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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す!  作者: ふみんのゆめ
漢の怒涛篇

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45.漢、知ってました(壊されたと怒ってます)

 とてもとてもユリウスは怒っていた。


「おまえ、ちゃんと心臓を狙うなら狙え。なんだその槍は、下手くそすぎるぞ」


 酷い傷で痛みも激しいにも関わらずヨシツネは言いたい。


 何度か戦っている敵の指揮官くらい名前を覚えましょうよ!


 アーチ将軍は賢國(けんこく)において随一とされる長槍の遣い手である。イザークの技術が突出しているだけで、充分に達人級である。それを下手くそ呼ばわりしている。実際、起き上がるアーチ将軍は顔を屈辱で歪ませていた。敵ながらなんだか気の毒になってくる。

 

 残念なことにユリウスは正常の状態でない。いや見方を考えれば、通常の運転だと言える。憤懣遣る方なしといった調子で、左手にした物を突き出してきた。


 ごつい手のひらには貫かれたお守りがあった。黄金色で二人の名前が赤い文字で書かれていた、それだ。今や破れて見る影もない。


「おまえ、婚約破棄されたことがないだろう。そうか、だからだな。俺の婚約者からもらった物を狙う真似が出来たわけか。なんて卑劣なヤツだ。俺が命より大事する物を狙ったか!」


 文句をぶつけられているアーチ将軍の顔から屈辱が消えていた。ただただ困惑の文字を書いている。向こうが勝手に胸へ忍ばせたお守りを、たまたま突いただけだ。こっちが知るか! である。


 だがユリウスは理由がどうこうなど関係ない状態へ入っている。裂けたお守りを、ぐっと握りしめては胸に当てた。


「俺の婚約者、いやこんな他人行状は止そう。俺のプリムラが我が身のものを使用して作製してくれたお守りだ。例え形を成していなくても最後まで肌身離さないぞ」


 あら、とツバキが意外そうに訊く。


「ユリウス様は姫様からの贈り物が何を材料としているか、ご存じだったのですか?」

「当たり前だ。プリムラの髪の毛だと気づけなかったら、婚約者の資格がないぞ」


 あら、とツバキのまたの反応に、ユリウスはさらに力を込めて訴える。


「それに二人の名前を書くために自分を傷つけたようだ。それはまさしく血判だ。プリムラは俺にそこまで誓いを立ててくれていた。感激しかないぞ」


 言ってからユリウスは胸を押さえている。じーん、と感動の音が聞こえてきそうである。


 ツバキからすれば、おや、まぁ、といった感じである。


 団長はわかってて問題なしなんですね、とヨシツネは感心より引き気味だ。


 ユリウス団長と姫様はホントお似合いだね、とベルが肩に刺さった矢をつかむ。いつつ……、と抜いた際に苦鳴をもらすも、キキョウはすばやく傷口へ布を巻き付ける。あたしもそう思う、と同意しながら。


 とても嫌な声がした。


「なんだ、あの王女、そんなに病んでいたか。余は手に入れなくて正解だったな」


 賢國(けんこく)の将軍たちの後ろでウイン皇弟はふん反り返っていた。自陣営の優勢を確信した態度だった。


 ユリウス率いる騎兵団は前進したかもしれない。だが所詮は僅かな距離でしかない。賢國兵十五万近くが守護し、背後からは帝国四十万が攻め立てる。たかだが五千、ものの数ではない。挑発もしよう。

 ただ相手が悪かった。


 なぜか突然だ。


 はっはっは! ユリウスが思い切り上げる。誤魔化しで行う場合もある高笑いだが、今回は会心の響きだ。


「ウインよ。おまえは哀れなヤツだな。これだから下半身の緩い男は愛と欲の区別がつかず泣くはめになるんだ。見ろ、カナンを。あいつは嫌われた」


 一部の者を除いて出された名前がグネルス皇国皇王のものだと思い当たらない。


 いきなり何を言い出してやがるとなったウイン皇弟の嘲笑は続く。


「余は皇族に連なる者だ。たかが木こり風情と一緒にするな」

「まったく、哀れを越えて気の毒になるぞ。いいか、男と女が築く幸せは立場で左右されないぞ。身分があり金もあって生活に困らなくても、ちっとも幸せそうでないヤツがごろごろいるではないか。おまえは何を見ている、いい歳してちっともわかっていないではないか」


 戦場にあるとは思えないユリウスの熱弁である。


 さすがユリウス様です、とかつて男女関係について一晩中語り合ったリース辺りは感激している。


 おまえ呼ばわりされたロマニア帝国皇帝の弟は黙っていられない。


「なに子供のようなことを。まさか女には愛が一番などと言い出さないだろうな」


 ウイン皇弟の声は誰の耳にも冷笑としか聞こえない。


 が、ユリウスは堂々と返答した。


「わかっているではないか、おまえも。そうだ、愛だ、愛がなくて、なにが幸せだ。だから俺は言おう。プリムラを愛していると。本人の前にいたら恥ずかしいが、今はいないから思い切り言おう。愛しているぞ」


 そういうものだろうかと騎兵たちは思う。だが安閑としていられない。敵兵の襲撃ではなく、我らの指揮官から通達があったからだ。


「いいか、おまえたち。このことはプリムラに内緒だぞ。俺がきちんと伝えるまで、絶対に本人には言うなのよ」


 そうします、とミケルやリースの新参者に、勢いで参戦したルゥナーは呆然としながらも了解するというより、するしかない。


 以前からいる大半の騎兵にすれば、またか、である。以前にも同じようなことを聞いた。確かあの時は龍人と戦闘直前だった。今回は戦いの真っ最中とくる。


 本当に我らの騎士団長ユリウスは変わらない。


「いいか。プリムラにバカ親父まで手にかけた連中に、バカの一つ覚えみたいに亜人と騒ぐだけの奴らなんかぶっ飛ばして、あのヤロウを討つ。俺たちはこれからだっ!」


 握りしめた左手を高々と上げてするユリウスの宣言が、つい今まで覆っていた絶望を嘘のように払った。


 おおぉおおおー、と応える声はこれまでになく力強い。


 おかげで何を握り締めていたか思い出したユリウスの、あああぁーと悲鳴にも似た叫びは大音量にかき消された。熊かゴリラかとする風貌が痛恨の極みとして歪んでいる。ついつい勢いで破けたお守りをぎゅっとしてしまったため、見るも無惨な端材へ還っている。おおお俺はー、と悲しむ耳元にツバキが囁く。


「直すか、また作っていただければいいだけの話しですわ」


 ぶんっと音を立ててユリウスは報告者へ顔を向ける。普段ではお目にかかれない真摯さで問う。


「それは真実か」

「私はこれを伝えるためにユリウス様の下へ駆けつけました」


 うおおおぉおおおー、と獣ですら怯える雄叫びが挙がった。


「俺は勝つ。ウインよ、今から行くぞ。首を洗って待っていろ」


 まるで前面の賢國兵団など知るかと言わんばかりに、大剣を突き出した。


 けれども目指す相手は帝国の中枢にいる人物だ。ウイン皇弟は何が出来るとばかり不遜な態度を崩さない。


「まだ勝つ気でいたとは、おめでたいヤツだな。やる気は戻ったみたいだが、戦況は変わっていないぞ。キサマたちは、せいぜい足掻くくらいだけだ。いずれ皆殺しとなる」


 つい先の戦いまでユリウスの姿を見ただけで逃げ出していたなど嘘のようだ。帝国の総指揮官は賢國騎兵団招聘に余程の自信を持ったらしい。


 現に気持ち以外の戦況は何も変わっていない。気合いで引っくり返せる戦力差ではない。


「ユリウスが、あとどれくらい保つか。最後まで眺めてやろう」


 ウイン皇弟はそれこそユリウスに負けない高笑いを張り上げてやろうとした。


 笑っている場合ではなくなった。


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