第1話(5) その夜の明美
私は、自分自身が汚らしいオンナだと思っている。
鏡を見るたび、吐き気がする。
ウェーブのかかった栗色の髪。男の視線を吸い付かせる、不必要に豊かな胸の肉。歩くたびに波打つそれは、中学の頃から私を『エロい女』といわれた……エロい、だけ?……。
誰も、私の内面なんて見ない。
この身体を見た男たちは、誰もが欲望に目を濁らせ、私を都合の良いメスとして消費した。
そして、唯一の親友だと思っていた高橋彩花は、そんな私の隙を見逃さなかった。
私が本気で好きになった彼氏を、彼女はその清楚な仮面の裏で、いとも簡単に奪っていった。
「明美、仲良くしよう」そう言って近づいてきた彩花の笑顔の裏にあった、底知れない毒。
彼女に大事なものを掠め取られて、私は自分は奪われ、弄ばれるだけの、女なのだという無力感に飲み込まれていた。
本当は、純粋な愛を求めているだけなのに。
だけど、この身体は、それを許さない。私は一生、外面と内面の矛盾に引き裂かれて、男たちに蹂躙され続けるのだと思っていた。
ついさっきまでは。
真理子が私に言った言葉が、まだ耳に残っている。
「ゴシックロリータですか?……私にロリってイメージ、あります?」
「あなたの内面は、ロリータそのものじゃない!」
男を釣るためのエサ。そう割り切って身に纏っていた私のタイトなニットのミニスカート。真中真理子。彼女は、自分でも気づかなかった私を見透かして言い放った。
アンヌは私を素っ裸に剥くと、彼女の膨大なワードローブから、フリルとレースが狂気的に重なった漆黒のジャンパースカートを取り出した。
それは、私のような淫らな女には絶対に似合わない、禁欲的でクラシカルなゴシック・ロリータの衣装だった。
「明美、息を吸って」
背中のコルセットがギュッと締め上げられる。細いウエストが極限まで絞り込まれ、その反動で、ブラウスの胸元から巨大な双丘が、まるで暴力のように押し上げられた。アンヌは私の髪を落ち着かせ、ヘッドドレスを結びつけた。
「最高じゃない!」真理子が手を叩いて喜んだ。
「そうね、『淫らな清純』そのもの」
真理子はそう言って、見知らぬスーツの男性、吉澤悟を部屋に呼び出すと、「よければどうぞ。私のお古ですけど」という言葉を残して。
バタン、と重いドアの音が響き、真理子とアンヌが出て行った。
《《その夜》》
……そして今、私は密室で、この見知らぬ男性と二人きりになっている。
密室に残されたのは、私と、吉澤悟という見知らぬ男性だけ。
彼は真理子の部屋の隅の木のボックスを開けて、中身を探っている。真理子の部屋なのに……勝手に……。
「おかしい……置いていったストロボアンブレラ、レフ板、三脚は……あった!」と嬉しそうに笑った。
そうか、元カレだから、彼の物が置いてあってもおかしくない……けど、歯ブラシとか下着じゃなくて、ストロボアンブレラ、レフ板、三脚……。
気まずい沈黙が流れた。
彼は私に見向きもせず、手慣れた動作で三脚の脚を伸ばし、ストロボを組み立て始めた。カチャカチャという無機質な金属音だけが、広い部屋に響く。
私は、ベッドの端に腰掛けたまま、膝の上で両手を固く握りしめていた。
息が苦しい。
極限まで絞り上げられたコルセットが、私の無駄に大きな胸を暴力的なまでに押し上げている。
フリルとレースで過剰に装飾された漆黒のゴスロリ衣装は、私のような女には似合わない。ただの滑稽なコスプレだ。
(……どうせ、この人も同じなんだ)
機材のセッティングを見るうち、私は目を伏せた。
私の身体を見た男たちは、いつも同じ目をする。彩花に奪われたあの彼氏も、悠馬以外の男たちも。私の内面なんて誰も見ない。ただ、都合の良い女として消費するだけ。
真理子は「救済してくれる」と言ったけれど、結局は体を差し出すことには変わりない。どうせ、私は無抵抗なのだから。
私はゆっくりと息を吐き、自分からジャンパースカートの裾を少しだけめくり上げ、太ももを露わにした。そして、男が喜ぶ女の顔を作って、少しだけ脚を開き、彼を見上げた。
「……あの、好きに、していいですよ。脱いだ方が、いいですか?」
彼がカメラを置き、ズボンのベルトに手をかける音を待った。
しかし、聞こえてきたのは、金属のファスナーの音ではなく、レンズキャップを外す音、三脚に据えた一眼レフカメラの奥から、私を見つめる吉澤悟の姿だった。
「なぜ、脱ぐんです?」
「え……?」
「そのままで……ポーズも要らない……」
私は、慌てて脚を閉じ、めくり上げたスカートの裾をギュッと握りしめて隠した。
パシャ、パシャ、パシャ……。
いきなりシャッター音が響いた。
……え?あれ?……そう言えば、真理子は、電話で彼に『あなたに見せたい〔極上の女神〕がいるの』としか言わなかった。
彼はこの部屋に来て、「め、女神……」としか言わなかった。真理子は彼に、「悟、どう?彼女?まず、この部屋で撮影会をしてみる?」としか言わなかった。「明美、彼は吉澤悟。悟、この美女は神宮明美」と名前を紹介しただけ……この人、真理子が撮影会をセッティングして、私をモデルで用意したからと勘違いしてるの?
でも、真理子は、「明美、心配しないで!この人、オタクだから、あなたを襲わないわ。でも、インポじゃないわよ。この人、もしかしたら、セックスの話じゃなくて、あなたの凹の外面と内面を埋めてくれる凸かもしれないわよ。でも、あれもうまいわよ。私のお古ですけど、よろしければどうぞ、召し上がれ」と言った。
真理子は、私になにをしろと?彼になにをしろと?ほんっとに、撮影会なの?
「そうそう……その状況が把握できないという困惑した表情がいい!」
パシャ、パシャ、パシャ……。
連続したシャッター音が、静かな部屋に響き渡った。
バシャ、バシャ、バシャ、バシャ……。
強烈なストロボの光が焚かれる。
「神宮さん、自分の好きなポーズをとって」
「ハイ……」
私は混乱していた。彼は私に一切触れてこない。服を脱がそうともしない。
無音の部屋で、彼が撮影するたびに、バシャ、バシャというしっかりしたシャッター音が響く。
「吉澤さん……それは、デジカメ一眼ですよね?シャッター音がしてますけど……」
「シャッター音をサイレントにできるけど、モデルさんは、このメカシャッター音が聞こえるのが良いみたいなんだ。ああ、私、撮られてるって感じるそうだ」
「なるほど……あの、吉澤さん……」
「悟で結構です。私も明美と呼びます……ポーズを変えて……」バシャ、バシャ……。
「悟、私はこの衣装の撮影会でここに居るわけではないんです……」
「まあ、真理子の魂胆は誰にもわかりませんからね。じゃあ、どういう事情でここに居るんですか?」バシャ、バシャ……。
私は、撮影されながら、高橋彩花との確執、彼女と私の外面と内面の相似とその結果の真逆の惨さ、彩花の企みなどを撮影の中で、ポツポツと悟に話した。
「ふ~ん、その化学論文の話は理解し難いが、明美と彩花という女性のことはわかりました」バシャ、バシャ……。「なるほど……なんとなく、真理子の魂胆がわかったような……」
真理子の魂胆?何がわかったんだろう……でも、だんだん、シャッター音が私をおかしくしていった。もっと撮られたいと。
「明美、さらに、自分の好きなポーズをとって」
「……」
私は部屋を見回した。部屋の隅にギターが立てかけてあるのに気付いた。
「悟、ギターを演奏してはどうでしょうか?」
「おお!それは素晴らしい!ぜひ、お願いします」
私は、ダイニングの椅子を部屋の中央に持ってきて、スペインの作曲家フランシスコ・タレガが1896年に作曲した『アルハンブラの思い出』を演奏することにした。今日の真理子たちの演奏に比べれば拙いが、それほど酷いとは思わない。
私は、ダイニングの椅子を部屋の中央に置き、深く腰掛けた。
足台がない。左足を、ソファーベッドの前にある低いガラス製のテーブルに乗せる。足台よりもずっと高くなった膝は、楽器を支えるために、さらに大きく外側へ開かれた。
ゴスロリの短いスカートが大きく捲れ上がり、白いレースのドロワーズの奥、股間の暗がりが、正面を向いて露わになった。
正面でカメラを構える悟のレンズが、私の開かれた両足の間を、無機質に捉えている。彼は、寝転がって、床から俯瞰するように私を見上げて、シャッターを切っている。
(……今、彼はこの光景をどう見ているのかしら)
ガラスのテーブル越しに、私が透けて見えているんだろう。
右手の親指が低音弦を弾き、a・m・iの三指が最高音の一弦を叩くように連打する。トレモロが始まった。
前半、イ短調(A minor)。
左手はバレーコードを多用し、フレットを上下に移動する。一弦の高音は、絶え間なくこぼれ落ちる涙の粒だ。かつて男たちに奪われ、彩花に踏みにじられた日々の記憶が、均一な打音となって部屋に満ちる。
やがて、旋律はイ長調(A major)へと転調した。
暗い絶望の淵に、突然、陽光が差し込むような和音の推移。
この曲の美しさは、悲しみが消えることではない。悲しみを抱えたまま、一瞬の光に手を伸ばす強さにある。
(エロい、だけ?……いいえ。私は今、ここで鳴っている音そのものだわ)
悟のシャッター音が、トレモロのリズムに混ざる。
私は目を閉じ、最後の一音を止めた。
イ長調の余韻が、静かに残った。そして、シャッター音が。
バシャ、バシャ、バシャ……。
演奏で張り詰めていた緊張が解け、視界が歪んだ。抑え込んでいた悲しみと、ようやく理解された安堵感がごちゃ混ぜになって、私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……ああ、美しい。最高の涙だ……」
悟はそう呟くと、ようやくカメラから顔を離した。
そして、ベッドに座る私の前にひざまずき、まるで壊れ物を扱うように、私の頬を伝う涙を指先でそっと拭った。
その手は震えていた。
私の肉欲を満たすためではなく、信仰の対象に触れる信者のような、痛いほどの熱と敬意を持った手だった。
「……明美、さん。あなたは……女神だ」
彼の言葉に嘘はなかった。
私はもう、ただの肉の塊ではなく、一人の「無垢な存在」として求められることの快感が、私の奥底を熱く溶かしていった。
肉体を弄られることなど、一切なかった。
私は肩の力が少し抜けた感じがした……なんというのかな?この本妻になれない愛人ヅラがバリバリと剥がれたような……
私はこの撮影が楽しくなってきた。悟に軽口をたたきたくなってきた。
「悟、あなたは、私のことを『女神だ、女神だ』と仰るけど、少しも私に触れてくれないんですね」と拗ねた口調で言ってやった。でも、いつもの媚びる口調にはならなかった。不思議だ。
「明美、ぼくは我慢してるんだ」と絞り出すように言う。あれ?彼のズボンのアソコが盛り上がっている。
「なぜ、我慢されるんでしょう?我慢されなくてもよろしいのに……」
「だ、だめだ……明美は女神なんだ……」悟が激しく首を振った。
悟をからかいたくなった。私はギターを壁に立てかけて置いて、立ち上がった。悟の前に仁王立ちする。スカートを捲り上げて、ストッキング越しに脚を見せつける。
「これでも我慢できますかしら?」
「明美、よしなさい」
「でも、あなたの身体は正直だと思いますけど」と彼の股間の方を指さした。彼に近寄って、床に座っている彼の顔に脚を擦り付けた。「これでも、ダメ?」
「……明美……もう、ガマンできない……」
悟の手が私の腰を抱いて、ベッドに押し倒された。重い身体が覆いかぶさってきて、唇を奪われる。キス、激しい!舌が絡まる。
悟の手がコルセットのレースを解いて、トップスを捲り上げてくる。ブラを外されて、胸が露わに。悟の指が胸を優しく、でも熱く撫で回す。
「んっ……あっ……」
悟の触れ方、うまい!胸が熱くなって、本気で感じてる!真理子が言ってたな、『インポじゃないわよ。あれもうまいわよ』って。
体が熱くなって、息が上がる。悟の指が下半身に触れ、優しく撫で回す。もう体がびしょびしょに反応しちゃってる!
「明美……可愛い……」
(恥ずかしい……でも、気持ちいい……悟の指は、優しいのに熱くて、体が勝手に反応してしまう!)
本気で体が限界に近づいてる!頭の中が真っ白になって、声がかすれて漏れてしまう。
体が痙攣して、熱い波が全身を駆け巡る。悟の腕の中で、力が抜けてしまう。
悟のことだからそれで終わりかと思った。でも、悟はまだ優しく体を抱きしめて、熱い息を吹きかけてくる。体が重なって、互いの熱が混じり合う。
「ああっ……悟の身体が……熱い……」
悟が体を動かし始める。最初はゆっくり、だんだん激しく。体が揺さぶられるたび、電気が走るみたい。
…………
悟との激しい抱擁の後、彼が私の写真を見せてくれた。
そこには、愛人なんか居なかった……あったのは、私の本当の姿……
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。
アルハンブラの想い出
参考:
Recuerdos de la Alhambra [FranciscoTarrega] "Genesis"ver.
https://youtu.be/13_Nr6fWtEI




