第1話(4) 明美を助けちゃうぅ!
真理子が静かにグラスを置いた。
「そうね……彩花がこの道を選んだ理由が、少しだけ見えてきたわね……でも、明美の説明を聞いて、非常に気になる点がひとつあるわ」
「何が気になったの?」
「投与量よ。今ある物質の投与量はミリグラムで管理して投与しているでしょう?……それが、もし、ナノグラムやピコグラムレベルの投与量の物質が開発できたとしたら?」
私は、明美と顔を見合わせた。
部屋に重い沈黙が落ちた。
私たちは、スペインの生ハムをゆっくりと味わいながら、夜を過ごした。
……まだ、終わらなかった。夜は長かった。
《《明美を助けちゃうぅ!》》
私と真理子は明美を挟んでダイニングテーブルに座っていた。
真理子が私を見た。
「ねえ、アンヌ、精神医学者のあなたの目から見て、明美はどういう子?」
「極めて典型的な『自己像と身体的特徴の乖離』ね。彼女の内面は驚くほど保守的で、一般的な道徳観や純粋な愛情を渇望している。けれど、その肉体は他者の支配欲や性的消費を否応なく煽ってしまう。その絶対的な矛盾に、彼女の精神は長年引き裂かれているのよ」
私はグラスのマッカランを軽く揺らし、静かに続けた。
「臨床的な観点から言えば、度重なるトラウマによって『学習性無力感』が完全に定着しているわ。不条理に大切なものを奪われても、怒りや反抗よりも先に『またか』『私にはどうせ無理なんだ』という諦めが勝ってしまう。自尊心が著しく低く、他者からの承認に依存しなければ自我を保てない『依存性パーソナリティ』の傾向も強いわね」
「フ~ンンン……問題あるわねえ……」
「一番厄介なのは、彼女自身が無意識のうちに自分を傷つける『捕食者』を引き寄せていること。そして無抵抗のまま蹂躙されることで、逆説的に『悲劇のヒロイン』としての存在価値を確認してしまっている。……ひどく残酷な言い方をすれば、加害者にとってこれほど都合よく、美しく壊れてくれる被検体はいないわ」
「そぉよねえ……不憫になっちゃうわ……保護欲をかき立てる子なのよね……」と隣の明美の肩を抱いて、頭をなでた。この子は、人間相手ではなされるがままなんだなあ……。
急に彼女が頭を起こして、不安な顔で私を見た。
「ナノグラムやピコグラムレベルの投与量の物質が開発できたとしたら?アンヌ先生、どうなっちゃうのでしょうか?それ、非常にマズいことでは?」と叫んだ。
「明美、それがどういうことかと言うとね。ミリグラムの薬なら、毎日決まった量を本人が自覚して飲まないといけない。でも、ナノやピコの世界は違う。ナノは『細胞1個』の重さ、ピコに至っては細胞の中にある『DNAの欠片』の重さと同じよ。例えば、牛乳や飲料水に細菌を1個ふりかけても、誰も気づかないでしょう?」
「つまり……本人の同意無しに、一人じゃなく、大勢の人間にこの物質を投与可能になる。……学校給食のミルクや、工場の製造ラインに混ぜるだけで……」
「でもぉ、そんな魔法みたいなこと、簡単にできるわけじゃないんでしょ?」真理子が、わざとらしく小首を傾げて口を挟んだ。
明美はハッとして、化学の研究者としての鋭い目つきを取り戻した。
「……化学的な『安定性』の壁があります。水に溶かして成分が分解しないか。加熱殺菌の温度変化に耐えられるか。そして体内に入った後、胃酸などの酸・アルカリに晒されても構造を維持できるか。……そのハードルを越えるのは、至難の業です」
明美はテーブルに置かれた自分のスマートフォンを引き寄せた。
「GnRHアナログのようなペプチドホルモンは、普通に口から飲んでも胃酸や消化酵素でただのアミノ酸に分解されてしまいます。だから通常は皮下注射なんです。でも……」
「でも?」私が身を乗り出した。
「彩花の論文の最後、補足データとして小さく載っていた分子構造式。あれはただの受容体結合のシミュレーションじゃない。第6番目のアミノ酸を置換して酵素耐性を上げているだけじゃなく、極めて特殊な修飾基が組み込まれる余白があった。……彼女、腸管からの吸収率を飛躍的に高めるか、あるいはナノカプセルに封入して血中まで直接届ける『経口投与のドラッグ・デリバリー・システム』を、ピコグラムのスケールで設計しようとしている……」
私は息を呑んだ。医学の専門家である私でさえ、「薬の効能とリスク」という表面的な部分にしか目がいっていなかった。だが明美は違う。彼女は論文の端に書かれた数式と化学構造から、彩花が水面下で組み立てている「兵器の設計図」を完璧にリバースエンジニアリング(逆行分析)してのけたのだ。
「明美……あなた、そこまで読み解いたの?」
「化学研究者ですから」
明美は自信を持って答えた。
「彩花が何を合成しようとしているのか、そのプロセスにおいてどこに致命的な欠陥が生じるか。……構造式を見れば、私にはわかります」
私は、隣で薄く笑っている真理子を横目で見た。
(……この化け物。最初からわかっていたのね)
依存性が強く、男に消費され、彩花に奪われ続けた不憫な少女。私が先ほど下したその精神分析は、間違ってはいなかったかもしれない。しかし、それは彼女の「半分」でしかなかった。
この神宮明美という女は、高橋彩花という怪物と全く同じレベルで世界を数式と分子で解体できる、本物の知性を持っている。
「そこよ、明美」真理子がパチンと指を鳴らした。「あなた、非常に優秀ね。彩花並みじゃない?」
「いえ、そんなことはありません。彩花とは比べ物に……」
「よし!人間相手にぶきっちょで誤解されやすい神宮明美!真理子がなんとかしてあげよう!アンヌ、明美を素っ裸にして、私のゴスロリを着せてちょうだい!」……何を考えてるんだろ?
「今?」
「今よ!明美、ゴスロリ、着たいでしょう?」
「ゴシックロリータですか?……私にロリってイメージ、あります?」
「あなたの内面は、ロリータそのものじゃない!アンヌ、そこのワードローブから、この胸が入るのを選んで!」
「わかったけどさ、この夜中に何をするつもり?」嫌な予感がした。明美にゴスロリを着せて、真理子と私で犯すのかしら?
「アンヌ!変なことを考えないで!」視えた?
「今から、私の元カレを呼ぶから。彼なら明美を救済できるわ!」
私はため息をつきながら立ち上がり、真理子の巨大なワードローブを開けた。中には黒、白、ボルドーといったダークトーンのレースやフリルが、狂気的なまでの密度で並んでいる。
「……明美のこの『ロケット乳』が入る服なんて、あるの?」
「背中の編み上げ(コルセットリボン)で調整できるクラシカルなジャンパースカートがあるわ。インナーは袖の膨らんだ姫袖のブラウスにして。下着は……そのけばけばしいのはダメね。私のドロワーズを貸してあげる」
私はワードローブから指定された一式を取り出し、明美の前に立った。
「さあ、腕を上げて」
明美は戸惑いながらも、抵抗せずに両腕を上げた。本当に、なすがままの着せ替え人形だ。
私はまず、彼女の身体のラインに張り付いているタイトなニットの裾を掴み、一気に上へ引き抜いた。
「あっ……」
明美の口から小さな吐息が漏れる。現れたのは、夜の蝶が好むような、黒い極小のレースブラだった。先ほど服の上からでも圧倒的だったお椀型の胸が、今にも零れ落ちそうに自己主張している。
続いて、短すぎるミニスカートのサイドファスナーを下ろす。布地はあっさりと床に落ちた。彼女の下半身は、面積の少ないTバックのショーツと、ガーターを模したような派手なストッキングに包まれていた。
「アンヌ、その蒸せ返るような香水の匂いも消して。洗面所にホットタオルがあるわ」
真理子の指示に従い、私は熱いタオルで明美の首筋、デコルテ、そして豊かな胸の谷間を丁寧に拭い去った。プニプニとした柔らかな肌が赤みを帯び、明美がビクッと身を震わせる。男の性欲を煽るための武装(香水と服)を剥ぎ取られた彼女は、ただの怯えた、しかしひどく艶めかしい一人のメスになっていた。
「下着も脱いで。この純白のドロワーズとパニエを穿くのよ」
私が命じると、明美は顔を真っ赤にしながら自分でTバックを下ろした。長い脚を揃えてモジモジと恥じらうその所作は、確かに「淫らな外見」に反して、ひどく純情な少女のそれだった。
純白のドロワーズを穿かせ、その上に幾重にもチュールが重なったボリュームたっぷりのパニエ(ペチコート)を重ねる。
次に、フリルがあしらわれた姫袖の白ブラウスに腕を通させた。胸のボタンが弾けそうになるのをなんとか留め、最後に漆黒のジャンパースカートを上から被せる。
「明美、息を吸って」私は明美の背後に回り、ジャンパースカートの背中にあるコルセットの編み上げリボンを、両手でギュッと力一杯締め上げた。
「んぅっ……!」
明美の細いウエストが極限まで絞り込まれ、その反動で、ブラウスの胸元から巨大な双丘が、まるで暴力のようにこんもりと押し上げられた。クラシカルで禁欲的なゴシックドレスの意匠が、逆に彼女の規格外の肉感性をグロテスクなまでに際立たせている。
最後に、ウェーブのかかった夜の女風の栗色の髪をブラシで梳かし直し、ストレートに近い状態に落ち着かせてから、漆黒のヘッドドレス(リボン)を丁寧に結びつけた。
完成した姿を見て、私は息を呑んだ。
「……信じられないわね」
そこに立っていたのは、銀座のラウンジ嬢ではなかった。圧倒的な質量を持つ胸と、パニエでふんわりと広がったスカート。その禁欲的なフリルとレースの奥から、隠しきれない「淫靡なメスの匂い」が立ち上る、等身大の歪なアンティーク・ドール。
「最高じゃない!」真理子が手を叩いて喜んだ。
「清楚な毒(彩花)に弄ばれた、淫らな清純(明美)……そのギャップを極限まで引き出すなら、明美の内面のロリータを、外面のゴスロリでおおうのが一番。これで、私の元カレも完璧に狂うはずだわ」
真理子は自分のスマートフォンを取り出し、深夜にもかかわらず、ある番号へと発信した。
「もしもし、悟?……久しぶりね。今からすぐに、私の部屋に来てくれない?……ええ、そうよ。あなたに見せたい『極上の女神』がいるの」
一時間ほど経って、真理子の元カレとかいうスーツの上にネクタイを緩めたリーマン風の吉澤悟とかいう軽そうな男性が真理子の部屋に現れた。
「真理子……こんな夜中に呼び出して……見せたい『極上の女神』って……」軽そうな男性が明美を見た。
もう真理子は眼中になくなったみたいに見えた。「め、女神……」
「悟、どう?彼女?まず、この部屋で撮影会をしてみる?私とこの先生は消えるから」と私を指さした。
「真理子、消えるって?」
「アンヌの部屋に行くのよ。邪魔しちゃ悪いでしょうぉ~?明美、彼は吉澤悟。悟、この美女は神宮明美。明美、心配しないで!この人、オタクだから、あなたを襲わないわ。でも、インポじゃないわよ。この人、もしかしたら、セックスの話じゃなくて、あなたの凹の外面と内面を埋めてくれる凸かもしれないわよ。でも、あれもうまいわよ。私のお古ですけど、よろしければどうぞ、召し上がれ」
「め、女神……」まだ吉澤悟は明美を見つめて呟いている。なんなの?
真理子は、さっさと荷物をまとめると、私を急き立てて、部屋を出てしまった。
この展開、まったく、理解できない!
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




