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第55話「罪」-1-


 洞窟からイスラの森を経由し、湖の屋敷に戻ってくる。

 道中もセレキは何故か朋斗に絡んできて、それを雑にあしらう朋斗を見ながらクリストファーは色々と困惑していた。


「貴方達は、結局一体どういう関係ですの? あまり見当がつかないんですけれど」

「ダチだぜ」

「おまえとはダチになったつもりねぇんだわ……」


 昨日今日とかなり紆余曲折だった。

 噂の魔女の屋敷で世話になり当人を含んだパーティを組み、茅峨の別人格が本当に存在して、詳細不明の未族の男にも出遭ってしまった。

 朋斗にしてみれば路銀を稼ぎたかっただけなのに何故こんなことに? という心持ちである。


 そしてそれとは別に、朋斗は凹みもしていた。

「…………」



「……あら?」


 三人がウッドフェンスから敷地の湖畔に足を踏み入れると、クリストファーはふと気付く。


 湖畔の東屋のベンチに、人が居る。


 身なりのいい男性が一人、座ってティーカップを口にしており、近くには従者だろうか二人の青年が姿勢よく佇んでいる。


 それを視認したクリストファーは、大きく目を見開いた。


「え……レイヴフォード様……!?」




.

.

.

.

.




 クレオリア国土最東にある現ネクトヴィラ領、その中でもさらに東の辺境地、ネハラ村。


 近隣の人里も遠く、周囲は林や岩山などで囲まれ、村まで辿り着けるルートは少なく孤立している。


 そのせいで大昔は嵐や洪水に見舞われた時など避難が困難であったり、外野からの救援や物資を届けられなかったりと災難だったようだ。


 が、そんなこの土地に一人の賢者が訪れる。


 なんやかんやあり、ネハラの地の中で特に霊脈溜まりらしいウガノの洞を拠点とした賢者は、強い霊脈の力を借り受ける代わりに村人を災害から守護し、村人達とも良き関係を築いたとされる。


 ――もう何百年前の話だ。


 賢者が没してもその守護は続いていたらしく、ネハラ村とその周辺に大きな災害が起こったという記録はない。

 賢者の精神はとても強く、扱える力は広大だったのだろう。



 しかし、ウガノには賢者が住み没後は祀られていた形跡も確かにあるが、霊脈の流れは今を生きる人々にはもう感じられない。


 守護により更に孤立したことで起こる集落社会、年功序列、平和概念。

 他者や外部情報に対し、閉鎖且つ排他的なシステムを形成するには充分だった。


『他所者は排除すべきだが、匿ってやらなければ可哀想だ』

『匿ってやっているだけ有難いだろうが』


 ……それは賢者が現れる前からの常だったのか、それとも没後の何百年で思想が変化したのかは知る術はない。


 賢者の世話をしていたという、斎宮(イツキ)の性を持つ村人の数はそれなりに多くいたが、それも今回の大火事の事件によって殆どが死亡した。




「……ネハラの資料、一通り読んだけど……」


 揺れる馬車の車内でリディアは束の羊皮紙から目を離す。

 ネクトヴィラ領内の、とある町の町長から借りたものだ。


「完全に因習村ね。絶対祠とかある」

(ほら)はありますけどね。賢者の」


 同じく資料に目を通していたシルヴァは淡々と返した。


「この賢者の是非は分かりませんが、守護がなければネハラはここまで孤立しなかったのかもしれませんね」


「うーん……そうかしら」


 シルヴァの言葉に、リディアは少し思案する。


「賢者が現れなくてもこうなる可能性ってあったと思う。あとは、“村がわざと孤立した”……みたいなパターンもあるわ」


「……と言いますと?」


「立地が辺境なことは揺るがないし、人間って厄介な思考回路持ってる奴が一定数いるもの。そういうタイプがもし村長に居座っていたら、外部との接触は広げない」

「え……広げないのですか」


「国の縮図、村長は王になれるってこと。小規模なら市政で住民を掌握し易い」

「……リディア様」


 シルヴァはどこか渋い顔をしつつ苦笑する。


「流石、考えがお堅いです」

「わ……私だって辺境の村に柔らかいイメージを持ちたいわよ! でも実際辺鄙な土地に集落がある所は外部と交流を持とうとするわ。近隣の町、王都、どこでもいい。その方が何かあった時に、村人を守る保険になるから」 

「なるほど。それを敢えてしないメリット……因習村とは、言い得て妙ですね」


 窓から外を伺うと、遠目に何やら黒い建物らしきものが見えてきた。

 そろそろ目的地に着きそうだ。


「賢者の力が本当にあったとしても、その効力がいつ切れるかも分からないのに……ずっとよそと接触を絶っているのって、私だったら怖いわ」


 リディアは眉を顰める。


(報道では、茅峨は建物を焼いて村人を刺殺した。あの子が本当にそんなことをするとは思えないし、もし……本当だとしたら、過度な理由があるはず。ある、わよね……?)





「……くぅ、ちょっとしんどかった……」


 馬車からのそりと顔を出したリディアが、顔に掛かった銀髪を払いながら少し呻く。


「ここまでの長時間馬車で揺られる機会はあまりないですからね。少し休憩しますか?」

 先に降りていたシルヴァは黒いスーツの姿勢を正したまま、馬車から降りかけるリディアへと手を差し出した。


「ありがとう、大丈夫よ。あまり悠長にもしていられないし……それにしても」



 降り立ったのは件のネハラ集落。

 ……現状は集落跡地だ。


 曇り空の下を未だ漂う、炭のような匂い。

 遠くから黒い建物だと視認したものは、焼けて崩れた家屋の骨格だった。



「報道よりもオーバーな事は想像していたのだけど、ね……」


 村の入り口であった場所から見えるのは、燃えて外郭が無くなり骨組みも炭と化している施設や住居であった建物。

 倒れた残骸などはまだ処理が捗らず、区画のあちこちに黒い廃材として固められている。


 人が住む集落としての機能は完全に終わっていた。


「……村のほとんど全部……これ、燃えたの?」



 これが少しでも物流や人々の交流がある土地であれば皆が復興を望むのだろうが、恐らくは、この村にそういった声は上がらないだろう。



 事件の惨状を考慮し、ここには王都から異例の軍警士小隊の派遣がされていた。

 リディア達は村で調査と整備を任されていた軍警の隊長を尋ねる。

 先立って王女がここへ向かう事は伝達されていた為、こちらの身分を明かし調査の状況を伺う。


 隊長は、犯人が行った状況を全てリディアに話すことを一瞬躊躇った。


「これは本当に、指名手配されたあの子が、たった一人でやったこと?」


「……ええ、そうです。殿下がわざわざ来られたということは……報道との相違点の確認で宜しいですか」


「他にも色々と知りたいけど……まず現状説明、お願いしても?」


 リディアに促された隊長は、あまり表情を変えずに頷いた。

 彼女はまだ成人もしていないが、全ての権限は王家の方が上なのだ。


「承知しました。ただ、あまり耳触りのいい話は聞けませんよ」

「……構わないわ」


 報告。

 現状から被疑者は重要指名手配中の少年。

 村はほぼ全焼。燃死体を含む検死では、単純な刺殺ではなく多数の刃、或いはなんらかの術による空気の圧力での切創が直接の死因。

 被害者は老若男女無差別。死亡人数は以下の通り。


「……その数の村人が、切り裂かれて死んでいた?」


 茅峨の印象からは想像が出来なかった。彼は盗賊にすら手を上げることを控えたというのに。

 リディアは何度かまばたきをして頭を振る。


 ならば、もし村が燃えていなければ、ここは血みどろの――



 ……胸の奥がゆっくりと重くなって、リディアは予想していた以上にショックを感じていた。


 報道との相違を覚悟していたつもりが……あれはなんらかのフェイクか、実際の犯行は茅峨ではない、と薄ぼんやりと考えていたのかもしれない。


(なんて甘い……)


 偶然の知り合いだが、自分が多少なりとも好感を持ったから。

 だから、「違っていればいい」と思っていたのだ。



 リディアの反応を少し汲みつつ、隊長は見解を続ける為に口を開いた。


「……ただ、弱冠十五歳の少年が、村を全焼させる規模の術を習得していたのか……という点は未だに疑問です。雨天の後に炎を使用して燃やす場合、相当の術式構築が必要です」


「……でも、出来なくは、ない?」


 リディアの問いに隊長は頷いて肯定した。


(仮に、可能だったとしても……!)


 茅峨の性格と、村の壊滅を実行したこと。

 これだけの規模だ。何か理由、きっかけ……それがあるはず。


「か……彼が事件を起こした理由は分からないのかしら。そもそも指名手配に至ったのは、確実に加害者は彼だという証拠があるってことよね?」


「はい。殺害を免れた村民の協力を元に、遺体の身分と略歴を住民照会出来ました。その中で唯一、村の行方不明者が茅峨斎宮(みょうがいつき)で、彼が実際加害行為を犯していた証言も多く取れています」


「ちょ、ちょっと待って。この状態で生きてる人がいて、話を聞けたの……!?」

「ええ。児童数名、全てではないですがその親、他にも何名か……それとネハラの村長ですね」

「そ、村長が……!?」


 リディアは目を丸くした。

 話を聞く限り事件は凄惨で、誰も残っていないのでは……と漠然と感じていたからだ。


「事件直後は生存者の公開を控えていました。村長の希望もあり……加害者が戻ってきて第二被害が起こるとも限らなかったので」


 村長という単語が出るたび、隊長は何故か少ししかめ面をした。


「……殿下。この件は判明した時に彼にも申し上げた事なのですが……身分等を照会した時に、村の登録人数よりも亡くなった方の方が多かったのです」


「え?」

 リディアは目をぱちくりとさせてから、訝しげに眉間を寄せる。


「な、なにそれ。ミステリーな話……? それに彼って?」

「リディア様」


 一歩後ろにいたシルヴァがこそりと名を呼ぶ。

 リディアが振り向き顔を上げると、いつの間にか近くにローブを纏った男が立っていた。


「……フェリーマン様です」

 再びシルヴァが耳打ちする。


 どこか癖のある濃い茶の髪に、穏やかな顔立ち。

 四十そこそこの年齢の気もするが、やや童顔である。



「お疲れ様です」

 隊長が敬礼をした。


「……ッ」


 リディアは驚いた。

 ――彼は宰相だ。

 しかも父の……クレオリア王の側近と言ってもいい。何故ここに。


「ご機嫌よう、リディーゼア殿下。シルヴァ殿も暫くぶりだね。加減はいかがかな?」


 先にシルヴァが礼をし、きっぱりと口を開いた。

「変わりなく。フェリーマン様もご健勝のことと存じます」


「……私はいつも通りよ。どうして貴方がこんな辺境へ?」


 フェリーマンという呼び名の男は温和な顔のまま微笑む。


「興味があってね。それに罪を言及し(まつりごと)に反映させるのも僕の仕事だから」


「罪……」


 ……リディアは幼い頃からこの男を知っている。


 彼自身の本心を悟らせない表情と物言い、なのにこちらのことを少し話すだけで、全てを知られてしまうかのような聡明さ。

 正直苦手だ。


「そんなに構えないでほしい。君は相変わらず考えが顔に出やすいなぁ」

「う……」

 悪気なく彼は笑う。


「さて。そちらの彼が報告してくれたように、死亡した村民の人数に相違があった。ついでにこの集落、全焼に見えて一部そうでもなくてね」


「え……それって、燃えてない所があるの?」


「ああ。地下があった。村長の家の下に。あとは……これも別の場所に地下があって、そこは古い牢屋だった。直近で使っていたのかはまだ分からないけど」


 くるりとフェリーマンはそこにいる一同を見渡す。


「丁度良かった、と言っていいかは君達次第だが……これから僕は近くの町に行くつもりだったんだ。そこにはネハラで生き残った者達が仮住まいをしている。村長もね。それで、彼らと少し話そうと思う。……一緒に来るかい?」


 彼は相変わらず腹積りが分からない目元を細める。


(そ……村長と話したら余計茅峨が不利にならないかしら。だって被害者でしょう……?)


 リディアはあまり気が進まなかったが、情報は欲しい。

 それに一番は、茅峨が何故加害したのか……それが詳しく分かるかもしれない。


「……行くわ」


 リディアが行くなら、と無言でシルヴァも頷く。

 今まで一同の様子を見ていた軍警隊長は口を開いた。


「では、自分は仕事中ですので持ち場に戻……」

「君は来るんだよ?」

「えっ」

 隊長はフェリーマンに肩を叩かれて少し体が跳ねた。


「君、情報も資料も全部持ってるんだからさ。援護してくれると助かるなぁ」


「は、はぁ……い、いえ。はっ! 承知致しました!」


(援護……? この人、一体どんな話をするつもりなの?)


 リディアは怪訝そうに首を傾げたが、フェリーマンはこれも微笑むだけだった。





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