【ちくわ探偵】宿命の同族と青き衣の罠
激しい落雷が、おでんの街の夜空を紫に染めていた。
街の中央にそびえ立つ高架下。私は琥珀色の外套を風にたなびかせ、その男が来るのを待っていた。
「……来たな、磯部揚げ」
暗闇からゆっくりと姿を現したのは、私と同じ、中央にぽっかりと空洞を持つ男。だが奴の身体は、油でカリッと揚げられた分厚い衣の鎧と、不気味に輝く無数の「青のり」に覆われていた。
「フッ、久しぶりだな、ちくわ探偵。……いや、ただの『生焼けのちくわ』と言うべきか」
かつては同じ志を持った仲間だった。だが奴は、弁当界の主役(から揚げ)の座を奪うための強大な力を求め、禁断の「油の洗礼」を受けて闇の戦士へと変貌したのだ。
「磯部揚げ……。お前が弁当の隅っこで燻るのに耐えかねて、数々のトッピングたちを闇討ちしていることは分かっている。大根の旦那に続いて、今度は『ちくわぶ』の命まで狙うとはな」
「黙れ! 私はもう、おでんの出汁に浸かってぬくぬくと生きていくつもりは無い! 私はこの青のりの魔力で、この街のすべての練り物を支配する!」
磯部揚げが吼えると同時に、奴の身体から強烈な磯の香りが放たれた。青のりの粒子が、まるで漆黒のオーラのように渦巻く。
「ならば、力ずくで止めるまでだ!」
私は懐から、あの因縁の武器――「鍬」を抜き放った。
だが、磯部揚げはそれを見て、ククク……と低く笑った。
「ちくわ探偵、相変わらずその泥臭い農具が武器か。だが、お前のワンパターンな手口はすでに読み切っている。……お前が今から私に叩き込もうとしているその一撃は、血のついた鍬。……そう、『鍬のついた血(クワ・血)』!」
磯部揚げは、勝利を確信したように高笑いした。
「ちくわだけに、な! だが、そんな『クワチ』とかいう主客転倒なダジャレ、この私がツッコんで破綻させてやるわ!!」
奴が鋭いツッコミの構えをとった、まさにその瞬間。
私はフッ……と自嘲気味に微笑み、鍬をあえて地面に突き刺した。
「……茹ですぎた刑事ならまだしも、この私がお前相手に同じミスをすると思ったか、磯部揚げ」
「何だと……?」
「私が今回用意したのは、『血のついた鍬(血・クワ)』ではない。
お前を捕らえるために、この鍬の刃の先へ、あらかじめ丁寧に塗っておいた特注のトラップ……。
それこそが、お前の弱点である『新鮮な生海苔』から抽出した、超強力な粘着文房具。……そう、『糊のついた鍬(糊・クワ)』。
――磯部揚げ(のりクワ)だけに。」
「「…………」」
「「…………」」
高架下に、どしゃ降りの雨さえも止まるような、圧倒的な静寂が訪れた。
「クソッ……! 漢字は『海苔』じゃなくて文房具の『糊』だし、日本語の主従関係もおかしいが……」
接着されたまま悔し涙を流す磯部揚げが、ふと何かに気づいたように目を剥いた。
「……って、おい待て探偵!! アイツ、『のりクワ』って言ったら『ノリクワ』だろ!! 『磯部』の要素どこ行ったんだよ!!」
「えっ」と、私はまたしても素に戻った。
物陰で見守っていたナルト氏も、拡声器を取り出して叫ぶ。
「そうだぞ探偵! 百歩譲って『海苔のついた鍬』だとしても、それはただの『海苔クワ』だ! 『磯部揚げ』にかすりもしてねえ! お前、ドヤ顔で新トラップお披露目しておきながら、語呂合わせの原型を完全に失ってんじゃねえよ! 猛省しろ!」
私は冷や汗を流しながら、琥珀色の外套の襟をきゅっと直した。
「……フッ、さすがは練り物界の論客たち。出汁の深さだけでなく、ダジャレの語根の判定にも厳しい。だが、私の空洞にこれ以上のツッコミは野暮というもの……!」
誤魔化すように闇夜へと消え去りながら、私は高架下を後にした。
胸の空洞を、いつもより3倍くらい恥ずかしい夜風が冷たく通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
ダジャレの主客転倒のみならず、ネーミングの完全な破綻すらもミステリーの「謎」として煙に巻く、孤独な練り物である。




