第8話(6) ニューヨークの彼女たち、ミシェル
《《ミシェルと真理子と凜花》》
ニック、アンヌと明美が戻ってきた。
「やれやれ、ひでえ目にあったぜ。向こうは財団M側の護衛だった」とニックが報告する。「俺たちをひっかき回したら動いてきた。思ったより素早かった」
「あら、でも、すぐ釈放されたでしょう?さっき、ビルの担当者に言っておいたのよ。『ハワード&ニック探偵事務所』の職員に何かあったら、手を回してくれってね」
「……マリコ、手回しが良いな」
「そうよ。パンツ、見る?」
「何を言っているのか、さっぱりわからん……」
「マリー、ニックにあなたの調査と私の今の報告、契約対象の変更の説明をしてあげてちょうだい」
マリーがニックにさっきの話を繰り返した。
ニックが固まった。
「ミシェル・ワイズマン……それ、FBIの訓練生か?」
「そうよ」
「マズいよなあ。FBI訓練生が独自に動いている。財団のビル側、M女史側、と俺たち、三つ巴だったのが、ミシェルが単独で動いている四つ巴になったのか?」
「あら、ニック。そんなのミシェルに直に聞けばいいじゃない?」
「何を言っているのか、さっぱりわからん……」」
「マリー、ミシェルの顔写真、ある?」
マリーは、金髪のユダヤ系の美少女の写真をモニターに出した。
「この子、可愛いわねえ……普段の行動パターンは?」
「メール送信の頻度をAIで解析させると……いつもは、午前中はFBI訓練校で、午後、ジョン・ジェイに戻っているみたい。それで、5時に終わって、自宅に帰る。えっと、彼女の住所は……あら?この近くよ。46番街だわ」
「じゃあ、今、自宅ってこと?」
「そのようね」
「マリー、ミシェルの部屋まで車で送って。凜花、出かけるわよ。ミシェルに会いに行くわよ」
「え?私?」
「当たり前じゃないことぉ~?6年前に彼女を救ったのは、あなたの姉、彩花。その妹が会いに来たってインパクト、あるでしょう?それも、彼女は、あなたの姉を追っているんだから」
「マリコ、私も部屋までついていくの?銃を……」
「マリーは外で待ってて。まさか、ミシェルは私たちを銃で撃ったりしないわよ。それよりも、外で、財団が近づかないか、見張っていて」
「ラジャ!……マリコ、あんた、探偵事務所の職員で通用するわよ」
「探偵事務所じゃ、ゴスロリは着れないもん」
「?」
《《ミシェルの部屋》》
ミシェルの部屋は、46番街と9番通りの角から少し入った中層コンドミニアムの12階にあった。
外観はごく普通の赤レンガとガラス張りのビルで、観光客がほとんど寄りつかない佇まい。エントランスは小さく、コンシェルジュは常駐しているものの、夜遅くはほとんど無人。セキュリティはカードキー式で、カメラがいくつか回っている程度、FBI訓練生が住むには十分だが、過剰に堅牢というわけではない。
外の通り側エントランスにインターホンがあった。真理子は、ミシェルの部屋番号を押した。
「どなた?」と疑り深そうな声が応答した。
「私は、真中真理子……と言ってもわからないわね?高橋彩花の関係者……これでおわかりになるかしら?それで、一緒に来たのが、高橋凜花。彩花の実の妹よ。ちょっと、ミシェル・ワイズマンさんとお話したくて」
「……わかったわ……入って」
ミシェルがドアを開けたとき、部屋は暗く、街灯の光だけがカーテンの隙間から差し込んでいた。彼女はTシャツとスウェットパンツというラフな格好で、髪を無造作に束ねていた。FBI訓練生らしい引き締まった体躯と、しかしどこか疲れた目の奥に宿る鋭い光が、部屋の簡素さと奇妙にマッチしていた。
「入って。……コーヒーぐらいしかないけど」彼女の声は低く、警戒心を隠しきれていなかった。
部屋自体はスタジオタイプの日本のビジネスホテルの広さ。玄関を入るとすぐ左手に小さなキッチン、右手には折り畳み式のソファベッドと小さなデスク。窓は西向きで、46番街の路地と隣のビルの壁がほとんどを占め、遠くにハドソン川のわずかな光が覗くだけだった。
壁は白く塗られ、ほとんど飾り気がない。唯一目立つのは、ベッド脇の小さな棚に並んだFBI関連の教科書と、ジョン・ジェイのノート、そして壁にピンで留められた数枚の地図、ミネアポリス時代の事件関連のメモが薄く残っているようだった。
空気には、コーヒーと洗剤の匂いが混じり、わずかに銃油のような金属臭がする。ベッドの下には、黒いハードケースが一つ。ロックがかかっている。
「急な来客でしょう?私、飲み物を持ってまいりましたわ」とトートバッグからチタン製の真空ポットを取り出し、テーブルに置いた。「ミシェル……と呼んでよろしい?私はマリコ、彼女はリンカと呼んでね。グラスが三つ、氷を入れてちょうだい」
ミシェルはわけがわからない様子だったが、言われるままにグラスを用意した。
真理子がチタンのボトルを開けて、グラスに注いだ。「21年物のウイスキー。毒は入っていないわよ」
「マリコ、何の魂胆があって、アヤカの妹を……」ミシェルが眉を寄せた。
「まずは、乾杯しましょう。ミシェルの健康と安全を祈って。アヤカの件から手をお引きなさい!」
ミシェルがグラスを持つ手を止めた。
「……マリコ、何を知っているの?」
「さぁて、私のカードを全部見せるわね。リンカがここにいるということは、2018年の事件のことはみんな知っている。それも、アヤカの口から聞いたこと、こちらで調べたこと。あなたが被害者だったこと。みんな。それから、あなたがFBIのどの部署にも知らせないで、独断でアヤカを追っていることも知っているわ」
「どうやって……」
「企業秘密ですわ。それから、あなたが高校卒業後、ニューヨーク市立大学(CUNY)の傘下にあるジョン・ジェイ刑事司法大学に進学、現在も在籍中。犯罪心理学を専攻。それで、指導教官のコネでFBIのインターンシップに入り、行動科学課との連携プログラムを通じて訓練生の資格を得た、という経歴もね」
「……」
「アヤカをどうするおつもり?ミシェル、殺すの?」
スマホの翻訳アプリのテキストを見ていた凜花がハッとして顔をあげた。
「マリコ、殺すとかじゃない。彼女の研究は、非常に社会的影響が大きいものだわ。だから、私はできるだけ彼女の動向を調査して、止めさせたいと……」
「彼女の頭の中だけにある情報を欲しがる勢力もいるのよ。説得だけで済むレベルじゃなくなっているのよ」
「情報を欲しがる勢力?」
「ある財団の二つの勢力がアヤカを欲しがっている。ひとつはアヤカのスポンサーで、アヤカの考えを支持している。彼女を守ろうとしている。もうひとつは、アヤカを止めようとしている。あなたが手を引かなければ、この二つの勢力にすり潰されるわよ」
「……その時は、FBIに報告して……」
「たかが、訓練生のあなたの報告?失礼ですけど、誰がそんな戯言を聞くの?もみ潰されるだけよ」
「でも、ほっておけないわ」
「ほっておいて欲しいのよ、私」
「あなたの立場って、何?」
「私の立場?私の立場は単純よ。このリンカが悲しむ姿を見たくない。だから、彼女の姉を保護する。それだけ」
「アヤカの研究は?」
「そんなこと、私の知ったことですか!そもそも、あなたの国が、日本も欧州も禁止したアヤカの研究を容認しているのが原因よ!私は、日本人、そんなこと、知ったことじゃない!ミシェル、あなたもどうなろうと知ったことじゃない!でも、あなたが単独でやろうとしている絶望的な行動には同情する。だから、手をお引きなさい!」
「……」
「じゃあ、御免遊ばせ。もう会わないことを期待するわ」
真理子は、凜花を急き立てて、席を立った。
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※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・女子高生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写はすべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※当シリーズの作品はすべてフィクションであり、実在の事件・人物・団体とは一切関係ありません。
※作中に描かれる出来事は、詳細な描写を意図的に抑制しています。
※本作は医療・倫理・社会的テーマを扱うフィクションであり、特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、描写は必要最小限に留めています。
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※本作は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




