8.漢、婚約者と行方不明(すぐ帰ってきます)
二人が行方知れずとなっていた。
おかげでヨシツネは皇宮の門前で立ち話しとなった。不機嫌極まるイザークの相手をさせられることとなる。
「大丈夫ですよ、副長……じゃなくて宰相でしたっけ」
「公の場でなければ、従来通りでいい。ヨシツネ辺りに、変に畏まって言われると気味が悪い。イザークでいい、イザークで」
いつになく刺々しくて、ヨシツネはベルを真似するように肩をすくめる。たいていが副長で、イザークなどと呼び捨てがあったとしても、ほんの稀だ。全くして、らしくない。余程頭にきているか、それとも心配しているのか。まぁ、どちらにしてもだ。
組んだ両手をヨシツネは頭の後ろへ当てて、のんびり口を開く。
「いくら王様になるって言っても、闘神とする強さが変わるわけじゃないですからねー。そんなに心配しなくてもいいんじゃないですか」
「誰がユリウスの身の安全を懸念していると言った。それにプリムラ王女が一緒なら、無敵の強さになる。どこへ行こうが心配はしていない」
そうなのか? とヨシツネがする顔へ、イザークは立て続けに解説を入れる。
「今のユリウスは強い。プリムラ王女を抱いていた時は、バケモノを超えていた」
あまり良くない喩えだとヨシツネは思うものの、訴えの部分は共鳴する。
ようやく傷の癒えたプリムラがやってきた。帝都から王都になるベクセンへ馬車を走らせてきた。停車するなり扉を開けて、出迎えたユリウスの胸へ飛び込んだ。
二人の抱き合う姿は男女の色恋に対し冷めた目にも感動的に映った。目撃した誰もが二人の幸せを祈った。
「団長じゃねーや、王様も婚約者とお久しぶりですから、どっか二人で出かけていってもしょうがないんじゃないですか」
「私はユリウスがプリムラ王女と、どこかへ行ったことを怒っているのではない」
誤解するなとばかりイザークの口ぶりは荒い。
てっきり行方を暗ましたからと考えていたヨシツネであるから、「じゃ、なんですかね」となる。
「私が作成した書類をしっかり目を通しておけといったんだ。今晩中に意見を求めると伝えたにも関わらず、出かけるとはどういう了見だ。まず読んでからだろう、どこか行くにしても」
なんとなーくヨシツネは予想が付いたものの、取り敢えず訊いてみる。
「それで副長が団長に読んでおけとした書類は何枚、あるんです?」
「二百四十三枚だ」
細かい数が嘘でないと証明してくる。ならばヨシツネの気持ちはぐっとユリウスに寄る。
「そんなの読んでいたら、夜までかかってしまいますよ」
「そこまでかからないだろう。私が一時間半で読み終える程度のものだ。ユリウスなら三時間、せいぜい四時間もあれば済む」
なら夜とまで行かなくても夕方まで充分にかかるじゃないですか、とヨシツネは返しかけて呑み込んだ。
なぜなら、ぎょっとしたからだ。
いきなり目の前に、スタッと降りてきた。
黄色い体表に黒の縦縞が走る。四つ足で大きい獣だ。
ここは皇宮から王宮となる場所だ。しかも思い切り外門へ通じる道だ。幸い現在は無人なだけで、ここは人通りだ。
イザーク、と大虎にまたがるエルフが呼ぶ。亜麻色の髪に名の由来となった瞳が印象的な男の子に見えなくもない少女だ。
「ユリウスとプリムラ、見つけたよ」
「そうか、見つけてくれたか。グレイ、相変わらずキミは素晴らしい」
イザークとグレイの会話が交わされるなか、ヨシツネはそれもう全力で引き退る。近くの木影から、こっそり窺う体勢へ入っていた。
「なにをしているんだ、ヨシツネは。さっさと出てこい」
真実にわかっていないのか、わざと言っているのか。イザークの真意はどうあれ、あんな大型の虎の前へ平然と立てない。
「ごめん、やっぱり怖くて当然だよね」
大虎に乗るグレイのほうが気を遣ってくる。おかげでヨシツネは逃げ出すまでいかずに済んだ。
「ワリぃー、こっからでもいいか、話し聞くの」
「情けないぞ、ヨシツネ。これから王都の防衛隊長を務める人物が、そんな弱腰では困る」「そう仰いますがね、副長じゃねーや、宰相閣下。大虎を使役するなんて、エルフのほんの一部の者だけじゃないですか。別に備える必要ないでしょ」
「私がヨシツネに抱くもう一つの懸念として、大虎をいつまでも危険な獣として捉えている、その性根だ。人間亜人関係なく共に歩もうとする社会において、大虎を避けて通ろうなど由々しき考え方だろう」
だから、とイザークはグレイへ向く。どこにも行かなくていい、と伝えた。
ヨシツネにすれば、こいつはー、と内心で毒づく。なんで人種の差別問題に大型食肉類の猫科に属する動物を紛れ込ませる。無茶な方便は彼女をそばに置いておきたい、見え見えな感情からきている。しかもグレイが「うん、わかった。このままいるよ」と素直に従っている。
何も疑わないグレイに、大丈夫なのかよーとヨシツネは言いたい。でも指摘したらしたで、何となくだがイザークの報復がありそうな気がする。かなりヤバそうな感じできそうだ。
ヨシツネは黙って木にしがみついたままとした。
グレイが報告しだしたこともある。
どうやらユリウスとプリムラはある屋敷を見ていたらしい。声をかけるのが憚れるほど感慨深そうに、じっと眺めていた。やがて二人は周囲を巡りだす。何やら楽しげに会話を弾ませながら、ゆっくり辺りを廻っていた。
イザークが住所を訊いて答えが返ってきた時、あっとヨシツネも声を挙げた。
訪れた屋敷はユリウスが騎士団長だった頃に与えられた住まいだった。プリムラが婚約者としてやってきた折りに、初めて同じ屋根の下で暮らした場所だった。
「そういえばユリウスから侍女長に金を持ち逃げされたなんて聞いたな」
あのイザークでさえ懐かしそうに語ってくる。とても思い出は深い。おかげお怒りだった気持ちはだいぶ和らいだようだ。
直に戻ってきたユリウスに文句を言うより、先に確認をしたくらいだ。もしあれなら別邸として確保するが、どうする? と。
するとユリウスはプリムラと顔を見合わせた後だ。はっはっは、とまだ木陰に隠れるヨシツネの耳の奥まで届く高笑いを挙げた。
「いや、いい。あの屋敷は別の家族が幸せそうに住んでいた。子供が庭で遊んでいたりしてな。俺たちにとって、これ以上はなかったぞ」
そうか、とイザークの返事も心なしか幸せそうである。
グレイも微笑めば、優しい空気が流れだす。
きゃあー、とミラの絶叫で立ち話はお終いとなった。年配の宮女は泡を吹いて卒倒している。
ごめん、とグレイが謝りながら大虎ごと近づこうとするから、しょうがねーなとヨシツネは勇気を振り絞って木陰から出た。ユリウスだけでなくイザークの動きも悪い。泡を吹いてぶっ倒れたミラだ。間違って意識を返した時に顔の前へ大虎がいたなんてなったら、心臓を止めてもおかしくない。
ヨシツネからすれば大虎をちっとも怖れない連中には困ったものだ。
もっともその晩、イザークの二百四十三枚に渡る書類の内容を確認したらだ。これからの困難を自覚させられた。




