勇者は、正しかった
——商人連合本部
目の前には重々しい扉
「世界報道社です。取材で来ました。」
アポイントメントは取っていたが、さすがに緊張する。
相手は商人連合会長だ。一歩間違えれば何をされるか分からない。
「会長は会議が終わり次第いらっしゃる。」
予想していたよりも質素な応接間に通される。
——商人連合
世界経済の流れを握る彼らが勇者裁判についてどう考えるか——
応接間の壁には勇者の肖像画が飾られていた。
商人連合の本部なのだというのに。
質素な応接間には不似合いなそれが妙に場違いに感じた。
「いらっしゃい。」
顔を上げるとそこには一人の女性がいた。
背が高く体も細い。
立ち振る舞いすべてが自信に満ちていた。
「商人連合会長ニーナ=カルネだ。」
見た目よりも低い声だった。
「形だけのあいさつは不要だ。本題に入れ。」
商人らしく無駄を好まない性格らしい。
「今回は勇者裁判についてお聞きしたいことが——」
「知っているさ。」
話を遮られた。
「だからこうして会っている。」
鋭い視線がこちらに向いた。
私でも分かる。
——主導権を握られた。
「何を聞きたい?」
でも
「勇者は正しかったと思いますか?」
踏み込む。
ニーナはほんのわずかに目を細めた。
「なるほど。面白い問いかけだ。」
ゆっくりと足を組みなおす。
「結論から言おう。」
「正しかった。」
アリスとは真逆の答えだった。
だが、そこに迷いはなかった。
「理由は何でしょうか?」
「利益だ。」
あまりにもシンプルすぎる理由だった。
「勇者が世界を統一したことですべてが繋がった。」
「モノ、技術、知識すべてが動く。」
「その結果が今の世界だ。」
——確かに200年前から世界経済は大きく成長した。
「今の豊かさはその結果だ。」
——それは分かる。
「しかし」
思わず口を挟む。
——でもな、切り捨てたんだよ——
アリスの声が脳裏をかすめる
「その裏で犠牲になった方たちもいるかもしれません。」
「いるだろうな。」
返ってきたのはあっさりとした肯定だった。
「だが、」
ニーナは淡々と続ける。
「それが何だ。」
「犠牲のない平和など存在しない。」
冷たい声だった。
「重要なのは“どれだけの価値を生んだのか”だ。」
「……でも」
「世界が安定した。生活が向上した。」
トン、と指で机を軽く叩く。
「それ以上の正しさが存在するか?」
言葉に詰まった。
正論だった。少なくとも一つの。
「いくらでも否定はできる。」
「感情で話をすれば、な。」
ニーナが少し前のめりになった。
「だが、我々は商人だ。」
「感情ではなく結果で判断すべきだ。」
その目からは一切の迷いを感じなかった。
「勇者は利益を生んだ。」
断言。
「だから正しい。」
アリスとは違う。だが、
どちらも否定できない。
「…ありがとうございました。」
何とか言葉を絞り出す。
「終わり?」
ニーナが興味を失ったようにこちらから視線を外す。
「最後に」
「記事はどう書く?」
「えっ?」
「世論は揺れている。」
「記事によって世界の方向は決定づけられる。」
「お前たちがどう動くか。」
少しだけ間が空く。
「商人として興味がある。」
——試されている。
「正直、まだ分かりません。」
「そうか。」
「ならば、ヒントを一つ。」
「下を見ろ。」
「下……ですか。」
「そうだ。」
ニーナが扉のほうへと歩みを進める。
「我々のような上にいる者はいくらでも理屈を並べられる。」
「だが。」
「現場の人間はまた違う。」
その目は先ほどまでと違い、柔らかかった。
ニーナが外へと出る。
「すごい人でしたね。」
思わず呟く。
「そうだな。」
アレキも珍しく素直に答えた。
「芯の通った“正しい”だ。」
「そうですね……」
「でも、納得はできません。」
「いいじゃん。」
アレキが軽く笑う。
「その感覚は大事にしろ。」
歩き出す。
「で、次はどうする。」
「“下”を見に行きましょう。」
「現場ってことだな。」
「はい。」
——市場へと歩みを進める。
「そういえばこのあたりタンパク質素材が有名みたいですね。食べていきましょうか。」
「そうだな。」
空いている店を探して辺りを見回すとふいに寂れた屋台が目に留まった。
「あそこーー」
「ありゃ珍しい。長命種が店やってるなんてな。」
なんとなく興味が湧いたためそこへ入る。
「おすすめは?」
「ウシ」
——え?
「なんですかそれ?」
店主はほんのわずかな間迷ってから
「…ああ。昔の言葉だったな。」
おすすめを出すと言い、店主は奥へと消えていった。
「ウシって確か……」
「気にすんな」
ウシ
昔の言葉?
でも——
どこか引っかかる。
もしかすると
この世界には知らなくてもいい——
いや、
——知らないままにされていることがあるのかもしれない。




