【ちくわ探偵】血脈の師と漆黒に刻まれた教え
どしゃ降りの雨が、おでんの街にそびえ立つ、巨大な一流練り物問屋の総本山を濡らし、やがて静かに上がっていった。
昆布巻コンビの事件を解決した私の前に、高級で気品あふれる金糸の外套をまとった初老の男が、威風堂々と姿を現した。
「見事な推理だったぞ、ちくわ探偵。……いや、我が一族の誇りよ」
「……おじさん! 来てくれたのですか」
そこにいたのは、私の父の弟であり、今なお練り物界の頂点、絶対王者として君臨し続ける現役最強の偉大な男。その名を――紀文という。あくまで、名は紀文だ。
「ちくわ探偵!」
横で手錠を片づけていたゆで卵刑事が、敬意を込めて帽子を脱いだ。
「こちらの紀文の旦那は、お前が窮地に陥った時のために、ずっと影からサポートしてくださっていたんだぞ!」
紀文おじさんは豪快に笑い、懐から最高級の焼き海苔を一枚、地面にそっと置いた。
「探偵よ、お前は数々の難事件を解決してきたが、まだダジャレの真の極意、すなわち『2段重ね』の領域には達していない。今から私が、直々にその神髄を見せてやろう」
「極意……ですか?」
「そうだ。よく見ておれ」
紀文おじさんは傲然と胸を張り、その立派な靴で、地面の海苔を力強く踏み抜いた。
ガシィッ!!!
見事に海苔を踏みつけた、まさにその瞬間。紀文おじさんの靴底が、まるで地面と一体化したかのようにピタリと固定された。これこそがおじさんの狙いだったのだ。
「おじさん、足が固定されて動けなくなっています!」
「フハハ、驚くことはない。これこそが、我が血脈に伝わる究極の教育的指導だ。
まず、私が自らの意志で海苔を踏む。……そう、海苔を捕らえる男。すなわち、『海苔を踏む(海苔・踏む)』。すなわち、紀文。
そして、ただ海苔を踏むだけではない。この海苔には、あらかじめ超強力な粘着文房具を塗っておいたのだ。……そう、『海苔だけに、糊がついている』!」
「「「な、なんだってーーーー!!!?」」」
総本山の敷地内に、本日一番の、美しすぎる2段重ねの感動が轟いた。
物陰で見守っていたナルト氏も、あまりの最高権威ブランドによる至高の教育的ダジャレに大号泣しながらスタンディングオベーションを送っている。
「漢字は『紀文』だから『海苔を踏む』、そして『海苔だけに糊がついている』から動けない……! なんという完璧なロジックの連鎖だ……! おじさん、あなたという人はどこまで偉大なのですか!」
「フッ、これでお前もまた一つ、出汁の深みを増したな。これからもおでんの街の平和を頼むぞ、ちくわ探偵」
紀文おじさんは自身の力で軽々とお餅のように糊を引き剥がすと、ハイヤーに乗って颯爽と次なる役員会議へと向かっていった。
偉大なる味方であり、最強の師の教えを胸に刻み、私は一人、夜の街へと歩みを進めた。
胸の空洞を、今夜の夜風は、いつもより少しだけ暖かく、誇らしげに通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
親戚の偉大なおじさんの高貴な名前から、完璧な『海苔踏み・糊つき』の2段ロジックを継承した、孤独だが愛されている練り物である。




