42.漢、共にきた者たちは覚悟を決める(ここが勝負どこ)
声にはしなかったがイザークの唇は、参ったな、の言葉を刻む。
まさかここまでとは想像だにしていなかった。
「我はグノーシス賢國第七将軍ネイトだ。戦乙女システィアを守るため馳せ参じた。帝国兵諸君よ、今だけは戦いの女神を守るため、亜人が人間と同等などと見なす異端者を滅するため、恩讐を越えて共に戦おう」
兜を外した顔は確かに見覚えがある。飴色の髪を賢國の象徴色である白で幾筋か染めている。騎兵団率いる十二将軍のなかで若い部類へ入るはずだが、齢は三十を数えるようだ。
イザークにすれば何度となく戦ってきた相手だからある程度の情報を得ている。教皇の教義に肩入れが激しく、疑問を持つ者には強硬な態度で臨むそうだ。
戦闘力より為人に危険性を見る。厄介な狂信者が、戦乙女のシスティアへ駆けつけた。
なるほどとイザークは気づく。
しばらく音沙汰のなかったシスティアが、どこにいたか。きっと帝国と賢國の橋渡しに重要な役割りを果たしただろう。帝国兵団の王国侵攻における重用ぶりに説明つく。
帝国と賢國の上層では想像以上に太いパイプで繋がっていた。
これは亜人を同等とする思想の殲滅戦とされていた。
きっとユリウスのほうは、ここよりずっと戦力が投下されているはずだ。闘神とする実力を知るからこそ賢國の将軍たちは整然をもって全力で当たるに違いない。
どうにかしたい。けれど何が出来る? あらん限りの知恵を絞っても良い策など浮かばない。
何より自分たちこそ窮地にある。
周りを取り囲まれていくなか、システィアの檄が飛んだ。
「いきなり共闘の事態に混乱する気持ちはわかります。けれども今は亜人という悪魔に魅入られた人間へ報いを与えるのを先決とするのです」
魅入られたか、とイザークは反芻していた。ふっと自覚ない笑みが口許を象る。自然と頭に浮かんでくる。貴族の舞踏会を襲撃した彼女。名の由来となった色の瞳がとても印象的だった。自分のしたことに怯えながらも強がる様子は、とてもかわいいと思えた。
「彼女を悪魔とするか……バカなことを」
知らずに漏れた声なれば、とても小さい。何かおっしゃいましたか、と近くの配下が確認してきたくらいである。
何でもない、と答えるイザークの胸の内は固まっていた。
「いかなる加勢があろうとも、我らはヴァルキュリアを討つ。まだ帝国兵も途惑っているようだ。今まで仇敵であった事実に目を背けたお題目など届かない者もいるだろう。そこを突く」
鋭く発せられた決意が寡兵ゆえに全員へ届く。
気迫を受け取った声が、イザークを中心に湧き上がった。
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うおおぉおおおおー! ユリウスが雄叫びと共に繰り出す大剣の威力は変わらない。
変わったのは、相手だ。これまでと違い玉石混合の兵ではない。騎兵団所属とする正規の兵だ。整然と陣形を組む。多少の兵がユリウスの大剣に押されても崩れない。防御の型を保ち続ける。
とても厄介だった。
こんな手強かったか、とユリウスでさえ驚いている。これまで散々剣を交わしてきた相手だが、今回は堅牢さが違う。原因は考えるまでもない。全員が鍛え上げられた騎兵できちんと対策されてきたからだ。
これまで帝国と賢國の国境における戦線は、双方とも傭兵を抱えていた。陣形も大事だが、戦さの佳境においては力押しになる展開が多い。勝敗は付いても、大勝も大敗もないが両国における戦闘だった。
戦争は一部の関係者を太らせるためだけに行われているだけではないか、と風評を生むほど決着の行方が濁されてきた。
その噂は真実だったかもしれない。そう思いたくなるほど賢國騎兵だけで編成された陣と強い。だがそれは帝国騎兵団も同様だ。もし双方が自国の兵だけで本気の戦いをしたら? 血で血を洗う過酷な様相か、もしくは硬直戦になるか。どちらにしろ講和の道を探ることとなっただろう。だらだら消耗戦など続かなかったように思われる。
何度も戦ってきているせいで、ユリウスの大剣に対策を怠らない。何重にも盾を重ねてくる。コンビネーションの訓練がしっかり為された成果を披露していくる。
ユリウス率いる騎兵団の進行は酷く鈍った。
こちらが停滞すれば、向こうは活発になる。
まずいな、とベルの目つきは厳しくなる。ぴたり寄り添い矢を放つキキョウは敢えて口にしない。
戦況は著しく悪化の方向を辿っていた。
相手する賢國の兵団は九個だ。一個は戦乙女の援護へ向かった。イザークを心配したいところだが、している場合でないほどこちらは苦しい。ユリウスの騎兵団を喰い止める一方で陣形を狭めつつある。前方左右から囲うように、徐々に迫ってくる。背後は帝国兵が無秩序ながら押し寄せてきている。
すっかり周囲を敵兵に埋め尽くされてしまった。
ともかく前だ! とヨシツネは挙げるそばから甲冑の間から血が流れ出る。がくり、片膝が落ちていた。
慌ててルゥナーが近くへきた。
「おい、ヨシツネ。大丈夫なのか」
逃げられる状況でなければ、安否を尋ねるほかない。
大丈夫だ、とヨシツネは地面に突き立てた剣を利用して膝を上げた。返事をそのまま受け取ってはいけない様相だ。それでも口はいつもの調子で廻してくる。
「しかし賢國の野郎ども、よく敵さんの大将を守るなんて出来るよな。ちっとは疑問に思わねーのかよ」
「教えの国だからな。考えるより従うが尊ばれる」
「やだねー、奴隷と変わらねーじゃねーか」
「自分で考える手間を惜しむ輩は多いさ。従えばそれなりの生活を送れるから、人は集う。それが賢國の発展の礎だ。そして民の自意識は亜人を悪魔とすることで満たすわけだ」
ルゥナーによる語りの最後は苦々しさで満ちていた。
ろくでもねーなぁ、とヨシツネは両手で剣の把手へ全体重を乗せるようにつかむ。自力で立つことさえ苦しそうだ。
「帝国も似たようなもんだけどな。どいつもこいつも力のある奴にすり寄って得することだけ考えてやがる」
まぁオレもそうだったけどな、と自嘲を付け加えた足下で音が立った。身に付けていた甲冑が地面へ転がっている。
おい、とルゥナーは休みなく剣戟を展開しながら、さすがに見咎めた。戦場のど真ん中で兜はともかく甲冑は必需だ。外すなど自殺行為である。
「ここがオレという命のかけ時だろ」
黒き鎧下着姿となったヨシツネはそう答える否やだ。
渾身の力を込め、飛んだ。




