41.漢、何より敵の総大将(驚愕とする事実は後回し)
うおおぉおおおおー! 誰のものなどと、もはや問うまでもない雄叫びが、最後の一撃を放つ合図だった。
帝国兵団が構築した縦横陣形の最奥隊列が薙ぎ倒されていく。
大剣の一閃はユリウスと彼に従う騎兵団に到達を示した。四十万で待ち構えていた帝国兵を、ついに突き破った。
あとは本営だけである。総指揮官ウイン皇弟のみである。守護に就く兵はそれなりにいるだろう。が、ここまで来る間に較べれば大した数ではない。
現にミケルなど、やった! と喜びのあまり叫んだ。
やったか、と人間態のルゥナーも口許を緩める。すぐ隣りのヨシツネは会心の表情で言う。うちの団長はあり得ねーことをやり遂げるからな。
「いや、まだだ、まだ終わっていない」
やたらベルが切迫した様子で警鐘を鳴らす。
当初は誰もが後背から追ってくる帝国兵に対してと思う。連中は総指揮官をお守りしなければならない。活躍が皇弟の目に止まれば褒賞はでかいだろう。騎兵も傭兵にも思惑が走る状況であった。もし負けでもしたらどうなるかとする共通項もある。
総指揮官ウインを討つまで勝ちではない。
ユリウスに従う騎兵の大半は気を引き締めるための諫言だと捉えていた。
実際は違うことが、先頭で仁王立ちするユリウスの影から覗けば明らかになっていく。
帝国本営のある方向へ目をやれば、思わずだ。
ウソだろ、とリースが驚く。
横でミケルは声を失っている。
なんだよ、あれ! とハットリが忍びの者にも関わらずに叫ばずいられない。
まさにユリウスの騎兵団は茫然自失の態だった。
前方では、びっしりとする数が展開していた。
帝国本営の守備に就くとした数ではない。
しかも傭兵ではない、騎兵だ。
旗めかせた団旗が、どこの所属か報せてくる。
ユリウスの騎兵たちは一様に思う。
なぜ、ここに賢國の騎兵団がいる!
ここで今回の戦いで初めてとする声が届く。
「驚いて声も出ないようだな、ユリウス。この不埒者が」
楽しくてしょうがないとしたウイン皇弟が本営の最前に立っていた。これまで決して出てこなかった。現状の安全を確信しての行動だろう。もしくは自身の策が見事にはまった様子を目にしたかったのか。陥れた相手の驚愕ぶりが伝わってくれば、鼻高々といったところだ。
けれどもウイン皇弟は、いつまでも満足に浸っていられなくなる。
愕然から絶望へ落としてやりたかった肝心の人物は相変わらずだった。おい、ウイン! と敵対関係であるから呼び捨てはいいとしてだ。
「なにが不埒だ。そっちこそ俺が出会ってきた下半身の緩い者たちの中で、一番にしょうもないのがウイン、キサマだぞっ」
そういえばこいつ、帝国にいた時から不遜だったなとウインは思い返す。ユリウスの偉そうな態度は敵味方関係なしだ。しかもなにやら女癖の悪さへ焦点を当ててくる。戦略的に意表を突かれ窮地に陥った無念さが窺えない。
不満を覚えれば、何か言わずにいられない。
ユリウスとの会話に乗ってしまった。
「なれば、ユリウスに訊く。誰だ、その下半身の緩い連中とは」
「言えるか、そんなこと。言ったら反対されてしまうだろう、それくらいわかれっ」
即答するだけでなく、そんなバカなことを聞くなとくる。聞いた方からすれば、おまえが言ったんだろうである。皇弟という身分柄、周囲から常に持ち上げられることに馴れきっている。真っ向から拒否されるなどあまりないせいか、ついムキになってしまった。
「なぜ、言えない。言えないなら婚約三回破棄された挙句の世迷言と捉えようぞ」
ここに至ってユリウスが初めてだ。うぐぐ、と声を詰まらせている。ようやく顔に苦悶を浮かべた。
「ウインよ。キサマ、よくも触れてはならんことを持ち出したな。恥を知れ、恥を」
本人自ら婚約破棄三回された経歴をよく口にしていたような、と思わぬ者はいない。特に付き従ってきた騎兵たちはしみじみ思う。
ウインと言えば、やっと相手を追い詰められたと調子に乗っていた。
「そうだ、そうだとも。闘神などと言われているが、貴族令嬢には相手にされない可哀想な男にすぎなかった。礼儀知らずの戦うしか能のない一臣民でしかなかった。ところが、まさかだったな。また婚約者が現れるどころか、選りによってあれほどの女が……」
自らの言葉に声を詰まらせたウインだが、すぐに続けた。嘲笑つきで。
「せっかくあれほどの美貌を持ち気品や教養を身に付けても、男を見る目が失われていてはな。つまるところ木こり風情でしかない男のものになりたがるなど……死んで当然だ」
プリムラ暗殺の確証を得られた瞬間だった。
ウインよ、とユリウスの呼ぶ声は静かだ。普段を知る者からすれば、およそらしくない。どれほどの感情が渦巻いているか、押し図るだけだ。
おまえは哀れなヤツだ、とユリウスが始めた。
「惚れるの基準を、手に入れられるか入れられないかにしてしまったか」
「女にフラれ続けで、現実が見えていないようだな。己の下へ降らない女などに何の価値がある」
「あるぞ。好きだとなった相手なら、自分がどうこうより先に見たい」
「何をだ」
「笑顔だ」
仁王立ちだったユリウスの胸が若干反ったようだ。自信満々のオーラを放ってくる。あまりの力強さに思わず周囲は仰け反りそうになった。
でも肝心のウインは何も影響は受けなかったようだ。くくくっ、と歪めた唇から嫌な音を立てては、宣告する。
「所詮は女を知らぬ男の妄想だな。ユリウス、その命、ここで終わりにしてやる」
「俺からも愛を知らぬ可哀想なおまえに言おう。プリムラを傷つけたヤツは許さん」
それからユリウスは振り返った。
すっかりぼろぼろの配下たちは仲間と言い換えてもいい連中だ。本来なら帝国の四十万で構成された陣形を破れば、としてきた。
もういい、よくやった、と言ってやりたい。ここからは俺一人で、と口にしたくなる。
違う、と思い直した。ここまでで良いとしたら、それこそ冒涜だ。最後まで共に戦い果たそうだ。
例え隣国の宿敵が加勢する驚愕の事態に直面しようとも目標は変わらない。
「いいな、いくぞ。俺たちは帝国の総大将ウイン皇弟を討つ!」
おおぉおおー、と応えもいつになく高い。
「これからだぞ、俺たちは!」
駆け出すユリウスを迎え撃つは、グノーシス賢國の騎兵団だ。参加した数は十個。およそ十五万の騎兵が動員されたと目される。
背後では四十万を大きく割ったとしても大勢に違いない帝国兵が押し寄せてくる。
それが五千にも満たないユリウス騎兵団のこれから戦う相手であった。




