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7.漢、いつもながらに感謝する(腹心は大変)

 嫌な予感は双方ともだった。


 いちおう乱戦の態を取っている帝国第十三騎兵団と龍人兵団である。

 もちろん建前の戦闘だ。


 ユリウスの拘禁は、どうやら一部の権力者による強権が発動されたものらしい。勝手な戦線離脱の処罰とまた別の思惑による投獄ではないかと疑われる。国家反逆などと御大層な罪状は当人へ向けての脅しも含んでいたか。獄中期間が長くなるような嫌疑にしたかったのかもしれない。

 難癖に相当する程度であったと考える最大の理由は、ドラゴ部族の侵攻にあっさり拘束を解いたこともある。


 陰謀を巡らせていた連中も、自国に侵攻という脅威を最優先せざる得ない。

 だが多少なりともユリウスをこらしめてやれただろう、と考えたはずだ。


 まさか、だ。

 囚人同様の扱いでぶちこんだ牢屋で、夜な夜な看守と恋愛について激論を戦わせていたなど想像つくはずもない。四天(してん)相手では出来ない恋の相談ができて充足感を覚えていたなど、夢にも思っていない。

 なにせユリウスは出陣のため牢から出るなった際は、とても残念そうな顔をしていた。いつか自分もユリウス様の下で働きたいです、と新人看守リースの訴えにようやく顔を晴らしたくらいである。まだまだ話していたかったに違いない。


 それでも屋敷へ戻れば、ユリウスは反省頻りとなった。

 プリムラの、ほっとした笑顔がたちまちにして歪む。すみません、と両手で顔を抑える姿に、いかに罪作りであったか気づいた。

 まだまだ夫となるには相応しくない、とうなだれる想いを味わった。


 落ち込んだ時は、ともかく剣を振るう。

 ユリウスがこれまで心がけてきたことだ。気持ちを改めるには身体を動かすに限る。ついでに緊張感も付与されれば、なお良い。婚約破棄された際はいくら素振りしても振り払えなかったが、戦場なら目前に集中できた。特に強敵ならば言うことはない。


 今、目の前に立ち塞がる相手は、まさに格好な相手だ。龍人(りゅうじん)の猛将アーゼクスこそ、これ以上に有り難い者はいない。

 派手な音を立てて交錯させた刃を挟んで、まず感謝を述べた。


「今回のこと、ドラゴ部族にして最強、いや大陸最高の強者(つわもの)であるアーゼクス並び共に戦場へ出てきてくれた龍人兵に礼を言いたいぞ」


 顔も間近なアーゼクスが、ふっと笑う。


「礼はこちらこそだ。我ら部族は安定した生活を送れるようになった。これもユリウスとその婚約者のおかげだ。それに、大陸最強の名はそっちへ渡すぞ」

「何を言う。こうして俺の全力の剣を受け止めてくれる者は、広い大陸においても、アーゼクス、おまえだけだ」

「それでも前の戦いで、跳ね飛ばされたがな」


 自嘲をすべらせるアーゼクスだが、たちまちにして顔つきを不審へ変えた。どうした、ユリウス? と尋ねる。


「確かに俺は押し返した。だがそれは王女に危険が迫っていたからだ。なにがなんでも向かわなければならなかった。だからあれは本来の力ではない」

「なにを言う、ユリウスよ。愛ゆえのものならば、本当の力を発揮させてくれる相手と出会えたということではないか。大事にするがいい」

「そうなんだ、大事にすべきなんだ。なのに俺は泣かせてばかりだ」


 ぐっとユリウスが歯を噛み締めている。

 アーゼクスも苦しみを分かち合うような表情をした。


 ちなみに両者は顔付近で大剣をかち合わせている。死闘の体裁を取っている。いちおう膠着状態に見える。


 だが両者の近くで事情を知る者たちの耳には、注意の警報が鳴りだしている。

 すまないがちょっといいか、と第十三騎兵団長槍騎兵長のイザークが睨み合う龍人兵へ声をかけた。腕の一部が硬い鱗に覆われている正面の相手とは面識ある。アスカードといった名であったはずだ。


「猛将アーゼクスにうちのユリウスが、またなんか変なこと言ってそうな気がするんだが」

「あの調子だと、こっちの戦闘頭(せんとうがしら)もおかしな感じで答えていますよ。おかしなのはユリウス様に限りません」


 どうやら腹心同士、想像することは同じらしい。嘆息を吐きたい衝動に駆られるのも同時だった。


 いかなる時代も情報は必須だ。況してや戦乱の世として各国が凌ぎ合うメギスティア大陸である。帝国だけでなく他国も戦争の行方を見届けようとする目は光っている。

 これがシナリオのある戦いだと悟られてはならない。


 両陣営とも自分の指揮官に信頼は寄せている。

 基本は、絶大なほど、である。

 基本とする注訳が付けるしかなくなったのは、特にここ最近だ。

 帝国の騎士と龍人の戦闘頭は敵ながら刃を交わしているうちに理解し合うどころではない。

 ウマが合って、意気投合する仲となっている。

 友情が先走って周囲が見えなくなる仲良しぶりである。


 イザークとアスカードの思惑は一致した。疑似戦闘を繰り返しながら、大剣を突き合わせている指揮官たちへ向かう。声が聞こえるほど近づけば、腹心二人の眉根は寄った。やはりとする以上の会話が交わされていたからだ。


 熱くユリウスが語っている。


「俺は自分が許せない。看守との話しに興じて、しばらく牢から出なくてもいいなどと考えてしまった。泣きだした婚約者におのれの浅はかを知った。俺は自分が許せない」

「なら、全力でこい、ユリウスよ。おのれへの怒りは剣を振るうことでしか払えないものだ」

「わかってくれるか、アーゼクスよ」

「ああ。それにこっちとしてもやり合える相手が全くいなくて、うずうずしていたくらいだ。潰すくらいの勢いで、こいっ!」

「嬉しくなるな、なら本気でいくぞ!」


 ぶつかっていた双方の大剣から弾かれる音が立つ。

 ユリウスとアーゼクスの両者に、間が出来た。

 助走をつけるため距離を取ったことは誰の目にも明らかだ。


 イザーク及びアスカードの腹心とする者の頭は痛い。

 はぁー、と自然に吐いた二人の嘆息はぴたり揃っていた。


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