第4話 最初のミネソタ事件
《《2018年12月7日》》
《《ミネアポリス、州警察》》
《《ミネアポリス警察第5分署》》
アンソニー・ミドルスクールの最も近い州警察のオフィスは、ミネアポリス警察第5分署だった。
午後遅く、俺は銃の整備を自分のデスクでしていた。受付のメアリーから内線で、俺に直接緊急連絡が。オフの時間に近い。
「ポール、アンソニー・ミドルスクールで暴行事件発生……えっと、強姦事件と過失致死……正当防衛?よくわかんないわ。中3の女子が白人と黒人の同級生に階段教室で暴行されて重症、女子の友人の……え?日本人の同級生の女子がその男子をナイフで刺した?なんなの、これ?ポール、手空きはあんただけ。急行してちょうだい!」
「おいおい、メアリーは巡査を仕切るのか?」
「あら、あなたの上司じゃないけどね。でも、誰がいるのか、一番知っているのは私でしょ?」
「まったく……」
「その代わり、今晩暇なんだよ。デートしてあげてもいいわよ」
「お前、彼氏に殺されんだろ?」
「昨日、別れたわよ。だから、今日から空き家なの?どう?賃貸契約を私と結んでは?」
「勘弁してくれ……ま、捜査が終わったら連絡するかな?」
「食事、バー、それで、私の空き家で朝まで……どう?」
「わかったよ、いきゃあいいんだろう?」
エンジンをかけ、パトカーのドアを叩き閉める。ニコレット・アベニュー・サウスを南へ。信号は赤でも、サイレンを鳴らし、ライトを回せば道は開く。商業街のネオンがぼやけて後ろに流れていく。イースト35丁目で右折、西へ短く滑り込み、I-35Wの南行きランプへ。
高速の風が車体を震わせる。1.5マイル、アクセルを踏み込む。街の風景が高速で溶けていく—ビル群、橋、遠くの湖のきらめき。Exit 11で降り、ウェスト46丁目を西へ。サウス・リンドール・アベニューで南へ曲がる。ウェスト50丁目で右折、西へ。
住宅街の静けさが、サイレンの叫びで破られる。サウス・ペン・アベニューで左折、南へ。木々が並ぶ通り、家族の家々。こんな場所で、何が起きているのか?
ウェスト57丁目で右折、西へ短く。サウス・アーヴィング・アベニューで左折、南へ。学校の影が見えてくる。
アンソニー・ミドルスクール。
駐車場に滑り込み、ブレーキを踏む。息を整え、ドアを開ける。ここからが本番だ。街の守護者として、俺はいつもこうして走りまわる……メアリーのご褒美につられて……。
正門から校内に入った。正面玄関に車をつけると、教師と学校警備会社の担当官が俺を待っていた。
「現場は?」と警備担当に聞いた。
「階段教室です。被疑者は警備室に閉じ込めてあります」
「ちょっと待てよ。被害者は、女の子、一人?で、被疑者は、男性二人と女性一人?」
「いいえ、強姦されたのは、白人の女生徒。中学三年です。そのクラスメートで、彼女を庇って正当防衛したのが、被害者の同級生。日本人の女子生徒です。同じく中学三年。被疑者は、同じく同級の白人と黒人の二人です」
「ちょっと聞くがな、それは人種問題が係る事件か?被害者は白人女子、加害者は白人と黒人男子、そのまた加害者がアジア人女子、それは人種の関わる怨恨問題か?」
「それがなぜ問題なのでしょうか?この中学にはほとんどの人種の生徒がいますよ?」
「今年の5月にジョージ・フロイド事件があったろ?BLM運動が注目しやがったんだ。俺ら警察と人種差別野郎どもが突き上げられてんだよ。人種問題に関わる事件は、扱いたくねえだ。ガキのケンカだとしても」
「さあ、私は外部委託の警備担当ですから、生徒のことは知りません。学校関係者に……」
横を歩いていた教師らしい女性が俺に話しかけた。
「巡査、私は当校の校長、レイチェル・ウォレスと言います。今の巡査の話ですが、『人種問題に関わる事件は、扱いたくねえ』は目を瞑るとしまして、今回のこの強姦事件は、単なる性別の話です。性欲は人種に関わらないでしょう?要するに、白人だろうが黒人だろうが、欲情した白黒の男子が、たまたま白人の女子を襲った、それを見かねたたまたまアジア人の女子が、男子を正当防衛で奪ったナイフで刺した、という事件です。BLM運動が関わるような事件ではありません。私はこの四人のことはよく知っております」
「ミズ・レイチェル、本当ですね。それなら安心ですよ」
まずは、現場の階段教室に行ったが、レイチェルがここが暴行されていたデスクで、ここがアヤカ……アジア人生徒の名前ですけどね、あそこの扉から被害者のミシェルが強姦現場を見て、飛び出して、男子の後ろポケットのバタフライナイフを奪って、二人の太ももを刺したんです、と説明する。
血痕も何も無い。レイチェルが、掃除員に拭き掃除させちまったそうだ。鑑識を呼ぶ事件でもない。俺は構わん。次に、俺はガキを閉じ込めてある警備室に行った。生意気なガキどもだ。未成年を拘束するな、ポリ公と言う。俺は、応急処置された腿を蹴ってやった。あとで、署に連行するからな。
それから、医務室に案内された。ベッドに金髪の嬢ちゃんが寝ている。彼女がミシェルだな。その側で、アジア人にしては鼻が高いベッピンの嬢ちゃんがミシェルの手を握っていた。
「医者に見せないとな。救急車は呼ばれましたか?レイチェル?強姦事件だと、検査が必要なんだ。膣に残った精液を採取したり……」
「巡査、女の子の前で、そういう言葉を……」
「あ、ダメか。すまんな。それで、ガキどもを刺した、え~っと……」
「アヤカです」
「アヤカは署に行かないとな。未成年事件でガキどもは知らんが、彼女は初犯だろうから、すぐ放免するが、一応、決まりなんでな」
「アヤカ、大丈夫ね?」
「ハイ、レイチェル先生。私も暴行事件を正当防衛ですが起こしているのですから、警察署に行きます」
「あなたのママに連絡して、事情を説明しておくわ。あとで、家に行っても良いわ」
「ありがとうございます」
「ミズ・アヤカ、英語は話せるか?」
「侮辱するんですか?ポール巡査?」と俺の名札を見て名前を呼ぶ。「日本人はみんな英語が苦手な人種というステレオタイプで、差別してませんか?」と流暢に話した。
「スマン。いろいろ警察での取り調べで、英語がわからん人間もいるんでな。念の為だ」
「それなら、結構です」
俺は、ガキ二人を後部座席、アヤカを隣に乗せて、署に戻った。
意外と時間を食っちまった。メアリーは帰っちまったかな?と無線で聞いた。まだ、居るわよ、待ってるわ、という答え。
さて、我が愛しき第5分署のマスコット、メアリー嬢だが、彼女は勇ましい。水死体を見ても平然としてる。時々、監察医が人手不足で、メアリー嬢を借りるんだが、昼食前の解剖であろうと、彼女の昼食には影響がない。昼食はだいたい俺らミネソタ人の定食のステーキだ。さすがに乙女だからミディアムレアを注文するが、平気でポンドステーキを食べてしまう。
俺が今の女と付き合う前、彼女と恋人関係にあった頃、彼女が俺をディナーに招待してくれた。彼女の部屋にだ。彼女は「私、キッチンアイテムを収集するのが趣味なの」とほざいた。彼女の部屋に行ってわかった。彼女のキッチンアイテムとは、肉きり包丁のことだった。
世界中のありとあらゆる、アメリカ、ヨーロッパ、中国、はては日本のナイフがキッチンに整然と整理してならんでいる。もちろん、彼女の料理は最高だったよ。ステーキは、筋繊維を切り整え、これがミネソタの牛かよ?というくらい食べやすい。まるで、日本のビールを飲ませたビーフみたいだ。未成熟の仔牛肉のソテー料理など絶品である。
ディナーが終わる。とうぜん、俺らはベッドに行く。メアリーは、これが彼女か?というくらいベッドではしとやかで、俺の言いなりだ。
だがな、俺が彼女におおいかぶさり、俺のものが彼女の中に深く入っている、彼女の両脚が俺の臀部を締め付けるその時、彼女は恍惚となっているが、彼女の腕は俺の背中に回され、俺の背骨を冷徹に数えているのだ。
背骨、俺の脊椎骨を、頸椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎、約30個分ゆっくり指で触れながら、びてい骨まで指を這わせ、びてい骨を自分の体の方に圧迫してお互いの腰を押し付けた後、もうこれ以上といってない艶めかしい「ハァ~ン」というため息をついて、彼女の中の俺を強烈に締め付けて逝ってしまうのだ。
俺は彼女が好きだ。しかし、彼女は「同業者とは結婚しないの!」と宣言した。だから別れたが、愛し合っている最中でも無意識に俺を人体として扱うオンナ、結婚は無理かもしれない、と思って、メアリーに無理押しせず、別れた。何もかも今の彼女よりも最高のメアリーをふって、嫉妬深いが愛情の満ち溢れた今の女と付き合い出した、これがその理由だ。
俺がメアリーの家に入ると、キッチンから物騒なキッチンアイテムが消えていた。
「おい、あの物騒なキッチンアイテムはどうしたんだ? 引退したのか?」
玄関をくぐり、真っ先にキッチンを覗いた俺は、思わず声を上げた。
「……みんな、アンソニー・ホプキンスのレクター博士みたいだって言うんだもの。ステーキを出すたびに『これは何の肉?』なんて聞かれるの、心外だわ。だから別の部屋に隠したのよ」
メアリーは不機嫌そうにワイングラスを揺らした。
「そりゃあ、名案だ。……俺も、食事中に自分の肝臓がソテーに合うかどうかなんて考えたくないからな」
「その代わりにね、別の趣味を見つけたの。……見たい?」
「なんだ?別の趣味?」
彼女の寝室に連れて行かれた。そこには、キャットウーマンやらバットガール、スーパーガールなどのコスチュームがところ狭しと吊るされていた。
「ねえ、ダーリン、どのコスプレの私を犯したい?」イカれてやがると俺は思った……俺の股間はイカれてやがるとは言わなかった。
「スーパーガールが人気かな。タイツの股のところに切れ込みを入れてあるわよ」
……
安物の煙草の煙が揺れている。メアリーの肌はまだ火照っていたが、俺の心は急速に冷え切っていた。
「……お前も大概イカれてきたが、今日の中学生の日本人の女の子も、相当イカれてたな」俺がボソッと呟くと、メアリーは俺の胸元に指先で円を描きながら顔を上げた。
「署の廊下で見かけたわ。人形みたいに綺麗な子だった。……でも、なぜイカれてるの?」
「取り調べの合間に、俺が聞いたんだ。『なぜ、太腿を刺したんだ?』ってな。背中でもいいだろ?そうしたらあの子は真顔で違う観点で聞き返してきやがったんだ」俺はアヤカの声を真似るように、声を高くした。
「『……ポール巡査、太腿じゃなかったら、ミシェルに突っ込んだ豚どものアレを、細切れに切り刻んだ方が良かったんですか?』って言うんだぜ」
メアリーの指が、一瞬だけ止まった。
「……ふーん。それは確かに、イカれてるわね。……でも、わかる気がする。無秩序な暴力に対する、彼女なりの『外科手術』だったのよ、きっと」メアリーは妖しく瞳を光らせ、自分の首筋をなぞった。
「私も、一度じっくり彼女と話してみたいわ」
「勘弁してくれ……お前ら二人が組んだら、ミネアポリス中の男の股ぐらが消えてなくなる」
俺は煙草を灰皿に押し付けた。
※オマージュ注記:レイチェル・ウォレスは、米国の推理小説家ロバート・B・パーカーの『レイチェル・ウォレスを捜せ』(1980年、スペンサー・シリーズ第6作)の女性活動家へのオマージュ。原作のレイチェル・ウォレスはレズビアンの女性著作家・活動家。自分の信念を曲げない強い女性として描かれている。圧力に屈しない女性という点で、本作の校長と一致する。
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・女子高生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写はすべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※当シリーズの作品はすべてフィクションであり、実在の事件・人物・団体とは一切関係ありません。
※作中に描かれる出来事は、詳細な描写を意図的に抑制しています。
※本作は医療・倫理・社会的テーマを扱うフィクションであり、特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、描写は必要最小限に留めています。
※苦手な方は閲覧をお控えいただくことをおすすめします。
※本作は法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




