十七話 てんで話を聞きやがらねぇ
不承不承退室したグレイルは、与えられた部屋でヴァニーユを待つことになった。そして、そう間を置かずに彼はやってきたのだった。
「いや〜、失敗しましたね。見ての通り、足環は外してもらえませんでした」
開口一番、ヴァニーユは困ったような笑顔で自分の足元を示してみせた。そこには相変わらず鉄の輪が嵌まっている。グレイルは居心地悪く思いながらも尋ねた。
「俺がどうにかして外せないのか?」
「無理だと思います。女王がキスしてくれれば外れるのですけどね……。そうしたら、移動が本当に楽になるんですよ。むしろ、移動するのに風の精霊さまの力を借りないと、絶対に面倒です」
「ほう、風の精霊か。そういやなんか言ってたな」
「ええ。彼はとても自由で、そして、私にとても良くしてくれました」
ヴァニーユは遠くを見て昔を懐かしむようにそう言った。彼はこの十年、ここで女王に縛り付けられてきたのだ。
「あの女じゃないとダメってことか」
「そういうことです」
「じゃーどーすんだよあの女……外してくれるようにあの車のボンネットに縛り付けちゃうか?」
「いやぁ〜、無理やり床に這いつくばらせて輪っかに口づけさせればいいと思いますよ」
ヴァニーユは笑顔のまま過激なことを口にする。コイツも大概イイ性格をしているようだ。
「ん~、衛兵とか呼ばれたりしないかねえ? それから魔術使ったりとか」
「あ〜」
ヴァニーユは苦笑いになった。
反撃される危険性はある、ということだろう。クリエムハルトの時もそうだったが、この世界の攻撃魔法は魔法の名前を叫んだ瞬間にはすでに技が発動している厄介なものだ。距離があれば回避も可能だが、至近距離でノーモーションの技を繰り出されるのは致死と言える。
「グレイルさんが気絶させればいいと思います! たとえば、ほら、殴るとか」
「ん〜〜。そうだなぁ。絞め落とす、か?」
「そうそう。そんな感じでいいと思います! もしこの輪が外れれば、私も逃げられますし」
「いつ、やる?」
「明日。また夜に呼ばれます。彼女はきっと、私たちが黙って従うと思っているでしょう。反抗されるのには慣れていないハズ……その隙をつきましょう」
グレイルたちは顔を合わせて頷いた。
翌日、特にすることのないグレイルはヴァニーユやクリエムハルトと会うこともなく夕方まで放っておかれた。食事は届けられたし、散歩などの自由もあったが、よそよそしい王宮の中は居心地が悪かった。
ようやく呼ばれたと思ったら堅苦しい服を着せられて、連れて行かれた先は二人用の晩餐の席だった。そこには着飾った女王がすでに座って待っていた。見回してみても給仕する使用人と護衛、楽団がいるだけでヴァニーユの姿はない。
「何で俺がこんな格好させられてんだ?」
「食事のために着替えるのは当然だろう?」
女王はバカにしたように鼻で笑った。一応、グレイルにだって上流階級の作法などの知識はあるが、今回はそういうことではなく、なぜ二人きりなのかということが言いたかったのだが黙ることにした。口を開けば暴言しか出てこない自信があった。
「まぁよい。楽の音でも聞きながら食事を楽しめ。ついでにお前のいた国の話でも聞かせよ」
「ったく、クソ生意気な女だぜ……」
「何か言ったか?」
「べつに〜」
今さら歓迎されたところで女王に対して好意的な気持ちにはなれなかったが、用意された食事は美味しそうであった。それらを無駄にするのも無駄な争いに労力を費やすのも嫌だったグレイルはおとなしく席についた。
手洗い用の水にナプキンに飲み物にと、給仕たちが甲斐甲斐しくグレイルの世話を焼く。出てくるメニューのグレードは、グレイルの住む時代の高級レストランに勝るとも劣らない豪華さで、味も申し分なかった。楽団の演奏も食事を邪魔するものではなく、むしろ快適な空間を演出していた。
だと言うのにその奇妙な晩餐は会話なく始まり、会話なく終わりそうだった。これではいったい何のために招かれたのかサッパリわからない。グレイルはため息を殺しつつ食事の手を進めていった。そして、もうデザートに移ろうかという頃、ようやく若き女王が口を開いた。
「お前、妻はいるのか」
「はぁ〜?」
「質問に答えよ。妻は? 子はいるのか?」
「……妻はいるが、子はいない。ってか、何の話なんだよ、これは」
面倒くさそうな表情を隠しもしないグレイル。だが、女王は勝手に話を続ける。
「お前は妻を一人残して不安ではないのか? ちゃんと世話をする者がいるとしても、主人が不在では良からぬ考えに至る使用人も多い」
「……あのなぁ、ペットか何かじゃねぇんだぞ。妻は自分のことは自分で何でもするぞ? 仕事だってあるしな」
「バカな……!」
「馬鹿はお前だろ」
グレイルからすればこっちの世界、というよりもこの女王とあの男の関係の方がおかしく思える。鉄の輪で拘束したり、閉じ込めて自由を奪ったり縛りつけたり。それにクソガキ王子の性格が悪いのもおそらくはこの女のせいなんだろう。グレイルは鼻で笑った。
「捕まえてばっかりじゃ外に出たくなっちまうのも当たり前だろうがよ。それに、おめーがあんな縛ったりしてっから逃げられちまうんじゃねえのか?」
「そんなこと……では一体妾にどうしろと言うんだ!」
「知るかよ」
「…………使えぬ! 異世界から来た男ゆえ何かの役に立つとあやつが言うからこの席を設けたというのに、これではまったく時間の無駄じゃ! なぜ妾がこんな爺を帰すためにわざわざ……」
「じゃーーーーさーーーー、条件付きで外に出してやりゃーいいじゃねえかよ!! 見張りでもなんでもつけてよお! 逃げられたら権力総動員して連れ戻しゃあいい。だが外出の約束をさせて勝手に逃げちまった場合だぞ!!」
「だが! だが、あやつが逃げるということは、妾は、あやつが妾を愛していないということを認めることになのではないのか……」
「さあね! 少なくとも縛っている間は愛してくれないと思うぜ。そんなの一方的な愛だからな」
「そんな……」
ガクリと項垂れる女王。グレイルはこれが最後の説得のチャンスと、できるだけ優しく女王を諭した。
「それなら、一度だけ枷を外して試してみようぜ? ちゃんと対等な立場になってよぉ」
「嫌だ!!」
「っ、この、クソアマ……」
「もういい! 出て行け!」
女王はヒステリックに喚き立て、グレイルは部屋を追い出された。閉まった扉に罵詈雑言を叩きつけても何も変化はない。
「クソッ! やっぱ実力行使っきゃねーな」
そう呟いてグレイルは女王の部屋を後にした。




