肯定した。


「私もそう思うの。村の人から聞いた茅峨の性格、私のイメージと同じだったのよね」

「イメージ……って?」

 アスハは首を傾げる。


「村長から聞いた茅峨の話はえぐいものだったわ、ちょっと引いたもの。でも村の人から聞いたいつもの茅峨の雰囲気も私の知ってる茅峨も、全然そんな感じじゃなくて。だから私、もしかしたら彼は別の……」

「えっと、あの……もしかして茅峨を知ってるのか?」


 目を丸くして訊ねると、その問いにリディアは胸を張る。


「ええ、会ったわ」

「会った?」

茅峨(ミョウガ)斎宮(イツキ)と会って話したわ。私のことを助けてくれたし、友達にもなったのよ」


 何故か得意げである。そんなリディアを何度か目を瞬かせながらアスハは見て、口を開けたり閉じたりしてからやっと小さく答えた。


「そう、なのか……え、どこで……いや、ああ……」

 考えた結果飲み込んだな、と扉近くに立つシルヴァは思った。



「その……あなたから見て、茅峨ってどんな感じだったんだ……?」


「優しかったわよ。私をナンパから助けてくれたし、盗賊も傷付けないように……とか考えてたし」

 その答えに、アスハは多少身じろいだ。


「な、ナンパから殿下を助けた?」


 暫く目を丸くした後――喉に詰まっていた息を吐く。

 とても久しぶりに喉元に可笑しさが滲みかけた。


「なんだそれ……あいつ……すごいな」


「……そうかも」



 アスハはずっと自信無さげだった。それはリディアが対面した時から酷く感じていた。

 アスハは茅峨に見逃されてはいない、攻撃されている。

 それでもこの少年は、あの村長と違って茅峨に対し一度だって悪態をついていないし、話を聞いた村人達もアスハのことは苦言していなかった。


「……村の人達から聞いたの。あの集落の空気感で難しかったでしょうけど、貴方が一番茅峨に寄り添ってたって。なんとか支えようとしてたこと、ちゃんと私、聞いたのよ」


「…………」


「私が会った茅峨と貴方の知る茅峨は絶対同じだわ。貴方はさっき偽善だと言ったけど……」


 顔を上げたアスハと、きちんと目が合った。


「偽善だったかどうかは、茅峨がどう感じていたか次第でしょう? あの子本人から話を聞けるまでは分からないことだわ」


「……でも、もし本当に支えられていたら、茅峨はああはならなかっただろ……?」


「そお? 茅峨って心の中で『こいつ偽善者だからいつか殺してやる』とか、沸々と考えてるタイプだと思う!?」

「…………っ」


 それなのだ。

 それが違和感。



「……おれ、茅峨の変わりようが、変だなって……」


 アスハが伝えようとしつつも言い淀んでいたこと。


「さっき言いかけたことよね。……話せそう?」

「……けど、さ、おれがそう思いたいだけかもしれない。おれは見る目が無いって言われたし……」


 その言葉にリディアは首を横に振る。


「なんでもいいの、どんな視点でも感じたことを教えてほしい。例えばだけど……茅峨は本当に茅峨でしかなくて、貴方が本当にきちんと支えられていたのなら?」


「……茅峨でしか、なくて……」


「それでも茅峨は変わった。貴方の思う違和感に、それは繋がる?」



 ……繋がると思う。馬鹿げてるし地に足のついた根拠はない。


 だとしてももしそうであれば、あの茅峨の変わりように納得はいくのだ。



「…………茅峨には、もしかしたら――」







「…………」


 アスハの言葉にリディアは大きな青い瞳を更に丸くしたが、口元に指先を添えて思案する。


「それ……考慮してみる価値はあるわね」


「そ、そうか……? 変なこと言ってるなって自分でも思うけど……」

「何事も発想……ううん、直感って大事よ! それに」

 リディアは、テーブルの上で拳となっていたアスハの手を取る。


「ありがとう、話してくれて。私、茅峨のことが知れて嬉しかった」


「…………」


 アスハはぽかんとする。


 ……そして暫くしてわずかに、困ったように笑った。


 その雰囲気にああやっぱり茅峨と少し似ているな、とリディアは思ったのだ。






「貴方、元ギルド登録者だったわよね?」

 アスハと別れたあと、廊下で待機していた軍警隊長に脈略無くリディアは訊ねる。


「よくご存知で……」

「引き抜きよ!」

「はい?」

 ビシ、とリディアが言い放った単語に、隊長は事情が分からず何度がまばたきをする。


「貴方には色々調べて貰おうと思っていたのだけど、その詳細が決まったわ」




.

.

.

.

.




「ぶえっくし!!!」


  屋敷の部屋で盛大に鳴り響く。


「おい人の前ででけぇくしゃみすんな」

 朋斗は明らかに嫌そうな顔をした。


「あーやべ、クソ眠ィわ」

「くしゃみ関係ねえし……まじで茅峨いつ戻るんだよこれ……」

「あぁ? 俺様じゃ不満なのかよ」

「不満だよ……」





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