必然のフェスティバル
チコリーは母親の作ってくれるスクランブル・エッグが大好きな小学校6年生の女の子である。チコリーは元気一杯の女の子と付け足すこともできる。チコリーにはチャレンジャーな一面もあるからである。チコリーの趣味としてはお絵描きと縄跳びの二つを上げることができる。
もっとも、お絵かきはあくまでも落書きのレベルだし、縄跳びに関してもチコリーには難しい技はできない。チコリーにとっては失礼になってしまうが、しょせんはお絵かきと縄跳びは下手の横好きという訳である。しかしながら、周りの人はそんなチコリーのことを笑うようなことはしない。なぜなら、チコリーは天地という惑星にあるトイワホー国に住んでいるからである。
トイワホー国というところは『愛の国』と言われている。トイワホー国の国民は皆がやさしく誰に対しても思いやりと愛ある精神で接することができることで有名なのである。
例えば、チコリーはうまく絵を描けなくてもうまく縄跳びができなくても笑われることはないのである。大抵のトイワホー国の国民はむしろチコリーのその健気さに称賛の言葉を送ってくれる。トイワホー国の人にとっては一生懸命な人を褒めてあげることは当たり前なのである。
チコリーの性格は明るいので、そもそも、チコリーは自分に絵と縄跳びの才能がないのだとしてもくよくよと落ち込んでしまうような玉ではない。
チコリーは自分が楽しめるのなら、能力の高低は追及しない主義の持ち主なのである。向上心は大事だが、時にはそれと同じくらい今あるもので満足することも大切になってくることもある。そうしないと、大抵の人は絶望し時にはうつ状態になってしまうからである。
チコリーはどうしてチャレンジャーなのかというと趣味について選り好みしないからである。例えば、祖父のシロガラシがゲート・ボールを始めたら、チコリーは自分もやりたがる。従姉のユリがローラー・スケートを始めたら、チコリーはこれまた同じようにして自分もやりたがる。
だから、チコリーはチャレンジャーなのである。チコリーは同時に好奇心の旺盛な女の子でもあるという訳である。チコリーにはもう一つの大きな特徴がある。それはなにかというとお転婆なことである。ここではそのことを証明するためのいくつかの挿話を紹介しておくことにする。
これはチコリーが6歳の時の話だが、チコリーは父と母との三人でチャリティー・ショーに行ったことがあった。兄弟はいないので、チコリーは必然的に一人っ子である。
ショーが終わると、チコリーは昨日の晩ご飯のデザートだったサクランボを寄付しようとした。それでは主催者は困ってしまうが、トイワホー国の国民はやさしいので、貰った人はお礼を言いちゃんとチェリーを受け取ってくれた。その数日後である。チコリーの家族はまたチャリティー・ショーへ出向いた。しかし、チコリーは食べ物を寄付してはいけないのだと学習したので、今度は別のものを用意して来た。というのも、今度のチコリーは芸を磨きチャリティー・ショーの最後にパントマイムを披露し始めたのである。両親はそれを知らされていなかったので、その時はこれまたびっくりした。
次の話はチコリーが9歳の時のものである。ある日の休日である。チコリーの父は家でPCのワード・プロセッサーを起動していたので、チコリーは母に頼まれ父のためにハーブ・ティーを運ぶことになった。ところが、チコリーは途中で父の作りかけのラックに紅茶を零してしまった。チコリーはおっちょこちょいなのである。ラックは紅茶を吸って染みができてしまったが、チコリーは正直に謝ると、父は許してくれた。チコリーの父は寛容なのである。ただし、父は「参ったな」と言って弱っていたので、チコリーは密かに「なんとかしなくてはならない」と思うようになった。チコリーには思いやりがある証拠である。チコリーは試行錯誤の結果として紙やすり(サンド・ペーパー)の存在を思い出し父が仕事に行っている間にラックについた紅茶の染みを削り取ってしまった。
チコリーの父は家に帰って来てラックを見るとびっくり仰天である。チコリーは一生懸命にがんばったので、ラックはけっこう削れてしまいさらに凹んでしまっていた。
やりすぎの感は否めなかったが、チコリーの気持ちはうれしかったので、父はチコリーに対してちゃんとお礼を言った。ただし、チコリーは父の不満顔を見逃さなかった。
次の日である。チコリーの父が自宅に帰って来てラックを見ると削れてしまったところには平らな石が張りついていた。しかし、それは母によって不恰好だと指摘されたので、チコリーは再び一計を案じた。その次の日である。父は仕事から帰って来てラックを見てみるとびっくりした。チコリーはラックの凹んでいる箇所に「見ないで!」の張り紙をしておいたのである。
チコリーのお転婆ぶりはざっとこんな感じである。次はイントロで紹介する最後の話になる。ある時のチコリーは母と一緒にスーパーで買い物をしていた。すると、チコリーはけつまづいてしまいラップでラッピングされていたちりめんじゃこの容器に指を突っ込んでしまった。
チコリーは素直に謝りそのちりめんじゃこを母によって買ってもらうことにした。レジ係の人は当然のことながら容器の穴のことを不審に思ったので、チコリーの母は事情を話すことにした。
すると一人の男性の老人はチコリーとその母親に話しかけて来た。それはどんな内容なのかというと「この件は一歳のうちの孫がやったことなのにも関わらず、お嬢ちゃんはその罪を被ろうとしてくれてありがとう」という内容だった。チコリーの母はびっくり仰天である。
その老人はその現場を見ていた訳ではなかった。しかし、そのようなことは以前にもあったので、その老人は今回もひょっとしたらそうかもしれないと思ったのである。チコリーは実際に母親によって詰問されると確かに赤ん坊の罪を被ろうとしていたことを認めることになった。
チコリーは結果的に『温もりタッチ』の対象となった。一体『温もりタッチ』とはなんなのかというとトイワホー国の独自の政策のことなのだが、実は少し厄介なことにもその『温もりタッチ』を説明するためには『親切スタンプ』の知識もなくてはならない。
トイワホー国では誰かに親切にしてもらったら、その人は親切にしてくれた人の台紙に『親切スタンプ』押してあげることになっている。つまり、ほとんどのトイワホー国の国民は常にそのためのスタンプとそれを押す台紙を携行しているという訳である。話を戻すことにする。
例の老人はチコリーの台紙に二つのスタンプを押してくれた。『温もりタッチ』という制度は65歳以上の高齢者に親切にすると一度きりしか親切にしていなくても『親切スタンプ』を二つ押してもらえるというものである。そのスタンプは規定の数だけ溜めるとトイワホー国の『愛の伝道師』という公務員に申し出ることにより粗品に代えてもらうことができるようになっている。
チコリーはそのスーパーでの事件の際にピーナッツを買ってもらう予定だった。それにも関わらず、チコリーはちりめんじゃこを買うためにそのことを断念していたのだが、チコリーの母親は真相を知るとご褒美としてチコリーには特別にピーナッツにポテト・チップスをつけて買ってくれた。
ようはハッピー・エンドだったという訳である。チコリーの性格はお転婆かつ物怖じもしないのである。その性格は人の役に立つこともある。チコリーはトイワホー国の国民らしくとてもやさしい性格をしている。それは忘れてはいけない事実である。
本来なら、文化祭というものは正規の教育課程であって児童や生徒の出席が義務づけられているものである。大学祭はその点では文化祭とは異なるものである。なぜなら、大学祭は課外活動だからである。幼稚園や保育園の場合は文化祭ではなく生活発表会と呼ばれることが多い。文化祭は秋季に行われることが多くこの時期の美術展やコンサート共に「芸術の秋」の核をなしている。
ここではどうしていきなり文化祭の話を始めたのかというと、チコリーは友達のミルレと一緒に中学校の文化祭にやって来ているからである。今日は11月10日である。チコリーの小学校では三日前に学芸会があったので、チコリーは十分に学芸会を楽しめた。チコリーはプラテーション県チェル市メインランド町というところに住んでいる。チコリーとミルレの二人はチェル中学校というところにやって来た。来年になると、チコリーとミルレの二人はまさしくそのチェル中学校に進学することになっている。チェル中学校はチコリーとミルレの家からかなり近いので、今日はどちらの親も同伴してはいない。性格はお転婆だが、チコリーにはしっかりしている部分もある。
チコリーはすでに蕎麦を食べている。一方のミルレは早くも豚汁を飲み文化祭の雰囲気を存分に味わっている。チコリーとミルレは中学校の文化祭にやって来たのは初めてである。
チコリーは誰とでもすぐに仲良くなれるが、ミルレはその中でも特に親しい友達である。今のチコリーとミルレの二人は流しそうめんが行われている会場にいる。
「私達はこんな風にしてそうめんを食べるなんてなんかいい感じだね? そうめんはこうやって食べると倍くらいにおいしく感じるみたいだものね? あ、私はいいことを考えたよ。ねえ。私達は竹に顎を置いて流れてきたそうめんを『ガブッ』て食べるのはどうかな?」チコリーはいかにもお転婆な性格らしくびっくりするようなことを言っている。「私とミルちゃんは食べ放題だよ。それはきっと楽しいよ」チコリーは大真面目である。ミルレは「あはは」と笑んだ。
「おもしろーい」ミルレは半ばしらけている。「チコリーは恥をかくことをなんとも思わないから、それくらいのことはやれるよ。チコリーは試しにやってみれば、どう? その代り」ミルレはからかうような口調で言った。「チコリーは口の中に大量の水が流れ込んできて苦しくなるかもよ」ミルレはふざけ半分で指摘した。一方のチコリーは真剣に「あ」と気づかされた。
「そっか」チコリーは納得している。「ミルちゃんは頭がいいね? それじゃあ、私の案は没だね」チコリーはかわいらしくミルレに対して反抗した。「っていうか、ミルちゃんの意地悪」チコリーはチコリーなりに憤慨している。だが、ミルレはなんとも思ってはいない。
「もう」チコリーは必死に自己主張した。「恥は私だってかきたくないもん」
「チコリーはふくれちゃってかわいい」ミルレは言った。「でも、その発想力はすごいと思うよ。将来のチコリーはなんかすごい女性になりそうな気がする」ミルレはチコリーを精一杯に持ち上げた。
「えへへ」チコリーは照れた。「そうかな? そんなことはないよ。でも、私はミルちゃんにそう言ってもらえるとうれしいな」チコリーは基本的に純真無垢なのである。
「あはは」ミルレはおもしろがっている。「チコリーって本当に単純だね? それにしても、さっきの演劇は思ったよりもよかったね?」ミルレはそうめんをお椀に入れながら感慨深げにして言った。「ミルミルは実際に劇を生で見るのは初めてだったけど、劇のことは少しだけ見直したな」ミルレは心から演劇に感動している。チコリーはうれしそうな顔をしてその話を聞いている。先程のミルレはお笑いを見たいと主張したのだが、チコリーは演劇を見たいと主張していたのである。ようするに、ミルレは妥協してくれていたのである。ミルレはチコリーよりも少しだけ大人なのである。
「私はパパと一緒に行った劇がおもしろかったから、いつかはミルちゃんとも一緒に劇を見たいなって思ったんだよ。でも、ミルちゃんはもしかしてまだすねているの? あ」チコリーはミルレの顔を盗み見ながら秘密めかして言った。「そうだ。ミルちゃんはあれを言ってよ。ミルちゃんの好きなやつ」チコリーはミルレのご機嫌取りに走った。ミルレにはそれでも十分にチコリーの言っている意味は通じた。
「え?」ミルレはうれしそうである。「それは別にいいよ」ミルレは「ドレミのドーナッツ♪」とリズミカルに口ずさんだ。これはミルレの口癖みたいなものである。ミルレはなぜこれが好きなのかにはちゃんとした理由もある。チコリーはその理由を十分に承知している。
「ミルちゃんは歌ってくれてありがとう」チコリーは素直にお礼を言った。「私はミルちゃんのおかげで元気が出たよ。ほら、ミルちゃんはもう機嫌が直ったでしょう?」チコリーは反撃した。「ミルちゃんは単純でかわいいね」チコリーはしてやったりという顔をしている。
「って」ミルレは突っ込みを入れた。「チコリーには言われたくない! しかも、チコリーはミルミルのセリフをそのまま再利用しているだけじゃない! もう」ミルレは呆れている。「チコリーは無駄に人の真似をするのがうまいよね? チコリーはいっそのこと役者や芸人になったら、どう? 役者は台本のセリフを真似すればいいんだし、芸人にはものまねっていうジャンルがあるでしょう?」ミルレは真剣な顔をして言った。「ミルミルはチコリーを応援するよ」ミルレは適当なことを言っている。ミルレはチコリーをからかって遊んでいるのである。チコリーは「あは」と言った。
「うれしいな」チコリーはなぜか決意を固めている。「がんばるよ」
「チコリーって本当に幸せ者だよね? あ、チコリーは怒ってふくれてる。チコリーは本当にかわいいね?」ミルレはそう言うとチコリーの頭をなでなでした。チコリーは結果的に機嫌を直した。
先程は再利用という話が出たので、チコリーとミルレの二人はリユースやリデュースやリサイクルといった社会の授業で習った話をしながら心ゆくまでそうめんを食べることにした。チコリーとミルレは大満足である。それを終えると、チコリーとミルレの二人は校舎の中に入った。
まず、チコリーとミルレの二人は科学部の実験の結果が展示された教室に入ったのだが、チコリーは「つまらない」と言ってうるさいので、ミルレは仕方なくチコリーを連れて美術部の作品が展示されている教室にやって来た。チコリーは「へえ」と感心している。
「ここにはたくさんの絵が飾ってあるね?」チコリーは喜んでいる。「お絵かきは私も好きだけど、こんなにうまくは描けないな。絵の描き方は教えてもらえば、うまくなるのかなあ? でも」チコリーは一人でぼやいている。「私はヤマガキさんに教わったことがあるけど、絵のうまさはあんまり変わらなかったけどなあ」チコリーには画才がないとは上記のとおりである。ヤマガキというのはチコリーの祖父と祖母が住むコニャック村の村民でありなおかつ何点か画家としての作品を出展している男性のことである。チコリーは割とヤマガキと懇意なのである。チコリーはおしゃべりだから、ヤマガキのことはミルレもチコリーから聞いたことがあった。ミルレは「うーん」と考え込んだ。
「そのヤマガキさんっていう人の教え方が下手っていうことはないだろうから、効果はきっと現れるまでに時間がかかるんじゃないの? あ」ミルレは歓声を上げた。「見ーつけた!」
ミルレはレモンの絵を見ながら「ドレミのレモン♪」と口ずさんだ。ミルレはずっと歌を歌うタイミングを窺っていたのである。チコリーはミルレの方をじっと見つめた。
「ミルちゃんは歌が作れてよかったね」チコリーは地震もうれしそうである。
「それじゃあ」チコリーはミルレを指さしながら聞いた。「この子は?」今度のミルレは「ドレミのミルレ♪」と歌った。ミルレは楽しそうである。ミルレは即興で歌を作れるのである。
「ところで」ミルレは言った。「チコリーは中学生になったら、部活は何部に入りたいの? チコリーはママの手伝いをすることが得意だから、第一希望はやっぱり家庭科部なの? 家庭科部に入れば、チコリーは学校でも掃除と洗濯の技術を高められるものね?」ミルレは応援した。「チコリーはがんばってね」ミルレはチコリーの反応をうかがった。チコリーは素直に「うん」と応じた。
「がんばるよ。って」チコリーは突っ込んだ。「私はまだ何も言ってないよ。もう」チコリーは呆れている。「ミルちゃんは早とちりなんだから」チコリーはふてくされている。ミルレはチコリーをからかって楽しんでいる。チコリーは早くも気を取り直し「でも」と話を続けた。
「そうなんだ。中学校の家庭科部はそんなことをするんだね? 私は知らなかったな」チコリーはミルレの言葉を鵜吞みにしている。「それじゃあ、私は本当に家庭科部に入ろうかな」チコリーは純真無垢な口調で迷っている。ミルレは「あはは」と笑い出した。
「チコリーは本当になんでも信じちゃうんだね」ミルレは楽しそうである。「中学校の生徒が洗濯なんてする訳ないでしょう?家庭科部は手芸をやったり調理実習をしたりするみたいだよ。意見はまだ変わるかもしれないけど、私は卓球部とスキー部のどっちにしようかって迷っているんだ」ミルレはようやく真面目な話に軌道修正した。チコリーは再度「へえ」と頷いた。
「そうなんだ。ミルちゃんって大人だね? ミルちゃんはちゃんと先のことを見据えているものね? でも」チコリーは素直に言った。「ミルちゃんは歌がうまいんだから、ブラス・バンドとかをやればいいんじゃなかと思うんだけど」チコリーの思考回路は非常に単純なのである。ミルレは「あのね」と口を挟んだ。チコリーはすぐに騙されるので、時にはミルレも大変である。
「ミルミルはそもそもそんなに歌がうまいとは思ってないけど、歌のうまい人が必ず楽器の演奏もうまいとは限らないんだよ。それに、私はリコーダーだって満足に吹けないんだから、音楽系の部活には絶対に入れないよ。話を戻すけど」ミルレは美術部の描いた絵をぼんやりと眺めながら話を振った。「チコリーはまだ中学で何部に入るのかを本当に決めていないの?」ミルレは問うた。チコリーは「うん」と頷いた。「私は中学生になったら、その時に自分の部活を決めようと思っているの。でも、従姉のユリちゃんはバレー部だから、私もユリちゃんと同じバレー部にしようかな? 条件は特にないから、私はなんでもいいと思っているんだけど、それはそれで困っちゃうね? あ」チコリーは思いつきを口にした。「私にはもしかしたら茶道もいいかもしれないね?」チコリーは恐るべきいい加減さである。ミルレは再び「あはは」と笑わされた。チコリーといるとおもしろいので、ミルレはチコリーのそんなところも気に入っている。
「チコリーは落ち着きがないから、お茶は一日に一回のペースで零すでしょう? チコリーは三日でクビになるな」ミルレはしたり顔である。「これはミルミルの予想だよ」ミルレはチコリーのことを見た。ミルレは自意識過剰ではないが、チコリーのことは年下のしようにして思っているのである。
「もう」チコリーは憤慨している。「ミルちゃんは意地悪なんだから」チコリーはさらに言葉を紡ごうとしたが、それは叶わなかった。チコリーは「あ」と言い慌てて「ごめんなさい」と謝った。現在は前を見て歩いていなかったので、チコリーは中年の男性とぶつかってしまったのである。とはいえ、ここはトイワホー国だから、その男性は許してくれたし、チコリーに対しては彼の方こそ平謝りに謝ってくれた。
トイワホー国には腰の低い人が多いのである。まさか、チコリーは本当に茶道部でクビにはならないだろうが、チコリーには落ち着きがないという事実は言い得て妙である。ミルレは友達としてチコリーのことをよく知っているのである。ミルレとチコリーはやはり懇意なのである。
その後のチコリーとミルレの二人はバザーにも顔を出すことにした。チコリーはそこでなにかのストラップを一緒に買おうと提案したのだが、それは残念ながら叶わなかった。
最近のミルレはマッコウ・クジラのストラップを手に入れたばかりなのである。しかしながら、それは母や父からプレゼントされた訳ではないし、ミルレはましてや自分で購入したという訳でもない。
そのストラップはどのようにしてゲットしたのかというと道を歩いていたら、ミルレは知らないおばさんから貰ったのである。これは少し妙な話に聞こえるかもしれないが、トイワホー国という国の10月にはそういう特別なイベントがあるという訳である。
そのイベントは『贈り物デー』といわれており年に一回だけ知らない人に対して贈り物をしようというものである。それにより『贈り物デー』は人と人との結び付きを強めようということである。
話を戻すことにする。ストラップは間に合っているので、ミルレは「他のものを買ってそれぞれの親にプレゼントしよう」と提案したので、チコリーはその案に賛成した。
チコリーは石鹸を買った。一方のミルレは綿棒を買いそれぞれの親に進物としてそれらを送ることにした。チコリーとミルレも決断力はある方なので、それは割と早く決めることができた。チコリーの決断の速さは特に一級品である。チコリーとミルレはチェル中学校の文化祭をエンジョイし満足できたら、この日はお家に帰ることになった。チコリーは総合的にも大満足である。
チコリーの親はチコリーのプレゼントを喜んでくれたので、チコリーは自身もうれしくなった。この日のチコリーは安らかな気持ちで眠りに就くことができた。
翌日である。今日は学校があるので、チコリーはいつものとおり7時50分に目を覚ました。チコリーはテレビを見ながら母の作ってくれたスコッチ・エッグを食べた。朝のチコリーの習慣はタワシやペンチを始めとして擬人化されたものが出てくるアニメを見ることである。
チコリーは外に出て登校することにした。昨日は文化祭という祭りに参加したが、チコリーは今日からもフェスティバルのような慌ただしい珍事の起こる日々を過ごすことになる。
チコリーの性格はお転婆だから、外面はなんだかそれらしくないように思えるかもしれないが、チコリーは集団登校の班長を務めている。だが、その結果は案の定だった。
最初の方は話に夢中で電信柱にぶつかったり、チコリーは珍しいものを見つけると列を離れてしまったりしていたが、現在は班長になってから7カ月が過ぎておりそろそろ慣れてきたので、今ではしっかりと班長の役割を果たせるようになっている。チコリーは今日も無事に役割を果たすことができた。
今のチコリーはとりあえず一安心して校庭を歩いている。
チコリーはその内に校庭と校舎を繋ぐ階段を上る前にフレア・スカートを履いたクラス・メートの女の子を発見した。彼女はモニカという名のチコリーのクラス・メートである。
「おはよう」チコリーはモニカに対して挨拶した。「今日は朝が早いんだね?」
「おはよう」モニカは挨拶を返した。「今日はやらないといけないことがあったから、私は早く来たんだよ。その用事っていうのはこれのことだよ」モニカはそう言うと持っていた箒を持ち上げた。チコリーは即座に「そうか」と納得した。チコリーは子供なりに尊敬の念を抱いた。
「モニちゃんは偉いね」チコリーは褒めた。「あれ? でも、モニちゃんは学級委員長だよね? モニちゃんは清掃委員ではないよね? それなのに、モニちゃんはどうしてお掃除をさせられているの?」
「あのね」モニカは少しばかり恥ずかしそうにしながらも事実を述べた。「この間は宿題を忘れてきちゃったから、私はペナルティとしてお掃除をさせられているの。このことはあまり人に話さないでね」
「えー!」チコリーはびっくり仰天した。「優等生のモニちゃんでもたまにはそういうことをしちゃうんだね? でも、私はそういうおっちょこちょいなところのある人って好きなんだ。だから、私はもっとモニちゃんのことが好きになったよ」チコリーは無邪気に言った。今のチコリーのセリフはチコリーが尊敬しているある人物の考え方の受け売りである。詳しくはのちほど説明することになる。
「ありがとう」モニカは律儀にお礼を言った。「チコリーはかわいいから、私もチコリーのことは好きだよ」モニカはさらっと大人の対応をした。これはモニカの性格であるし、それもそのはずである。
チコリーは子供の中の子供であり、ミルレは普通の子供だとしたら、モニカは子供の中の大人に分類してもいいような小学生の女の子だからである。
モニカはその証拠としてリップ・グロスをしたり児童書だけではなく大人向けの本を読んだりもする。チコリーはその対をなすように読書はしないのである。チコリーは「ねえ」と言った。
「私はモニちゃんと一緒に箒で掃いてもいいかなあ?」チコリーは申し出た。「モニちゃんはがんばっている姿を見ていたら、私は自分もやりたくなっちゃった。一日一善はしないといけないものね」チコリーはやはり物怖じしないのである。モニカは当然のことながら嫌な顔をしなかった。
モニカは「そうだね」と頷いた。チコリーはうれしそうである。
「それじゃあ、代行してもらおうかな」モニカは「少しの間」と言うとチコリーに対して箒を手渡した。チコリーは早速に嬉々として掃き掃除を始めた。
「モニちゃんにはなにか悩みはある?」チコリーは話を振った。「私は前に大きい瓶に入れた水をラッパ飲みしちゃう癖があったからね。ママに注意されちゃってそれが悩みなのってミルちゃんに言ったんだけど、それは悩みっていう程のことじゃないってミルちゃんに言われちゃったんだよ。でも、今の私はなんにも悩んでいないから、人間はなにかを悩んでいた方がいいのかな?」チコリーは相も変わらずおしゃべりである。しかし、チコリーは箒を動かす手を緩めてはいない。モニカは「ふふふ」と笑んだ。
「チコリーはおもしろいことを考えるんだね? でも」モニカは中々に立派な解答を返した。「私は別に悩みがない人がいてもいいと思うよ。よく言われるけど、人によっては悩み事がないことが悩みだとも言えるけどね。それに、悩みは今の私にも特にはないよ。この前は宿題を忘れてきちゃったけど、今日はちゃんと持ってきたからね。世の中にはきっと色んな人がいていいんだと思うよ」モニカはチコリーのことをやさしい眼差しで見つめている。チコリーは「うん」と言った。
「そうだよね」チコリーは明るい。「モニちゃんからは元気をもらったから、私は今日もがんばることにする」チコリーはモニカと馬が合っている。モニカは「私のおかげなの?」と言った。
「それはよかった。学校がそろそろ始まっちゃうから、私達は行こうか。チコリーは手伝ってくれてありがとう」モニカは手放しでチコリーを褒めた。「チコリーはやさしいものね?」モニカは本心を吐露している。チコリーは「えへへ」と照れた。
「そうかなあ? でも」チコリーはうれしげである。「モニちゃんの役に立てたなら、それはよかった」
チコリーとモニカの二人は箒を片づけると一緒に自分たちの教室へと向かった。
その際のチコリーは母がコード・レスのアイロンを買ったこと、昨日はミルレと中学校の文化祭に行ったことをモニカに対して話した。チコリーの特徴の一つとしてはやはりおしゃべりが大好きという点も上げることができる。どちらかと言うと、モニカは聞き上手な方である。
チコリーは6年3組である。チコリーのクラス・メートは誰も彼も仲がいい。例えば、チコリーのクラスでは伝言ゲームをやれば、強い団結力を見せるし、他にはフルーツ・バスケットをしたなら、クラス・メートからは鬼になった人に対して純粋な声援が飛んで来ることもよくある。
チコリーのクラスでは『愛の国』の小学生らしさが見られるのである。チコリーは自分のクラスをとても気に入っている。それは学級委員長を務めているモニカとて同じことである。
ここでは話の都合上から時間を早送りしてしまうことにする。今は4時間目の授業と給食の時間の間である。給食は班ごとに食べるため、チコリーは机の移動をすることにした。
「今週は給食当番じゃなくなったから、私達は気楽でいいね? でも」チコリーは傍にいるモニカに対して話しかけた。「モニちゃんは偉いから、給食当番くらいは面倒とは思わないかなあ?」
チコリーとモニカは同じ班なので、先週はチコリーもモニカも給食当番だったのである。一応は付け足しておくと、チコリーとミルレは別の班に所属している。
「私は別に偉いからじゃないけど、給食当番はあんまり苦じゃないかな」モニカは応じた。「でも、実は学校のエプロンを家に忘れてきちゃったから、私は今週も給食当番をしなくちゃいけないんだよ。私ってダメだね?」モニカは自身を卑下した。チコリーは「えー!」言って口に手を当てた。
「モニちゃんはダメじゃないけど、たまには珍しいこともあるんだね? でも、うっかりミスは誰にでもよくあることだよ。私は5年生の時に一カ月も連続で給食当番をやったことがあるよ。私の場合は単純に家に忘れたりママに洗濯してもらうのを忘れたり来る時に道で落としたりしちゃったの。あ、でも、モニちゃんは私なんかと比べられたくないよね?」チコリーは恐縮そうにして謝った。「私は勝手なことを言っちゃってごめんね」チコリーはやさしい性格をしている。モニカは「ううん」と取り成した。
「そんなことはないから、チコリーは気にしないでいいよ。そうだ。チコリーは私の分の給食を用意しておいてくれない?」モニカは遠慮がちながらもお願いをした。チコリーは「うん」と応じた。
「そのくらいはいいよ。今日のモニちゃんは日直をやってさらに給食当番もやってがんばるんだから、今日は私もがんばってモニちゃんの給食を用意しておくね」チコリーは意気込みを述べた。
「あは」チコリーは言った。「その程度のことは別にがんばらないといけない程のことでもないか」チコリーは悪びれた。チコリーはいつの時でも元気が一杯なのである。
「ふふふ」モニカは微笑んだ。「そんなことはないよ。それじゃあ、チコリーはがんばってね。チコリーから元気をもらったから、私もがんばることにする。チコリーはお願いを聞いてくれてどうもありがとう」モニカはそう言うと学校にあった予備のエプロンを付け終えた。そのため、モニカは給食を取りに行ってしまった。チコリーは給食の配膳が開始されてもしばらくは給食を取りに行かなかった。別に列に並ぶことが億劫だった訳ではないが、チコリーせっかちではないのである。
その間のチコリーは自分で描いた絵に色を塗っていた。チコリーは気さくでおしゃべりもうまいから、人との会話は好きだが一人での遊びもそれと同じくらい好きなのである。
やがては給食をもらう人の列が少なくなってきたので、まず、チコリーはモニカの分の給食を貰うことにした。ところが、そこでは小さなトラブルが起きてしまった。モニカは野菜スープを配膳していたのだが、残りはまだ5人分も必要なのに、野菜スープは量が足りなくなってしまったのである。モニカは装る量を間違えてしまったのである。モニカはチコリーに対して「ごめんね」と謝った。
「私ってドジだね?」モニカは心から申し訳なさそうにして行動に移ろうとした。「チコリーはちょっと待っていてね。私は量の多い人からもらってくるからね」
「それなら、私もモニちゃんに協力するよ」チコリーはそう言うとモニカと一緒に量の多い人への野菜スープをつのった。担任の先生はその作業を手伝ってくれたので、結局のところ、モニカはなんとか誰からも責められもせずに事なきを得ることができた。
不可解な事件はその後も追い打ちをかけるようにして起きた。先程のチコリーも言っていたが、今日のモニカは日直をしているのだが、モニカは5時間目と6時間目の終わりに黒板の文字を消すことを忘れてしまったのである。つまり、これはまたもやモニカらしくないミスという訳である。
6時間目のあとに授業はなかったので、実害はなかったのだが、モニカは「ペナルティとして明日も日直をする」と申し出たので、担任の先生は最初こそ取り成していたが、結局はモニカの熱意を尊重し明日も日直をすることになった。チコリーはそのことを知り不思議そうにしていた。
次は掃除の時間である。チコリーは調理室ではなく普通の授業の時に使う家庭科室を掃除することになっている。チコリーは早速に家庭科室にやって来た。
入室すると、チコリーは自分が一番乗りかと思ったのだが、そこにはすでにチコリーよりも前に同じ班のモニカがいた。チコリーは入室した途端にびっくりしてしまった。その反応は確かに無理もない。モニカの足元にはなんと5滴もの血液が落ちていたのである。チコリーは「わあ!」と驚いた。
「どうしたの?」チコリーは聞いた。「モニちゃんはどこか切っちゃったの? それとも、モニちゃんは鼻血が出ちゃったの?」チコリーはそうしながらもモニカの体をよく検分している。モニカは最初こそ
狼狽えていたが、すぐに平静を取り戻し「ううん」と首を振った。
「私は大丈夫なの」モニカは落ち着いた口振りで言った。「私はどこもケガをしていないよ。ここの床は私が来た時からこうなっていたの。誰かここでケガをしちゃったのかな?」モニカは確かに無傷である。チコリーはそのことに関して一安心した。チコリーはモニカに対して「うん」と同意した。
「そうなのかもしれないね」チコリーはホッとしている。「ああ。よかった。私はモニちゃんがケガしちゃったのかと思ったよ。あ」チコリーは突然「そうだ」と言いなにかを閃いた。チコリーはその閃きを行動に移してみることにした。チコリーはこの部屋の鍵をチェックしてみることにしたのである。
チコリーはもしかするとこの一階の部屋で誰かが事件を起こしモニカが来たから、その人物はこの場から逃げたのではないかと考えたのである。ただし、普段のチコリーはこんな穿った考えをしないので、これはある人物の真似をしているのである。ここでは後回しにしていた話をすることになる。
チコリーにはヤツデとビャクブという尊敬している人がいる。ヤツデの方は何を隠そうおっちょこちょいな人が好きな人物である。チコリーはこの秋にも『四季ホリデー』というトイワホー国の政策により秋休みを使ってヤツデとビャクブと一緒に同じ時を過ごしている。
チコリーはヤツデとビャクブの二人をどうして尊敬しているのかというと、素人なのにも関わらず、ヤツデとビャクブの二人は二つの殺人事件を解決に導いているからである。ヤツデとビャクブの二人はそれだけではなくすごく性格がやさしいからである。チコリーはヤツデとビャクブに懐いている。話を戻すことにする。ヤツデは殺人事件に足を踏み入れた時に現場が密室になっている可能性を考え鍵の状況を確認していたことがあったので、今のチコリーはその猿まねをしてみたのである。チコリーは結果的にこの部屋の鍵が全て締まっているということを確認した。モニカは不思議そうに「どうしたの?」と聞いた。
「チコリーは自棄にてきぱきと動いているけど、納得の行く結論には至ったの? チコリーはもしかしてこれが誰の血なのかを当てようとしているの?」モニカは指摘した。「チコリーはなんだか名探偵みたいだね?」モニカにはチコリーをからかっている気はさらさらない。
「えへへ」チコリーは悪びれもせず言った。「そうかなあ? でも、私には誰の血かなんてさっぱりわからないよ。何がここであったのかは確かに不思議だけど、私にはこの謎は解けそうにないな」「チコリーは立ち往生しながら独り言のようにして呟いた。「ヤツデさんとビャクブさんってやっぱりすごいんだな」
モニカは不思議そうにしてチコリーの言動を咀嚼している。モニカは「とにかく」と言った。
「血は拭き取っちゃおうか。ヤツデさんとビャクブさんっていうのは誰のことなの? ドラマとか、小説とかの登場人物なの? それとも」モニカは自分のティッシュで血痕を拭き取りながら聞いた。「チコリーの知り合いなの?」モニカは興味津々の様子である。チコリーはモニカに対してその話をしていなかったのである。やがてはこの教室を掃除する他の人もやって来たが、チコリーは得意のトーク力を発揮しモニカを始めとした同じ班の三人に対してヤツデとビャクブのことを話すことにした。
本来は5人でこの部屋を掃除することになっているのだが、男の子の一人は具合が悪くなってしまったので、今日はチコリーとモニカを含めた4人で掃除することになった。
チコリーたちの4人は無事に掃除を終わらせた。やがては放課後になったので、チコリーは帰宅することにした。しかし一旦は家に帰ったら、チコリーはすぐに学校の校庭にトンボ返りした。
チコリーのクラスでは時々放課後に集まってかくれんぼやドッジ・ボールをするので、今日のチコリーはそれに参加することにしたのである。
そこにモニカの姿はなかったが、ミルレの姿はあった。ドッジ・ボールを終えると、ミルレは学童に顔を出した。ミルレは過去に学童にも通っていたことがあったのである。その後のミルレはチコリーと一緒に遊ぶことにした。チコリーは大喜びである。ミルレは「あーあ」と嘆いた。
「今日のドッジ・ボールは全戦全敗だったな」ミルレは言った。「その点一度も当てられなかったから、チコリーはすごいよね? まあ、チコリーは一度も誰かにボールを当てなかったけどね」
今のチコリーとミルレは公園にいる。二人はドングリのコマを回して遊んでいる。
「えへへ」チコリーは悪びれもせず言った。「私って平和主義者だから、私はあんまり人にボールをぶつけることは好きじゃないんだ。どっちかと言うと、私はコマを回しているだけとかの穏やかな遊びが好きなんだ」チコリーは主張した。もっとも、これは口先だけである。ミルレは「ふーん」と受け流した。
「そうなんだ」ミルレは面倒くさそうな喋り方をしている。「まあ、私はチコリーと一緒にいるとなにかをやらかすんじゃないかと思って平和じゃいられない時もあるような気がするけどね。それじゃあ、チコリーは血を見るのも苦手なの?」ミルレは案外と軽い口調で言った。「ミルミルはすっごく苦手だな」
「血は好きじゃないけど、私は割と大丈夫な方かな」チコリーは些か誇らしげである。「私は膝をを擦りむいちゃった時にちゃんとそれを確認できたもの」チコリーはミルレの方を見た。
「それはスケールが小さくない?」ミルレは反論した。「ミルミルの言ったのは血が『どばー!』って出た時の話だよ」ミルレは大様な仕草をした。チコリーは「えー!」と口を尖らせた。
「そんなに血が出たら、私は嫌だよ。私はもしかしたら倒れちゃうかもしれない。あ、そうだ。血と言えば、今日は掃除の時間に変な事件があったんだよ」チコリーはそう言うと家庭科室にあった血痕の話をした。ミルレの方は珍しそうにしてその話を真剣に聞いた。
「家庭科室ではそんなことがあったんだ。それはけっこうミステリアスな話だね。でも、出血した人はどうして自分の血を拭かなかったんだろうね? その人はただ単にティッシュを持っていなかったのかな? そうだ。私達は今日その家庭科室を使ったクラスがどこなのか、先生に聞いてみたら、どうかな?」ミルレは真剣な口調で提案した。「それはなにか謎を解く手掛かりになるかもしれないよ」
表向きは真剣だが、ミルレの心中は冗談半分である。ところが、チコリーは「ああ」と納得しミルレのセリフを真に受けた。チコリーはいつだって好奇心旺盛である。
「そうか」チコリーは単純なのである。「それじゃあ、私は早速に職員室に行ってくる。それとも」チコリーは聞いた。「ミルちゃんは一緒に行きたい?」チコリーはすでに立ち上がっている。学校はここからすぐ近くなのである。チコリーはじれったそうにミルレの顔を覗き込んだ。
「え?」ミルレはきょとんとした。「ええと、それじゃあ、ミルミルはチコリーと一緒に行こうかな」ミルレはそう言うとすっかりはしゃいでしまっているチコリーのあとに続いて走り出した。チコリーは元気一杯である。上記のとおり、正直に言うと、ミルレはそんなには謎解きに興味はないので、さっきの提案は冗談まじりだった。それでも一応は暇つぶしにはなるし、自分はチコリーを乗せてしまったからにはチコリーに付き合ってあげようとミルレは思った。それこそはミルレのやさしさである。
チコリーはどうして謎解きに拘るのかというと元気がいいからというのもあるが、もう一つの理由は尊敬するヤツデとビャクブみたいにして今回の謎を解き明かしたいと思っているからでもある。
チコリーとミルレの二人は学校の職員室で家庭科室の女性の先生を見つけ事情を説明することにした。先生はトイワホー国の国民だから、チコリーとミルレの二人に対しては親切に解答を返してくれた。結論を言うと、あの部屋では一時間目に授業が行われたきりだということがわかった。
役目は果たしたので、チコリーとミルレの二人はすっきりして遊びを再開することにした。結局のところ、現時点ではチコリーもミルレも血痕の謎を解き明かすことはできなかった訳である。
5時の少し前になると、チコリーとミルレはお別れしてそれぞれのお家に帰ることになった。家に帰ると、チコリーは裁縫の本を眺めることにした。今のチコリーは祖母のミツバの影響でエプロンをがんばって作ろうとしているのである。チコリーはやはりチャレンジャーなのである。
6時になると、チコリーの家の電話は鳴り響いた。それにはチコリーの母が出たが、母親はやがてチコリーを呼びに来た。それはチコリーへの電話だったのである。
電話の主はチコリーの従姉のユリである。ユリはチコリーの2歳年上なので、今は中学校二年生である。ユリはチコリーと同じくヤツデとビャクブのことを尊敬している口である。
ユリの居住地はチコリーと同じくプラテーション県である。ただし、ユリはネーストロフ市リボルト町というところに住んでいるので、チコリーとは離れた場所に住んでいる。チコリーとユリの二人はどちらも一人っ子だが、二人はまるで姉妹のように仲がいい。
「チコリーは元気にしてる?」ユリは早速にチコリーのことをからかっている。「まあ、チコリーは元気だよね。チコリーは元気だけが取り柄のようなものだからね。っていうか、チコリーはただの元気の塊みたいなものだものね」ユリは中学生にしてはませた性格をしている。
「えへへ」チコリーは素直に照れた。「そうかなあ? でも、確かに私は滅多に風邪をひかないから、私ってもしかしたら普通の人よりも体が丈夫なのかなあ?」チコリーは相も変わらずプラス思考である。
「まあ、そうなのかもしれないね。それにしても、私はからかっただけなのに、チコリーは前向きなのね。チコリーはおもしろい。ねえ。それより、チコリーはヤツデさんとビャクブさんみたいに謎解きしてみない?」ユリは強制している。「チコリーは謎解きをしたいよね? もちろん」ユリは若干ながら強引である。当のチコリーはというと簡単に「うん」と言いユリの手玉に取られた。
「謎解きはしたいよ」チコリーはかなり楽天的である。「殺人事件の謎はさすがに解けないと思うけど、私はユリちゃんの出してくれる問題は解けるかもしれないよ」
「ふふふ」ユリは笑んだ。「チコリーってやっぱり超ポジティブだね。でも、チコリーはそんなに簡単に解けるかしら? それじゃあ、私は本で読んだ謎を言うけど、チコリーはメモを取ったりする?」ユリは一応の確認をした。ユリはしっかりと気配りのできる女の子なのである。
「うん。それじゃあ、ユリちゃんはちょっと待っていてね」チコリーはそう言うとメモを取りに行こうとした。しかし、チコリーは途中で止めた。なぜなら、メモとペンは目の前にあったからである。
それは普段からチコリーの母が使っているものである。普段はそのペンとメモを使わないということもあるが、性格がお転婆だから、チコリーはよくうっかりしてしまうのである。
メモの準備はできているので、チコリーはその旨をユリに伝えた。そのため、チコリーは早速にユリにから話を聞かせてもらうことにした。以下はしばしユリの話した問題文である。
ある4人の家族は祖父母の家を訪れ映画館に行ったり色々なおしゃべりをしたりして楽しんだので、今は車で家の近くまで帰って来た。ただし、その際は直接に家には帰らなかった。
その家族はファースト・フード店のドライブ・スルーに立ち寄ることにした。前には一台のお客さんの車が停車中だったので、運転手の父親はアイドリングをして待っていた。そんな調子で待っていると、やがてはこの家族の番がやって来た。事件はその時に起きた。事件とは妙な出来事である。
父親が注文をしようとすると、店員はその前にその注文の内容を当てて見せたのである。
家族の全員が驚いていると、店員はすぐさまその商品を持って来た。こうなることはわかっていたので、店員は予め商品を準備しておいたのである。
この家族が驚いているところからもわかるとおり、その理由はこの家族の誰かがスマホで予め注文しておいたという訳ではない。このお店にはそういう制度はないのである。
この家族はこの店の常連なので、今回はたまたま受け付けをしてくれた女性の店員とは顔見知りだったが、この家族とその店員は友達という程に深い仲ではない。それは家族の全員が深い中ではないという意味である。前のお客さんは違うものを頼んでいたし、前回と前々回はこの家族も別のものを頼んでいる。この家族はましてや周期的に同じメニューを頼んでいる訳ではない。
この店はもしかしてメニューが少ないのではないかと思うかもしれないが、メニューは35種類もある。品揃えの豊富さはこのお店の売りの一つでもある。
この家族はこれから注文する商品のことを車内で話していたし、店員は店内からこの家族の車を見ていたが、それはあくまでも「ちらっ」と見ただけのことである。そのため、この家族は自分たちの頼むメニューを全て口にした訳ではない。つまり、注文前のこの家族の話を聞いていたとしてもこの家族が頼もうとしていた5つの商品の全てを店員が用意しておくことは不可能なのである。
「どう?」ユリは全ての話を終えると落ち着いた口振りで聞いた。「とりあえず、問題の内容はチコリーにも理解することはできたでしょう?」ユリは割と話し上手である。チコリーは「うん」と応じた。
「一応はメモも取ったし、意味もよくわかったよ。しかも」チコリーは奇想天外なことを言った。「私は答えがわかっちゃったかもしれない」チコリーは至って真面目である。
「え?」ユリは意表を突かれた。「この問題は私でもヒントがないとわからなかったのよ。私がチコリーに負けるなんて少し悔しいかもしれない。まあ、チコリーの答えはまだ当たっているか、わからないけどね。店員は超能力者だから、お客さんの買いたいものを当てることができたっていうのはダメよ」ユリは鋭い牽制球を投げた。結果は案の定だった。チコリーは「えー!」と嘆いた。
「ダメなの? 私はてっきりそうだと思っていたのに」チコリーは匙を投げた。「それじゃあ、私にはわからないよ」チコリーは諦めが早い。ユリは「そんなにすぐに根を上げちゃダメよ」と注意した。
「ヤツデさんとビャクブさんだってすぐに答えがわからなくても諦めるようなことはしなかったでしょう? それじゃあ、私は特別にヒントを出してあげる。この事件にはある重要なアイテムが関係してくるの。店員はあるもののおかげでお客さんの注文するメニューを当てて見せたっていう訳」ユリは優位な立場にいる。「今すぐに考える必要はないから、チコリーはもう少し考えてみれば、どう?」出題者のユリはチコリーのことを思いやって聞いた。チコリーは素直に「うん」と頷いた。
「そうする」チコリーは心なしか困難に直面してもうれしそうである。「でも、私は一度に二つの謎を抱えるなんてなんだか本当にヤツデさんとビャクブさんみたいだね?」
ヤツデとビャクブの二人はチコリーとユリと一緒にコニャック村のシロガラシの家に滞在していた際に殺人事件と怪盗の事件という二つの厄介事に取り組んでいたのである。
「ということは今のチコリーは他にも問題を抱えているの? それじゃあ」ユリはある理由があって自信満々である。「チコリーはそのことを話してよ。そっちの方は私が解決してあげるから」
「えー!」チコリーは驚嘆の声を上げた。「でも、ユリちゃんは頭がいいから、私の方の謎も簡単に解いちゃうかもしれないね」チコリーはそう言うとできるだけ今日あったモニカの一件を詳しく話し始めた。
今度はユリの方が真剣に話を聞きメモを取る番である。今はいい機会なので、ここではチコリーが話している内容についてここでまとめておくことにする。モニカという女の子はいつでもきちんとしているにも関わらず、その女の子が短い期間で4つものミスを犯している。
その4つとは宿題を忘れてきたこと・給食当番のエプロンを忘れてきたこと・給食の配膳で量の配分を間違ってしまったこと・日直の仕事を怠ってしまったことの4つである。不可解なことはもう一つある。それは掃除の時にチコリーが家庭科室に行くとなぜかいくつかの血痕があり最初からいたモニカにも「事情はよくわからない」と言っている点である。全ての話を聞き終えると、ユリは「なるほど」と言った。「最後の謎はまだ私にもよくわからないけど、モニカちゃんがミスを連発してしまっている理由としてはやっぱりなにかしらの悩み事があってそっちに気を取られているからなんじゃないの?」ユリは年上の従姉として最もらしいことを言った。チコリーは一旦「そうかなあ?」と言った。
「でも」チコリーは考え直した。「それはないよ。今日の朝にモニちゃんと会った時に私は悩み事について話題に出したんだけど、モニちゃんは『今は特に悩み事はない』って言っていたんだよ。だから」チコリーはやんわりと否定した。「その線は薄いんじゃないかなあ?」
「探偵たるものは疑い深くないといけないとは思うけど、そのモニカちゃんは確かになにかに悩んでいたとしても最後の最大の謎は解けないものね?」ユリは探偵っぽいことを聞いた。「モニカちゃんは血をティッシュで拭き取った時のことだけど、血はすんなりとティッシュに染み込んだの?」ユリはそれなりに賢いのである。チコリーは「うん」と即座に答えた。
「血はすんなり拭けてたよ。あ」チコリーは珍しく鋭いことを言った。「そうか。ということは固まっていなかったんだから、その血はまだ新しいっていう可能性があるんだね」
「そういうことよ」ユリは上から目線である。「その家庭科室では一時間目に授業で使われたきりなんでしょう? 仮に、その血が一時間目に床に垂れたのだとしたら、6時間目の終わりにはもっと固まっているはずだと思うのよね。となると、その血はモニカちゃんが来てからついた可能性が高いっていう訳よ。今のところはモニカちゃんの身に何が起きたのか、あるいはモニカちゃんが何を見たのかはさっぱりわからないけどね。それに、掃除の時間はチコリーの班の子が保健室に行っていたっていうのも意味深よね。今すぐに謎を解き明かすことは無理だけど、モニカちゃんの身にはもしかしたらなにか悪いことが起きているのかもしれないから、私はできるだけ早く真相に迫ることにする」ユリは少しばかり大人ぶった口調で問いかけた。「チコリーはそれまで待っていてくれる?」ユリは考え深げである。ユリにとってもこの問題は難しいからである。チコリーは素直に再度「うん」と応じた。
「私はそれでいいよ。私は私でユリちゃんの出してくれたクイズに挑戦してみるから、私とユリちゃんは二人でがんばろうね?」チコリーは言った。「私はあんまり自信がないけど、ユリちゃんには謎が解ける気がするよ」チコリーは掛け値なしで人を褒められるのである。
「ありがとう」ユリはお礼を言った。「とりあえず、がんばってみるから、チコリーは期待しておいて」ユリは余裕たっぷりである。なぜなら、ユリはすでにモニカに関する謎について突破口を見出しているからである。チコリーはユリにテレビで見た瀉血のことや今は家のファクシミリが故障中であるといった他愛もない話をし電話を切ることにした。チコリーは相も変わらずにおしゃべりなのである。
モニカの一件について言えば、チコリーは少し自分も考えを巡らせてみたが、結局のところ、チコリーにはこれといった答えに辿り着くことはできなかった。
家には父と母がいるが、今はすでに真相の解明をユリに依頼してしまったので、父と母に対してはさすがのおしゃべりなチコリーでもモニカの一件を話さないことにした。
ユリが出題してくれたドライブ・スルーの謎についていうと、チコリーは答えがわかっても教えてくれなくていいという条件つきで父と母にも話した。しかしながら、今のところは残念なことに父と母にもインスピレーションが沸くことはなかった。チコリーはそれでもがっかりしなかった。今までの12年の人生を見回してみてもチコリーはあまり落ち込んだこと自体がないのである。チコリーはようするに前向きな女の子なのである。モニカのことは確かに気にはなるが、この日のチコリーは安らかにぐっすりと眠ることができた。そういうところはチコリーの強みでもある。
翌日である。上記のとおり、安眠はできたので、チコリーは今日も元気一杯である。チコリーは今日も登校したが、モニカとは昨日のようにして校庭で会うことはなかった。
今日はモニカも掃き掃除のペナルティを課されていなかったという訳である。
今日は雨が降っているが、モニカはそのおかげで掃き掃除をしていないのではなくどちらにしても昨日はちゃんと宿題を持って来ていたから、今日は掃き掃除する必要がなかったのである。
ただし、モニカは今日も給食当番と日直を兼任しないといけないが、今度はモニカが黒板の文字を消し忘れないようチコリーはちゃんと見守ってあげることにしている。
今は4時間目の授業と給食が終わっているのだが、今日のモニカはそつなく仕事をこなすことができている。そのため、チコリーは満足そうである。もっとも、これこそがモニカの本当の姿である。
現在は昼休みの時間である。チコリーの所属しているクラスは蛇口の並んでいる隣でスズムシを飼っているので、今のチコリーとミルレの二人はそこにいる。スズムシは体長が約二センチであり、オスは「リーン・リーン!」と美しい声で鳴くのである。ミルレはチコリーに話しかけた。
「タランチュラやサソリは見るだけでもミルミルは嫌だけど、虫は見ている分には無害なものもいるよね? でも、チコリーはゴキブリでも手で触れちゃうタイプでしょう?」ミルレは若干の揶揄を込めながらも親しげに言った。「チコリーはお転婆だものね?」
「えー」チコリーは言った。「私はお転婆じゃないよ。それに、私はゴキブリと対決したことはあるけど、直接は手で触ったことなんてまだ一度もないよ」チコリーは断固として主張した。
「まだということはやがて触ることになるかもしれないんだ。チコリーは恐るべしだね。それより、モニカちゃんの一件はどうするの? 血痕の問題は穏やかじゃないよ。その件はきっとなにかよくないことの前兆だよ。チコリーは直接にモニカちゃんに聞いたら、どう? モニカちゃんはきっと答えを教えてくれるよ」ミルレは軽い調子で言った。今は図書室に行っているので、モニカはこの教室にはいないのである。モニカは無類の読書家なのである。チコリーは青色の瞳をキラキラさせながら「うん」と言った。
「でも」チコリーはワクワクしている。「言いたくないことを無理に言わせるのはよくないでしょう? それに、私はしっかり者のモニちゃんがミスを連発するなんておかしいと思うの。モニちゃんにはきっと人には言えない秘密を持っているんだよ。私達はその謎を解き明かしちゃおうよ」
「ダメだコリャ」ミルレは呆れている。「チコリーはどうやら完全にヤツデさんとビャクブさんっていう人達に被れているみたいだね。しかも『私達』ってことはミルミルまでちゃっかり巻き込まれているし」ミルレは肩を落とした。チコリーはミルレの協力を得られるものだと思っている。
「まあ、でも、ミルミルはチコリーのことを応援するよ」ミルレはそう言うと「レミファのファイト♪」と節をつけ即興で歌った。ミルレにはチコリーに付き合うつもりはないのである。
「えー!」チコリーは不服そうである。「ミルちゃんは協力してくれないの? あ」チコリーは言った。「でも、大丈夫だ。私にはユリちゃんもついているんだった。私が謎を解けなくてもユリちゃんはきっと答えを出してくれるよ」チコリーは切り替えが早いのである。ミルレは「ああ」と頷いた。
「チコリーの従姉のことね? まあ、こういっちゃなんだけど、チコリーよりは絶対的に望みはあるかもね。あ、チコリーは怒ってふくれてる」ミルレは冷やかした。「かわいいー」
「もう」チコリーは憤慨している。ミルちゃんはすぐに私のことをバカにするんだから」
「そう言えば」チコリーは気を取り直して聞いた。「私はユリちゃんからも謎を出題されているんだった。ミルちゃんは一緒に考えてくれる?」チコリーはやはり驚く程に切り替えが早いのである。
「うん」ミルレは大様である。「そのくらいは別にいいよ。暇つぶしには打ってつけだものね?」ミルレは了承した。それを受けると、チコリーは昨日の夜にユリから聞いた問題を話し始めた。ミルレは当然のことながら真剣にその話を聞いた。ただし、結局のところはチコリーの話を聞き終えてもミルレにも答えに辿り着くことはできなかった。当初は意気揚々としていたミルレもこれにはさすがにがっかりである。
推理は行きづまってしまったので、その後のチコリーとミルレは雑談を交わして昼休みを過ごすことにした。上述のとおり、今日は雨なので、チコリーとミルレの二人は外で遊ぶことができないのである。ミルレはその際に話をしながらもある計画を立てていた。
昼休みが終わると、やがては5時間目の授業が始まった。トイワホー国には『情愛スタディ』という政策があるので、チコリーのクラスの5時間目の授業はまさしくその『情愛スタディ』だった。
『情愛スタディ』とは小学校から高校までで行われる授業のことである。例えば『情愛スタディ』では幼児虐待やいじめといった人間として間違った行いをしないように児童や生徒が正義を学ぼうというものである。今日のチコリーたちは『犯罪ストップ』と軽犯罪に関する問題を学んだ。
『犯罪ストップ』は『情愛スタディ』と同じくトイワホー国の政策で犯罪をやろうとしていた人を止めると警察から表彰されるだけではなくトイワホー国からもお礼の品物を貰えるという趣旨のものである。軽犯罪というものには覗き見や立ち小便や割り込みといったものも含まれている。
5時間目の授業は終わり放課後になった。今日のモニカは最後まで日直の仕事をきちんとこなすことができた。チコリーは早々に帰宅したが、ミルレとモニカの二人は最後まで教室に残っている。モニカは塾とピアノの習い事をしているが、今日は習い事のない日なのである。
ミルレとモニカの二人はどうして居残りしているのかというとミルレがモニカにリコーダーのコーチをしてくれと申し出たからである。ミルレは楽器を使うことが大の苦手なのである。
ミルレはリコーダーやピアノを使いこなすモニカのことを素直に尊敬している。モニカはその気持ちを理解し喜んでミルレのコーチ役を引き受けたという訳である。
ミルレとモニカの二人は教室でリコーダーを吹いていると、やがては担任の先生も職員室へ行き他の生徒も下校してしまった。実のところ、ミルレはこの時を待っていた。
「ねえ」ミルレは切り出した。「昨日のモニカちゃんは少し変だったよね? 変っていうと失礼だけど、モニカちゃんはとにかく調子が悪そうだったよね? チコリーの話ではモニカちゃんには悩みはないっていうことだけど、実際のところ、それは本当なの?」ミルレはここぞとばかりにして聞きたいことを聞いた。モニカは突然の問いかけにも動じず「うん」と応じた。
「それは本当だよ。強いて言えば、10歳上のお兄ちゃんが就職浪人することになっちゃったことは残念だと思っているけど」モニカはすっかりと安心しきっている口調で言った。「トイワホー国の政策はそんなお兄ちゃんを守ってくれるから、心配はしていないの」
トイワホー国では職のない人には無条件でアルバイトをさせてもらうことができる。これは『安心ワーク』という政策である。アルバイトとはいえ『安心ワーク』は働きたい人には働くことができるよう配慮されたものである。トイワホー国のやさしさはここにも垣間見られる。
さらにトイワホー国では無職やフリーターの人には気に入った職につけるまで『愛の伝道師』が最後まで面倒を見てくれる『適正ワーク』という政策も取られている。
ただし、中には心の病などにより働きたくても働けない人もいるので『安心ワーク』と『適正ワーク』という二つの制度は強制的なものではない。
「モニカちゃんは確か4人兄弟だったものね? まあ、モニカちゃんに悩み事がないのなら、それはそれでいいんだけど、それじゃあ、昨日のモニカちゃんはどうしてらしくないミスを連発していたの?私にはとても理由がないようには思えないんだけど」ミルレはモニカのことを見つめて真剣に問うた。「それに、実はこれもチコリーから聞いたんだけど、モニカちゃんは血痕の隠し事もあるよね?」
「うん」モニカは素直である。「ミルミルの言うとおり、私のミスと血痕のことにはきちんとした理由があるよ。だけど、他の人には言ったら、ダメなの。私はもしかしたらこれからも他の人にとっては不可解な行動を取るかもしれないけど、迷惑だけは絶対にかけないから、ミルミルは目をつぶっておいてくれる? 私は給食をよそりすぎちゃった以外に今までも他の人には迷惑をかけていないでしょう?」モニカは説き伏せるように確認した。しかしながら、ミルレはモニカのセリフで逆に好奇心を刺激された。
「まあ」ミルレは頷いた。「それは確かにそうだね。それじゃあ、ものは試しだから一応は聞いてみるけど、もし、ミルミルが人に知られたくないエピソードを話したら、モニカちゃんは事情を打ち明けてくれる? それとも」ミルレは挑戦的になって聞いた。「モニカちゃんはミルミルの身の上話なんて興味がない?」ミルレは奥の手を使った。モニカは案の定「ううん」と返した。
「もちろん」モニカは窓の外を眺めた。「興味はあるよ。わかった。それじゃあ、ミルミルが話してくれてそれを聞き終わったら、私も秘密を明かすことにする。私は約束するから、ミルミルは安心していいよ」モニカはやさしく言った。すると、ミルレは頷いてからドレミの歌にまつわる身の上話を始めた。
ミルレは小学校4年生の時に出し物としてクラスで皆の前に出て歌を歌ったら「コナラの木」を間違って「オナラの木」と発音してしまい大恥をかいたことがあった。
無論『愛の国』と言われるトイワホー国なので、ミルレをバカにする者は皆無だったが、当のミルレにとっては大きなショックを伴う出来事だった。
ミルレは父にそのことを言うと、父はそれでミルレが歌を嫌いにならないよういつも「ドレミ」の歌を歌ってくれた。ミルレの父は例え人前でも平然とドレミの歌を歌ってくれた。その歌というのはよく最近のミルレが歌っている「ドレミのドーナッツ♪」というような歌のことである。
ミルレは祖父が病気で弱っている時に試しにドレミの歌を歌ってみたら、祖父はもっと歌ってほしいと懇願した。そのため、ミルレは毎日のように祖父のため歌を歌ってあげることにした。
そしたら、祖父は本当に元気になった。今ではドレミの歌のおかげなのかどうかはミルレも怪しいと思っているが、確実に言えることも一つある。人間は他の人が不幸になることを阻止できる力を持っているというのがそれである。父はミルレに歌を嫌いにさせなかったし、祖父はミルレの歌声のおかげで療養中に塞ぎ込むようなことがなくなったからである。
「今までは大恥を思い出したくなかったから、人には言わなかったの。 でも」ミルレはちょっとした話を終えると割と明るい口調で言った。「よくよく考えてみれば、モニカちゃんは去年の転校生だから、この話は思い出すも思い出さないもそもそも知らないはずだものね?」
「うん」モニカは言った。「私は全く知らない話だった。ミルミルのドレミの歌にはそんなエピソードがついていたんだね。ミルミルは歌がうまいし、ミルミルの歌うドレミの歌は私も好きだよ」
「ありがとう」ミルレはお礼を言った。「モニカちゃんはやっぱりミルミルの話を聞いても笑わなかったものね。ミルミルはお話をしてよかった。それじゃあ」ミルレは聞いた。「モニカちゃんは秘密をミルミルに明かしてくれる?」今のミルレはモニカの秘密を知りたい一心で気分が高揚している。
「うん」モニカは頷いた。「ちょっと恥ずかしいけど、ミルミルは笑わないで聞いてね?」モニカはそう言うと快く話を始めた。ミルレは当然のことながら笑うことなくモニカの話を真剣に聞いた。
モニカがミスを連発することと家庭科室には数滴の血痕があったことの二つの事件の理由は密接な関わりを持っていた。モニカは「笑わないで」と言っていたが、笑うどころか、モニカの話を聞き終えると、ミルレはモニカを尊敬したいくらいの気持ちを抱くようになった。
モニカの驚愕の秘密を知ると、とりあえず、ミルレは再びモニカと一緒にリコーダーの練習をした。歌は好きだが、ミルレは楽器の取り扱いにはたどたどしいのである。
モニカはそれでも辛抱強くミルレに付き合ってくれた。ミルレとモニカの二人の仲は元々よそよそしいものではなかったが、ミルレとモニカの二人の距離はより一層に今回の一件で縮まった。実はそのこともモニカの持つ秘密と関わりがないとは言えない。
学校は次の日もあったので、チコリーは登校した。ユリからはまだ電話をもらえていないが、チコリーは今日もモニカの謎を解く気満々である。チコリーはもちろんユリから出題された問題にも取り組んではいるが、考え事は苦手なので、今のチコリーは完全に行きづまってしまっている。
チコリーはファースト・フード店の店員がお客さんの注文するものを当てるなんて例え一品だけでもかなり難しいことなのではないだろうかと思ってしまっている。
今朝のチコリーは気分転換にモニカの謎を考えることにした。チコリーは朝礼の前に耳寄りな情報をゲットした。チコリーはひょんなことから昨日の放課後にミルレがモニカと二人で教室に残っていたということを聞いたのである。一時間目の授業が終わると、チコリーは手掛かりを入手するためにミルレのところへ突撃インタビューをしに行った。チコリーには行動力がある。チコリーは「ねえ」と切り出した。
「昨日の放課後のことだけど、ミルちゃんはどうして私に黙ってモニちゃんとお話をしたの?」チコリーは不服を申し述べた。「ミルちゃんは一人で事件を解決しようとするなんてずるいよ」
「ミルミルは別にチコリーに意地悪をした訳じゃないよ。だって」ミルレは主張した。「ミルミルはリコーダーの演奏が下手だから、チコリーにはその現場を見られたくなかっただけだもの」ミルレは内心「チコリーはどんな反応をするのかな」と思った。チコリーは素直に「ああ」と頷いた。
「そうだったんだ。でも、私には遠慮することなかったのに」チコリーは配慮した。「それじゃあ、ミルちゃんはモニちゃんから謎を解く手掛かりを得られた? 推理は行きづまっているから、私は藁にも縋る思いなの」チコリーは考え深げである。ミルレは無念そうに「残念だけど」と言った。
「大した収穫はなかったよ。まあ、強いて言うなら」ミルレは穏やかな口調で言った。「モニカちゃんは確かに秘密を持ってはいるみたいだけど、それはモニカちゃん自身にも他の人にも悪影響を与えることにはならないみたいだから、チコリーは安心してもいいと思うよ」
ミルレはモニカとの話し合いの結果としてまだモニカの秘密はチコリーに対しては公開しないことを決定している。そのことはミルレにしても申し訳なくは思っている。チコリーは「そっか」と言った。
「モニちゃんの身に悪いことが起きている訳じゃないのなら、それはよかった。でも、それってけっこう大きな手掛かりだよね? ミルちゃんはすごい情報を教えてくれてどうもありがとう」チコリーは律義にお礼を言った。「それじゃあ、私は推理を組み立て直してくるね」チコリーはそう言うと嬉々として自席へと帰って行った。ミルレはチコリーを見送りながら苦笑した。
チコリーはあどけないにも関わらず「推理を組み立て直すなんてあまりにもちぐはぐだったから、ミルレには思わず笑いが零れてしまったのである。チコリーは自由帳にモニカの事件のあらましをまとめてみたのだが、結局は残念ながら謎を解くことはできないままだった。この休み時間は終了してしまった。
チコリーは二時間目の授業が終わると一旦はモニカの事件を忘れ黒板でお魚の絵を描いて遊ぶことにした。チコリーは書きっぱなしではなく休み時間が終わりに近づくと黒板消しでちゃんと自分の手で絵を消して席に戻って来た。不可解な事態は三時間目の授業で起きた。
三時間目の授業は社会科だったのだが、先生が青色のチョークを使おうとしてもどこにもそのチョークが見当たらなかったのである。先程のチコリーは青色のチョークでお魚の絵を描いていたので、本来なら、見つからないというのは不可解である。結局のところ、青のチョークは見つからなかったので、先生はそのチョークを使わないですませた。授業中のチコリーは不思議そうにしていた。
授業が終わると、チコリーは本当に青のチョークがないかどうかを調べるため黒板の前にやって来たが、青のチョークはやはりどこにも見当たらなかった。チコリーには訳がわからなかった。
「チコリーは何してるの?」ミルレはチコリーの元にやって来て聞いた。「チコリーはまたお絵かきするの? そう言えば、チコリーはさっきの休み時間の時に黒板でお絵かきをしていたものね?」
チコリーはミルレに対して青のチョークがなくなったという事実が不可解であるということを話した。「これもひょっとしてモニちゃんの秘密と関係があるのかなあ? だとしたら、謎は深まるばかりだね。でも」チコリーは根拠のない自信の下で宣言した。「私は謎解きを諦めないよ」
「そっか」ミルレは共感した。「チコリーはがんばり屋さんだものね。でも『ソラシの楽チン♪』じゃあ、おもしろくないからね。ミルミルはチコリーのことを応援しているよ」ミルレはチコリーのことを鼓舞した。元々の性格が単純なので、チコリーは「うん」と頷き気合いを出した。
「ありがとう」チコリーは再びお礼を言った。「それじゃあ、私は早速にこのこともノートに書いてくるね」チコリーはそう言うと自分の席に戻って行った。チコリーは意外と楽しそうである。
4時間目の授業が始まると驚くべきことは再び起きた。黒板のところから青のチョークが出てきたのである。教えている先生はびっくりしていたが、チコリーはそれ以上に驚いた。今のチコリーにはどうしてそうなったのかはさっぱりと訳がわからないままである。
次は昼休みの話である。今日は晴れていたので、チコリーはミルレを含めたクラス・メートと鬼ごっこをすることにした。今のチコリーとミルレは校舎の前で同行をしている。
「もしも」チコリーは先手を取り伏線を敷いておくことにした。「鬼が来ても、ミルちゃんは私を盾にしたら、ダメだよ。ミルちゃんのことは私も盾にしないからね」
「わかってるよ」ミルレは断言した。「ミルミルはそんな性悪女じゃないだから」
「ああ」チコリーは言った。「そうだよね。ごめんね。そうだ。お空は水色で綺麗だね?」
ミルレは呼応して「ミファソのお空♪」と口ずさんだ。チコリーは安堵の笑顔を浮かべた。
「ミルミルとチコリーはついでにウサギ小屋も見て行くことにする?」ミルレは問いかけた。
チコリーとミルレの二人はちょうどウサギ小屋に通りかかったのである。チコリーは頷いてウサギを見て行くことにした。実はチコリーが一番に好きな動物はウサギだから、今のチコリーは大喜びをしている。それにはチコリーの知己のミルレも当然のことながら気づいている。
飼育小屋には飼育係の人と一緒にモニカの姿も見受けられた。モニカは許可を貰い小屋に入らせてもらっている。モニカは鬼ごっこに参加していない。
「モニちゃんはいいな」チコリーは羨ましそうである。「私はモニちゃんみたいに小屋に入らせてもらおうかな。でも、今は鬼ごっこをしているから、ダメか」チコリーは自問自答の結果として少しばかり残念そうにしている。モニカはそんなチコリーを憐れみつつも「ねえ」と言った。
「実は落ち着いている場合じゃないんだよ。なぜか、わからないけど、ウサギが一羽いなくなっちゃったの。本当は5羽いるはずなんけど」モニカは小屋の中でしゃがみこみながらチコリーに言った。その間のミルレは鬼がこないかどうかしっかりと警戒している。チコリーは「え?」と虚を突かれた。
「あ」チコリーは事態を把握した。「本当だ。ウサギさんは4羽しかいないね。それじゃあ、私は先生に言ってきてあげる。私はすぐに帰ってくるからね」チコリーはそう言うとモニカに有無を言わせず職員室へと行ってしまった。モニカはただただ唖然としている。
「私は自分があとで言いに行くからいいよって言おうとしたのに、チコリーってすっごいせっかちだね?」モニカは傍にいたミルレに同意を求めた。
チコリーのやさしさはうれしかったが、それでも、モニカは小屋の中で呆然としている。
「まあ」ミルレはしみじみと言った。「ミルミルはそれでよく手を焼かされているからね。今に始まったことじゃないよ」ミルレは鬼が来ないかどうかの方が重要だと思っている。モニカはなんとなくそれに共感した。チコリーは一人の先生をウサギ小屋に連れてきたが、そこでは驚くべきことにしっかりと5羽のウサギがいた。驚くべきことはそれだけではなかった。
それはなぜなのか。ウサギはいつ増えたのか。ミルレとモニカと飼育係の女の子はその二つの質問に明快に答えることができなかったのである。チコリーは来てくれた先生に謝った。
その先生はやがて職員室へ帰って行った。その先生はトイワホー国の国民らしくチコリーを大きな心で許してくれたし、チコリーが嘘をついているとも思わなかった。
ここはそれでこそトイワホー国である。しかし、謎はこれによりもう一つ増えてしまった。チコリーは色んな細かい謎がありすぎてもはや何がなんなのかと訳がわからず混乱してしまっている。
ただし、今日は救世主の現れる日である。チコリーが下校をし5時が過ぎると救世主のユリからチコリーに電話がかかってくることになった。チコリーは早速に泣きついた。
「私はユリちゃんからの電話を待っていたんだよ。今日は不思議なことが二つも起きて私にはモニちゃんの謎なんて手に負えそうにないの」チコリーは早口である。「ユリちゃんは答えを教えてよ」
「まあまあ」ユリは宥めた。「チコリーは落ち着きなさい。モニカちゃんの事件の謎は確かに解明されたけど、チコリーはその前に私が出した問題を解決できたの?」ユリは大人っぽく言った。「ここはギブ・アンド・テイクと行きましょう」ユリは余裕の雰囲気を醸し出している。
「ギブ・アンド・テイクってようするに私も問題を解けっていうこと?」チコリーは一応の確認をした。「店員さんはお客さんの注文を先取りしていたなんてそんなことは無理だよ。答えは偶然に店員さんが考えていたものをお客さんが頼んだんだよ。違うのなら」チコリーは懇願した。「ユリちゃんはもっとヒントをちょうだい」チコリーはもちろんユリが期待に応えてくれると思い込んでいる。
「メニューは20種類以上あったのよ。それに」ユリは簡単にチコリーの説を論破した。「お客さんは5種類の商品を頼んだのよ。偶然っていう答えは不正解に決まっているでしょう?」
「もう」ユリは呆れている。「チコリーはしょうがないな。このトリックにはある道具が必要になってくるって言ったでしょう? そのアイテムは誰もが持っているものじゃないけど、持っているのなら、それは誰でも使えるものなの。どう?」ユリは幾分か楽しそうな口調で聞いた。「チコリーはこれでわかった?」
ユリはチコリーのことをかわいいと思っているが故に会話を楽しんでいる。もっとも、一方のチコリーはもやもやしていて会話など楽しんではいない。チコリーはあっさり「ううん」と言った。
「わからないよ」チコリーは残念そうである。「でも、私は一生懸命に考えるから、ユリちゃんはモニちゃんの方の謎もヒントを教えてよ。ユリちゃんは教えてくれるよね? もちろん」チコリーは褒め殺し作戦で問いかけた。「ユリちゃんはやさしいもの」チコリーはわざと下手に出ている。しかしながら、ユリはその程度のことでは左右されなかった。
「少しはチコリーも知恵をつけてきたみたいね」ユリは一定の理解を示した。「でも、まあ、私はとっておきのヒントを教えてあげる。モニカちゃんはチコリーのことが大好きなんだよ。チコリーのことが大好きだから、モニカちゃんは不可解な行動を取るの。さすがにここまで言えば、答えはわかっちゃたかしら?」ユリは聞いた。チコリーは再度「ううん」と答えた。
チコリーはきっぱり「わからない」と言った。チコリーの諦めは早いのである。
「あーあ」チコリーは意気消沈している。「私にはやっぱり推理力が少しもないのかな? 私はユリちゃんが羨ましいな」チコリーにしては珍しく完全にやる気をなくしてしまっている。
「そ」ユリは少し慌てた。「そんなことはないと思うよ。チコリーも私と同じ年になれば、私とチコリーの推理思考はどっこいどっこいになると思うよ。そう言えば、さっきのチコリーは今日も謎が増えたって言っていたよね? あれはなんのこと?」ユリはさりげなく話題を変えた。それには当然のことながら理由がある。しかしながら、チコリーはそのことを不審に思うこともなく素直に事情を話した。
チコリーはチョークがなぜか消えてまた現れたこと・確かに4羽しかいなかったウサギがその場を離れている間に元の5羽になっていたことの二つを説明した。チコリーは「どう?」と聞いた。
「この二つの謎はユリちゃんの考えていた推理とぴったりと合う? だけど、私のことが好きだから、モニちゃんはチョークを隠したりウサギを消したりしたっていうのは少し変だよね?」
「そ」ユリは再び一言目が遅れた。「それは確かに言えているかもしれない。でも、私の推理は間違っていないと思うんだけどな。もし、チョークが消えたことが見間違いでなければ、それは誰かが隠してまた元に戻したと考えるのが普通よね? でも、それは本当にモニカちゃんの仕業なのかしら? ウサギのいなくなったっていう件はどこかに抜け穴があったのかしら? だとすると、モニカちゃんとはこれも関係はなさそうだけど、まあ、そんなことはいいわ。できれば、私は明日までに考えておくことにする」ユリはなんとなく苦しまぎれのような感じで質問した。「他にはなにか学校で変わったことはなかったの?」
「うーん」チコリーは頭を働かせた。「変わったことは今日じゃなくて昨日あったよ。モニちゃんはミルちゃんとリコーダーの練習をしたって聞いたけど、それは特には関係ないよね?」チコリーは自信がなさそうである。一方のユリは態度を改め「いいえ」と応じた。
「わからないわよ」ユリの口調はきっぱりとしている。「あるいはそのこともこの事件にどこかで関係しているのかもしれない。まあ、可能性は低そうだけどね。私はとにかく答えがわかったら、すぐに電話するから、学校でまた異変があったら、チコリーは私に電話して」ユリはハキハキとした口調で指示を出した。ユリは地震がありそうなので、チコリーはうれしそうに「うん」と応じた。
「わかった」チコリーはかわいらしく言った。「これ以上の謎が増えたら、私の頭はパンクしちゃいそうだけど、私のバックにはユリちゃんがついてくれているから、私は安心だよね?」チコリーはユリへの絶対的な信頼感の下で明るく言った。ユリは曖昧な返事を返した。これは話をややこしくしてしまうが、実はユリも一つの隠し事をしているので、ユリは内心でチコリーに申し訳なく思っている。
ただし、最後にはユリもそのことを打ち明ける予定である。ユリはそんな思いを抱えながらもしばしチコリーのおしゃべりに付き合った。チコリーはテレビで見たテレックスの話や歩いている時に見たブルドーザーの話をしゃべった。質はともかくチコリーは際限なくおしゃべりを続けることができるのである。チコリーのことはかわいく思っているので、聞き手のユリはその話を疎ましく思ったりはしなかった。これはここだけの話だが、実はチコリーの周りで起きた不思議な出来事の解決は時間の問題である。
翌日である。今日は天気も晴朗である。チコリーは今日も元気一杯である。というか、チコリーは太陽みたいに明るいので、ほとんどチコリーが元気でない日というのは見ることができないのである。登校すると、チコリーはいつものように下駄箱で靴をうわばきに履き替えようとした。
その時である。チコリーは自分の下駄箱で一枚の手紙を発見した。チコリーはその二つ折りの手紙を開いてみた。そこには以下のような文言が記載されていた。
大事なお話があります
今日の午後4時に学校の前の公園のベンチに来て下さい
ぼくはいつまでも待っています
当然と言うべきか、なんの話があるのかはチコリーにもさっぱりと訳がわからなかった。一応はさすがのチコリーも探してみたが、この手紙の差出人の名前はどこにも書いていないので、手紙の差出人は不明である。ただし、チコリーは相変わらず深く考えもせずに手紙を持って自分の教室に向かって行った。
チコリーはやはり楽天的な性格をしているのである。とはいえ、少しはチコリーも手紙のことを気にはしている。一時間目の授業が終わると、チコリーは事件についてまとめたノートに先程の謎の手紙のことも加えようとした。すると、ミルレはチコリーのところへやって来た。
「チコリーは珍しく真剣な顔をして何をやっているの?」ミルレは不思議そうにしている。
「実はまた謎が増えたんだよ」チコリーは即座に対応した。「今度は謎の人物から私に手紙が送られてきたの。手紙はもしかしてミルちゃんのところにも来た?」チコリーはその場の思いつきで聞いた。
「ううん」ミルレは否定した。「手紙は来ていないよ。それはモニカちゃんからじゃないの?」ミルレはなんの気なしに聞いた。「チコリーはその手紙を見せてくれる?」
ミルレはこの問題に首を突っ込んで来た。チコリーは二つ返事で「うん」と快諾した。
「それは別にいいけど、手紙の主語には『ぼく』が使われているから、差出人はモニちゃんじゃないかもしれないよ」チコリーはそう言うとミルレに例の手紙を差し出した。ミルレは早速に文面に目を通し始めた。チコリーはミルレの邪魔をしないようにするため黙っている。ミルレは「なるほど」と呟いた。
「これは中々にミステリアスだね」ミルレは考え深げである。「でも、考えられるとすれば、これってラブレターみたいなものなんじゃないの? この男の子はようするに公園でチコリーに愛の告白をしようとしているんだよ。はい」ミルレは読み終わった手紙を返しながら「ありがとう」とお礼を言った。
「えー!」チコリーは意表を突かれた。「それなら、私には好きな男の子なんていないから、このお話は断らないといけないね? でも、断ることは悪いことみたいな気もする。ミルちゃんはどうしたらいいと思う?」チコリーは意見を求めた。ミルレは尤もらしく「うーん」と言った。
「これは中々難しい問題だけど、ミルミルは好きでもない人と恋人になるのはどうかと思うから、チコリーにその気がないなら、チコリーはきっぱりと断っちゃっていいんじゃないの?」ミルレは月並みなアドバイスをした。「決意はきっぱりだけど、態度は柔らかくするんだよ。まあ、ミルミルはチコリーのことを応援しているから、がんばってね」ミルレは最後にエールを送った。とはいえ、ミルレもしょせんはまだ小学生である。そのため、それ以上はミルレにもなんとも言えなかった。
「うん」チコリーは決意を固めた。「不安はあるけど、なんとか、がんばってみる」
この案件はユリにも報告した方がいいと思ったので、チコリーは手紙の謎についてもノートに付け足しておいた。現時点では謎の手紙がモニカの一件に関与している可能性は低い。
しかし、先月のヤツデはコニャック村において殺人事件と関係なさそうな放火事件を結びつけていたので、チコリーはまた尊敬するヤツデの猿まねをしてみている。
チコリーはこれから愛の告白をされるかもしれない状況に立たされても平常心で時を過ごした。チコリーは元々幼い性格をしているし、根はやはり楽天的なのである。
やがては下校し午後4時になったので、チコリーは問題の公園へ足を運んだ。そこには先客がいた。待ち合わせの場所にはモニカがいたのである。チコリーは意外そうに「あれ?」と言った。
「モニちゃんは何しているの?」チコリーはそう言いながらモニカの横のベンチに座った。「モニちゃんもひょっとして誰かに呼び出されたの? 私は誰かに呼び出されたんだよ」
「そうなんだ」モニカは落ち着いた口調で言った。「実は私もそうなんだ。手紙の差出人は不明だったから、少しは不安もあったけど、チコリーも一緒にいてくれるのなら、私は心強いな」
チコリーにとっては自分の他にも呼び出しのかかった人物がいるというのは予想外のことである。となると、チコリーはミルレが言っていたような愛の告白のために呼び出された可能性は低いのではないだろうかと思った。しかし、この場には4時になっても誰も姿を現すことはなかった。
「ふふふ」モニカは笑い出した。「チコリーってかわいいから、からかうとおもしろいけど、私は嘘ついちゃってごめんね。実はここにチコリーを呼び出したのは私なの」モニカは衝撃の事実を明かした。チコリーはきょとんとした顔をしてから「えー!」と驚きを露わにした。
「そうなの?」チコリーは聞き返した。「でも、手紙の主語は『ぼく』だったよ。それに、私は怒ってないけど、モニちゃんはどうして私のことをここに呼び出したの?」チコリーは純粋な気持ちで聞いた。
「実は一人称が『ぼく』だったのは単純にチコリーをからかっただけなの。チコリーにここに来てもらった理由は私の行動の説明をさせてもらおうと思ったからなの。よく考えてみれば、私としてもそのことを隠してチコリーがもやもやした気持ちを味わうことになることは本望じゃないしね。それとも」モニカは落ち着き払った口調で聞いた。「チコリーは私のことなんて気にしていなかった?」
「ううん」チコリーは否定した。「そんなことはないよ。私はノートにまとめていたくらい気になっていたよ。でも、実は私にもわかっていることはあるんだよ。モニちゃんは隠し事をしているけど、それはモニちゃんを含めた誰かの身に危険が及んでいる訳じゃないんだよね? モニちゃんは謎の行動を取っているけど、その理由は私のことが好きだからなんだよね?」チコリーはちょっぴりと名探偵を気取って言った。申し訳ないという気持ちは今のチコリーにはない。モニカは「うん」と首肯した。
「それは確かにどちらも当たっているよ。チコリーってすごいね。それはチコリーが自分で推理をしてみせたの?」モニカは心なしかすっかりと感激してしまっている。
「えへへ」チコリーは恥ずかしそうにしている。「実は違うんだよ。電話で相談したら、従姉のユリちゃんがそのことは教えてくれたんだ。結局のところ、私には謎が解けなかったから、モニちゃんは解答を教えてくれる? しっかり者のモニちゃんはどうして急に宿題を忘れたり日直の仕事をやり忘れたり給食のエプロンを忘れてきたりしてミスを連発していたの?」チコリーは聞いた。「それには理由があるんだよね? もちろん」チコリーはベンチの上で足をブラブラさせている。モニカは「うん」と応じた。
「もちろん」モニカは続けた。「理由はあるよ。だけど、あれは全てミスじゃないの。私はわざとドジを踏んじゃっていたの。私が宿題を忘れて掃除していたのも掃除したかったからだし、実は給食当番を二週間も連続でやったのも続けたかったからなの。なんでかって言うと、私はクラスの皆の役に立ちたかったからなの。だから、私はサービスしようとして給食をよそりすぎちゃったし、この間はわざと日直を二日も続けてやらせてもらったの。チコリーは私のクラス・メートだから、私はチコリーのことが好きで不思議な行動を取るっていうのは大正解だよ」モニカは幾分か遠い目をしながら事情を話した。
これは少し話に出たが、モニカは5年生の時に今の小学校に転校して来て6年生になってもクラス替えはなかった。クラス・メートは5年生の時のモニカにわからないことがあったら、親切にそれを教えてくれたし、モニカが風邪で学校を5日間も休んでしまった時にはチコリーやミルレも含めた何人ものクラス・メートが励ましの手紙を書いてくれたこともあった。
モニカは6年生の運動会のリレーで転倒してしまった。モニカのクラスはその結果としてビリになってしまったが、クラス・メートは怒るどころか、皆はモニカのことを心配してくれ慰めてくれたということもあった。モニカはそういった恩を返そうとしていたのである。
「恩返しは表で堂々とやるんじゃなくて人知れず皆の役に立とうとするなんてやさしいモニちゃんらしいね? あれ? でも」チコリーは質問した。「家庭科室の血痕はどういう意味なの?」
モニカはそれについても正直に事情を話した。単刀直入に言えば、あの血痕は掃除の時間に保健室にいた男の子の鼻血だったのである。モニカはその男の子が鼻血を出してしまった際に偶然にもその部屋に入室した。その男の子は恥ずかしくて皆に見られたくないと主張したので、モニカはベランダからその男の子を逃がし窓をロックしておいたのである。ところが、チコリーがそこですぐに来てしまったので、モニカには血痕を拭き取る暇がなかったという訳である。チコリーには当然のことながら鼻血を出した男の子のことを口外するつもりはない。チコリーにとってはフェスティバルのような騒動も全ては必然の出来事だったのである。チコリーはようやく「そうだったんだ」と納得した。
「血痕の騒動はやっぱりモニちゃんの恩返し計画の一環だったんだね。私には全くわからなかったよ。それじゃあ、チョークはなくなって現れたこととウサギが消えて現れたことの二つにはどういう意味があったの?」チコリーは興味津々で聞いた。「モニちゃんはこの二つにも関連しているんでしょう?」
推理はもはや面倒くさいので、チコリーは自分で推理をするつもりはない。モニカは「ふふふ」と笑い楽しげである。モニカにとってはこのことが一番おもしろく思えるからである。
「一応」モニカは切り出した。「私も関連してるよ。でも、チョークとウサギの二つの件には意味なんてないんだ。あれは一緒にリコーダーの練習をしていた時にミルミルと考えたんだけどね。あの二つはチコリーを混乱させるために起こした事件だったの。ごめんね。チコリーは怒っちゃった?」モニカはそう聞きながら首を傾げ愛らしい顔をチコリーに向けた。チコリーは「ううん」と応じた。
「私は怒ってないよ。でも、そうだったんだ。道理でノートにまとめてもわからなかった訳だね? モニちゃんは真相を打ち明けてくれてありがとう」チコリーは言った。「私は謎が解けてすっきりしたよ」
チョークの件に関して言えば、ミルレはチコリーが黒板で魚の絵を描いたあとでこっそりと青のチョークを自分の席に持って帰り次の休み時間になるとチコリーが黒板を確認したあとで青のチョークを元に戻したというただそれだけの話だったのである。
小屋に一羽のウサギがいなかった理由は単純にモニカが一羽のウサギの前に座ってチコリーに見えないようにしていただけだったのである。これはお転婆なチコリーにしか通用しない作戦である。モニカとミルレの二人は飼育係の女の子も共犯に抱き込んでいたのである。
そう考えると、ミルレの心境の変化にも説明はつくことになる。最初はやる気がなさそうだったが、ミルレはチコリーをからかうために途中からチコリーの推理に好意的になっていたのである。
「そうだ」チコリーは思いついたことを口にした。「私にはもう一つの謎があるんだった。モニちゃんとは関係のない謎なんだけど」チコリーはすでに頭を切り替えている。モニカは「そうなんだ」と言った。「よかったら、チコリーはそれを私にも話してくれない? 私はチコリーの力になりたいの。だって」モニカはしおらしい。「私はチコリーをからかっちゃったから、そのお詫びはしないといけないもの。もっとも」モニカはしっかりと謙虚なところを見せた。「私は謎解きに自信がある訳じゃないけどね」
「私よりはモニちゃんの方が優秀だと思うよ。断然」チコリーはあっさりと言って退けた。「せっかくだから、モニちゃんはユリちゃんの謎に挑戦してみてね?」チコリーはそう言うとドライブ・スルーの謎を話し出した。モニカは真剣になってその話を聞いた。チコリーの話を聞き終えると、モニカは少しの間だけチコリーからシンキング・タイムを貰った。その間のチコリーはモニカの邪魔をしないようにするため大人しく待っていたが、その甲斐あってか、モニカはうれしそうな顔をした。
「私はもしかしたら答えがわかっちゃったかもしれない。このトリックにはあるアイテムが使われていているんだよね? そのアイテムは誰もが持っている訳じゃないけど、持っていれば、それは誰もが使えるものなんだよね?」モニカは考えを口に出してみた。「それってクーポン券のことを言っているんじゃない?」モニカは小学生にしては聡明な女の子なのである。チコリーは深く考えず「ああ」と言った。
「そうか」チコリーはモニカの推理を鵜呑みにした。「だから、店員さんはお客さんの注文するものを予測できたんだね? あれ? でも、お客さんはクーポン券の商品だけじゃなくて他の商品も頼む可能性があるし、クーポン券は何枚分を使うのか、店員さんはどうやって予測したのかな?」チコリーはモニカに対して聞いた。さすがのモニカも「うーん」と言い困ってしまった。
「そうか」モニカは残念そうにした。「私はチコリーに言い負かされちゃったね? 私は推理力が抜群っていう訳じゃないから、私にはそこまでしかわからないな」モニカは素直に謝った。「ごめんね」
「ううん」チコリーは否定した。「モニちゃんは謝らなくていいんだよ。モニちゃんはせっかく一生懸命に考えてくれたのに、私はケチをつけちゃってごめんね。それに、途中まではモニちゃんのおかげでわかったから、そこから先は私が自分で考えてみる。ありがとう」チコリーは感謝の言葉を忘れずに口にした。
「ううん」モニカはやさしく言った。「私は大したことはしてないよ。秘密は結果的には明かしたけど、これからはチコリーに秘密は作らないようにするね。チコリーと私は友達だものね?」
「えへへ」チコリーはうれしそうにした。「そうだね。モニちゃんには私もなんでも打ち明けるようにするよ」チコリーもやさしい口調で言った。話は一段落したので、チコリーはモニカとお別れした。
ミルレはチコリーに悪戯を仕掛けて喜んでいるが、モニカはチコリーに真相を打ち明けることができてすっきりしている。ミルレはいかにも子供らしいが、モニカは大人なびているのである。
帰宅の途中はずっとユリが出題した問題を一生懸命に考えていたので、チコリーの頭の中はモニカやミルレのことではなく専らそのことだけで占められていた。
結局のところ、チコリーは家についてもユリの問題の答えに辿り着くことはできなかった。チコリーは早速にユリの家に電話しようとした。チコリーはモニカの件が解決したことを話し、あわよくば、ドライブ・スルーの謎の答えも教えてもらおうと思ったのである。
ところが、ユリのスマホはチコリーが電話しても一回目は話中になっていた。そのため、チコリーはしばらくお絵描きをしてユリとの通話までの時間を潰すことにした。
チコリーはお絵描きに熱中していたので、やがては30分が経過した。チコリーはリダイヤルした。今度は幸いにもユリが電話に出てくれた。チコリーは勢いよく「もしもし」と言った。
「大変だよ」チコリーは早口になって言った。「モニちゃんの行動の謎はついに私にも解けたんだよ。というか、モニちゃんは自分で私に答えを教えてくれたんだよ」
「はいはい」ユリは落ち着いている。「興奮してるのはわかるけど、チコリーは少し落ち着いてよ。モニカちゃんはクラス・メートのために掃除したり給食当番をしたりしていたんでしょう?」ユリは名探偵の優越感を味わっている。「ウサギとチョークの件はミルレちゃんとモニカちゃんがチコリーをからかっただけだった。そうでしょう?」ユリは落ち着いた口調で問いかけた。チコリーは「すごーい」と言った。「ユリちゃんは大正解だよ」チコリーは大いに感心している。「実はユリちゃんって天才的な推理力を持っているんだね?」チコリーは挑戦的に聞いた。「ユリちゃんは血痕の謎も説明できちゃうの?」
ユリは冷静に受け答えをした。ユリのその答えは完璧なものだった。血痕は保健室で休んでいた男の子の鼻血だということをズバリと言い当てたのである。チコリーはまたもや感心している。
「ユリちゃんは本当にすごいね」チコリーは手放しで褒めた。「ユリちゃんはまるでヤツデさんみたいだね? でも、ドライブ・スルーの謎はモニちゃんのおかげで私も少し解けたんだよ。お客さんはクーポン券を使ったんでしょう? でも、お店の人にはどうしてクーポン券の何枚を使うのかと他の商品を頼まないことがわかったのか、そこまではわからなかったよ。私はそれでも一生懸命に考えたんだよ」チコリーは言い張った。ユリは「わかった」と理解を示した。
「チコリーは嘘をつく性格じゃないから、それは私も信じてあげる。だから、私は答えを教えてあげるけど、話は簡単なものよ。お客さんは常連でいつも全部のクーポン券を使って飲食を購入していたから、お店の人には何を注文するのかということがわかったの。そのお客さんの家族はいつもクーポン券の商品しか購入していなかったっていう訳なの」ユリは説明を終えた。チコリーは「そうか」と応じた。
「推理する時はそのくらい強引に考えてもいいっていうことなんだね」チコリーは潔い。「私はそれに気づかなかったなんて迂闊だったな。ユリちゃんには完敗しちゃったよ」チコリーは明るい笑顔を見せている。ユリは不意に「ふふふ」と笑んだ。チコリーは不思議そうである。
「やっぱり」ユリは泰然としている。「チコリーがあのことに気づく訳はないか。チコリーは信じやすいものね。それじゃあ、私は最後の謎解きをしてあげる。チコリーはモニカちゃんの一件の謎を解いたのは本当に私だと思っているの? 正直に言って」ユリは赤裸々に言った。「私には安楽椅子探偵のまねごとなんてできる訳がないから、実はモニカちゃんの行動の謎を解いたのは私じゃないの」ユリはそれでも落ち着き払ったままである。チコリーはというと「え?」と虚を突かれた。
「そうなの? あ」チコリーは閃いた。「ユリちゃんはもしかしてヤツデさんに聞いていたの? ユリちゃんは確かにコニャック村で別れる時にヤツデさんとビャクブさんのスマホの電話番号を教えてもらっていたものね?」チコリーは鋭い指摘を入れた。ユリは素直に「正解よ」と応じた。
「チコリーにもちゃんと推理はできるじゃない。チコリーは今じゃなくてさっきも一度だけ私に電話してくれていたよね? あの時の私はヤツデさんと話をしていたの。ウサギとチョークの件は昨日聞いていてから、ヤツデさんは今日に答えを教えてくれたのよ。モニカちゃんとミルレちゃんの密談は大きな手掛かりになったって言っていたけど、ヤツデさんはさすがの推理力よね?」ユリは同意を求めた。それを言われると、チコリーとしては「うん」と頷くしかなかった。
「そうだね」チコリーは相槌を打った。「私が尊敬しているだけのことはあるね?」チコリーは大いなる期待を込めながら質問した。「ヤツデさんはドライブ・スルーの問題も解き明かしちゃったの?」チコリーはヤツデに問題が解けないわけはないと思っている。だが、ユリは「いいえ」と言った。
「ヤツデさんにはだいぶモニカちゃんの一件で面倒を抱えさせちゃっていたから、ドライブ・スルーの話はしなかったの。ただ、この程度の問題なら、ヤツデさんにとっては楽勝かもね。そう言えば、チコリーにはヤツデさんから伝言が来ているのよ。もし、チコリーにモニカちゃんの謎が解けたら、ヤツデさんからは黙っていてほしいって言われていたんだけど、伝言はメモしてあるから、私は今からそのままそれを読み上げるわよ」ユリは傍のメモ書きに目を落とした。ヤツデのセリフは以下のようなものである。
チコリーは明るい性格だから、落ち込んではいないかもしれないけど一応は言っておくね
人には得手不得手があるものだから、別に謎解きはできなくてもいいんだよ
でも、ぼくは何にでも挑戦しようとするチコリーの元気はチコリーの持っている宝物だと思うよ
それはこれからも大切にしてね?
ユリは幾分か得意げにしてヤツデからチコリーへの伝言を伝え終えた。ユリはヤツデとの繋がりを心から誇らしく思っているのである。チコリーはまず「そうか」と言った。
「ヤツデさんは私のいいところを見つけてくれたんだね? それじゃあ」チコリーは決意を新たにした。「私はこれからも色んなことに挑戦していくことにする」チコリーは元気なところを見せた。
今のヤツデのセリフはチコリーがモニカの謎を解けないことを前提にしているので、実はヤツデもどうしようかと迷った。だが、チコリーのことは元気づけてあげたいと思ったので、ヤツデは諸刃の剣でもあえてユリによって言伝をチコリーに伝えてもらうことにしたのである。
当のチコリーはヤツデの心配なんてどこ吹く風である。チコリーには伝言に込められた非常に微妙なヤツデの葛藤など気づいてすらいない。チコリーはやはり単純なのである。
「それはいいことかもね」ユリは感情を込めて言った。「私もその方がチコリーらしいと思うよ。全ての謎は解けたんだから、私はすっきりできてよかった」ユリはすっかりと安堵した様子である。
その後のチコリーはユリと他愛のない話をして通話を切った。夕ご飯になると、チコリーは食卓において父と母に対してもモニカの一件の一部始終を話すことにした。
父と母はチコリーがそんな謎に挑戦していたことにびっくりしていたが、ヤツデの言葉には大いに賛同してくれた。ヤツデの評判はチコリーの父と母もよく知っているのである。
翌日になると、チコリーはモニカと今まで以上に打ち解けることができるようになった。チコリーは怒っていないが、ミルレはチコリーを混乱させてしまったことについてきちんと謝った。
ミルレには何も悪気があった訳ではないのである。ミルレはチコリーとの仲を「ソラシの親友♪」と言っているとおり、チコリーとミルレの二人の関係は仲良しのままである。
戯れで人をおちょくること・悪意のある嫌がらせをすることの二つの線引きは受け手によってなされるが、戯れなのだとしたなら、その時は相手を気遣う思いやりを忘れてはいけない。チコリーとミルレは今回の一件でそのことを教えてくれたのである。




