5.漢、抵抗す(諦めが肝心かと思われます)
二人の女性を前に、ユリウスの両手両膝は床へ落ちていた。もはやお得意な、と言える格好である。
「ますます四つん這いが板に付いてきてますねぇ〜」
ヨシツネは愉しくてしょうがない様子だ。
「でも身分が上がっていって土下座が絵になっていくなんて、どうなんだろ」
ベルは、いいのかなぁ〜といった感じだ。
イザークは何も言わない。内心で思うだけだ。やはり一緒にいると面白い。
歴史的な会議で、まさかユリウスが床に這いつくばるなど誰が予想しよう。
本日、帝都ベクセンには錚々たる人物で溢れかえっていた。
龍人とエルフに魚人、ドワーフといった国家を形成している種族のみならず、翼人に狼人といった少人数の種も加わっている。全亜人の代表がやってきていた。ただし翼人はレオナだけであり、狼人に関すればルゥナーが一人残るのみだ。絶滅は避けられない種族、でもだからこそユリウスは参加を呼びかけた。
人間国家の代表団も続々と詰めかけている。グネルス皇国は無論のこと、アドリアとピュザンとトラークーの三公国はそれぞれできていたし、ハナナ王国にエルベウス辺境伯も出席している。
帝国皇宮の広間にて、ずらり勢揃いしていた。
壮観とすべき顔触れだけあって緊張感も高い。前代未聞と言える面子が集合しなければならないほど、重要な会議だ。各国の今後を左右する話し合いになるとテーブルに着く誰もが強く自覚している。
まずイザークが中心となって調査報告が行われた。
ユラン皇帝以下ロマニア帝国の要人が、どこへ姿を暗ましたか。このたびの敗戦で第七騎兵団フリッツ騎士団長を始めとする騎士や騎兵の動向から推察が立った。
行く先はグノーシス賢國ではないか、と。
「賢國は教皇の教義を受け入れられるなら、誰でも自国民とします。人間に限るという条件が付随しますが」
立ち上がって説明するイザークの横で、ユリウスが腕を組み座っている。うんうんと首を振っていた。龍人族のダイロンやアーゼクスもまた深くうなずく。先の戦さで帝国の加勢にきた賢國を目の当たりにしていれば充分に了解できることだ。
魚人族が集うムート立国の若き長ハリアは噂のみでしか知らない。なれば当たり前とする疑問を口にする。
「しかし帝国と賢國は長き戦争状態にあったと聞き及んでいますが」
「それは両国の上層部同士が示し合わせたうえで行われた戦闘行為だったと考えられます。我々が帝国第十三騎兵団としていた頃、不審な掣肘はよく受けていました。まるで大勝をさせないかのように」
「いったいなぜそのような民の命を削るような真似を。国民の数が減る自体が損害でしょう」
「戦争がもたらす利権を求めてで、間違いないと思われます。あとは他国へ敵愾心を持たせて自国へ向くはずの不平不満を逸らした、と推測します。いずれも子孫の量産が可能な人間国家ゆえの発想です」
わかりました、と魚人族の長ハリアは腰を椅子の奥へ戻した。
困ったものだな、とユリウスは口の中で呟いている。
イザークは淡々と報告を続けた。
これまで帝国と賢國の上層部による密約は状況証拠でしかなかったが、ここへ来て確証を得られた。
帝国第一騎兵団騎士団長であり帝国騎兵団統括騎士団長でもあったヘッセン・シュタットの所在を発見した。南部のとある古城へ監禁されていた。どうやらウィリアム戦闘記録官の書類へ目を通していた際に不審な箇所を見つけ、サイラス宰相の下へ向かう。強引に押しかけた成果は賢國と交わす密約の場面へ出会したことだった。残念ながら存在を知られて、公式には療養として閉じ込められてしまう。いずれ殺害されるに違いなかった。
けれどもヘッセン騎士団長の更迭はユリウスたちからすれば僥倖以外のなにものでもなかった。もし帝国侵攻兵団が従来通りヘッセン騎士団長の指揮の下だったら、ユリウスらの王国側は敗北する確率がかなり上がっていた。統括騎士団長の代替が身分の高い者、つまり皇弟を出さざる得なくなった。帝国自ら首を絞めてくれたおかげで勝利できたと言っても過言ではない。
長髭で全身を覆うようなエルフの部族長マゴルが挙手しては質問へ移る。
「戦さの敗北で皇帝が帝国から逃亡したのは間違いないとして、賢國にいるかどうか判明しているのですかの」
「いえ、まだあくまで推測の域を出ていません」
「ならば、いつまた皇帝として名乗り出てくるかもしれませんの」
兵力等といった条件が整い次第、再び皇帝の座を求めるようになるかもしれない。叛逆者に追われたものの、正統は我にあり、と挙兵する可能性はないどころか充分に有り得る。賛同する臣民を多く生むかもしれない。
不穏な要素だが、イザークにすればむしろこの機会を待っていた。ぐるり広間を見渡すもったいぶりようだ。こほんっと咳払いまでした。
「皇帝など必要としない国家仕様へ移行したいと思います。今回の戦さは帝国による侵攻です。それを跳ね返した王国であれば併呑はおかしな話しではない。ご一同の方、いかがでしょうか」
ずらり首を並べる各国の長から反対は上がらない。けれども不安は挙がった。
「帝国が王国に代わることに対して異存はありません。ただしかなり広大な領土となります。大陸史上において最大の版図です」
グネルス皇国カナン皇王が、表情に声に、と強く懸念をにじませてくる。
「確かに余程の信頼足る人物に任せないと、単なる一大強国を生んだだけの結果に終わりかねません」
大いに同意としたイザークの隣りで、いきなり湧き起こった。
はっはっは、とユリウスが立ち上がった。くの字に曲げた右腕を突き出しては拳を握り締める。
「安心していいぞ、そこは。父殿、もといハナナ王国リュド王を信頼していいぞ。なにせプリムラの父親だからな」
誰からも反応がなかった。無論、賛成だから黙っているわけではない。それを示すかのように空気の圧が凄い。
さすがのユリウスも焦りを覚えずにいられない。思い切り私情を絡ませてまずかったなどと反省しない意見を立て続けにしてくる。
「ならばバカ親父、もとい親父殿でどうだ。あれでも先帝の頃から活躍していたんだぞ」
ディディエ卿がずっこける以外、今回もまた反応は『無』だった。これだけの人数がいながら、誰も黙している。
ななななぜだ、とおろおろしだすユリウスの肩へ、ぽんっと手が置かれた。
巨漢相手でも簡単に腕が届く高長身のイザークがしみじみと言う。
諦めろ、と。




