祭の勝者
いよいよ祭本番、武闘大会である。
朝早くに組み合わせが発表された。初日は予選の要素が強く、一本先取のトーナメント形式だ。それで、明日の本戦に進む八人を決めるらしい。
「あー、これ、アレだわ」
第一試合、ある意味注目度の高い試合となるだろう。さらに相手はアテナクラン、できすぎである。
「裏シードがあるな、うん」
よく見ると、有力クランは各ブロックに均等にばらけている。その上で、弱小クランと当たるようになっているのだろう。
「大番狂わせ……できないよね」
広場には四つの闘技場が作られていた。すり鉢状にせり上がる観客席。観客の声は、中央の闘技場に集まるような作り。声がプレッシャーになるという感覚を、初めて味わうことになった。
「すまないね、アテナ様から程良く遊べと言われてて」
対戦相手は、ミアロという金髪碧眼の二十代半ばの剣士。丸盾と片手剣というオーソドックスなスタイルである。
武闘大会は見せ物なので、各クランの最上位が出るわけではなく、中堅どころが競い合う事になる。とはいえ、三百を越えるメンバーの中から選ばれた選手は強いのだろう。
「お手柔らかに頼むわ……」
既に場の雰囲気に飲まれている俺は、その言葉の意図をくみ取れて無かった。
「はじめっ」
ミアロの剣が、俺の剣を打つ。それは弾くと言うより、押し込むようで、手からは飛ばされぬまま、俺の体へと打ち込まれる。
「かはっ」
観客席から見れば、剣を打ち合ってるように見えるのだろうが、その実は俺が自分の剣で自分を攻撃しているような状況だ。
もちろん、相手の剣は俺を捉えていないので、一本にはならない。
刃を潰してあるとはいえ、鉄の棒だ。それに殴られ続けるのはかなり辛い。
「くそっ」
相手の動きを止めようと手を出してみるが、奴の剣は変幻自在。格の違いもさることながら、対人用の剣術だ。動きを見ると惑わされる。
視覚があてにならないならと、目を閉じてみるが心眼など出来ようはずもない。
「なかなかいい木偶っぷりだったけど、限界みたいだね。それじゃ、ひと思いに決めてあげよう」
目を見開いて対応しようとしたときには、低い姿勢から鋭い突きが繰り出されていた。
部分鎧の隙間を縫うように、下から抉り込まれた一撃が、俺の胸を穿つ。激しい痛みと浮遊感、直後に地面へと落下して肺の空気が吐き出される。口は空気を求めてパクパク動くが、かひーかひーと満足に吸えない。酷い息苦しさの中で、俺は意識を失った。
気がついたのは草原のベッドの上。柔らかな枕に寝ころんだ状態だった。春の日差しが体を温め、顔の辺りだけが日陰になっている。
「目が覚めましたか?」
僅かな身じろぎを感じたのだろう、空から声が降りてくる。見上げてもそこに顔はなく、日除けになってるでっぱりのみ。
「フィオナ……か」
どうやら膝枕をされていたようだ。しかし、そこから見上げて顔が見えないとか、どんだけなんだろう。今日はゆったりとしたローブ姿なので、形ははっきりしないが大きいです。
「びっくりしました。最後の突きも酷かったですけど、全身痣だらけで……」
やはり外から見てたら分からなかったようだ。公開リンチ状態だったことは。
「肋骨か折れて片肺が潰れていたんで、結構危なかったんですよ」
などと恐ろしい報告をしてくれる。呼吸できる喜びを今は実感できる。花の良い香りも感じられる。
「助けてくれたんだね、ありがとう」
「い、いえ、当然の事をしただけですけど……」
そういいながらも、前屈みに状態を伏せる彼女。当然、俺はサンドイッチ状態だ。
「そろそろ、私にもご褒美があってもいいんじゃないかって思うんです」
「ま、まて、それは分かったから、ちょっと……」
ふにゃふにゃしたマシュマロに顔の上半分が支配される。柔らかな布一枚を隔てただけの、圧倒的な質感がのし掛かっている。
命の危機に陥ると、生殖本能が刺激されるとか聞いたことはあるが、そんなのは関係なく、目の前にそれがあって、冷静になれる男がいるだろうか。
普段は優等生で、一歩引いたところもありつつ、たまに大胆に自分をアピールしてくるフィオナ。その好意は分かっているだけに安易に答えちゃいけないような……。
「何してたかなぁ?」
呆れた顔してドリスが現れた。何をしていたのか、人気のない公園の木陰。心地よい疲労感で昼寝してただけ……じゃないかぁ。
隣では顔を赤くしながら衣服を直す、フィオナ。
「心配してたのに、お楽しみとは旦那もやるねぇ」
「ま、良かったね、フィオナ」
「は、はい」
祝福するドリスとしっかり頷くフィオナ。良かったのかなぁ。
「初戦敗退とか、なさけねぇなぁ、おい」
ブロリーは決勝で、ゼウスクランの代表に負けたらしい。
「しかも、相手はアテナだろ。一矢くらい報いたんだろうなぁ?」
「いやぁ、実力が違いすぎるよ」
「旦那は諦めが早すぎるんだよ、自分では冷静なつもりなんだろうが、芯は臆病なんだよな」
残念会と称した外食会に、いつの間にかブロリーが合流していた。案の定、カサンドラとはウマがあったのか、俺いじめで結託している。
そんなこんなで散々絡まれた後で、本題に移った。
「やっぱり、最初はあれくらいのハンカチでいいかとは思うんだ」
ブロリーは購入する品を決めてきたようだ。昨日の今日での決断力はさすがだ。
「エレナ、値段わかるか?」
実のところ作品を買ってもらえなかった職人や下働きの職人よりも、広く買い物をしていたエレナが一番相場に詳しかった。
「そうですね、やはり職人の腕にはよりますが、飾りのハンカチだと銀貨二枚といったところですね」
日本円に換算すると二万か。職人の手作業というのもあるが、それなりの値段だ。
「ふ、ふうむ」
アクセサリーと変わらぬ値段にブロリーも少し躊躇を見せる。
「ターニャはどう思う?」
「わ、私は、まだ駆け出しなので、そんなに頂くわけには……」
「じゃあ、追加条件込みで、銀貨一枚でどうだ?」
「追加条件?」
翌日、祭は武闘大会の決勝トーナメントで盛り上がり、品評会では商談が続けられている。
そんな中で俺はある人物に会うことができた。アラクネ様も一緒だ。
ブロリーがそのまま歳を重ねたような真っ黒に日焼けした大柄な男は、俺を見てニカっと笑った。
「ブロリーの紹介ってのは、あんたか」
「はい、こちらはアラクネ様。俺はタモツです」
「俺らに買って欲しいモノがあるとか?」
俺は着古したアラクネ様のシャツを取り出した。
「俺が1ヶ月使用したシャツです」
「ふむ?」
黒い絹のような艶のあるシャツ。1ヶ月程度では、痛みも全くない。何せアラクネ様特製の糸で織られているのだ。
吸水、発散性に優れ、肌触りも良い上に、耐久性にも優れている。
「確かにモノはいいようだが……」
「一枚につき、銅貨50でどうでしょうか?」
「ふうむ……」
一般のシャツは、大抵が古着で銅貨30、新品で50なら不自然ではない。
「この手は消耗品だからな、どれくらい保つか分からんと、判断はできん」
「それはそうでしょう。試しに五着ほど進呈しますので、試用してください。航海や迷宮、荷下ろしなど、様々な局面で使ってみて、1ヶ月ほどで判断頂ければ」
「なるほど、自信はありそうだ。で、なんでうちに?」
「アテナと仲が悪いと聞いたので」
「なるほどな、織物であそこと張り合うなら、うちみたいな顧客は大事か。よし、とりあえず五着買う。その後は様子を見てからだ」
こうしてネプチューンクランへの下着の納入が決まった。着てみれば今までのシャツとの違いは歴然だろう、五日ほどで追加もあるのではないかと思っている。
アラクネ様の方も、生活が安定したこともあり、蜘蛛糸を紡ぐ量は増えていて、増産に耐えうるとのこと。加護を受けた子供達は、早くも才能を見せ始めているし、工房アラクネとして最初の仕事に丁度いいと思った。
「何より元手がかからないですしね」
「むう、わらわを蚕扱いとはな。タモツ、十分ねぎらってくれるのだろうのぅ?」
「え?」
するりと腕を絡めて体を寄せられた。
「わらわは心が広いゆえ、フィオナと何があろうと気にはせん、の?」
「あ、はい」
武闘大会はマルスクランの代表が勝ち、次点にアテナのミアロ。華々しい表彰式が行われたらしい。
その裏で職人クランのシェア争いも様々な決着を見せていた。金細工の優秀賞には、ブリギッドのギブソンが選ばれていた。
入選として片隅に追いやられていたターニャも、密かな人気を博し、問い合わせが来始めているとのこと。
それに加えて、大口になりうる納入先の確保もできて、アラクネクランとしては、飛躍の祭となった。
ただ無様に敗退した俺の姿に、新たな戦力確保はならなかったが。




