第57話 画策
国が徴収する税は、領、区、村などの代表が民から集め、それを纏めて国へ納める流れが殆どだ。
隊長は淡々と続ける。
「村長の自宅地下で発見された帳面にて、エイトクが実際の村民約二百六十名全員から税を受け取っていた記録があります。更に徴収額ですが、国からの通達金額より三割ほど多いとのこと」
「……!!」
目を見開いたのはエイトクだった。
自分はあの悪魔が去った後、命からがら地下室から這い出て外へ出たのだ。
書類……記録書類は、あの火事で焼けたと思っていた。
「なん、で……!!」
「地下への延焼は普通に起こりうるものなんだけどね。貴方の自宅の地下は不思議と無事だったようだ」
エイトクが震えるように椅子からずり落ちかける。
「さ、三割って……そもそも半自給自足の集落って、大抵は税の徴収を少なく設定してるわよね。それを底上げしていたなら、民の負担が……」
「よく把握しているじゃないか、リディーゼア」
フェリーマンは目を細めた。
税を納めることは端的に、『国の一員として何かあれば必ず国が守る』という確約になっている。
隣国の侵略は勿論、土砂崩れや地盤沈下などの災害にあった場合の救援や資産援助、復旧。
災害以外にも、国へ的確に申請を行えば幅広い福祉支援も得られる。
……恐らくその支援申請の方法さえ、村の孤立をいいことにエイトクは伏せていたのではないか。
「村民からの三割増に加え、未申請およそ七十名分もの税が丸々個人の懐に入ります」
「……とんでもないわね」
流石に顔を顰める。
政策と情勢を絡めた犯罪はリディアも学習しているが、この金額はなかなか無い。
更に村人から聴取した話では、エイトクは国に対しても批判を煽っていたという。
「実際ここ百年単位でネハラ周辺に災害は起きていないし、半自給自足の村に福祉の支援もない。だというのに多くの税を徴収する国を不満に思うよう、村人に仕向けていた……という報告もあるね。これはもしやエイトク殿、謀反の一種になるのかな?」
「なっ!!ち、違う!! 私は、そっそんなつもりじゃ」
「辺境地で人口も少ない村の中で、国に不満を思わせる利点なんてあるのですか?」
側に佇む隊長が率直に疑問を口にする。
フェリーマンはリディアに目配せしたので、リディアはやや不満げながらも感情を抑えて答えた。
「……共通の悪を作ると、人を操作しやすくなるみたい。それにお金も、例えば『村長が掛け合って国から少し税を下げさせた』などと言ったりすれば、村人は勝手に村長に感謝する。原因はその本人だというのに」
エイトクはふるふると肩を震わせている。思い当たる節があったのだろうか。
「さて。話は出揃ったかな。主に問われるのは逋脱罪だけど、細かな事は王都で審議させるとしよう。ああ勿論、虐待の示唆についても掘り下げないとね」
フェリーマンは机を二回叩くと警士が二人部屋に入ってきて、すぐさまエイトクを後ろ手にして捕えた。
「やめ……やめろ!! 誤解だ!! わ、私はなにも知らんぞ!! か、金だって村の奴らが勝手に……!!」
狼狽したエイトクは側のリディアを睨みつける。
「おっおまえ、姫だろう!? 私はこんな辺境地から充分国に貢献している!! なのに脱税云々、いっ言いがかりも甚だしいッ! この男の主張を辞めさせろ!!」
喚きながら警士に引き摺られていくエイトクに、リディアは真面目に頷いた。
「勿論、貴方の意見を踏まえて検証しますエイトク村長。ひとまずは王都まで御足労願えますか? 貴方が誠に後ろめたい事情を持ち合わせていないのなら、自ずと解放される。胸を張ってください」
その言葉にエイトクは目を見開き、次に隣に立つ宰相を仰ぎ見た。
「あ……」
フェリーマンはただ薄く微笑んでいるだけだった。
宰相の目にはきちんと光がある。冷笑でもなく蔑みでもない。
この男はただ“悪事を働いていたであろう人物を捕まえる”仕事をしただけなのだ。
仕事人間ならば、それを囲う手練手管をエイトクは持ち合わせている。
なのに悟った。
自分よりも遥かに年若いはずなのに、囲い込めるどころか主張が成り立つ気がしない。
「ち、違う!! 私は、わたしは……!!」
人気の無い宿屋の廊下。
軍警隊長はやれやれと肩をすくめ、横に立つ宰相にこそりと伺う。
「フェリーマン様……エイトクはそこそこの老人でしたが、あの体たらくの身体でも労働の負担を?」
「安心していい、老人には老人の為の働き口がある。肥溜めの中の仕事なんか、意外と浮力があって腰に負担が無いらしいよ?」
「安心とは……」
この人発言の選択に容赦無いな……と隊長は一歩身を引く。
「それで、村民から巻き上げていた資産の置き所はまだ搜索中だっけ」
「そうなのですが、一部は発見されたものの残りは燃えてしまった可能性が高く……」
「宰相」
不意に、やや離れた所から声をかけたのはリディアだった。
表情をこわばらせたまま近付いてくる。
「おやリディーゼア、お疲れ様」
「ねえ貴方、さっきの発言は撤回してくれないの? 宰相はあの村が茅峨にしていたことを、軽い見解で留めてるってわけ?」
どうやらフェリーマンの言葉の一件を、納得していないようだった。
「悪かったよ。誤解しないでほしいと言っただろう……内容が軽いというのは失言だった。撤回するし茅峨くんにも謝る。エイトクを油断させようと思ったんだけどね……」
「言い訳しないで」
ぷりぷりとリディアが怒っているのを、フェリーマンはどこか身内のような目元で苦笑する。
それを見上げながら、リディアは大きく溜め息を吐いた。
「……貴方は舌戦が得意なくせに、味方がどう思うかの言葉選びがすこぶる下手なのよ」
「ごめんね。僕は朋友や知己に不器用だから、僕が何を言っても信用してくれる人じゃないと側にいられないんだよ」
「……知ってるけど」
リディアはもう一度、知ってるけどっ! と拗ねたように言って踵を返した。
「そこの隊長、私は少し席を外すけど、後で話があるから。勝手にネハラに戻らないように!」
「えっ? は、はい」
大股でこの場を去っていくリディアを見つめ、その背が見えなくなってからフェリーマンは口元から笑みをこぼした。
「ふふ。さっき部屋でリディーゼアが僕にガン飛ばしてきた時、本当に嬉しくて笑いを堪えるのに必死だったんだ」
「え、キモチワル……」
隊長は自分よりも完全上役の人物に不敬もくそもなく言ってしまい、フェリーマンに笑顔で見られて謝った。
「あのね、断じてそっちの気はないよ」
「ですよね」
「あの子は本当に正義感が強く育ったなって。民や弱い者を守ることに戸惑いがない。それが人生で自分を苦しめるかもしれないのに、真っ直ぐに前を見るようになってしまった」
「……」
「王に報告しないとね。君の娘は元気に冒険してるよって」
「……なんだかえげつない立場から言ってますが、親戚のおじさんですか?」
「どうしてもそんな感じで見てしまうよねぇ」
そんな軽口を応酬した後、隊長は少しトーンを落として伺う。
「……ときに、茅峨斎宮の種族系統は判明したので? 以前に青い髪の者の視点が欲しいと仰っていたはずですが、彼が恐らく……」
「アノマリアホルダーの話だったね。十中八九、彼はそれだろう」
フェリーマンは口に手元を添えて思案する。
「捨てられたのか保護されたのか、何故ネハラ村に単独で居たかまだ不明だが……茅峨くん本人は比較的穏やかな性格らしいからね。捕えた暁には、こちらの話を聞いてくれるといいんだけど」
「穏やかといっても、殺人者ですよ……?」
「うん。現在も彼がその思想なら交渉の仕方を考えないとだけど。それに罪人としても裁かないとだし、処遇が難しくて……まぁ、もう少し対処を練ってみるよ」




