【ちくわ探偵】薄暮のダイイングメッセージと牛の足跡
どしゃ降りの雨が上がり、おでんの街の寂れたアパートの一室を、夕暮れの赤い光が照らしていた。
長かった証拠捏造の謹慎期間を乗り越え、私は再び、あの琥珀色の外套に身を包んで現場へと帰ってきた。胸の空洞を通り抜ける夜風が、どこか懐かしい「いつもの事件の匂い」を運んでくる。
「ちくわ探偵、待っていたぞ。……お前の復帰一発目にふさわしい、奇怪な事件だ」
現場で私を迎えたのは、トレンチコートの襟を立てたゆで卵刑事だった。
床には、おでんの街の金融街で一財産を築いたとされる資産家が、何者かによって闇討ちされ、冷たくなっていた。
「刑事、現場の状況は?」
「ああ。凶器も目撃者もない。だが……被害者は息絶える直前、自らの指にわずかに残った出汁を使って、この畳の上に奇妙な文字を遺していったんだ。だが、見ての通り、あまりにも消え入りそうで読めやしない」
刑事が指差した床の畳を、私は凝視した。
そこには、本当に今にも消えそうな、かすれた筆跡で、たった二文字だけ言葉が書き残されていた。
『 ぎ ゅ 』
「ちくわ探偵、この『ぎゅ』とは一体どういう意味なんだ? 犯人に首でも『ギュー』と絞められたとでも言うのか?」
「いいえ、刑事。メッセージの『意味』に囚われてはいけない。重要なのは、その文字の『状態』です」
私はフッ……と自嘲気味に微笑み、自身の胸の空洞に右手を当てた。
「よく見てください。被害者が遺したのは、確かに『ぎゅ』という文字。ですが、それはあまりにも【薄い字】で書かれている。
そう。『ぎゅ(の)薄い(うすい)字』。
短縮すれば、浮かび上がる犯人の名前はただ一つ。
――資産家の莫大な財産を狙った、牛スジ(ぎゅうすじ)氏、お前だ!!」
「「「な、なんだってーーーー!!!?」」」
アパートの六畳間に、本日一番の、あまりの原点回帰にして完璧すぎる音の整合性に圧倒的な納得が轟いた。
物陰でカメラを構えていたナルト氏も、探偵がようやく変な捏造やブランド対決をやめて、いつものくだらないダイイングメッセージ推理に戻ってくれた安心感から、大号泣しながらスタンディングオベーションを送っている。
「ク、クソッ……! 『ぎゅの薄い字』だから『牛スジ』……! なんて完璧な配置だ……! 私は出汁が透明で文字が薄くなることまで計算してメッセージを放置したのに、その『薄さ』自体が文字のディテールとしてお前に解読されてしまうなんて……!!」
容疑者席で震えていた牛スジ氏は、あまりの探偵の切れ味に精神を完全に粉砕され、その場で現行犯逮捕となった。
見事に原点回帰の事件を解決し、私は一人、夜の帳が下りる街へと歩みを進めた。
胸の空洞を、今夜の夜風は、いつもより少しだけスッキリと、けれど誇らしげに通り抜けていく。
私の名は、ちくわ探偵。
現場に遺された薄っぺらい二文字からすらも、完璧な『薄い字』ロジックで真実を白日の下に晒す、孤独で正統派の練り物である。




