6.恐妻家、怒られる(配下の者に)
ロマニア帝国内に不安がはびこりだしていた。
敵の侵攻はまだ国境へ至ってはいない。
増員はかつてない規模で行われた。
第二と第五に加え、雇った傭兵の数は一万に昇る。
較べて敵兵の数は千五百だ。
帝国側が圧倒できて然るべきだった。
通常の相手ならば。
「なんだ、なんということだ。こんなに弱いのか。ユリウスがいない、いや違うな。ユリウスの下でない帝国兵は、まるで別物ではないか」
龍人の戦闘頭は敵へ叫ぶ。嘲ってではないから実情を表した意見だと知れた。
聞いた帝国の騎兵はますます尻込みしてしまう。崩壊気味の戦線へ、さらなる負の連鎖をもたらしていく。
「どうだ、せめて個人の力量で試したいとする者はいないのか。このアーゼクス、望むなら一騎討ちに応じるぞ」
ただでさえ人間の膂力より三倍から五倍近くあるとされている龍人である。その中でも特別な強者であり、メギスティア大陸において比肩するは闘神のあだ名を持つ帝国騎士だけとされている。
応じるより先に帝国の騎兵は逃亡あるのみであった。
こうしてドラゴ部族の侵攻はついに為された。
ところが困った困ったとなった側は勝利したほうだった。
「どうすれば、いいんだ。これからー」
完全に敵兵を蹴散らした戦闘頭のアーゼクスがわめく。
傍にいた龍人の青年兵は呆れたように具申ではない、意見をした。
「だから言ったではありませんか。依頼は派兵された帝国兵を少々蹴散らすだけでいいとされていたのに、どんどん前へ進むんですから」
「しょ、しょうがないだろ。ほら、あれだ。我らが威容を誇れば誇るほど、ユリウスも早く戦場へ復帰となるかもしれないではないか」
もっともらしい理由をつけて誤魔化そうが見え見えだ。
はぁー、と思わず吐く龍人兵の名前はアスカード。大陸全体に猛将の評判を響き渡らせているアーゼクスの常に傍へある。腹心として過ごす月日が遠慮がなくなるというより、忌憚ない意見を言わなければいけない立場を自覚するに至った今日この頃である。
「大恩あるプリムラ王女の頼みであれば、我々としても出来る限りのことはしますよ。ですが敵領内へ深入りしないようにも指示がありませんでしたっけ? 感謝の形はいずれハナナ王国から送るから、当面は来た帝国兵にダメージを与えてくれでしたよ」
まいったな、とアーゼクスが返してきた。
まいったのはこっちですよ、とアスカードは胸の内でごちる。以前に第十三騎兵団と秘密裏の会合を行った際のことが頭にすぎる。ユリウスの腹心とする人たちと親しくしゃべらせてもらえば、指揮官にどれほど苦労しているか。とても他人事には思えなかった。
戦場ではこれほど頼りなる人もいないが、それだけに暴走されたらどうしようもない。
ドラゴ部族の兵はあと少しで帝国領内へ届くほどアドリア公国の奥まで進撃してしまった。予定を遥かに越えた位置へ到達している。
「どうしますか。もう食料はほとんどありませんが」
「ここまで戦っておきながら腹を減らすなど不憫でならん」
「では現地調達しますか」
部下の具申に、一旦の間を置いてからアーゼクスは怒号を響かせる。
「そんな真似したら、我ら部族の食料問題を解決してくれたプリムラ王女やその婚約者であるユリウスに顔向けできなくなるだろ!」
却下されたにも関わらずアスカードは会心の笑みを浮かべた。以前なら人間相手であれば略奪を厭わなかった。今や心境は大きな変化をきたしている。自分だけでなく指示を仰ぐ者も同一の心持ちへなっていれば、素直に嬉しい。
これでまた第十三騎兵団の連中と機会が持てる。
「では今晩は我慢としますか。それとも夜を徹して引き上げます?」
「いや馴染みの薄い土地における暗闇の行進は危険だ。敵が潜んでいないとは言い切れないからな。取り敢えず、ここで野営して、明るくなり次第に引き揚げよう」
猪突猛進すぎて問題を起こすが、判断を正す早さもある。ユリウスといい、猛将と噂に上がる者の特徴なのか。なんだか可笑しみを覚えつつアスカードは指示を伝えるべく「では」と行きかけた。
「たいへんです!」
息せき切って龍人兵の一人が駆け寄ってきた。アスカードと同い年のエルクウィン
だ。
どうしたんだ、とアスカードもまた動揺に誘われるまま問う。
「に、に、人間が来ました。騎兵じゃない、普通の人間が」
「ユリウスのところの者でなければ、どこの者だ」
アーゼクスが沈着だ。すっかり戦闘頭の顔へ戻っている。
「アドリア公国の者だそうです」
「侵攻した亜人に何の用があるというでしょうか?」
アスカードの伺いは答えを求めるというより次の指示を待つためだ。
「取り敢えず武器を持たぬ者たちであれば、ともかく会ってみよう。ただし暗殺者類いの用心でこちらは武装を解かずの会談となるが、それでも良ければとする旨を先方に確認しろ」
やはり我らの指揮官とする判断が龍人の青年兵たちの意識を奮い立たせていく。
闘志をみなぎらせて挑む龍人兵だったが、会談の早々において緊張は解かれてゆくのであった。




