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十五話 夜の謁見

 三日後、城に来て四度目の夜である。

 グレイルはようやく女王のいる居室まで案内されることになった。


「どうか、怒らせないようにしてくださいね」

「わかってるよ」


 相手はすぐに暴力に訴えるというヒステリー女である。しかも、女王だから力でねじ伏せようにも衛兵を呼ばれてしまうとアウトである。勝てたとして、生きて城を出られるかはわからない。それに、この男の輪っかを外してもらわなければ、地球へは帰れないのだ。


「兵士たちはよく教育されています。何かおかしなことをすれば、すぐにあなたを殺してしまうでしょう」


 ヴァニーユは緊張した声でそう言った。

 やがて扉が開き「中に入れ」と兵士が促す。グレイルが中に入ってみると、そこは居間のような雰囲気の部屋だった。中には誰もいない。


「奥か? それとも、ここで待てばいいのか?」

「待っていてください。聞いてきます」


 ヴァニーユはそう言って奥へと入っていった。


「人を呼びつけておいて出てこないっつーのは、どういう了見なんだろうな?」


 グレイルはソファにどっかりと腰を下ろし、手土産のチョコレートの箱をテーブルの上にポイッと放り投げる。この部屋には、紅茶どころか水すら置いていない。ウイスキーのボトルとグラスはあるが、グレイルはそれには手を付けず、事態がどう転ぶか見守ることにした。


 ソファで腕組みをして目をつぶっていると、足音を忍ばせてグレイルに近づいてくる者がいた。


「……?」


 足音を忍ばせていても気配で分かるし、布がすれる音で誰かが近づいてきていると感じたグレイルは目を開けて後ろを振り向く。


「さすがに気づくか。お前は武人か?」


 それは、あのカス王子によく似たしゃべり方をする若い女だった。蜂蜜色の髪の毛に、琥珀色の瞳。見下したような表情。おそらくこれがあの男の妻でこの国の女王なのだろう。


「……ああ、確かに武術はたしなんでいる。と言っても、色んな流派を経験してきてるから、どれとは言えないがな」

「素手でも妾を縊り殺せそうな腕をしているな」


 女王の言葉に、グレイルは肩をすくめて見せるだけにとどめた。余計なことを言って「首をはねろ!」などと言われてしまってはかなわない。


「あの男は?」

「縛り付けてきた」

「……どうして縛ったんだよ」


 女王はニヤリと笑って、グレイルの斜め向かいに腰かける。そして面白そうに口を開いた。


「どうして? ぴぃぴぃ煩いのでな。なにか問題でも?」

「結婚した夫婦じゃねーのかよ? なんでそんなことができんだよ?」

「縛ってはいけないか? より愛を感じるための行為だぞ? ……ふふ、言ってわからぬなら、お前も縛ってしまおうか」

「そんなSMの趣味なんかないね。変態おばさん」


 女王の眉が吊り上がる。

 売り言葉に買い言葉で挑発してしまったグレイルは、表面上は冷静に彼女の視線を受け止めた。


 空気が凍りついたまま、とちらとも口を開かず時間が過ぎていく。が、幸いにも女王は激高することなく鷹揚に頷いてみせた。


「まあよい。それで、妾への贈り物があるとか?」

「贈り物ならこれさ」


 女王は卓上に置かれた箱を一瞥して、グレイルに言う。


「開けよ。そして己で食べてみるがいい」


 グレイルは自分が試されているのを感じ、肩をすくめた。甘いものはそこまで得意ではない。


「悪いが、甘いものは好きじゃない」

「ふぅん? なら、あれに食べさせてみよう。ついて来い」


 女王は言うが早いか立ち上がり、奥の部屋を指さした。


「箱を持って、先に入れ」


 ここでいちいち逆らっても仕方がない。グレイルは言われるままに中に入った。そこは寝室で、ベッドの上には確かに女王の言う通り、ベッドの支柱に両腕を縛り付けられたあの男がいた。さらに目隠しまでされている。


「グレイルさん!? 説得できましたか? 彼女、いいと言ってくれましたか?」

「まだだ。先にこれを食え」

「むぐむぐ……甘くて美味しいです」

「甘くて美味しいってさ」

「そうか」


 そのまましばらく、会話のないままグレイルと女王は睨み合っていた。ヴァニーユからは「説得してくれ」と頼まれはしたものの、ヒステリックな女の機嫌を取るのが得意なわけではない。


 とはいえ、ずっとこうしているわけにもいかない。グレイルがどうしたものかと思いつつ、手に持っていた箱を女王の方へと差し出した。


「なんだ」

「アンタの旦那が選んだんだ。食えよ」

「…………」


 白魚のような手がそろそろと箱に伸びる。女王は無表情のまま、職人の手で丁寧に作られた艷やかな高級チョコレートのひとつを手に取った。


 カリ…とチョコレートを歯で割る音が寝室に響く。縛られたままのヴァニーユが呑気な声で女王に話しかけた。


「ね、美味しいでしょう? 好きなものだけを選べるように、アソートにしたんですよ」

「そうか……」

「ええ! グレイルさんが詳しく相談に乗ってくれました。さすがですよね! 女性の心を掴むコツとかに詳しいんですよ〜。きっと数々の女性をお相手にしてきたんでしょうね」

「うん、オマエ、ちょっと黙ってろ」

「ええっ!?」


 これ以上余計なことを言われてはたまらないと、グレイルがヴァニーユを小突くと、わざとかどうなのかヴァニーユは大げさに驚いてみせる。ほんの少し、空気が緩んだ気がした。


「……確かお前の願いは、元の世界に帰ることだったか。どうしても、帰りたいか?」


 女王がおもむろに口を開いたかと思うと、彼女は唐突な質問をグレイルに投げかけた。


「ああ、帰りたいね。帰れるもんなら今すぐ帰りたいね」

「フン、この世界に落ちてきた人間を送り返すためには、その者の血と心臓を捧げて魂を元の世界に飛ばす儀式が必要なのだぞ? 今すぐそうしてほしいと言うなら、まぁ……。そうしてやるのも妾の務め、か」

「ちょっと待て俺死んじゃうじゃねえかよ!」


 そんなトンデモ情報は初耳である。言い募るグレイルの勢いに、女王は一歩後ろに下がった。表情が強張り、怯んでいるようだ。そのまま身を翻す女王の手をグレイルは掴んで引き止める。


「おいちょっと待て。どこ行くんだ?」

「離せ! 汚らわしい!」

「うるせーよ知らねーよ。じゃあどっか行こうとせずにちゃんと俺と向き合えよ!!」

「……!」

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