7.漢、泣く(人生一回きりだそうです)
悲劇が訪れたほうはどっちなのか、もうわからない。
すまん、と両手両膝を床へ着くままユリウスは泣いた。俺はヒドいヤツだ、と男泣きをした。
まずエルフのシルフィーが屈んだ。
「いいのですよ、ユリウス様。一人の女性と決めたら、とことん貫き通す御方であるくらい承知しております」
そうそう、と翼人のレオナが続く。こちらは立ったままだ。
「王女さんが死にそうな目に遭っているからな。その存在が身に沁みているだろ。ならもういいから、大事にしてやれよ」
おまえら、とユリウスは顔を上げた。シルフィーの手を借りて立ち上がる。ごしごしと目許を拭う。
「俺はもう二度と泣かん。涙を流すのは、生涯において今回だけだ。ああ、誓う、誓うとも」
と、また目許へ上腕部を当てて泣き出した。
シルフィーとレオナに微笑みが浮かぶ。暖かな空気が漂う。
なんて感動的な場面だと捉える者もいるだろう。涙に誘われた顔がちらほら見える。
第三者的立場から眺めているせいだろうか、ヨシツネとベルの心境は複雑だ。
辛い婚約破棄を散々されたくせに、婚約破棄をする。確かにユリウスからすれば身を切るような想いだろう。
でもなぁ、と二人は揃って考える。
人生一度きりで流す涙が、これかよ! と言いたい。もちろん婚約して破棄するなど、なかなかな重大事と理解しつつもだ。所詮は男女ごと、もっと号泣すべき人生の場面があるような気がしてならない。
ドワーフの部族長フンギがユリウスに近づいている。まだ五歳と幼いながらも婚約者のマギの父親である。ユリウス王のお気持ち、娘にも伝えておきます、と優しく告げてくる。
申し訳ないとばかりユリウスの泣きはいっそう高くなった。
「儂は反対だ。婚約破棄など認めんぞ」
いきなり不穏な意見が挙がった。注目は魚人族に用意されていた席へ向かう。
慌ててハリアが隣りで立ち上がった人物の袖を引っ張る。父さん、と困りきった声に顔だ。それども息子の制止を振り切って、小太り気味の年配者は腕を振り上げた。
「ユリウスに婚約破棄などされてたまるか」
なんだ、と名を呼ばれた漢は振り返る。涙どころか跡までどこかへ行っていた。けろりとして相手をみれば眉根が寄っていく。
「おい、デボラよ。俺はおまえと婚約した憶えはないぞ」
「気持ち悪いことを言うな。なんで婚約破棄の話しが儂になる。娘だ、娘のことだ。ユリウス、エルナとは会っただろう」
「もちろんだ。プリムラの看護で大変世話になった。感謝はしてもしきれないぞ」
「ならば話しは早い。我が娘エルナと出会ったら、魚人族からの婚約者とするようになっていただろう」
はて? とユリウスはイザークを見る。
「そんな話しにあったか」
「いや私は聞いていない」
即答のイザークはヨシツネとベルを呼んだ。二人に巡ってきた正式な出番だが、やったことは一言を発するだけである。知りません、と。
ええいっ、とデボラが切羽詰まるあまりだ。
「儂は、王になろうともなるまいとユリウスから『父上』と呼ばれたかったんだ。こんなに可笑しな息子を持てたら楽しいのは間違いないからな」
ぶっちゃけすぎな気もしないでもないが、ディディエ卿のみならずリュド王までうなずいている。どうやら的はど真ん中を射ていたらしい。
もっとも評価された当人は不満なようだ。
「デボラよ。俺は婚約破棄を三回されながら、婚約破棄を行うような男だ。ヒドくてしょうもないヤツと罵るが普通だろう。第一、エルナには好きな男がいるようだぞ」
いきなり爆弾発言をぶっこんでくる。おかげで、父親として我慢ならんとデボラは顔を真っ赤にさせた。
「なにっ。誰だ、相手は」
「いや、あくまで俺の勘だ。誰だか知らんが恋はしているようだと感じただけだ。それよりデボラよ、連絡は取ったのか。久しく会っていないのだろう?」
うっとデボラが声を詰まらせたところで、息子であり長のハリアが出張ってきた。ユリウス王の仰る通りです、と父親を席へ戻す。まず姉さんと連絡を取りましょう、と提案してはリュド王へ頭を下げていた。
ほっとイザークが安堵の息を吐いた。
人間亜人の代表が一同に集まる大会議。これは大事な一歩目だ。それが何だか政から離れて、普段の調子になっている。仲間内なら愉快ですむが、公事の場では先行きが思い遣られる。
我らの智将も大変だ、とヨシツネ及びベルはイザークへ気の毒とする視線を送っていた。
しかし気苦労が終わったなどとするにはまだ早かった。ユリウスのいろんな人物と気の合う弊害が出た。
ああ、そうだ! とアーゼクスがいきなり大きく挙げてきた。
「そう言えば、龍人からユリウスに婚約者、出してなかったな。今からでも遅くないよな」
もうその話しは終わってますと、誰が言い出すかの状態であった。これまで何も聞いていなかったのか、と訊きたくもなる。変な性質までユリウスと通じないで欲しい。そうイザークは心底から思っていた。
「やめろ、俺は婚約なんか金輪際、もう絶対にしないぞ!」
ユリウスもたぶん人生でこれ一度きりとする悲鳴に似た絶叫を挙げていた。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
王国記録官として長く辣腕を振るうことになるウィリアムは、ユリウス王がこの大会議を境に起こった変化についてこう記す。
婚約破棄され続けた情けない男から、婚約破棄したしょうもない男へ、謳い文句が変わった、だそうである。




