8.漢、恋のテクニックについて語る(直接相手に)
はっはっは! 酒場の一角を豪快な笑いが支配する。
「いやぁー、すまんすまん。でもなんだ、ほら。気分はすっきりだ」
木製ジョッキを片手にするユリウスは上機嫌そのものである。
無論、戦闘中に頭を痛めた側は、すんなり良かったな、とはならない。
「ユリウス、おまえなー。心底こっちは肝が冷えたんだぞ」
ユリウスとアーゼクスの激突は凄まじい。大陸において、どちらが最強とする二人の剣戟である。太刀の重さもさることながら、速さも尋常ではない。
外から間に入るなどと自殺に近い行為だ。だからといって一方だけを止めても、動きを鈍らせたほうが大怪我しかねない。
イザークとアスカードの両陣営の腹心は息を揃えなければならなかった。
両者が大剣を渾身の力をもって突き合わせた、まさにその瞬間だった。
「ユリウス、プリムラ王女が見守っているの、わかっているか」
「戦闘頭、オルフェス様に度が過ぎた行動と言いつけますよ」
ぴたりと動きが止まった。余人の介在を許さない凄まじい剣戟が、途端に止んだ。
あまりの効果絶大さに、声をかけた二人の腹心が引いてしまったくらいである。
「まったく、それから戦況の体裁を整えるのは本当に苦労したんだからな」
冷静さで売るシュミテット子爵子息のイザークが滅多にしない荒れ方である。
まぁまぁ飲んでくださいよー、とヨシツネがジョッキをあおるよう勧めている。
「姫、どうだろう。我々は上手くやれたかのぉ」
顎髭を撫でながら重装騎兵長のアルフォンスが穏やかな目を向けた。四天と呼ばれる他の三人よりプリムラの昔を知るだけに親しい雰囲気が両者の間にある。
ちょこんとユリウスの横に腰掛けるプリムラは粗末な外套で身を覆っている。黄金の髪はフードで隠すが、本人の持つ気品は衣服ごときでは覆い隠せないようだ。紹介をする前から三月兎亭の親子に、噂の婚約者と正体を悟られたくらいである。
「はい、誰の目からでも本気の戦いと見とれたはずです。大将戦はそれはもうハラハラさせられました」
プリムラの所感に、ユリウスは気を良くした。
「全力で剣を振るうと身も心も洗われるようだ。まったくアーゼクスには感謝だな」
「出来れば滝に打たれるくらいで叶えて欲しいものなんだが」
ぐいっとあおったジョッキをテーブルへ置いたイザークの口から飛び出てくる。
はっはっは、とユリウスは笑ってからだ。
「あの程度ではハットリが言う修行にならんからな。まぁ、あれはあれで身体はさっぱりしていいものではあるぞ」
ニンゲンじゃない発言してますねぇ〜、とヨシツネが呟いているところへだった。
「お姫様、本当にうちの料理で大丈夫?」
いつもなら「お待たせ!」と威勢いい声で皿を置く三月兎亭の看板娘が慎重でくる。
「お気遣いありがとうございます。でも王族育ちといっても、第八の位置づけであれば食事は市井のものとは変わりなく過ごしておりました。だから早く食べたくなっています」
「そう言ってもらえて嬉しいけれど、やっぱりお姫様よね。笑顔が眩しいわ」
お盆片手のファニーは残る手で光りを避けるみたいにお茶目な仕草を取った。
「良い方ですわね、しかもなんか可愛らしいし」
厨房へ戻っていくファニーの背へ視線を送るプリムラは、料理より人物評を先に口にした。
主人ご自慢の焼き豚足へユリウスはフォーク代わりにナイフを突き立てる。
「もちろんだ、気立てのいい立派な娘さんだ。可愛らしくもある、王女ほどではないが」
悪びれないから、言葉の威力は増す。
ぽっとプリムラの頬がとても赤らんだ。
からかえる好機を、ヨシツネが逃すはずはない。
「さすが恋している男は言うことが違いますねー」
「ばばばば、バカ。本人の目の前で言うな。知られてしまうではないか」
慌てまくるユリウスは相も変わらずズレている。
アルフォンスとベルだけでなくイザークでさえ笑わずにいられなかった。
「しかしあれですね。婚約破棄で暗かった前回と比べて、今回は見違えるようですよ」
ヨシツネらしくなく、しみじみ言う。
骨まで噛み砕いて食しているユリウスは急いで飲み込んだ。まったくだ、と同意してから、プリムラへ向き直る。頭を下げながら言う。
「婚約してくれたにも関わらず、俺はダメな奴だ。なにせ王女が出獄するよういろいろ思案してくれているのに、こっちは牢にまだしばらく居てもいいなんてと思っていた」
「そんな気にしないでください。わたくしはユリウスさまの婚約者として当然なことをしたまでです」
「いやいや、それがあるのだ、王女よ。どうしたら俺を嫌にならないか、付き合い出してからが勝負とする意見を聞いてな。いかに女性から捨てられないか。その一つの方法として刺激という話しをリースと共に詰めていた」
すっかり親しい者として看守の名前が出している。プリムラは承知しているが、アルフォンスやイザーク辺りになると、いったい誰なんだ? と不審な顔をしている。
リースの名を初めて聞く二人へベルが説明しているなか、ユリウスはプリムラへ続ける。ちなみに頭は下げっ放しである。
「リースが言うには、女性は安心を欲しながら退屈は嫌う向きがあるそうだ。ただ愛しているだけではダメだというのだ。少し心配をかけるぐらいがいいそうだ」
「難しいお話しをなさっていたのですね」
がばっと顔を上げたユリウスだ。いきなりで勢いよくだったから、事の次第を見守っていた男連中は驚いた。テーブルを囲むなかで紅一点のプリムラだけが、平然として言葉を待っている。
話したい相手が普段通りならば、ユリウスは周りなど気にしない。
「そうなんだ、難しい恋のテクニックというやつだ」
うわっと書いた顔でヨシツネは戦友たちへささやく。
「顔に似合わないセリフを口にしてる自覚は……あるわけないですよね」
「吾輩としては、恋のテクニックを使う相手へ直接に真顔で語っているところが気になるのぉ」
髭を撫でながら言うアルフォンスはとても愉快そうである。
イザークにすれば絶対に聞き逃せない。熊かゴリラとされる風態にそぐわない話しの先が、どう展開していくのか。わくわくしながら耳を澄ましていた。
ユリウスの続きが聞こえてくる。
「恋人の心をつなぎとめるためには駆け引きも必要だ、と主張されてな。つまりおまえだけだとする態度よりも、他にも気を惹ける相手がいる、くらいの余裕を持ったほうが長い付き合いになれるのではないか。そういう感じのことを話していたんだ」
牢屋でそんな話しをしていたのか。感心する者と呆れる者と微妙な者と笑う者。四天の四人は四様の反応を示していた。
「そうですね、ユリウスさまは素敵ですもの。誰かのお気持ちを奪うくらいのこと、できますよね」
少しプリムラが落ち込んだ様子を見せてくる。
やっとユリウスは己の大失敗に気づいた。今頃になって、言うべき内容ではないし相手でもなかったと悟れば、汗をかかんばかりに訴える。
「まままま待ってくれ、王女。そそそそうじゃなくてな……」
闘神と名高い大男が、なんだか泣きそうになっている。
ちょっと口を挟んだほうが良さそうか。同席の者たちが考え始めた頃だ。
実に良いタイミングでやってきてくれた人物がいた。




