第56話「罪」-2-
「なんなんだ……!! 私が何をしたって言うんだ……!!」
鍵の掛かる仄暗い地下室に逃げ込まれた。
頑丈な鍵のようだったが、すぐに壊した。
バタバタと走ったせいで老人は机の足に躓き、そこに積まれていた書類が雑然と床に広がった。
「た、助けてくれ……!!」
彼の身体の至る所からぴゅうぴゅうと血が噴き出ている。
安易すぎる言葉だとセレキは思ったが、まぁ他に言うこともないのだろう。
「頼む!!なんでもする!! 金ならいくらでもある!!」
セレキは笑いそうになった。
床に頭を擦り付け、あまりにも三下の命乞いテンプレート。ここまで捻りがないと逆に困る。
「いやー無理。言ったじゃん。皆殺しにするの面白いだろ?って。テメェがこの村でコソコソ横流ししてた金も、囲ってた女共も、死ぬ時はなんの役にも立たない。傑作すぎてもうダメ」
とうとうセレキはしゃがみ込んで笑い出す。青い髪が小刻みに揺れた。
丁度目の前には老人……ネハラ村長の薄い頭と顔がある。
「頼む……死にたくない、しにたくないんです……今までのことは全部あやまりますから……!!」
「今までのことって? 誰に謝んの?」
「お、おまえに……い、いやあなた、貴方様……茅峨さま……」
思わず肌が粟立った。この人間は保身ならばプライドを脱ぎ捨てる類いらしい。
一気に最悪の気分になる。面白いからとあまり話し込むものではなかった。
「…………」
セレキは周囲に散らばる血のついた書類を一瞥し、少し目を伏せる。
「…………わかった」
「……え?」
ゆっくりと村長と目を合わせた。
「見逃してやるよ。ま、すげー血出てるし上は火事で燃えまくってるけど。助けが来るか知らねーが、それまで生きてられるようにせいぜい頑張んな」
ペシペシと、その薄い頭部を叩いてから気怠げに立ち上がる。
そのままセレキが地下室から出て行きかけるその時まで、村長は呆然としていたので。
「……」
地下室の扉の前から一発、村長へ真空のスフィアを飛ばして肩を抉った。
村長からは声にならない叫びが溢れる。
「なぁ、お礼は?」
「……ッツ、アッ、……アりが、あり、がとうござい、ます、ありがとう、ござ」
「俺様さぁ、なんも期待してねぇんだよな」
「……へ……?」
「お礼も態度もその時だけ、その場だけ、口だけ。知ってんだわ。字面だけ並べ立ててんの」
「そっそん、グブ、そ、なことは……!」
「ま、もうどうでもいいけど」
「何度も言ってるだろうあの非道、下劣!! 正気じゃない……いや元々人ですらない! 青い髪なんだ、悪魔だそうに違いない!!」
「何を馬鹿なことを……」
隊長はうんざりとした顔で小さく呟く。
ネハラ集落跡、近くの町の簡素な宿屋。
その空いた部屋を借り受けて、ネハラで生き残った数人の村人に、一人ずつ任意で短時間だが話を聞いた。
既に警士の聞き込みや取り調べは終わっているので、フェリーマンを含めこちらはあくまで非公式だ。
そして今、ネハラの村長をはじめリディアとシルヴァ、軍警隊長、そしてフェリーマンが部屋に集まっている。
村長とリディアがテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
村長は事件で酷い怪我を負い、現在も身体の各所に包帯を巻いている。
医療術師の治療を加えたものの未だ完治にはほど遠い、というのは本人談だ。
「……人ですらない……?」
村長の話を聞けば聞くほどリディアの眉根は疑念で寄っていく。
先立って村人達から聞いた“茅峨”の行いは酷いものだった。
相手が逃げようが命乞いをしようがなんの躊躇もなく、切り裂く術のようなもので一人一人手に掛けていった。
今村長が話している内容もそうだ。
過度な傷害と侮蔑を、茅峨は村長に与えている。
(でも……殺されなかった人達は「何故見逃されたのか分からない」と言っていたけど)
リディアは思う。
生き残った彼らと、この村長の茅峨に対する……説明、は明らかに違った。
村長からは、悪意がある。
「奴の画像の提供もしただろうが!! は、早く捕まえろ!!」
(この人が茅峨の画像を……)
指名手配通達の報道で流れたあの顔だ。
あれの公開で「青い髪の少年」は、今世間で流行りの話題になっている。
リディアは未だ喚いている村長を見つめ直した。
「……お名前、エイトクさんでしたよね。エイトク村長は、どうしてこんな事件が起きたと思っているの?」
「はぁ!? どうしてってだから何度も言ってるじゃないか! 奴の、茅峨の頭がおかしかったからだよ!! いつも何もないところで喋ってたりヘラヘラしてたり、気が触れてたんだ!!」
「そうではなくて……」
村長……エイトクの言い分にわずかに反論しかけたが、リディアは方向性を変えないよう耐える。
「何年も村で育っていた茅峨が、突然事件を起こしたのよね? そのきっかけは、何も思い当たらない?」
「きっかけ!? そんなもん本人に聞け!! 私があれの頭の中など分かるわけないだろう!! 君はそんなことも理解出来ないのか!!」
部屋の端に控えていたシルヴァは目を伏せ、腰に携えていた護身用の剣の柄を握り込んだ。
民間人相手に剣を抜くわけがないが、握ることで負の感情を押し殺しているのだろう。
ちなみに村人達や村長のエイトクに、ここに集まった者達の身分は全て明かしてある。明かした上でこの態度だ。
「不敬罪だねぇ」
部屋の窓辺で微笑みながら、フェリーマンは小さく口にした。
流れで罵倒されたリディアは多少驚いたものの、それでもエイトクを見据える。
「……エイトクさんは事件の理由もきっかけも分からない、ということね」
「茅峨がおかしい!! その一点で充分だろう!! “精神が狂ってる”んだよあれは!!」
その言葉は、リディアが先程村人の話を聞いた時から引っ掛かっていたものでもある。
(狂ってる……狂った? それって茅峨は、心が壊れてるの?)
表面上穏やかで優しい人物は、激情を発散する術が少ない場合がある。
感情をコントロール出来ればいいのだが、茅峨はまだ十五歳だ。
(ううん、壊れてるだなんて確定するにはまだ早いわ。もっと……茅峨に詳しい人に話を聞かないと)
ただ、壊れていると仮定したならば、それは“いつから”?
リディアは茅峨とのやりとりを思い出す。
――本当の親がちょっと変わった種族というか……この髪の色もその種族だからみたいで。それで本当の親に会いに行こうと思って旅を――
ネハラ村で育った環境のせいなのか。
……それとも生まれた時から、青い髪の種族のせいなのか。
予想外なのだが、リディアが考慮したいと思っていた情報は村人達から既に得る事が出来た。
ならばこの村長、エイトクの話を深掘りする必要はもう特に無い……
「なぁそこの、宰相だったか。茅峨は勿論最高刑罰の終身刑だよな? だが私は思う、これだけの非道な振る舞い、私の大事な村人が一方的に虐殺されてしまった! こんなの戦争に巻き込まれたのと同じだ!!」
フェリーマンから一瞬だけ笑みが消えた気がした。
彼はエイトクを見やる為に顔を上げる。
「奴を終身で投獄させたとて、世話をする費用も食事も勿体無いとは思わんか!? あの悪魔は戦乱時のように死刑にするべきだ!! 特例がクレオリアにはあるのだろう!?」
「エイトクさん、それは……」
「戦争かぁ」
リディアが流石に言葉の静止を促そうとすると、フェリーマンが遮った。
クレオリアの重鎮は王を含め、ほとんどが二十数年前の戦争経験者だ。
その話題を何かと天秤にかけ、軽く口にするものでは無い、ということをリディアは昔からひしひしと感じていた。
故に今、フェリーマンの内心が怖かった。
「そういえばネクトヴィラ領は戦火を免れていたね。何故クレオリアに死刑が無いのかも分からないか」
フェリーマンはエイトクの前まで行き、リディアの隣の椅子にゆっくりと腰掛けた。
「僕は戦乱時に参謀だったから、僕の策で何千という人が死んだ。でも罪状もなくこうして今も生きている」
「さ、参謀……?」
目の前の穏やかな顔の男を見て、エイトクは皺のある瞼を見開く。
「戦争に巻き込まれたのと同等と主張してしまうなら、茅峨斎宮は断罪されないよ」
「は……!?」
「むしろ貴方の言う、“精神が狂っている”という問題で殺傷したのなら、それは戦争よりも理屈が通る。戦争の最中や事後で狂う事はあっても、戦争当初から狂って人殺しをしている人間なんてまずいない。まともな人間が大量に人を殺す。そっちの方が恐ろしい事だと思わないかい?」
エイトクは口を開いたり閉じたりして何かを言いかけているが、的確な文言が出てこないようだ。
しかし隣に座るリディアはフェリーマンの話が気が気でなかった。
これはリディアの経験だが、普段穏やかな人物が怒ると何をしでかすか分からないのだ。
(あ、あれ? もしかしてこれって茅峨にも当てはまっちゃうんじゃ……?)
こんな推察でネハラの事件が起こった理由にしたくはないが……
その横で、あまり綺麗とは言えない話が続いている。
「それにね、死刑だなんだと言うけど無償の労働力を死なせる方が勿体無い。土木や汚物処理に清掃……人手が足りない仕事はいくらでもあるんだよ」
淡々と微笑を崩さずにフェリーマンはエイトクと目を合わせた。
「食事だって罪人には少しのパンと水、たまに野菜。鶏の皮や骨を齧ってもらったりもする。それだけで死ぬまで働くんだから、費用対効果はとても良い」
――ああ、と思い出したように口元に指先を添える。
「貴方達が茅峨斎宮に与えていた食事と似ているかな?」
「……!?」
椅子をガタリと鳴らしエイトクが姿勢を変えた。
「……なんのことか分からん……わ、私は知らんぞ!!」
「何人か情報提供者が居てね、村では茅峨少年に対して何をしても咎められなかったとか。端的に言えば虐待、虐めだけど……」
……リディアはそれを聞いて目を伏せがちにし、口をつぐむ。
先程村人から茅峨の生活を聞いた時に愕然としたのだ。
(正直、茅峨のあの性格でそんな境遇だなんて想像出来なかったのよ。人を怖がって人見知りが激しいとか、おどおどしているわけでもなくて……逆にどうしてあんなに“普通”だったの……)
食事と労働と周囲の対応、茅峨の生きる上で全てが噛み合っていなかった。
「虐めも罪状に置き換えられたはずだね? なんだっけ」
不意にフェリーマンは後ろを振り向き、控えていた軍警隊長に話を振る。
隊長は平静を装いながら返事をしたが、内心「この部屋の空気めちゃくちゃ嫌だな……」と思っていた。
「はい。暴行・強要・侮辱諸々。これらは一語ずつ全て罪になり、重複して換算されます。また仮に加害者が被害者に“返報されたとしても罪状は相殺されません”」
――返報、今回の場合端的に言えば復讐だ。
その説明にエイトクは明らかに狼狽えた。
「ばッ、そっ……証拠は!! 我々が茅峨を虐めていたなどという馬鹿げた証拠でもあるのか!? 情報提供なんて嘘っぱちに決まってる!!」
「そうだねぇ、少数の証言しか取れていないし、村は燃えたし物理的な証拠はない。そして虐めとやらの被害者は行方不明。この件を僕がわざわざ掘り下げるには、内容が軽いかな」
「……軽い、ですって……?」
リディアは思わず呟く。
冷や汗をかいていたエイトクはフェリーマンの言葉にフッと顔を歪ませて口角を上げ、もう一度椅子に座り直す。
が、変わりにリディアはフェリーマンの横顔を睨んだ。
「……貴方今、自分の立場から虐めを見下したわね……?」
宰相相手に声色に険を滲ませてしまったが、リディアは自身の膝の上で両拳を握り締める。
「……」
フェリーマンから言葉を返される事はなく、ただ横目でリディアを見下ろしてきた。
その表情は、読めない。
彼はほんの一時黙り込んでから口を開いた。
「……誤解しないでほしい。閉鎖的な場での虐めや虐待は当事者無しでの立証が難しい、という話だ」
「フン! そもそもそんなこと事態、私の村にはなかったさ。言い掛かりだ!」
エイトクは茅峨の虐めを否定したが、立証がし難いと知れば胸を撫で下ろした表情になる。
(この村長、自分達のしてきたこと絶対に分かってるじゃない……! でもこれだけの情報じゃどうにもならないってことなの……!?)
「だからねエイトク殿。この件とは別の、確実な話をしよう」
「……は? 確実な、話……?」
思い至っていないエイトクに対し目を細め、フェリーマンは再び後ろを向き隊長を自分の側まで呼び寄せる。
「君が把握していた資料、あったよね。村人の登録人数の辺り、軽く読み上げてくれるかな」
(え? 村人の人数って……)
リディアは渋い顔をしつつ、隊長とフェリーマンを交互に見やる。
確か村人と亡くなった人数が合っていない、というものだったはず。
「はい。国に申告されている村の人口は二百名弱。ですが今回死亡した人数を踏まえ調査した結果、実際のネハラの住民は二百六十名ほどでした」
「なに、その差は……まさか」
その青い瞳を丸くしてリディアは察する。
隊長は頷いた。
「脱税です。徴税の」




