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「❤️彼女の妹 彼女の親友 Ⅰ」黒のストッキング姿の長身美少女の彼女の妹が突然部屋に上がり込んだ夜。机の下で絡みつく白い脚、迫るゴスロリ。  作者: ⚓フランク ✥ ロイド⚓
第4章 彼女の姉 彼女のママ

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第5話(1) マウントサイナイ、メアリー

《《メアリーと彩花》》

《《2021年9月、JFK国際空港》》


 ターミナル4の到着ロビーを出た瞬間、ニューヨークの空気が肺に入ってきた。


 ミネアポリスとは違う匂いがした。排気ガスと、コーヒーと、何千人もの人間が同時に動いている匂い。九月のニューヨークは、まだ夏の残りを引きずっていた。


 メアリーは大きなスーツケースを二つ、カートに乗せて歩いた。二十四歳。警察を辞めて、大学院に戻る。正直に言えば、怖かった。ミネソタを離れることより、あの夜の記憶を置いてくることの方が。


 エアトレインでジャマイカ駅へ。そこからロングアイランド鉄道でペンステーション。地下鉄6番線に乗り換えて北へ向かった。23丁目駅で降りた。


 ファーストアベニューを東に歩く。正面に見えてきたのは、赤レンガの建物群だった。空に向かって垂直に立ち並ぶ、同じ色、同じ形の塔。その間を、木立の小道が縫うように走っている。マンハッタンのグリッドとは切り離された、別の世界のような静けさがそこにあった。


 ピーター・クーパー・ビレッジ。


 守衛所でIDを見せた。担当者が「D棟三階、302号室ね」と言って、鍵を渡した。


 スーツケースを引きながら、小道を歩いた。木の葉がまだ緑だった。子供が走っている。老人がベンチに座っている。ここで、新しい生活が始まる。


 部屋は小さかった。でも、窓から光が入った。十分だった。


《《2021年9月から2026年9月》》


 ミネアポリスから出て、五年が経った。


 メアリーは29歳になった。研究室と図書館と、時々セントラルパークを歩くだけの五年間だった。でも、後悔はなかった。


 専攻は薬剤開発。GnRHアナログとホルモン療法の新しい投与プロトコルを開発することが、彼女の仕事だった。より安全に、より効果的に——それがマウントサイナイの方向性だった。恩師のドクター・エヴァンスが「今、世界で最も議論されているテーマだ」と言っていた。確かにそうだった。イギリスのCassレポート、スウェーデンの規制、フランスの議会決議。世界が動いていた。


 毎朝、同じルートを歩いた。ピーター・クーパー・ビレッジのD棟を出て、木立の小道を抜けて、ファーストアベニューに出る。北へ歩く。レキシントンアベニューで地下鉄6番線に乗る。103丁目駅で降りる。マディソンアベニューを南へ少し歩いて、マウントサイナイの研究棟へ入る。


 所要時間、三十五分。


 その朝も、同じルートだった。


《《2026年9月、ピーター・クーパー・ビレッジ》》


 木立の小道を歩いていると、前から若い東洋人の女性が来た。


 すれ違いざまに、メアリーは気づかなかった。ただ、振り返った。なぜ振り返ったのか、自分でもわからなかった。


 女性は背が高かった。ダークな髪。落ち着いた歩き方。手にコーヒーのカップを持っていた。メアリーはもう一度、前を向いて歩き始めた。


 ——誰かに似ている。でも、誰だろう。


《《2026年9月、マウントサイナイ研究棟》》


 午後三時。廊下を歩いていた。エレベーターを待っていると、隣に人が来た気配がした。メアリーは横を向いた。


 東洋人の女性が立っていた。今朝、木立の小道ですれ違った女性だった。


 女性がメアリーを見た。一瞬、止まった。


 メアリーの頭の中で、何かが動いた。どこかで見た顔。ずっと前。遠い場所で。


 エレベーターのドアが開いた。二人とも乗った。


 女性が「Four, please」と言った。

 メアリーは4のボタンを押した。自分も4階だった。

 エレベーターが動き始めた。

 静かだった。


 三秒後、メアリーは思い出した。


 2018年12月。ミネアポリス警察第5分署。震えながら警察署の椅子に座っていた、十四歳の日本人の少女。

 ——この女性だ。

「……Ayaka?」


 女性がゆっくりと振り返った。

 その顔を見た瞬間、メアリーは確信した。

 六年分の時間が、エレベーターの中で溶けた。


「……Mary」彩花が静かに言った。


 声は変わっていた。十四歳の少女の声ではなく、落ち着いた大人の声だった。でも、その目は——あの夜、警察署の椅子に座って、震えながらも一切の感情を表に出さなかった、あの目と同じだった。


「Ayaka」とメアリーは言った。「……本当に、あなたなのね」


 エレベーターが四階で止まった。ドアが開いた。二人は動かなかった。


 ドアが閉まりかけた。彩花が手でそれを止めた。


「今朝も見たわ」と彩花が言った。「木立の小道で。住まいが同じね」

「気づいてたの?」

「すれ違った瞬間に。でも、確信が持てなかった。あなたも同じだったでしょう?」


 メアリーは頷いた。

「偶然とは恐ろしいわ」と彩花が言った。「2018年が、ここでつながった」


 二人はエレベーターを降りた。廊下に出た。

「棟と部屋番号を教えて」とメアリーが言った。「今晩、私の部屋で一杯どう?話したいことがある」


 彩花は少し考えた。一秒か二秒。

「いいわ」と彩花が言った。「私もあなたの研究を聞きたい」


 二人は番号を交換した。廊下で別れた。

 メアリーは自分の研究室に入りながら、思った。

 彩花は覚えていた。最初から覚えていた。それでも、今朝、声をかけなかった。

 あの十四歳の少女は、六年経っても、やはり感情を先に出さない人間だった。


《《アイカーン医科大学マウントサイナイ》》


 1852年創業。アッパーイーストサイドのマディソンアベニューから5番街にかけての4ブロックを占める、マウントサイナイ病院と医科大学の複合施設。


 メアリーがここに来た理由は、一つだった。


 世界最大級のトランスジェンダー医療研究拠点。


 他の大学では、できない研究がある。


 イギリスは2024年のCassレポートで、未成年へのGnRHアナログ投与を原則禁止した。スウェーデン、フィンランド、デンマーク、フランスが続いた。ヨーロッパは撤退した。


 でも、マウントサイナイは違った。


 NIH——アメリカ国立衛生研究所——の資金援助を受けて、臨床データを積み上げていた。GnRHアナログとホルモン療法の効果と副作用。思春期抑制の長期影響。トランスジェンダーユースの精神衛生。論文数は世界トップクラスだった。


 メアリーの専攻は薬剤開発だった。GnRHアナログとホルモン療法の新しい投与プロトコルを開発することが、彼女の仕事だった。より安全に、より効果的に——それがマウントサイナイの方向性だった。


 メアリーは推進派だった。でも、慎重な推進派だった。データが示す範囲で、倫理的に許容される範囲で——それが彼女の立場だった。


 そして彩花は——同じ建物の、同じ階にいた。


《《メアリーの部屋、夜》》


 ピーター・クーパー・ビレッジのD棟302号室。


 小さなリビングに、テーブルと椅子が二つ。メアリーが白ワインを出した。彩花はグラスを受け取って、窓の外を少し見た。赤レンガの建物が暗闇に沈んでいた。


「研究を聞かせて」と彩花が先に言った。

「あなたから先に話して」とメアリーが言った。


 少しの間、沈黙があった。

「性ホルモンの抑制薬の研究よ」と彩花が言った。「GnRHアナログとシプロテロンアセテート。投与量と効果の関係。長期的な影響」

「マウントサイナイの主流の研究ね」とメアリーが言った。「私も同じテーマよ。薬剤開発の側から」


 彩花がメアリーを見た。

「同じ課題ね」

「そうね」


 ワインを飲んだ。

「投与量は?」とメアリーが聞いた。「あなたの研究の想定する投与量は」

「現在の臨床量より、ずっと少ない量を想定しているわ」と彩花が答えた。「ミリグラムからナノグラムレベルへ。最終的にはピコグラム」


 メアリーは手のグラスを止めた。

「……ナノ・ピコ?」

「水溶性を高めれば、飲料水に混入できる量よ」と彩花が静かに言った。「気づかれない量で、継続投与すれば——思春期前の子供の性ホルモン軸を、静かに書き換えられる」


 部屋が静かだった。

「……それは」メアリーがゆっくりと言った。「同意のない投与が、可能な量ということ?」

「そう」

「幼稚園の給食のミルク。学校のキャンティーン。工場で大量生産される乳製品——」

「気づかれない量で、継続投与すれば」と彩花が繰り返した。「社会全体の、次の世代の性差を——静かに、書き換えられる」


 メアリーは彩花を見た。


 彩花の目は、穏やかだった。怒ってもいない。興奮してもいない。ただ、静かに、自分が考えていることを話している。

 それが——一番、怖かった。


「彩花」とメアリーが言った。「それは、治療じゃない」

「そうね」と彩花が言った。「治療じゃないわ」

「……あなたは何をしようとしているの」


 彩花はワインを一口飲んだ。窓の外の暗闇を見た。

「2018年の12月。あの冬の夜、あなたが警察署で私に何と言ったか、覚えている?」メアリーは答えられなかった。


「『アヤカ、もう大丈夫よ』——そう言ったわ。でも、大丈夫じゃなかった。あの豚どもは無罪放免になった。ミシェルは壊れた。世界は何も変わらなかった」


 彩花が静かに続けた。

「私は世界を作り変えたい。方法が正しいかどうかは、まだわからない。でも——止まれない」

「私も同じよ」とメアリーが静かに言った。「あの夜、私には何もできなかった。だから、ここにいる」


 部屋に沈黙が落ちた。

 赤レンガの建物が、窓の外の暗闇に溶けていた。

 メアリーは、自分が今、同じ船に乗っていないことを理解した。

 彩花はとっくに、別の船に乗り換えていた。


【注意・免責事項】


※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。

※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。

※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。

※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。

※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。

※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。

※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。

※飲酒・喫煙の描写が含まれます。

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