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唖然のイリュージョン

トイワホー国のプリマス県にはコニャック村という土地がある。そのコニャック村の村長は朗らかな性格をしたシロガラシという74歳のおじいさんである。普段はのんびりしているが、ボケはきていないので、シロガラシという男性はいざとなった時には正しい選択もできるし、年の割にはフット・ワークも軽い。シロガラシとはプロ野球の観戦とビールと魚釣りの三つをこよなく愛する好々爺である。

コニャック村には田圃と湖と林が揃っていて見渡す限りに緑が広がっている。隣のアトランタ市には動物園があって逆隣のカシ村というところには山がある。ただし、買い物には電車を使わないといけないのが玉に瑕である。つまり、コニャック村は大自然に囲まれている。

そのため、コニャック村はかつてロケ・ハンの眼鏡にかなって映画の撮影場所に使われたこともある。しかし、コニャック村は過疎地である。コニャック村は相当に広いにも関わらず、最近では一番に多く人が住んでいる時でも12人しかいなかった。最近では一人の若者が今春に元の都会へ帰ってしまった。その若者は仕事をがんばりすぎて統合失調症になったので、ようは転地療養のためにきていたのだが、病状はだいぶよくなったので、結局はコニャック村を出て行ってしまったのである。

村民はその時点で11人になった訳である。今秋にはコニャック村の村民の人数はさらに減ることになった。一人は定期的に鑑別所に入ってしまった。一人は自殺をしてしまった。一人は殺害されて二人は警察に捕まったのである。村民は結果的にいよいよ7人にまで少なくなってしまった。ただし、今冬のコニャック村にはブロードという男性がやってきた。ブロードは30歳で人のよさと腕のよさで有名な医者である。ブロードは同時に明るい性格とは裏腹にのんびりと生きたいという思いを描いている。

お金はそれなりに溜まったので、ブロードは悠々自適の生活をしながらコニャック村で開院をするつもりなのである。この人物の登場はまたもやコニャック村に奇妙な事件を引き起こすことになる。

ここではコニャック村の村民を簡単に説明しておくことにする。シロガラシはミツバという妻と暮らしいる。ヨモギという男性はアスナロという息子と従妹のアカネという女性と暮らしている。あとはヤマガキという男性とブロードの二人が一人暮らしをしていて合わせて7人という訳である。


 今秋のコニャック村では殺人事件が発生していた。事の始まりはモクレンという男性が放火を繰り返してその現場をヨモギの妻であるツバキが目撃したところにある。

ツバキは親友のナズナに対して相談をした。ツバキとナズナの二人は結果的にモクレンを揺することになった。しかし、モクレンは揺すりの金が払えなくなったので、最終的には自分が放火魔だったことを知られることを恐れて自殺という道を選んだ。ツバキはそれを受けると今までのことを全て警察に話そうとしたが、ナズナには全くそんな気はなかった。そのため、ナズナは愛人のソテツという男にツバキは殺害をさせた。ナズナは『愛の国』トイワホー国の人民にしては珍しく残忍な性格をしているのである。離婚話は浮上していたとはいっても、ヤマガキという画家の男性はナズナの夫だったのである。

 事件は同時期にもう一つあった。そちらは怪盗を自称する人物が金魚や洋服やぬいぐるみといったようなものしか盗らずに大事にはならなかった。ある意味では不幸中の幸いである。

「ブロードさんは今年の秋に起きたことを全てご存じなのかしらねえ。私だったら、少しはコニャック村のことを怖い場所だと思ってしまいそうなものだけどねえ」これはミツバのセリフである。

ミツバは白髪のやさしそうなおばあさんである。今のシロガラシとミツバは夕食を終えてリラックスをして自分たちの家において談話をしている。夫のシロガラシはミツバのセリフに応じた。

「それはわしも考えたが、おそらくは全部を知っていてコニャック村に来て下さるんじゃないかのう?ブロードさんはなにせお医者さんだから、頭はいいはずじゃからのう」シロガラシはゆっくりとした口調で言った。シロガラシは割とのんびりとした性格をしているのである。

「私は言葉を返すようで悪いけど、頭のいい人は無鉄砲じゃないとは限らないわよ」ミツバは真剣な顔をして言った。警戒心はミツバの方がシロガラシよりも強いのである。

「それは一理あるのう。しかし、話はそれ以前にブロードさん自身の柄が悪かったら、その時は最悪じゃのう。ブロードさんはトイワホー国の国民なんじゃから、9分9厘はやさしい性格をしていらっしゃることだと思うがのう」シロガラシは言った。本来はそのような状態がトイワホー国での常識なのである。

「そうね。それには私も同意するわ。だとすれば、ブロードさんは『コニャック村にはもう悪い人はいない』と信じてコニャック村に来て下さるのかもしれないわね。おやまあ」ミツバは驚いた。

シロガラシは居眠りをしていたからである。シロガラシはリビングで寝ていては風邪をひいてしまうので、ミツバはシロガラシを揺り起こした。シロガラシはどこでも寝てしまう稀有な人なのである。

「おお」シロガラシは目を覚ました。「すまん。すまん。話は棺のことについてじゃったのう。あれは驚いたのう」シロガラシはおかしなことを言っている。普通の人は唖然とするところである。しかし、ミツバの方は少しもいつもの調子を崩さなかった。ミツバは的確に核心を突いた。

「おじいちゃんは寝ぼけているのね。おじいちゃんはたまにボケが始まったんじゃないかと私は心配になるわ」ミツバのセリフは最もなものである。シロガラシは陽気な口調で言った。

「なんの。なんの。わしはまだまだボケないから、その点は大丈夫じゃよ。わしらはブロードさんの話をしておったんじゃったな?ブロードさんはきっといい人じゃよ。近くにはお医者さまがいて下さというのなら、わしらにとってはこれほどにうれしいことはないはずじゃよ」

「そうね。それじゃあ、私達はブロードさんとお会いするのを楽しみにしていましょうか」ミツバは穏やかに微笑んだ。トイワホー国の国民は基本的に人当たりがいいので、シロガラシとミツバの二人はブロードとうまくやって行けるということはすでに決定事項なのである。


 ブロード・クリニックは翌日に開院をした。ブロード・クリニックの看護師と事務員は一人ずつしかいない。ブロードはちょっと変人でも患者の話をよく聞いてくれて相当に腕がいいというのが専らの評価である。そのため、ブロードはせっかくど田舎のコニャック村まで来たのにも関わらず、患者はたくさんコニャック村にまで来てくれることになった。ブロードはコニャック村での初めての診察が終わるとシロガラシの家を訪ねて来た。ブロードは開口一番に『やあ!やあ!やあ!』とやかましく言った。

「はじめまして」ブロードは言った。「ぼくはブロードです。あなたは村長さんですね?ぼくはお会いできてとても光栄です」ブロードは応対に出てきてくれたシロガラシに対して玄関で社交辞令を述べた。

「いかにもです。わしはこの村の村長であるシロガラシです。わしとしては立ち話もなんですから、もしも、よろしければ、ブロードさんは中にお入り下さい。中にはわしの妻もいます」シロガラシは丁重に言った。シロガラシはやたらと元気なブロードにもすでに好感を覚えている。

「そうですか。それではお言葉に甘えさせてもらっちゃいましょう。失礼を致します」ブロードはそう言うとシロガラシの家の中に入って来た。ミツバとブロードはお互いに自己紹介をした。シロガラシとミツバとブロードは座卓の前に座った。ミツバは三人分のお茶を出してからである。

「おお」ブロードは言った。「これはあたたかいお茶だ。ミツバさんはおもてなしをどうもありがとうございます。こちらはとてもいいお宅ですね?」ブロードはシロガラシの家の外観を見た時からすでに思っていたことを口にした。このブロードのセリフは社交辞令ではない。シロガラシはそれに応じた。

「ありがとうございます。わしらの家はリフォームをしてまだ一年も経ってないものですからのう」シロガラシは少しばかり得意げである。ミツバはそんな夫を微笑ましく見守っている。

「そうでしたか。ぼくはシロガラシさんのお宅が気に入りました。ぼくは内科の医師をしているので、村長さんとミツバさんはなにかありましたら、その時はすぐにぼくのところにお越し下さい。ぼくはいつでも大歓迎です。いえ。ぼくは病人を大歓迎なんて少しばかり不謹慎でした。どうもすみません」ブロードは謝った。ブロードはずっとハイ・テンションのままである。

「いいえ。そんなことはいいですよ。ブロードさんはやさしい方なんですね。病院と薬局はブロードさんのお宅からどれくらい離れているのですか?」これはミツバのセリフである。

「ぼくの家と病院の距離はおよそ歩いて三分です。それにしても、ぼくはしばらく都会で開業をしていたのですが、田舎の空気は新鮮でいいですね。ぼくはコニャック村にきてから外へ出ることが楽しみで仕方ありません。そう言えば、ぼくは村長さんのお宅を訪ねる前に一人の男性をインターホンの前でお見かけしたのですが、あの方はコニャック村の村民なんでしょうか?」ブロードは不思議そうにしている。

「わしはたぶんそうだと思います。大人の男性はコニャック村にはブロードさん以外では二人だけですから、その男性はヨモギさんとヤマガキさんのどちらかじゃろう。しかし、それは妙な話じゃのう。その男性はヨモギさんだったとしてもヤマガキさんだったとしてもどうしてチャイムを鳴らされなかったのじゃろうか?それはやはりわしの耳が遠くなったせいじゃろうか?しかし、チャイムの音はばあさんにも聞こえなかったのじゃろう?」シロガラシは細君に対して聞いた。ミツバは答えた。

「ええ。チャイムはほぼ間違いなく鳴らなかったわよ。だとすると、これは本当に不思議ねえ」

「おやまあ」ミツバは言った。「私達はブロードさんを蚊帳の外にしてしまってどうもすみません」ミツバはブロードを気遣って謝った。ミツバはとてもやさしい性格をしているのである。

「いえいえ」ブロードは取り成した。「なんら、問題はありません。その方はチャイムを鳴らさなかったのなら、おそらくは急ぎの用事という訳ではなかったのではありませんか?」ブロードは意見をした。

「ブロードさんは鋭いですのう。避けては通れないので、わしはここでお聞きしてしまいますが、ブロードさんはコニャック村で今秋に殺人事件があったことをご存じでしたかのう?」シロガラシは聞いた。

「ええ。存じ上げています。あの事件は全国の新聞で大々的に掲載されていましたからね。村長さんはそれでも怖くないのかとお聞きしたいのですね?ぼくは全く怖くありません。今までの人生では多くのやさしい人たちを見てきたので、ぼくはどんな人のことも信用しているのです。一度はこの地で殺人事件があったのなら、殺人事件はもう二度とこの土地で起きないとぼくは信じています」ブロードは言った。

「ブロードさんはご立派じゃのう。わしはそれに感化されて少し村長としての責任感を強くしようと決心させてもらいました」シロガラシは村長としてなんともうれしそうである。

「ブロードさんはおやさしい方でよかったわ。ブロードさんはお会いして初日からおじいちゃんにいい刺激を与えて下さいましたしね」ミツバはブロードのことを高く評価している。

「いやー」ブロードは照れた。「ぼくはそう言って頂けるとうれしいですね。これは繰り返しになってしまいますが、ぼくは内科をやっているので、村長さんとミツバさんはなにか体の異変にお気づきになられましたら、その時はすぐにぼくのところにお越し下さい。ぼくはきっと村長さんとミツバさんのお役に立てると思います」ブロードは医者としてしっかりとした態度を見せた。

「それは頼もしい限りね。ブロードさんはお気遣いをどうもありがとうございます」ミツバはそう言うとぺこりと頭を下げた。ブロードはそれを受けると会釈を返した。

 その後のシロガラシとミツバは孫の話をした。ブロードはシロガラシとミツバに対してレーズン・パンの売っている店を聞くとシロガラシの家を辞した。ブロードの好物はレーズンなのである。

 シロガラシとミツバは二人になるとブロードが親切な人だったことを喜んでこれからもブロードとは円滑に付き合いができそうなので、二人は安堵することができた。

 ブロードはというとシロガラシとミツバのことをいい人たちだと思ってうれしい気持ちで帰って行った。この穏やかさこそは本来のコニャック村の形である。


 その二日後のシロガラシは湖へ行って魚釣りをした。そこまではよかったのだが、トラブルは帰り際になって起きた。ただし、シロガラシは別に事故を起こしたり事故に巻き込まれたりした訳ではない。

 シロガラシは車で湖まで行っているのだが、その道中では木に五寸釘で刺された藁人形を見つけてしまったのである。シロガラシは当然のことながらびっくり仰天である。

シロガラシは朝の7時から10時までしか魚釣りをしていなかったので、今はまだ明るい。その藁人形は行きとは反対(帰る時に見える位置)に刺されていたのである。

シロガラシは車から降りて藁人形を手に取るためにしゃがみこんだ。藁人形は割と低い位置にセットされていたのである。シロガラシはしばし藁人形を手に取って誰を呪おうとしていて名前や写真の類はないかどうかと観察をしていたが、それとわかるものはなにもなかったので、結局のところはシロガラシにはなにもわからなかった。しかし、このままでは物騒なので、シロガラシはその藁人形を家に持って帰って処分してしまうことにした。シロガラシは帰宅をするとまたもや奇妙な光景を目にすることになった。現時点ではよくわからないが、画家のヤマガキはシロガラシの家の周りをうろうろしていたのである。

「こんにちは」シロガラシは挨拶をした。「ヤマガキさんはお散歩ですかのう?絵描きさんは当然のことながら人間ですから、ヤマガキさんはずっと部屋に籠っていると塞ぎ込んでしまいそうですからのう」シロガラシは憶測を述べた。シロガラシの口調はのんびりとしたものである。

「ええ。そうですね」ヤマガキは話しかけられると『びくっ!』としてから返事をした。おそらくは後ろから急に声をかけられたから、ヤマガキはそのせいでびっくりしたのだろうとシロガラシは考えた。

「あのパンプキンはおいしかったですね?あのパンプキンとは今年のハロウィンで食べさせて頂いたものです。私は今でもあの味が忘れられません。ミツバさんはお料理の達人ですね?」ヤマガキは話を振った。シロガラシとしては妻を褒められた形である。そのため、シロガラシは相好を崩した。

「そうですかのう?それではヤマガキさんはそう言っておられたと伝えさせて頂きましょう。そうじゃった。今年はブロードさんの歓迎会を兼ねてクリスマス・パーティーを開こうと思っておるのじゃが、ヤマガキさんはご出席して下さいませんかのう?」今度はシロガラシの方が話を振った。

「私は喜んで出席をさせて頂きます。それは願ってもいない喜びです。実は私もブロードさんとお話ができればいいなと思っていたところでしたのですわ」ヤマガキは鷹揚な身振りを加えて喜びを表現した。

「そうでしたか。それなら、わしは機会があればパーティーよりも先にヤマガキさんにブロードさんをご紹介させて頂きましょう。わしとばあさんはもう知り合いになったのです。そうじゃった。ヤマガキさんはこれについてなにかご存じではありませんかのう?わしは先程に見つけたのですが、こちらは木に五寸釘で刺されておったのです」シロガラシは藁人形のことを言っている。

「さあ?」ヤマガキは言った。「私にはわかりませんが、私としては誰がやったのかはすこぶる気になりますわな。コニャック村ではこの間みたいにまた悪いことが起きなければいいのですがね。これこそはその前兆ということもありえますから」ヤマガキは不安そうにしている。凶悪な事件はヤマガキにとってもトラウマなのである。しかしながら。シロガラシは藁人形に関しては楽観的だった。

「大丈夫じゃよ。今年の秋の一連の事件はヤマガキさんにとってショッキングじゃったと思いますが、悪いことはあれでおしまいです。セリフは少しブロードさんと被っておりますがのう」シロガラシは恥ずかしそうにした。シロガラシはヤマガキと別れて家に入った。シロガラシは治安がいいからと言って家の鍵を開けたままいつも外に出ている。ミツバはシロガラシに続いて後ろから家の中に入ってきた。

「なんじゃ」シロガラシは言った。「ばあさんも外へ出ていたのか?ばあさんはなんの用があったのかのう?」シロガラシは聞いた。シロガラシはなんの気なしに聞いた。シロガラシは別に詮索好きという訳ではないのである。それはもちろん豪放磊落な性格をしているところからも窺うことはできる。

「私はブロードさんに診てもらっていたのよ。私は少し喉が痛いからね。私は風邪気味なのかなと思ったのよ」ミツバはいつもの穏やかな口調のままきちんと説明をした。

「そうじゃったのか。それは気づかなくてわしも悪かったのう。ばあさんはのんびりしていればいい。そうすれば、風邪くらいは薬の効果ですぐに治るじゃろう」シロガラシは楽天的である。

「そうね。ブロードさんも大事には至らないっておっしゃって下さったから」ミツバは演技をした。ミツバはブロードの病院に行ったことは事実だが、その目的は嘘だからである。ミツバは喉も痛くなくてそれ以前の話として薬さえも貰ってなどいないのである。ミツバには一つの企みがあるからである。

「そうじゃった。ばあさんには一つ相談しなくちゃならないことがあるのじゃが、わしは話をしてもいいかのう?」シロガラシはミツバの体調をしっかりと気づかった上で聞いた。

「ええ。私は別にいいわよ。実は私にも一つおじいちゃんに言っておかないといけないことがあるの。だから、私はその話を聞き終えたら、おじいちゃんは私の話も聞いてちょうだい。まさかとは思うけど、おじいちゃんの相談は「わしは魚が釣れないから、ばあさんにはコツを教えてほしい」っていう相談じゃないわよね?」ミツバはおちゃらけて見せた。シロガラシは『がはは』と笑った。

「ばあさんは冗談がうまいのう。釣果はまずまずじゃったよ。いやいや。今は冗談を言っている場合じゃないのじゃった」シロガラシはそう言うとミツバに対して藁人形の一件を詳細に話した。ミツバは薬の片付けをする振りをしながらも真剣にその話を聞いてくれることになった。

「なるほど」ミツバは言った。「論点は誰が誰を呪おうとしたのかということね。秋の事件ではツバキさんが殺害されたのだから、一番の容疑者はその旦那さんのヨモギさんね」ミツバは口に手を当てた。

「おやまあ」ミツバは言った。「私は随分と失礼なことを言ってしまったわね」ミツバは自分の失言に気づいて慌てて取り繕った。老婆とはいっても、ミツバは淑女なのである。

「いやー」シロガラシは言った。「わしらは犯人を捜すなら、それは疑いをかけなくちゃできないことじゃよ。犯人はヨモギさんだとすると奥さんのツバキさんを殺害した実の弟のソテツさんとその愛人のナズナさんのどちらかを呪っておるのじゃろうな。容疑者は他にもおるかのう?」シロガラシはミツバに対して恐る恐るといった感じで聞いた。シロガラシは本心では村民を疑いたくはないのである。

「その他の容疑者はツバキさんとも同居をしていたヨモギさんの従妹のアカネさんね。あとはヤマガキさんも怪しいわね。ヤマガキさんは恋人と奥さんをヨモギさんとソテツさんの兄弟に奪われていて自分の元を去って行った挙げ句に罪を犯したナズナさんとツバキさんにもよくない感情を抱いているのかもしれないわね。だけど、この話はおかしいわね。ヤマガキさんの恨んでいるかもしれない方は数人いるのにも関わらず、藁人形はどうして一つだけなのかしら?」ミツバは話をどんどんと煮詰めて行っている。

「うーむ。ばあさんは一生懸命に考えてくれたが、この問題はやはり難しいのう。わしとしてはこういう時にこそヤツデさんとビャクブさんがいらっしゃってくれたなら、本当はよかったのにのう。そうはさすがにうまく行かないものかのう」シロガラシは感慨深げである。

ヤツデとビャクブというのは今秋に起きた殺人事件と盗難事件を解決して見せたすごい人たちである。ヤツデとビャクブは警察官ではなくて単なる素人にすぎない。

「それじゃあ、わしはばあさんの相談を聞かせてもらおうかのう。一旦は藁人形の件について考えるのは中断にしよう」シロガラシは中々思い切った決断をした。ミツバは応じた。

「おじいちゃんは匙を投げちゃったのね。私達だけでは確かに謎を解くのは難しそうだものね。私の話というのはヤマガキさんについてなの。最近のヤマガキさんは最低でも三回は私達の家の周囲をうろつかれていらっしゃるの。私は実際に見たのは三回だけど、本当はもっとうろつかれていらっしゃるのかもしれないわ。この間はブロードさんも誰かがこの家のインターホンの前にいたっておっしゃっていたけど、その男性というのはやっぱりヤマガキさんだったんじゃないかしら?」ミツバは疑問を呈した。

「そうかもしれないのう。ヤマガキさんはちょうどばあさんが帰って来る少し前にもいらっしゃったのじゃよ。クリスマス・パーティーは出席して下さるらしくてのう。ばあさんのパンプキンはおいしかったともおっしゃっていたのじゃよ」シロガラシはここで肝心なことに気がついた。

「おっと」シロガラシは言った。「いかん。いかん。わしの話は脱線をしてしまったのう。わしにはヤマガキさんがわしらの家の周りをうろついている理由がわかるような気がするがのう。ヤマガキさんはきっとわしらの家をモデルにして絵をお描きになりたいのかもしれないじゃろう?」シロガラシはズバリと言った。ミツバにとってはシロガラシの発想は斬新なものだった。シロガラシはしたり顔である。

「おやまあ」ミツバは言った。「おじいちゃんは鋭いわねえ。それなら、私達はそっとしておいてあげましょうか。ヤマガキさんの気性はとてもやさしいだから、ヤマガキさんは空き巣の下見にきているとは考えにくいものねえ」ミツバは穏やかな口調で言った。コニャック村の村民の間の信頼関係はここからも窺うことができる。ミツバはヤマガキのことを心から信用をしているのである。

「それは確かじゃのう。それにはわしも太鼓判を押したいくらいじゃよ」シロガラシは明るく言った。藁人形の謎は解明できなかったが、シロガラシとミツバはヤマガキの行動については結論らしきものを得てそれらの話を終えた。ただし、シロガラシとミツバは本当にヤマガキの行動を言い当てているかは謎である。その後のミツバはクレジット・カードの明細書を確認した。

一方のシロガラシは嵐の前の静かさとは知らずにスフレを食べてゆっくりとこの日を過ごした。謎はすでに今の時点でもあるが、奇妙な事件は再びシロガラシのところへと舞い込んでくることになる。

穏やかさでは世界でもトップ・クラスのトイワホー国においてなおかつその中でも相当に穏やかだったコニャック村で立て続けにトラブルが起きることは珍事の中でも珍事である。

シロガラシはそんなことが起こるとは現状では思いもしていない。今度はシロガラシに関係している事件だとも知らずにのうのうとしているのである。とはいっても、それは仕方のないことである。


 次の日のシロガラシはのんびりとしていようと思っていた。しかし、この日はまたもや自宅の近くでヤマガキを発見したので、シロガラシは外へ出てヤマガキに対して声をかけてみることにした。

 シロガラシは自分の家の周りを散歩している理由を尋ねると、ヤマガキはやはりシロガラシの家をモデルにして絵を描かせてもらいたいと思っていると主張をした。

 ヤマガキはしどろもどろである。しかし、シロガラシはそれに気づかなかった。シロガラシは豪快な性格で些事にこだわらないのである。話題はブロードのことに移った。今日はちょうどブロードの休診日だったので、暇人のシロガラシとヤマガキは今からブロードの家に行ってみることになった。

「ヤマガキさんには運転を任せてしまってすみませんのう。しかし、わしとしてはそうして頂けると随分と助かります」シロガラシは低姿勢である。車はシロガラシのものだが、現在はヤマガキがハンドルを握っているのである。ヤマガキは一台の車を持っているので、運転免許証はきちんと持っている。

「いえいえ」ヤマガキは取り成した。「シロガラシさんはブロードさんをご紹介して下さるのなら、このくらいはなんともありません。そうだ。私は途中で自宅に寄ってもよろしいですか?ブロードさんにはぜひともお見せしたいものがあるのです」ヤマガキは恐る恐ると提案をした。ヤマガキは基本的に小心者なのである。シロガラシとヤマガキの性格はその点では対照的である。

「ええ。もちろんじゃよ」シロガラシはいつものとおりに寛大である。シロガラシとヤマガキはにヤマガキの家に寄ってからおよそ十数分後にブロードの家へと到着をした。ブロードは車の音を聞いて出て来ると『やあ!やあ!やあ!』と言った。ブロードは相も変わらずに元気である。

「こんにちは」ブロードはシロガラシに対して挨拶をした。ブロードはヤマガキに向き直ると早速に『やあ!』と声をかけた。ヤマガキは気圧されながらもぺこりとお辞儀をした。

「はじめまして」ブロードはそう言うとヤマガキに対して握手を求めた。ヤマガキはしっかりとそれに応じた。シロガラシはその時にそれぞれヤマガキとブロードのことを紹介した。

「シロガラシさんとヤマガキさんはすぐにお帰りになられてもよろしいのですが、よろしければ、お二人は少しぼくの家に上がりませんか?シロガラシさんには家に上げて頂いた恩もあります。ヤマガキさんとは友好を深めたいですからね」ブロードは提案をした。今のブロードはとても人懐っこい笑みを浮かべている。ヤマガキはブロードから悪くない第一印象を受けた。シロガラシは応じた。

「それは願ってもない申し出じゃのう。わしらはぜひとも入れてもらいましょう」シロガラシは嬉々として言った。ヤマガキは即時に同意をした。有名な医者とは言っても、ブロードはまだ30歳である。ブロードの家は親にも少し資金を出してもらって買ったものである。そのブロードの家は田舎にしてはやや小さいくらいである。もっとも、シロガラシの邸宅は大きすぎるだけに比べることはかわいそうである。

「ブロードさんの家の前には車がなかったですが、運転はなさらないのですかのう?」シロガラシは興味本位で聞いた。今のブロードとシロガラシとヤマガキはシャンデリアのあるリビングで寛いでいる。

「ええ。ぼくは学生時代からずっと医学の勉強をしていたものでしてね。車の運転免許は持っていないのです。ですから、ぼくは車を運転できる方はすばらしいと思います」ブロードは率直である。

「いやー」シロガラシは言った。車の運転はわしもしますが、それくらいはやろうと思えばブロードさんにも簡単にできるはずじゃよ。ヤマガキさんはどう思われますかのう?」シロガラシは水を向けた。

「それは私も同意見です。ブロードさんのお家には見たところではたくさんの絵が飾られていますが、これらはブロードさんのご趣味ですか?」ヤマガキは新しい話題を提供した。

「はい。おっしゃるとおりです。ぼくは絵画には目がないのです。実は高額な作品はあまりないのですがね。この家にある絵画は全てぼくのお気に入りの絵です。村長さんとヤマガキさんは絵画がお好きではないですか?」ブロードはなんの気なしに聞いた。ブロードは自分の趣味の話になってすっかりとご満悦である。ヤマガキは『絵』を見た時からブロードとは気が合いそうな気がしていた。

「おお」シロガラシは興奮をしている。「これはすごい展開になってきましたのう。絵はわしも大好きじゃが、ヤマガキさんは画伯なんじゃよ」シロガラシは紹介をした。ヤマガキは少し照れ臭そうである。

「なんですって!」ブロードは驚嘆をしている。それではヤマガキさんは個展を開かれたことなんかもおありなのですか?」ブロードは興味津々である。ブロードはそれほどに絵が好きという訳である。

「ええ。小規模ではありましが、何回かはあります。絵画はとてもお好きなようなので、私はそんな目利きの方に見て頂く時はいつも緊張をしますが、ブロードさんはこちらをご覧になって頂けますか?こちらは私の描いた絵です」ヤマガキはそう言うと恐る恐ると包みから三枚の絵を取り出した。

「おお」ブロードは言った。「これはすばらしい。これらはどれも空間の美学がなされていますね。ヤマガキさんには才能がおありなんですね。ヤマガキさんは機会があればぜひ他の作品群もお見せ下さい」

「いやー」30歳のブロードはオヤジ臭い口調で言った。「それにしても、ヤマガキさんはいい仕事をされていますねえ」ブロードはしげしげとヤマガキの作品を眺めている。

「ありがとうございます。私は絵画の好きなブロードさんにそう言って頂けるとうれしいです。私はとても励みになりました」ヤマガキはすっかりと感動をしている。ヤマガキは正直者である。

その後は絵画の好きなブロードと画家のヤマガキの二人がすっかりと意気投合をして絵についての話で盛り上がった。ヤマガキとブロードは元々少し変わった性格をしているので、二人は偶然にも馬が合ったのである。その間のシロガラシは『ほう』とか『ふーむ』とか言って専ら聞き役に徹した。

シロガラシにとっては中々馴染みのない話題だったが、この場は盛り上がっていたので、シロガラシは村長として村民のヤマガキとブロードが仲良くなってくれて内心では喜んでいるのである。

シロガラシは一通りの話が済むと藁人形のことをブロードにも尋ねた。しかし、シロガラシは特にブロードから情報を得ることはできなかった。この日のシロガラシとヤマガキの二人はブロードの歓迎会を含めたクリスマス・パーティーについての打ち合わせをしてブロードの家を出ることになった。


 クリスマス・パーティーは三日後のシロガラシの家で催されることになった。ヨモギの家族は全員が欠席である。今秋のハロウィン・パーティーにはヨモギとアスナロとアカネの三人も出席をしたが、ヨモギは母親のツバキが亡くなって立て続けにパーティーに出席するのは不謹慎だと考えたのである。

パーティーの出席者はシロガラシとミツバとヤマガキとブロードの4人である。今のシロガラシとミツバとヤマガキとブロードは食卓についてクリスマス・ケーキと七面鳥(ターキ-)を食している。

人数は少ないが、出席者は気分よくこの時を過ごしている。シロガラシは大喜びである。シロガラシは特にパーティーが大好きなのである。クリスマスにしては時期外れのものも食卓にはある。

「いやー」ヤマガキは言った。「うれしいですね。今日はクリスマスなのにも関わらず、私はハロウィン・パーティーのパンプキンがおいしかったと申し上げたら、シロガラシさんは申し送りをして下さった。ミツバさんはそれを受けて本当にパンプキンを出して下さるんですから、私は感無量です」

「いいえ。ヤマガキさんには普段からすばらしい絵を見せて頂いたり贈り物をして下さったりして頂いているのですから、これくらいは当然のことですよ」ミツバは穏やかに言った。ヤマガキは買い物が大好きだから、アルバイトの帰りには息子のモミジやシロガラシとミツバにもなにかの記念日などがあると贈り物をする習慣がついているのである。ブロードは出し抜けに『やあ!やあ!』と言った。

「ヤマガキさんは絵描きとしてもご立派ですが、実は人間性についてもご立派な訳ですね。ぼくも見習わなければなりませんね。そうだ。ぼくは厚かましいかもしれませんが、シロガラシさんは一つ頼み事を引き受けて頂けませんか?もしも、必要なら、ぼくは謝礼金もお出し致します。ぼくは一日中を南プリウス病院というところでも診察をすることになったんです。それ自体はいいのですが、ぼくの診察中にはエレナという名のメスのチワワの食事をぼくの代わりに出してあげて頂きたいのです。エレナは凶暴ではありません。エレナは人懐っこい犬です。シロガラシさんはその際にぼくの家のホーム・シアターを使って映画をご覧になられてからお帰りになられても構いません。どうでしょうか?」ブロードは聞いた。

「ええ。わしは喜んでお引き受け致します。わしにはお金を受け取る気はありませんでしたが、わしは映画を見せて頂けるのなら、それではさらに謝礼金を受け取る訳にはいきませんのう」シロガラシは嬉々としている。ブロードとシロガラシの契約はこれで成立である。

その役目はヤマガキでもよさそうだが、ブロードは「自分はヤマガキの仕事のペースを崩したくないから」とシロガラシには説明をした。集中している時のヤマガキは何時間でも絵を描いていられる才能を持っている。シロガラシは暇人みたいだが、ブロードは『シロガラシは確かに暇人だ』と先日にミツバから教えてもらっていたのである。それはシロガラシもきちんと自覚をしている。シロガラシとミツバとヤマガキとブロードの4人はその後も一度だけヤマガキがトイレに行った以外には和気藹々としてこの一時を一緒に過ごした。パーティーはヤマガキとブロードが帰ってしまうとおしまいになった。シロガラシとミツバはヤマガキとブロードからおもてなしを最上級に褒めてもらって大満足である。


 シロガラシの大役はパーティーの二日後から始まった。大役とはもちろんブロードの家で犬の面倒を見るというものである。家の鍵は予めブロードの手からシロガラシの手に渡っている。

ブロードは随分と不用心なことをしているようだが、シロガラシのことはすでに信頼しきっているのである。シロガラシはシロガラシで絶対に悪いことはしないと誓っている。

 第一日目である。シロガラシは午後8時になるとブロードの家に行って犬のエレナに対してエサを上げることにした。ブロードの言っていたとおり、エレナはやはり人懐っこい犬だった。エレナはすぐに初対面のシロガラシを自分の友達として認めてくれた。

「ふーむ。犬は中々かわいくて心を癒してくれるのう。わしはその上に映画を見られるのじゃから、この仕事は最高じゃのう」シロガラシは一人事を言ってすっかりとご満悦である。シロガラシはブルーレイのあるところに行って一番左側にある映画から見て行くことにした。

シロガラシは導かれるようにして貧乏な男が宝くじを拾ってダメ元で窓口に行ってみると5000万パンダが当たっていたというサクセス・ストーリーの映画を選んだ。

シロガラシはその映画を見終えるとできるだけものを触らないようにして自分の家へと帰って行った。シロガラシは家に帰るとミツバに対して至福の一時を過ごしたと言ってブロードとの契約を賛辞した。ミツバは一緒になってそれを喜んでくれた。シロガラシは気分よくこの日は眠りに就いた。


 次の日は驚くべきことが起きた。シロガラシは昼ご飯を食べ終えたあとでしばらくしてから暇だったので、とりあえずは散歩をしていると1000パンダの紙幣を拾った。

ヤマガキはちょうどそのタイミングでそこに現れた。ヤマガキは徒歩で偶然にもアルバイトから帰って来るところだったのである。シロガラシはヤマガキに対して話しかけた。

「お疲れさまです。今のわしはここで1000パンダを拾ったのじゃが、このお金はどうするべきですかのう?わしはやはりコニャック村の村民の全員に対して心当たりはないかどうかを聞いてみるべきじゃろうか?」シロガラシは聞いた。シロガラシにはとても真面目な一面がある。

「いやー」ヤマガキは言った。「シロガラシさんはすばらしい方ですわな。それはいいことですが、私は警察に届け出るのも一つの手だと思いますよ。もしも、そちらのお金はコニャック村の村民の誰かしらがなくしてしまったものなら、その方は警察に届け出るか、もしくは真っ先に村長さんであるシロガラシさんのところにやって来るはずですからね」ヤマガキは機嫌がよさそうにしている。ヤマガキは人にアドバイスができてうれしいのである。この場にはシロガラシとヤマガキの他には誰もいない。

「そうですかのう?」シロガラシは言った。「それではヤマガキさんのおっしゃるとおりにしましょう。お金は少しの間だけわしがキープをしておいてそれから交番に持って行こうかのう」シロガラシは大らかに言った。これこそは賢者たちの会話である。なぜなら、シロガラシとヤマガキの間には人の金を自分のものにするという話は出てこないからである。もっとも、トイワホー国では当たり前の光景である。

 シロガラシは二日目のエレナの世話もそつなくこなした。その日のシロガラシはお金の価値が上がって色んなものが半分のお金で購入できるようになるという話の映画を鑑賞した。


その次の日のシロガラシはミツバと電車で行ける近くの店でお買い物をしに行ってそれぞれのショッピングを楽しんだ。バーゲンでは半額の洋服が買えたので、ミツバは大喜びをしてシロガラシにもその喜びを伝えた。シロガラシはそれを一緒になって喜んでくれた。

シロガラシは三日目のエレナの世話もしっかりとこなした。シロガラシは例によって例の如く映画観賞をした。今回は子会社が大企業に成り上がるサクセス・ストーリーである。ハッピー・エンドはシロガラシの好きなジャンルである。シロガラシはその翌日にブロードの家に招待された。ブロードは『やあ!やあ!やあ!』といういつものセリフでシロガラシのことを出迎えた。

「シロガラシさんはエレナの世話をいつもありがとうございます。どうぞ。シロガラシさんはおかけ下さい」ブロードはそう言うとシロガラシをソファに座るようにと勧めた。シロガラシの隣にはヤマガキの姿もある。ヤマガキはシロガラシと同じくブロードの家に招待されていたのである。

「ぼくは村長さんとヤマガキさんのお二人を今日にお呼びしたのは他でもありません。その理由はシロガラシさんへのお礼とヤマガキさんの吉報をお祝いさせて頂くためです」ブロードは丁寧な口調である。

「ほほう。ブロードさんはやはり律儀な方じゃのう。ヤマガキさんの吉報とは一体全体にいかなるものじゃろうか?それはとても気になるのう」シロガラシはまるで子供のようにしてワクワクしている。

「実は恥ずかしながら、私の絵は高額で売れたのです。小規模ではありますが、私は三回目の小展も開かせてもらえるようになりました」ヤマガキは恐縮そうにしながらもどこか誇らしげである。

「ほほう。それはすごいことじゃのう。おめでとうございます。おそらくは挫折しそうになった時もきっとあったのにも関わらず、ヤマガキさんはがんばって絵を描くことをやめなかったから、その努力は報われたのかもしれないのう。継続は力なりじゃな。わしはヤマガキさんの吉報を聞けてとてもうれしいですのう。帰ったら、わしはすぐにばあさんにも報告しないといけないのう」シロガラシは心からうれしそうである。実際のところ、シロガラシはニコニコしている。ヤマガキは少々はにかんでいる。

「ヤマガキさんの吉事はとてもぼくもうれしいです。ぼくはお酒を飲めないので、それではあまり締まりはしませんが、とりあえずはアップル・ジュースで乾杯をしましょう。それではヤマガキさんの出世と皆さんの健康に乾杯です」ブロードはそう言うとヤマガキとシロガラシもブロードと一緒にジュースの入ったグラスを掲げた。その後のブロードはやはり自分には見る目があったと自画自賛をした。それは裏を返すと、ブロードはヤマガキの絵が評価されたということをそれほどにうれしく思っているということである。このささやかな集会はその約15分後に幕を下ろした。シロガラシとヤマガキとブロードは年齢がバラバラだが、三人はすっかりと仲良しになったのである。それこそはトイワホー国という国である。

 次のシロガラシの映画鑑賞は冤罪で死刑になった人のフィクション映画である。今回のシロガラシは無実の男性とその家族や被害者の家族のそれぞれの思いや命の尊さを謳う名作だっただけに柄にもなく感動の涙を流した。シロガラシは意外と感性が豊かなのである。


ミツバは二日後にまたブロード・クリニックに診察を受けに行った。ミツバは帰ってくるなりシロガラシに対してある驚愕の事件の話をすることになった。

「私は最後の患者だったから、ブロードさんとはゆっくりとお話ができたのだけど、ブロードさんは気さくにとんでもないことをお話し下さったのよ。ブロードさんのお話では南プリウス病院に行かれる際にブロードさんが電車に乗っていたら、ブロードさんは痴漢と間違われちゃったそうよ。ブロードさんの性格はやさしいから、ブロードさんはそんな人が嫌がるようなことをなさる方ではないけどね。ブロードさんは駅員とその女性を説得するのに約50分もかかったそうなの。南プリウス病院では患者さんがブロードさんを待っていて大騒動みたいだったのよ」ミツバは一気に言った。

「それは確かにとんでもない話じゃのう。ブロードさんと患者さんたちはとても気の毒じゃのう。それにしても、この感覚はなんじゃろうか?わしはなんとなく既視感に囚われているのじゃが、わしにはどうしてもなにが引っかかっているのかはよくわからんのじゃよ。ん?そうか。わしは恐ろしいことに気づいてしまったようじゃぞ」シロガラシは興奮をしている。シロガラシはミツバに対して何に気づいたのかをすぐに話した。シロガラシはブロードの愛犬であるエレナを世話する時に週に一回のペースで映画を見ているが、実は作中で見たことはシロガラシの身の回りでも起きることになっていたのである。初日の映画は宝くじを拾って貧乏人が大金持ちになっていた。大金持ちにはなっていないが、シロガラシはその次の日には1000パンダの紙幣を拾っていた。二日目は同じく映画でお金の価値が下がってものが今までの半分の料金で買えたかと思えば、ミツバはバーゲン中だったために半額で洋服を購入していた。

三日目の映画では子会社が大企業になる話だが、現実世界ではヤマガキの絵が評価されて個展も開かれることが決定した。そのため、ヤマガキは出世をすることができた。

極めつけの4日目はシロガラシが最後に冤罪で死刑になる人の映画を見ると危うくブロードが痴漢にされそうになってしまったのである。これはまた一種の冤罪である。

「どうじゃろう?」シロガラシは問いかけた。「わしはものすごい体験をしているようじゃが、同じようなことは次の時にも起きるのじゃろうか?」シロガラシは未だに興奮気味である。

「私にはさすがにそんな奇跡がそう簡単に起きないと思うけど、不思議なことは不思議ね。ヤマガキさんは未だに私達の家を見ているけど、私達には本当に絵を描くためなのかどうか、本当のところはわからないものねえ。謎はその上に藁人形の件もあるし、おじいちゃんの言うとおり、ヤツデさんとビャクブさんはこんな時にいて下さったならばよかったんだけどねえ」ミツバはしみじみとした口調で言った。

「しかし、おらんものはおらんのじゃから、それは致し方ないのう。わしでは頼りないが、謎解きにはこのじいさんが挑戦するかのう。がはは」シロガラシはもはやこの事態を楽しんでいる。

 5つ目の奇跡はシロガラシの5回目にエレナのエサやりをしている時からすでに起こっていた。ここでは簡単にシロガラシの見た映画を説明すると死んだと思っていた人が生きていたというホラーではなくて感動のフィクション映画である。時間は早送りをするが、今は次の日の夕方である。

「今日はわしが昼寝をしている間に外出していたみたいじゃが、ばあさんはどこに行っておったのかのう?」シロガラシは心配そうにしている。シロガラシはもちろんミツバの体調を気にしている。

「ヨモギさんのお宅よ。私は作りすぎちゃった料理をお裾分けしに行ってきたの。ヨモギさんはうれしそうにして下さったから、それはよかったわ」ミツバは自分自身もうれしそうである。

「そうじゃったか。ヨモギさんとは他におもしろい話でもしたかのう?」シロガラシは聞いた。これは妻のツバキを亡くしたヨモギのことを心配しているからこそのセリフである。

「ええ。多少は話したわよ。昨日の夢には奥さまのツバキさんが現れてね。ヨモギさんはたくさんのお話をなさったそうよ。それはそれはすごく素敵なお話よねえ?」ミツバは聞いた。

「そうじゃのう。ん?あ、それはわしが昨夜に見た映画と一緒じゃよ」シロガラシはまたもや興奮をしている。シロガラシはだいぶこの事態に翻弄されている。シロガラシの映画では死んだと思っていた人が実際には生きていたが、ヨモギは死人と話ができたという点で類似しているのである。

「おやまあ」ミツバは言った。「なんてことでしょう。私にはそんな奇跡が連続するなんてとても信じられないわ」ミツバは驚いている。ミツバはシロガラシと同じくこの事態に翻弄されてしまっている。

「事実は小説より奇なりじゃな。じゃが、任せておくれ。このじじい探偵のシロガラシは快刀乱麻を断つが如く手捌きでこの村の事件の全貌を解明して解決して見せよう」シロガラシはいつになくやる気が満々である。シロガラシはヤツデやビャクブに感化されているのである。ただし、時間はあるが、勝算は全くないというのが玉に瑕である。ミツバはそんなシロガラシをあたたかい目で見ている。


三日後である。シロガラシの家では懇親会が開かれることになった。ヨモギは息子のアスナロの授業参観があって欠席である。ヨモギの従妹のアカネは大学の講義があって欠席である。となると、メンバーは決まってくる。メンバーはシロガラシとミツバとヤマガキとブロードの4人である。シロガラシは食事会を開いたあとでミツバとヤマガキとブロードの三人を一同に会して集合してもらった。

「さて」シロガラシは言った。「実は今日の懇親会を開かせてもらったのには仲を深めるというだけではなくてわしにはある目的があったのじゃが、その一つはわしの見た映画と同じようなことが次の日に起きるという不可解な事態が起きております。わしはそこで考えたのじゃが、この場にいる皆さんはなにかを知っているにも関わらず、その全員はそれをしらばっくれているはずじゃ。おそらくはわしが1000パンダを拾ったのは誰かがわしにわざと拾わせるために落としたものだったのじゃろう。おそらくは同じくばあさんが半額で洋服を買ったのはあらかじめ広告で知っていたから、ばあさんはバーゲン品を買えたのじゃろう。実はヤマガキさんの絵が高額で売れたのはわしが知るよりもっと前から決まっておったのじゃろう。おそらくはブロードさんが痴漢と間違われたという話とヨモギさんが夢で奥さんのツバキさんと出会えたというのは嘘じゃろう。老人探偵のシロガラシの推理ショーはどうじゃったろうか?」シロガラシはミツバとヤマガキとブロードの三人を見回した。シロガラシはなにかの犯人を追いつめてゆくが如く得意げである。しばしの間は誰もが沈黙を貫いていたが、ブロードはその沈黙を破った。

「すばらしい」ブロードは言った。「いや。村長さんは実にすばらしいです。謎はただ一つだけ残っていますよね。ぼくたちには映画と同じようなシーンをシロガラシさんに体験して頂いてなんの得があるのですか?一体」ブロードは聞いた。今のブロードは完全なポーカー・フェイスである。

「それはじゃな。結局は考えたのじゃが、わしにはさっぱりとわからなかったのです。皆さんは種をそろそろ明かしてもらえませんかのう?」シロガラシは完全に勢いをなくしてしまっている。

「わかりました。それでは僭越ながらぼくからご説明をさせて頂きましょう。簡単に申し上げると、ぼくたちはシロガラシさんに禁酒をしてもらうための一種の治療をさせてもらっていたのです。これは自覚をしておりますが、ぼくは変わり者です。ですから、ぼくはこういう方法で人を禁酒させることができるかどうかを知りたかったのです。ぼくはシロガラシさんを実験に使ってしまったことは謝ります。どうもすみませんでした。ミツバさんからはシロガラシさんの飲酒をストップしてもらうにはどうしたらいいかを相談されたので、ぼくはその時に『しめた!』と思った訳です」ブロードは変人ぶりを発揮している。

ヤマガキは黙って話を聞いている。ミツバは風邪気味でブロード・クリニックのところに行ったというのは嘘だったが、あの時はブロード・クリニックには行っていたはいたものの、実はシロガラシのお酒の話をしに行っていたのである。現在のブロードは相好を崩して話を先に進めている。

「シロガラシさんにはどうして映画をご覧になって頂いてそれと同じことが起きると、シロガラシさんは禁酒をされるのか?それはお酒以外の楽しみをぼくたちが一つでも提供したからです。ぼくの家にいらっしゃっている時なら、まさか、シロガラシさんは酒を飲んで犬の世話と映画の鑑賞をなさるとは思いませんでしたからね。シロガラシさんは1000パンダを拾われましたが、あれはミツバさんにお願いをして置いておいて頂いたのです。バーゲンの推理はシロガラシさんの当たりです。ぼくは痴漢と間違われたという話もでっち上げです。ヤマガキさんの絵は高額で売れてヤマガキさんが個展を開かれるということは本当です。ただし、ヤマガキさんは真っ先にそれをぼくに教えて下さったので、ヤマガキさんにはシロガラシさんに対して打ち明けることを待って頂いたんです。しかし、実は亡くなったヨモギさんが奥さまと夢でお会いになったという件は想定外でした。ぼくにもその謎はわかりません。ヨモギさんの家族にはそもそもこの件をお話していないのですから、あれは奇跡だとしか思えません。こちらにはなにか納得の行くご説明ができる方はいらっしゃいますか?」ブロードは聞いた。しかし、シロガラシとミツバとヤマガキの三人はなにも答えることはできなかった。つまりは唖然とするようなイリュージョンの中にも一つだけは人智を超えた奇跡が起きていたということである。 ブロードは『この棚の左から順にご覧下さい』という貼り紙をしていたので、シロガラシはそのとおりにブルーレイを見ていたのである。シロガラシはブルーレイを見る順番をブロードによって操作されていたのである。つまり、ブロードの作戦は見事に成功したのである。シロガラシは実直にそれに従っていたのである。

「そうじゃったのか。わしはよく考えてみると、最近は確かにビールを飲む回数が激減したようです。この調子なら、わしは本当に禁酒ができそうです。皆さんは本当にありがとうございました。藁人形の件はきっとコニャック村以外の住民がやったことじゃろう。興味は確かに魅かれますが、あれに関してはわしらの手にはおえんじゃろう」シロガラシは勝手に断定をした。ミツバは余裕の表情をしている。

「おやまあ」ミツバは言った。「この家には随分と適当な探偵さんがいたものねえ。もしも、ヤツデさんとビャクブさんはこの場にいらっしゃったなら、おじいちゃんは笑われてしまうわよ」

「ん?」ブロードは言った。「ミツバさんはなんだか訳知り顔をされていますね、ミツバさんにはなにか閃いたことがおありなのですか?」ブロードは鋭い指摘を入れた。シロガラシは意外そうにしている。

「私は老婦人探偵ではありませんから、推理はしていませんが、真相は知っています。答えはヨモギさんから教えて頂きました。事情は料理のお裾分けに行った時にヨモギさんが話して下さったのです。ヨモギさんからは了解を得ているので、私は皆さんにもお話させて頂きますが、実はあの藁人形に釘を刺したのはヨモギさんの息子のアスナロくんだそうです」ミツバは驚きの事実を口にした。

シロガラシとヤマガキとブロードの三人は揃って驚愕をした。まさか、犯人は小学校の一年生の子供だとは誰も思っていなかったのである。しかし、よく考えてみれば、藁人形のあった位置は大人のしゃがんだ位置と一緒だったのである。それはいいとしても別にしゃがむ必要はないので、実際には子供が立って藁人形を釘で刺したと考えることもできなくはなかったのである。

「そうじゃったのか。アスナロくんはきっとお母さんを殺害したソテツさんのことをそれほどに恨んでおったのじゃな。これからはわしも反省をしてたくさんアスナロくんにやさしくしてあげなくてはいけませんのう。ようは心のケアをすることじゃな。それではついに最後の謎の答えをお聞きする時が来たみたいじゃのう。ヤマガキさんはどうしてわしらの家の周りをウロウロされておるのじゃろうか?わしは別に怒ってもいないし、わしには怒るつもりもないので、ヤマガキさんは正直に答えてはくれんじゃろうかのう?」シロガラシは聞いた。ヤマガキは急に水を向けられてもじもじしている。

「わかりました。このことは恥ずかしくて申し上げられなかったのですが、私はシロガラシさんとミツバさんには不快な思いをさせてしまっていたようですわな。申し訳ありません。最近は一人きりでは寂しくてずっと人恋しくなってしまっていたので、実はシロガラシさんとミツバさんにお話し相手になって頂こうと思っていたのですが、そんなことをされたなら、シロガラシさんとミツバさんのお二人はご迷惑なんのではないかと思ってずっと言い出せなかったのですわ」ヤマガキは正直に打ち明けた。

ヤマガキは悲しげにして俯いてしまっている。離婚することは決まっていたとは言っても、元妻は刑務所へ行ってしまったし、息子のモミジは鑑別所に行ってしまったので、ヤマガキは確かにつらい思いをしていてもなんらおかしくはなかったのである。シロガラシはヤマガキの心中を忖度した。

「そうじゃったのか。わしはヤマガキさんには申し訳ないことをしてしまったようじゃのう。これからは毎日でも、わしはヤマガキさんの話し相手になるつもりじゃよ。ヤマガキさんは遠慮せずにどんどんとわしらの家に来て下さっても構いませんよ。もっとも、ヤマガキさんはこんなじいさんでよければの話ですがのう」シロガラシは微笑んだ。ヤマガキは顔を上げてシロガラシとミツバの方を見た。

「そうですよ。ヤマガキさんのやさしい心配りには頭が上がりませんわねえ。ヤマガキさんはとてもやさしい方ですから、ヤマガキさんの訪問は私も歓迎をしますよ」ミツバは言った。

「そういうことでしたなら、ヤマガキさんはなんならぼくのところに来て下さっても一向に構いませんでしたよ。ぼくとヤマガキさんは二人で絵画の話題にまた花を咲かせましょう。ぼくはまだ会ったことはありませんが、アスナロくん以外の問題はこれにて円満解決ですね。イエイ!」ブロードはそう言うと指をパチンと鳴した。シロガラシとミツバとヤマガキの三人はすると笑った。

 その後のコニャック村では大事件が起きることはなかったが、村民は村民同士の絆で固く結ばれているので、困った時は助け合って生きて行くことになった。その筆頭はアスナロの心のケアである。

シロガラシは酒を断てなかったり、アスナロはソテツに対する憎しみを表に出してしまったり、ヤマガキは孤独感に勝てなかったりしたことからもわかるとおり、人は実に弱い生き物である。

人はそれでもなんとかしてやっていけるのは人が一人じゃないからである。人は誰かに支えられて誰かを支えてあげて生きている。だから、人は日頃から感謝の気持ちを大事にして『ありがとう』という言葉を素直に言えるようにならなくてはならないのである。そういう人こそは本当に聡い人なのである。

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