勇者は悪だ
「ここに来るのは初めてだったよな?」
鉄格子の向こうを見ながらアレキが言った。
——政治犯収容所
ここは通常の刑務所より警備が厳しい。
「長くは取れん。5分で終わらせろ。」
案内役の兵士がそう言った。
鉄格子が嵌められた小窓。
その向こう側に彼女がいた。
鎖につながれているわけでもない。
ただそこにいるだけ。
それでも動いてはいけないとわかる空気があった。
「誰。」
暗い声だった。
こちらを見ようともしない。
「取材だ。」
アレキが一歩前に出る。
「世界報道社だ。勇者裁判について話を聞きたい。」
返事はない。
「名前を教えてください。」
沈黙。無視された。
「あなたが革命軍のトップ、アリスで間違いありませんか?」
彼女の体がピクリと動く。
「だったら何だ?」
ようやく顔がこちらに向けられる。
鉄格子の向こう、
こちら側の壁に小さく刻まれた勇者の紋章。
それを見てアリスは一瞬だけ顔を歪めた。
「単刀直入に聞きましょう。」
声が震える。でも止めなかった。
「勇者は正しかったと思いますか?」
「……」
時間が止まった。
長い沈黙。
やがて、
アリスはゆっくりと口を開いた。
「ありえない」
その一言は私に深く突き刺さった。
「勇者は悪だ。」
怒り・憎しみ・嫌悪
今までと違い、感情を感じさせる声だった。
空気が一変した。
さっきまでとはまた違う張り詰めた空気。
それでも
「理由は何ですか?」
続ける。逃げるわけにはいかない。
「……免許制」
アリスがやや、投げやりに言った。
「魔法免許制。」
聞き慣れた言葉だった。
誰でも知っている制度。
「世界はそれで豊かになった。」
「便利な道具を開発して商売してな。」
そこで言葉が一回止まる。
「でも私たち魔族は違う。」
突き刺さるような視線がこちらに向く。
「魔力が強すぎるやつには免許が下りない。」
「使えば犯罪者。 使わなければ」
「死ぬしかない」
意味が分からなかった。
——どういうこと?
頭がうまく働かない。
「医療魔法も使えないからな。」
アレキが説明する。
「そうだ。」
どこか諦めを感じさせるような声。
それが心にズシンとのしかかった。
「だから病気が流行る。」
「治しても治さなくても」
「死だ。」
気づけば拳を無意識に握りこんでいた。
爪が手のひらに食い込む。
「それでも」
「世界は平和になったはず。」
言ってから、しまったと思った。
アリスはふっと笑った。
「平和?」
「誰のだ?」
答えられなかった。
「勇者は世界を一つにした。」
アリスが立ち上がる。
こちらに一歩近づく。
「でもな、切り捨てたんだよ。」
「平和の邪魔になるものを。」
何も言えなかった。
ガチャリと鍵が外れる音がした。
「時間だ。」
兵士の声。
「何度でも言ってやる。」
「勇者は悪だ。」
アリスは背を向ける。
「待ってください!」
思わず大きな声が出た。
アリスの足が止まる。
「あなたは、」
「この裁判、どうなると思っていますか?」
アリスは背を向けたまま答えた。
「何も変わらないさ。」
扉が閉まる。
◇
「どうだった?」
アレキが聞いてくる。
「分かりません。」
正直に答えるしかなかった。
「でも」
少しだけ視線を彷徨わせる。
「間違っているとは言い切れないかも。」
「うん。」
返ってきたのは肯定の言葉。
「正しさなんてのは立場次第で大きく変わる。」
「それがわかっただけでもよかったじゃないか。」
その言い方がやけに引っかかった。
——まるで最初から分かっていたかのようで。




