ターニャの頑張り
祭に向けた準備は、街の中にも変化を与えている。最初の合同入団会のあった広場には、即席のコロシアムが作られ始めている。
現代で言うなら移動式のサーカステントみたいな感じだ。中央にステージがあり、その周りにすり鉢状に観客席が作られる。それなりに大きな作りだが、観客はどれくらい入るのだろうか。
正直、人前で何かをやるのは苦手だ。戦闘となれば、集中できるかも知れないが、それまでに上がってなきゃいいけど。
迷宮から帰ると、アラクネ様に迎えられた。何やら渡したい物があるとか。
それは、戦闘メンバー用に作られたインナー一式。黒く光沢のある繊維で織られたそれは、柔軟で軽く、吸水、発散に優れたアラクネ様の糸製。俺は既にシャツを貰っていたが、とても重宝している。
他の面々も渡されたものの肌触りの良さに驚いていた。
「わらわはしてやれるのは、そうしたサポートだけじゃからな。よければ使って欲しいのじゃ」
早速、女子部屋にこもって試着会が始まる。
「薄くて軽くて、着心地抜群だね!」
「なんかスースーして、落ち着かねぇなぁ……ってか、フィオナ。それでタモツの前にでたらチチコロだぞ」
「こ、こんな、体のラインの出る服は見せられません」
「キサラも似合ってるじゃん」
「動き安くはあるな」
などなど、妄想をかき立てる会話が続いている。
祭までの間に、アラクネ様の加護か、孤児達全員に施された。キサラほど飛び抜けた子はいないものの、それなりには定着。早くも機織りの手伝いを始めた子もいるらしい。加護により、知力も高められるので、物覚えも良くなるみたいだ。
男の子二人は、木刀を使った練習を始めている。迷宮に潜るつもりだろう。
年長のエレナはターニャと家事を分担し、クラン内の生活を支えてくれている。
「おい、タモツ」
その言葉に振り返ると、木刀が飛んできていた。あわてて受け止める。
夕食後の散歩に出てすぐだ。
キサラが仕掛けて来ていた。
小振りの木刀を逆手に、俺へと打ち込んでくる。
ドリスが近くにいない今、そのステータス差はそれほどでもない。後は技量の問題だが、迷宮に潜って1ヶ月。それなりに経験は積んできた、簡単に……。
「ぐふぅ」
オークとの戦闘で、片手で相手を征する戦いにも慣れてきた。相手の武器に合わせて弾こうとしたが、キサラの攻撃はオークほど単調ではない。見事にわき腹を抉られていた。
だが、多少のダメージは覚悟の上だ。身のこなしはパーティーでもトップ、懐に飛び込まれるのは仕方ない。攻撃で止まったところに重い一撃を振り下ろす。
しかし、体を回転させるように軸をずらして回避。二撃目が、膝に入る。
「ふぬっ」
踏ん張りながら、木刀を横に振る。が、キサラは軽く跳躍してそれを避けて、肩に一撃。
その後もこちらの攻撃はかすりもせずに、一方的にやられて崩れおち、馬乗りにされていた。
首筋に木刀を突きつけながらキサラは言う。
「貴様が望むのは見栄か、守る力か」
「!?」
「残念ながら今のところ、エレナは幸せそうだ。まだ生かしておいてやる。エレナを守るなら、見栄は捨てろ」
言うだけ言って、素早く立ち去った。
俺は道に大の字になりながら考える。派手に戦う必要はないのか、付け焼き刃でどうにかなるものでもないなら、自分らしく。
(ありがとう、キサラ)
翌日からの練習では、今まで通りのちまちまとした戦いを再開した。
紆余曲折ありながらも、あっという間に祭を迎える事になった。その間は迷宮も閉鎖されて、街に人があふれている。
街中が活気づき、出店や大道芸人など、様々な催しが行われている。
武闘大会はメインイベントになるので、明日から行われる予定だ。
「今日はターニャの品評会かな」
「皆さんにお見せするのは、恥ずかしいのですが……」
「わらわが太鼓判を押したのじゃ、自信を持つがよい」
あまりゾロゾロと連れ歩くのも邪魔になるので、俺の組はアラクネ様とターニャの三人だ。あとは、旧ドリュアスクラン組、孤児院組と分かれている。
裁縫の品評会場はそれなりの人だかりになっている。客としては、冒険者よりも商人の方が多いだろう。それでも女冒険者の姿も見られる。
皆、口々に作品の出来を批評している。裁縫職人の今後の依頼に繋がる大事な舞台だ。
俺達は、ターニャを先頭にアラクネ様と並んで歩く。さりげなく腕を絡めてきたのが、嬉しかったりする。
ターニャはキョロキョロと自分の作品を探す。
「あ、あれですね」
入選作品の棚、その左端にその作品は陳列されていた。
展示の中央は優秀賞、右に佳作、左に入選と並んでいる。
「むう、入選も末席じゃと。審査員の目は腐っておるな」
アラクネ様はご立腹のようだ。
ターニャの作品は、黒のレースで彩られたハンカチ。さりげないワンポイントなのは、時間がなかったから仕方ないだろう。ただ、その編み込みは緻密で繊細。ワンポイントであることで、清楚な印象を与えいる。図柄は蝶、アゲハのような紋様が綺麗に浮き上がって見える。
「凄く綺麗だね、ターニャ」
「ああ、ありがとう、ございます」
ターニャは恥ずかしいのか真っ赤になりながら俯いている。
「これかわいい!」
「これで入選なのね、だったら安いかも?」
「そうね、私達が持つのはこれくらいのがいいよね」
周囲の冒険者の評価も上々のようだ。ますますターニャは俯いている。ダイレクトな客の評価というのは嬉しいものだ。今後の励みになるだろう。
ずっと止まっているのも迷惑なので、他の作品を見ていく。やはり一年に一度の祭典、豪奢な刺繍やレース飾りが目立っている。
「確かに凄いけど、普段使いにはならないよな」
「まあ、技量を魅せる作品じゃからな。実用性は低いじゃろ」
優秀賞にあったのは、戦装束というのだろうか、陣羽織の裾の長いような上着だ。細かい金糸の刺繍で、その豪華さは他の追随を許さぬ作りだ。
「サナリア様の作品ですね、さすがです」
ターニャも知っている人物のようだ。アテナクランとなっている。
「ふん、ケバいだけで趣がないわ」
などと負けず口を叩いているが、アラクネ様もその刺繍を丹念に見ていっている。やはり、選ばれるだけの腕なのだろう。
その後、佳作も見て回ったが、優秀賞を見た後だとどれも見劣りを感じる。
「なぜこれが佳作で、ターニャが入選なのだ!?」
アラクネ様は憤りも露わに嘆いている。
「やはり、その、ワンポイントでしたし……」
「それでも質を見るのが審査じゃろうに」
一通りまわったので、もう一度ターニャの作品に戻ってみた。贔屓目ではないが、人だかりは他に負けてないと思う。特に冒険者の目に止まりやすいようだ。
「よぉ、アラクネのぉ」
またも肩を掴むように、声を掛けてきたのはネプチューンクランのブロリーだ。
「俺はタモツだって、ブロリー」
「いや、最初に聞いたのが残るだろ……てゆーか、今日も別の女連れとか、ちょっと調子乗ってねえか?」
「こちらはアラクネ様だよ、それとクランメンバーのターニャ」
アラクネ様は興味深げに、ターニャはやや引きながら挨拶している。
「なんだ、おめえも女へのプレゼントの見積もりか?」
「いや、うちの出展もあったんだよ」
ターニャの作品を指さしながら教えてやる。
「む? こいつぁ、おめえんとこの作品なのか……」
ちゃんと名札が上がっているだろうに。それよりも、ブロリーの手に力がこもる。
「な、なぁ、相談なんだがよ、ちょっとモノを作ってもらう事はできねぇかな?」
「それなら、直接アラクネ様に聞けよ」
「あんな別嬪に声掛けれるかよ、もう一人は怖がってるみてえだし……」
ぽりぽりと困ったように頭を掻く仕草は、愛嬌もあるのだが、ターニャは人見知りする部分もあるし難しいか。
「なんじゃ、わらわに用なのかえ?」
話が聞こえたのだろう、アラクネ様が寄ってきた。
「どうも作品が気に入ったようで、作ってもらえないかって」
「ふむ、分かっておるのぉ。うちの作品は少数じゃが、質は折り紙付きじゃ」
「や、やっぱり、高ぇんですかね?」
大男がおどおどと話しかける様がちょっと可笑しい。
「ふむ、タモツの知り合いなら、多少は融通してやってもよいが……」
ちらっちらっとこっちを見ている。もしかして、相場を決めてないのか。今まで表立って売れなかったから……。
「どんなものが欲しいかにもよるだろ、またどんなのが欲しいのか決まったら教えてくれ。俺から伝えるから……」
ふと気になった事があった。
「うちから買うと、アテナクランから文句があるかもしれないが、大丈夫か?」
「ちょ、タモツ!」
アラクネ様が顧客を逃さぬように、必死に止めようとする。しかし、ブロリーはがははと笑って答える。
「うちは元々アテナとは仲悪いのよ、気にすることねぇやな」
「なるほど……」
ちょっと考える。ネプチューンクランは中規模で、アテナクランとはやりとりがない。他の裁縫クランに世話になってるだろうが、分け入る隙はあるのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、また決まったら、連絡するから、よろしくなっ」
ブロリーがそわそわしながら離れていった。どうやら、女の子と待ち合わせしてたらしい。デレデレと腕を組んで、屋台村の方へと歩いていった。
裁縫クランとしての思わぬ収穫もありつつ、祭初日は暮れていった。




