第1話(3) 無抵抗の明美
《《明美の論文解釈》》
明美はグラスを置いて、涙を拭いて、真剣な顔になった。
「うん……正直に言うわね。この論文、ヤバイよ。真理子のように医学や化学の知識がない人にもわかりやすく説明するわね。この論文は、一見すると科学的な報告書のように見えるけど、実は倫理的にも社会的にもとても危険な内容を含んでいるのよ。まず、この論文は『性ホルモン』という、体内のバランスを司る物質を使って、人の体を男性らしさや女性らしさから変える方法について書いているの。特に、子供や若い人たちのジェンダーに合わせて、体を変える薬の話が出てくるわ」
「つまりぃ~、それって、ウィーン少年合唱団みたいなのの中世版で、アソコ切り落としちゃって、ホルモンを出さなくなっちゃうような状態?」
「……その通りでしょうね。人為的な切除じゃなくて、薬で同じ効果を出そうとしているの。GnRHアナログを投与すると、男子の場合、精巣が萎縮して、精子の産生が止まる。陰◯も成長しない。成人後も子供のサイズのまま。女子の場合、卵巣が休眠状態になって、子宮も発達しない。チツ壁も薄いまま」
「ということは、男子のアソコだけじゃなくって、女子のアソコの成長も止まるってこと?」
「そう」
「つまりぃ~、このグチュグチュの明美のアソコみたいなのを持つ女子がいなくなるってことぉ~?」とテーブルの下で、真理子がまた触りだした。無抵抗の明美。耐えるんじゃない!手を払いのけろ!
「真理子!明美に説明させなさい!」
「チェっ!明美も楽しんでるのにね。アンヌは無粋ね?ね、明美?まあ、続けて」
「……た、例えば、思春期の子供に薬を使って体の成長を止める、という内容。これが、なぜ危険か?子供の体に大きなダメージを与えるリスクを、論文はかなり軽く見せている点ね」
「GnRHアナログを、12歳くらいの子供に使って、胸が大きくなったり声が変わったりするのを止める、と書いてある。でも、これは子供の骨密度が減って、将来骨折しやすくなったり、成長が止まるケースが報告されているのよ」
「じゃあ、骨がスカスカになっちゃうってこと?転んだらポキって折れちゃう?……それって、明美のこのお尻みたいなプリッとした丸みもなくなるの?」と真理子が自分の方に明美を引き寄せる。
「真理子、止め……た、確かに、骨密度の低下は腰椎と股関節で顕著だから、お尻の形も変わる可能性はある」思わず答えてしまった。
「不妊のリスクも大きいのに、『管理できる』『可逆的』と簡単に書いてある……これ、本当にヤバいわ。薬を止めた後も体に残る影響があって、子供の将来を台無しにする可能性が高いの」
「その子たちは将来、明美みたいに感じられる身体にならないってことぉ~?それは可哀想すぎる!」とまた揉みだす。明美!抵抗しなさい!こら!天井仰いでため息をつくんじゃない!
「真理子、止め!」
「え~、アンヌ、こんなプニプニしているオッパイだよぉ~。明美の隣に座って、触ってみなよ」と言われて、思わず彼女の隣に座ってしまった。
「……た、確かに、これは、男子だったら揉みたがる理想の乳だわね」お椀を伏せた絶対に垂れないロケットのような胸。「……では、私もちょっと……」
……真理子に乗せられて触ってしまった……明美は、私にまで触られて、身を悶えさせた。うわぁ~、理想的な乳首!ヤワヤワ……吸いたい……って、何を考えているんだ!私は!……この子、まったく無抵抗でなすがまま。男だったら虐めるわよね?
「ダメだよ、アンヌ。あんまり明美を感じさせたら、説明できなくなるじゃん!」
「スマン……」
「12歳くらいの子供……中学生くらいよね?小学生、あるいは、高校生に適用したらどうなるのかしら」と真理子が聞いた。
そうか。第二次性徴のことばかり気にしていたが、幼児、小学生、思春期の高校生にだって使われる可能性はある。
私が答えた。
「幼児期——0歳から6歳に投与した場合。性ホルモンはそもそもまだほとんど分泌されていない時期。でも、GnRHアナログは視床下部に直接作用するから、脳の発達に影響する可能性がある。感情調節、社会性の発達に関わる神経回路が形成される時期だから、長期的な精神発達への影響が未知数よ」
「脳まで……」と明美が青ざめた。
「小学生——7歳から12歳。思春期直前が最も危険。骨の急成長期に薬で止めると、身長が伸びない。さらに、脳の海馬——記憶と感情に関わる領域——の発達に性ホルモンが関与していることが最近の研究で明らかになってきた。投与すると学習能力や感情処理に影響が出る可能性がある」
「それは酷い!」と真理子が憤慨した。
「思春期の高校生——15歳から18歳。性ホルモンはすでに分泌されているから、投与しても止めにくい。大量投与が必要になる。量が増えれば副作用も増える。それに、この年齢になると『同意した』と言えるような状況を作り出すことが可能になるから、倫理的に最も問題が大きい年齢よ」
「子供の体はまだ成長中だから、そんな強い薬を安易に使うのは倫理的に許せないと思う。子供は自分で判断できないのに、大人が決めてしまうのは、虐待に近いんじゃないかしら?」と明美が続けた。
私は医師として、質問を挟んだ。
「明美、具体的な投与量はどうなの?論文に書いてあったルプロレリンの量は、子供の体重1kgあたり30μg/kgくらいから効果が出るって書いてあったけど……それは本当に『微量』と言えるレベル?」
明美が快感から立ち直って、でも、ちょっと残念そうにグラスを回しながら答えた。
「アンヌの言う通りね。30μg/kgは、医学的に見ても『微量』ではなく、十分に作用する最低有効量よ。極微量ではないから、子供のホルモン軸をしっかり抑え込む量。骨密度低下や成長抑制のリスクが現実的に出てくるレベルだわ」
真理子が静かに頷いた。
「そうね……骨密度の低下は、特に腰椎と股関節で顕著だって書いてあったわよね?」
明美が続けた。
「ええ。それに、精神的・社会的影響も無視してるの。この薬を使うと、うつ病や不安が増えたり、心臓や血糖の問題が出たりするリスクがあるのに、論文は『精神衛生が改善する』と肯定的に書いてる。でも実際の研究では、薬を使った子供たちの間で自殺念慮が増えたケースも報告されているわ」
「タミフルの副作用みたいな?あの飛び降り自殺の児童が増えた事件みたいに?」と真理子。
「そうそう。社会的に見て、ジェンダーの多様性を認めるのは大事だけど、子供に無理やり体を変えるのは、差別や偏見を生む可能性があるのは当然のこと。特に、女性として思うのは、女性の体はホルモンバランスが命なのに、それを乱すと将来的にがんや心の病気のリスクが高まる。それを『利点が多い』と言うのは、無責任すぎると思うの」
私は静かに質問した。
「インフォームドコンセントの部分はどう?リスクを『まれ』『管理可能』と小さく書いているけど、実際の臨床ではどうなの?」
明美が頷いた。
「それも大事ね。アンヌの言う通り、医者として、患者さんに薬を使う時は全ての危険を正直に説明し、同意を得るのが基本。この論文のようにリスクを軽く描くと、読む人が『大丈夫だ』と思って安易に使ってしまうかも知れない」
「彩花が意図的に軽く書いた?」
「私はそう思います」
「ヤバい女ね?」
「特に、規制されている薬(管理物質)なので、法律的な問題も絡む。英国やスウェーデンでは子供への使用を制限しているのに、論文はそれを無視して進めている。これは、科学を悪用して人を傷つけることにつながりかねないわ」
真理子がグラスを傾けながら、最後に言った。
「最後に、社会的な偏見を助長する危険性ね。この論文は性差を『縮小』するのを良いことのように書いているけど、実際は人間の体は自然にできていて、それを薬で強制的に変えるのは倫理的に疑問だと思うわ。女性の医者として、妊娠や出産、ホルモンの変化を多く見てきたけど、そんな自然のプロセスを止めるのは、女性の権利や多様性を本当に尊重しているとは思えない……」
明美が深く頷いた。
「要するに、この論文は科学の名を借りて、子供や若い人の体と心に深刻な害を及ぼす可能性のある薬を、まるで安全で素晴らしいもののように描いているのよ。倫理的には人権侵害につながるし、社会的には誤情報を広めて混乱を招く危険があるわ。私たちは、医学を人の幸せのために使うべきなのに、こんな内容はそれを逆行させると思う……」
真理子が静かにグラスを置いた。
「そうね……彩花がこの道を選んだ理由が、少しだけ見えてきたわね……でも、明美の説明を聞いて、非常に気になる点がひとつあるわ」
「何が気になったの?」
「投与量よ。今ある物質の投与量はミリグラムで管理して投与しているでしょう?……それが、もし、ナノグラムやピコグラムレベルの投与量の物質が開発できたとしたら?」
私は、明美と顔を見合わせた。
部屋に重い沈黙が落ちた。
私たちは、スペインの生ハムをゆっくりと味わいながら、夜を過ごした。
……まだ、終わらなかった。夜は長かった。
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




