海の男と武闘大会
さて勢いとはいえ、ネプチューンクランに喧嘩を売った形になってしまった。
あの場はああしないと駄目だったという思いもある。特にカサンドラ辺りは、今にも飛び出しかねなかった。
とはいえ、相手は中規模を越えるクランだ。所属団員は百人を下らないだろう。
既にアテナクランからも目を付けられている事を考えると、いつ潰されてもおかしくない。
どこか有力クランと同盟とかかなぁ。でも相手にメリットがないし……。
夕食後の散歩をしながら考えを巡らすが、良い案は出てこない。根本的にコネがないのだ。
かろうじてマルスクランには出入りしてるが、タダシもまだ平団員らしいし。
そんなとき、肩を大きな手に掴まれた。
「よお、アラクネのぉ」
振り返るとそこにはネプチューンクランのリーダー格の男が立っていた。
どうする逃げれるか。今はドリスもいないから、守護騎士も発動しない。能力的にはブーストして十三階レベル。相手はノートリアスに先頭切って戦う実力だ。
俺、終わったか……。
初日に冒険者にボコられた記憶が蘇る。フィオナが治してくれるかな、ははは。
「おいおい、どうした。あの時の威勢はよぅ」
「実力ではかないませんからね、お手柔らかに頼みます」
そんな返答に、男はきょとんとする。その後、バンバンと背中を叩いてきた。
「男は女の前じゃあ、強くなるってか。わかりやすい奴だなぁ」
おろ?
思ったよりも、怖さは無かった。顔が赤いから、既に何軒かハシゴして気が大きくなってんのか?
「とりあえず、店入ろうぜ」
そんなこんなで、居酒屋に連れ込まれた。
ブロリーと名乗ったその男は、やはりかなりできあがってた。カウンターに突っ伏すようにぶつくさと話し始めた。
「うちのクランは男所帯だからよ、女にはめっぽう弱いんだ。気を抜いたらやられちまう」
などとあの時の件について語り出した。
「迷宮内では女人禁制。まあ、航海でも同じなんだが、迷宮の場合は中で会っちまうんだよな。そこで気を緩めると、死に繋がるんだよ」
「はあ」
「男は理想で、女は打算……俺の先輩の言葉なんだがよ、心が折れたら男は立たず、採算が合わなきゃ女は動かねぇ。おめえは、その辺、女向きなんだろうよ」
「そんなもんかね」
「男は迷宮で稼ぎ、女に貢ぐ。それがうちのクランだ、文句あるか!?」
「いや、ないよ。確かにブロリーは、街でモテるだろうさ。今も女給がこっち見てるぞ」
かばっと体を起こして、キョロキョロ見渡す。厳めしい顔して、愛嬌も見せる。モテない事はないだろう。
「ま、まあ、あれだ、嬢ちゃん達には謝っといてくれ」
「それはそうと、おめえ。今度の大会には出んのか?」
「大会?」
「祭にある武闘大会だよ。あと二週間くらいか」
そんなのがあったのか。知らなかった。
「クランの宣伝としての面もあるんだ、弱小なら一発目立ってメンバー増やせよ」
じゃあ、ちょっと用事ができたと、ふらふら女給の方へと歩いていった。
「おい、ここの支払いは!?」
酔っぱらいに理性を求めても仕方ないか。立て替えておくことにした。
「というわけで、ネプチューンクランとは、問題にならなかった」
「いや、アタイら一方的に不愉快にされたんだけど? なあ、キサラ」
「どうでもいい」
と、キサラは請け負わない。
「まあ、街のブロリーに会ってみれば分かるさ」
カサンドラとは意気投合しそうだ。街中で肩組んでハシゴしている想像が容易い。
「それよりも、祭があるって聞いたんだが……」
「えー、祭を知らなかったの?」
「ああ、俺はこの街に来てまだ1ヶ月ほどなんだぞ」
その割には色々ありすぎたが。
「わらわの稼ぎのほとんどは、祭の品評会の賞金じゃ」
本来は職人の為の品評会に、神様が出展するのはどうなのか。作品としては別格なので、特別賞を用意して賞金を貰ったという。
そうした職人の為のコンテストが、各部門で行われるようだ。
「今年はターニャが出品するのじゃ。入選は間違いなかろう」
「アラクネ様、私はまだ……」
「レースのハンカチなら、何とかなるじゃろ。みっちり指導してやるのじゃ」
「武闘大会というのは?」
「クランの代表者がその腕を競う大会ですね。見せ物としては、祭の華ともいえます」
フィオナの説明に、ちょっと躊躇う。
「メインイベントといった感じなのか……カサンドラとか興味ないの?」
「アタイは見せ物になるのはごめんだねぇ」
女は打算。優勝できる可能性が低いなら、無理はしない……というより、優勝してもあまりメリットがないのか。
「団の顔って意味じゃ、旦那が一番さ」
「ですよねー」
「ずばーんと活躍してきなよ!」
などとドリスは軽く言ってくれるが、問題はドリスなのだ。武闘大会にドリスを伴って出ることはできない。女神の守護騎士が発動しないのである。
「無惨に負けて、悪名だけ残りそうなのよね」
とはいえ、やはり目玉イベントに『アラクネクラン』の名が出るかどうかは、知名度に直結する。参加を前提に話を進めるしかないだろう。
「うむ、任せるがよいぞ」
とアラクネ様も乗り気だ。普段は見せることのできない戦う姿を、見てもらいたい気持ちもあるのだ。
その日から、カサンドラ指導の下、俺の強化週間が始まった。
十四階は、オークと呼ばれる亜人が生息する森だった。潰れた鼻と、横に広い体型から豚人とも呼ばれてはいるが、かなり好戦的で力も強い。そんな相手に、一人で挑まされている。
「ブルオオォォ」
手にした槍で、もの凄い突きを繰り出してくる。まともに受ければ、盾ごと割られる。角度をつけて受け流しつつ、間接を狙ってダメージを蓄積。徐々に動きが鈍ってきたら、トドメを刺す。
「旦那の戦い方は、華がないねぇ」
「もっとズバーっとやっちゃいなよ」
カサンドラやドリスは勝手なことを言う。しかし、今までやってきた戦い方を簡単に変えることなどできないのだ。
「盾捨ててみれば?」
「大きい武器をもたせようよ!」
無理である、駄目である!
結局、途中から盾を没収されて、剣一本でオークの相手をさせられる。色々突かれて傷だらけになるが、フィオナが即座に癒してくれる。
「頑張ってください」
期待の眼差しで微笑まれたら、男としてはやるしかないのである。
キサラはこっそりと、一人でオークを倒していた。毒を乗せたダガーで、相手の傷を増やしていって、力尽きさせる。パーティーでは弓専門になりがちだが、戦いの基本は近接武器であるとも思っている。
体の運び、敵の気配、変化する状況に合わせて、確実にダメージを与える。
そのスタイル自体は、タモツと似ていた。それだけに見栄えを気にする戦い方に、苛ついてもいたのだ。
「似合わない事をしても死ぬだけ」
キサラとしては、孤児院を人質に自分を使う悪人だ。いずれその命を奪うと宣言している。
勝手に死ねばそれでもいいと思っている。
なのに無様に似合わぬ戦い方で、傷ついている男を見ると腹が立つ。
「やはり、ボクがこの手で始末しなきゃ」
新たなオークを見つけて、己を磨く。いつでもタモツを倒せるように。
こうしてカサンドラとドリスの気が向くままの修行が一週間にわたって続けられた。




