【ちくわ探偵】湯気立つ現場と縛られた嘘
どしゃ降りの雨が、おでんの街の薄暗い路地裏を濡らしていた。
黄色い警察の規制線テープが張られた事件現場――留置所から保釈されたばかりの「黒はんぺん」氏の自宅に、私は琥珀色の外套を風にたなびかせ、足を踏み入れた。
「ちくわ探偵、待っていたぞ」
現場で私を迎えたのは、トレンチコートの襟を立てたゆで卵刑事だった。
彼は鋭い眼光で、部屋の隅にある座布団に正座させられている二人組の容疑者を睨みつけている。
「刑事、一体何があったんだ?」
「ああ、被害者の黒はんぺん氏が自宅で倒れているのを発見してな。だが、その時に俺も背後から不意打ちを食らい、さっきまで気を失っていたんだ。……ご覧の通り、頭に大きな怪我を負っちまった」
刑事が帽子を脱ぐと、そこには、硬い鈍器で激しく殴打されたような、あまりにも巨大な「コブ」がひび割れた殻を突き破っていた。
「おい、ちくわ探偵!」
容疑者の片割れが、必死の形相で私に訴えかける。
「いくら俺たちがここに居合わせたからって、凶器も目撃者もないのに、犯人と決めつけるのは暴論だ!」
現場の狭い六畳間に重苦しい沈黙が流れる中、私はフッ……と自嘲気味に微笑み、自身の胸の空洞に右手を当てた。
「証拠なら、今まさに目の前にいる、あなた方の犯行の痕跡がすべてを物語っています」
私は一歩前に出ると、ゆで卵刑事の頭にできた傷跡、底冷えする床に倒れている黒はんぺん氏の身体を交互に指差した。
「刑事の頭をよく見てください。そこには、大きな、そして固い『コブ』ができています。……そう、頭に大きくて固い『コブ(昆布)』。さらに、倒れている黒はんぺん氏の身体には、お前たちが自由を奪うために、何かを固く『巻いた跡』がくっきりと残されていた」
「それがどうした!」と、もう一人の容疑者が反論する。
「乱闘になればコブができることも、服が引っ張られて巻いたような跡がつくことだってあるはずだ!」
「ええ。ですが、頭にコブを作った『昆布』。
そして、身体に巻いた跡を遺した『かんぴょう』。
この二つの明確な傷跡が示すのは、単独犯ではなく、役割を分担した二人組の『コンビ』による犯行だということです。
この現場で刑事を襲い、黒はんぺん氏を闇討ちした最凶のコンビ……。
浮かび上がる名前はただ一つ。
――昆布巻の二人組だ!!」
「「「な、なんだってーーーー!!!?」」」
現場の部屋に、今度こそ本当に、すべての線が繋がった完璧な納得が轟いた。
座布団の上の二人は一瞬で顔色を失い、ガタガタと震え出した。
「ハ、ハハハ! 妄想を語るなちくわ探偵! 私たちが刑事の旦那を襲ったという、物理的な証拠がどこにある!」
「……まだしらを切るつもりか、昆布巻コンビ。お前たちは、刑事のガチガチに固い白身を縛り上げるために、限界までかんぴょうの紐をきつく締め上げたはずだ。現場の熱い湯気でお前たちの身体がどうなっているか、よく見てみるがいい」
「あ……」
二人がハッと己の身体を見つめる。
密閉された部屋の熱い湯気によって、限界まで張り詰めていたかんぴょうの紐がぷつりと弾け飛び、昆布の隙間から、刑事の頭を殴った際に付着した、卵の黄身の成分を含んだ濃厚な黄色い出汁が、ドロリと現場の畳へ漏れ出したのだ。
「フッ……。お前たちの巻いた嘘は、かんぴょうの結び目ほど固くはなかったようだな」
「チクショウ……! 完璧に偽装して現場を去ったはずの俺たちの殺意(出汁)が、この土壇場で物理的にも漏れ出すなんて……!!」
ゆで卵刑事が手錠をチャキリと鳴らし、悪のコンビをその場で現行犯逮捕した。
見事に事件を解決し、私は一人、雨の上がる路地裏へと歩みを進めた。
胸の空洞を、今夜の夜風は、いつもより少しだけ涼しく通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
現場で遺されたコブと巻き跡からすらも、完璧なコンビネーションを見破り、隠された中身までをも白日の下に晒す、孤独な練り物である。




