【ちくわ探偵】黄昏の刑事と剥された殻
どしゃ降りの雨が、おでんの街を冷たく濡らしていた。
ネオンの光が反射する路地裏のバー。カウンターの端で、私は琥珀色の外套を濡らしたまま、静かに出汁を煽っていた。
「……また、つまらない事件を解決してしまったな」
私の胸の空洞を、湿った夜風が虚しく通り抜ける。その時、背後の扉が開き、ずっしりとした重い足音が近づいてきた。
「おい、ちくわ。お前の独壇場もそこまでだ」
現れたのは、トレンチコートの襟を立てた男。幾多の修羅場をくぐり抜け、その心も体も極限まで固く茹で上げられたベテラン――ゆで卵刑事である。
「ゆで卵刑事……。定年前にしては、いささか血気盛んだな。未解決の『大根バラバラ殺人事件』のホシでも見つかったか?」
私がグラスを傾けたまま問いかけると、ゆで卵刑事はフッと鼻で笑い、私の隣の席に腰掛けた。その表面(白身)には、数々の現場で刻まれた傷跡のような、無数の細かいひび割れが走っている。
「すっとぼけるな。被害者の大根の旦那を真っ二つにし、最後の一撃を加えたのは……お前だな、ちくわ探偵」
「ほう、証拠は?」
ゆで卵刑事は、懐からゆっくりとジップロックを取り出し、カウンターへ叩きつけた。中に入っているのは、現場に残されていたという、返り血(出汁)を浴びた農耕具――「鍬」だ。
「現場の床には、大根の旦那の血(出汁)と、この鍬が残されていた。……ちくわ、お前の犯行手口はすでに割れている。
被害者の命を奪ったのは、血のついた鍬。……そう、『鍬のついた血(クワ・血)』。
――ちくわだけに。」
ゆで卵刑事の鋭い眼光が、私を射抜く。
激しい雨音だけがバーに響く中、私は静かにグラスを置き、自嘲気味に微笑んだ。
「フッ……相変わらず、茹ですぎて脳みそまで固くなっているようだな、刑事」
「何だと?」
「刑事、よくその証拠品を見てみろ。それは確かに『鍬』だ。だが、お前が言ったのは『鍬のついた血』……。
いや刑事!! それ『血のついた鍬』の逆だろ!!」
「えっ」と、ゆで卵刑事の白身が、一瞬で強張った。
「『血のついた鍬(血・クワ)』なら、ちくわの語呂合わせになるし、凶器として成立する。だが、お前が言ったのは『鍬のついた血』だ! それじゃあ、床に流れた血溜まりのまわりに、なぜかミニサイズの農具の鍬がベタベタとデコレーションされているだけの、ただの猟奇的なアートになっちまうだろ! しかも『クワチ』じゃちくわにならねえよ!」
バーテンダーの「がんもどき」も、グラスを拭く手を止めて深く頷く。
「そうだぜ刑事さん! ハードボイルドに決めたい気持ちは分かるが、ダジャレのクオリティを優先するあまり、日本語の主従関係も語呂合わせもめちゃくちゃじゃねえか! 猛省しろ!」
ゆで卵刑事は、額(白身)から大量の冷や汗(出汁)を流し、トレンチコートの襟をきゅっと直した。
「……クッ、さすがはちくわ探偵。私のロジックの脆さを見抜くとはな。茹で時間が足りず、まだ半熟だったようだ……!」
「フッ、今回は見逃してやる。自分の『殻』にこもって、もう一度出直してくるんだな」
私はそう言い残すと、代金をカウンターに置き、激しい雨の街へと足を踏出した。
胸の空洞を、冷たい雨風が通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
ライバルの主客転倒な冤罪すらも、言葉のディテールで論破する、孤独な練り物である。




