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十六話 ワガママ女め

 女王は大きく息を吸い込んだ。

 魔法を放つつもりかそれとも衛兵を呼ぶか、どちらにしても大事故だ。グレイルは咄嗟に女王の口を押さえ込む。


「おい、ちょっと! やめろ、静かにしろ」

「〜〜〜っ!」


 しかし女王はグレイルに爪を立て、足を踏んで抵抗してくる。女王は素足なためグレイルにダメージはないが、それにしても、マズイ状況だ。


 こんなところを踏み込んだ衛兵に見られれば一発アウトである。いざとなれば女王を人質にして立てこもることもできるが、こちらは無手の男が二人、相手は武器アリで何人いるかもわからない。あまりにも多勢に無勢だ。


「ええと、大丈夫ですか? なんか暴れてませんか?」

「大丈夫大丈夫。モーマンタイモーマンタイ」


 目隠しされて状況が見えないながらも、不穏な空気を感じたのかベッドの上に縛り付けられた男が身じろぎする。あやしげな言葉でうそぶくグレイルに、ヴァニーユは念押しした。


「あの、彼女に乱暴しないでくださいね! 怒らせたら、この輪っかを外してもらえないです。そうしたら、帰れなくなりますよ!」

「へいへい」


 その言葉に、女王がグレイルの腕をタップしてきた。どうやら言いたいことがあるらしい。「暴れるなよ?」というグレイルの確認に頷いた女王は、解放された後、深呼吸をひとつしてグレイルに向き直った。


「……どういうことだ?」

「何が」

「ふざけるな。さっきの、あやつの言葉だ」

「俺が元の世界に戻るための方法ってやつだよ。最初に聞いてたのはそっちの方なんだ」

「具体的には?」

「アンタの旦那が知ってるってよ。だからほどいてやれよ」

「いい加減、その手を離せ。……ほどけと言うが、まずはその方法とやらを聞かねばほどく気にはなれぬ」

「嫌だね。離したら逃げちまうかもしれないからな。おい目隠し、さっさと話してやれ」


 グレイルは女王の腕を掴んだまま、ベッドの上の虜囚に話の先を促した。縛られたままの男は狼狽えながらもグレイルの質問に答えた。


「ええと……グレイルさんを帰す方法はひとつ、時の精霊さまに会って、魔力と引き換えに異世界への扉を開いていただくことです。そのためには別の精霊さまの協力が必要で、それにはこの隷属の輪がどうしても邪魔なんです。だから、外して下さい。それができるのは、女王だけなんです。だから、彼女を怒らせちゃだめですよ、グレイルさん」

「だってさ。だから外してやってくれ」

「いやだ。絶対に嫌だ」

「んでだよこるぁ!!」

「ふぐっぅぅぅ!」

「穏便に! 穏便にお願いしてください!」


 女王は自分の両頬を片手で挟み込んでいる無礼者の腕をバシバシと叩いた。何か言いたいことがあるようだと判断したグレイルは、ほんのわずか手の力を弛め、女王相手に凄んでみせた。


「騒ぐなよ?」

「そんなことはわかっている。だが、言わせろ。そもそも、なぜお前に協力しないといけない? 今すぐ氷の槍で貫いてやっても良いのだぞ!」

「へぇ。やんのか」

「なに……?」


 女王とグレイルの間にピリリとした何かが走った。ヴァニーユが慌てて言う。


「女王! この方はクリエムハルトの命の恩人なんですよ!」

「……チッ!」

「何なんだよ」

「よい、あちらで話す! 来い!」


 女王はグレイルの手を引き、居間の方へ戻ろうとしている。どうやら、ヴァニーユに聞かれたくないことがあるようだ。


「なんなんだよ」


 グレイルが仕方なく連れて行かれると、寝室へ続く扉を閉めてすぐ女王は不機嫌に言い放った。


「妾もお前たちについて行く! それなら、輪を外さなくてもいいだろう!?」

「できんのかよ?」

「できるか、とは?」

「女王様がそんな気軽に外に出られるのかよ? こっちはゾロゾロお供を連れ歩く気はねぇぞ」

「誰にも気づかれぬ夜中に行けばよいではないか。そして、夜明け前に戻ればいい。それができないなら諦めろ」


 そう言って女王はそっぽを向く。グレイルは後ろ頭を掻きながら考えてみた。確かに女王が同行すれば、あの男の足首に嵌まった枷が外れていなくとも移動に支障は出ないはずだ。


 だが、ヴァニーユの望みは枷を外すことだけではない。彼が求めているのは城下町までの外出や買い物などほんの少しの自由と、息子とのもっと頻回な面会だ。


 現状では実の息子であるクリエムハルトに会うにも許可が必要で、しかもそれが必ずしも通るわけではないと聞く。親子なのに何ヶ月かに一度しか顔を見ることもできないなんておかしいだろう。


 グレイルはそう訴えて、女王から許可を引き出そうとした。もしもヴァニーユの望みが叶わずあの男に協力を拒まれてしまえば、取り残されたグレイルは勝手のわからない異世界で一人、どうしようもなくなってしまう。それでは困るのだ。


「っていうわけだよ。叶えてやれよ」

「……外に出たいのか、あやつは。そんなこと、一度も言わなかったのに」

「出たいに決まってんだろ! 買い物くらい、自由にさせてやれ! あ、あと、クソガキ王子にも会わせてやれよ。少しは性格が矯正できるかもしれねぇぞ」

「フン……!」


 女王はそっぽを向いた。まったく、あの王子の性格は母親譲りに違いない。


「で、どうなんだよ」

「……あの輪を外すことはできない。それだけは、認められない!」

「ンでだよ!」


 あくまでも頑固な女王にグレイルは声を荒げた。


「……妾は人質を取ってあの男をここに閉じ込めている。あの男は好きでここにいるわけではない。だから、縛らねば逃げてしまうのだ。そうなったら、妾は、どうすれば……!」


 女王はうつむいた。その声には涙が滲んでいるようだった。グレイルは慌てはしなかったが、面倒だとは思った。何か言わなくてはいけないと、グレイルが声をかけようとしたとき、女王はサッと顔を上げて鈴で外の衛兵を呼んだ。


「お、おい!」

「今日はもう下がれ。あやつもすぐに下がらせる」

「なっ、話はまだ……」

「輪は外さないが、あやつの要求は飲む。妾が一緒に行く、それで解決だろう。夜明けまでに戻るのが条件だ。他に何が必要かは、後であやつに聞け」


 話はまだ終わっていなかった、が、強制的に終わらされてしまった。女王は有無を言わせず、呼ばれてやってきた衛兵はさらに横柄で、グレイルは女王の寝室を追い出されてしまったのだった。

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