40.漢の、僚友はついに追い詰める(声を失う驚愕にも出くわす)
安堵するまでいかなくても、間違いなく救われた。
「なんで来たと言いたいところだが、正直助かった。感謝したい、ありがとう」
埃で汚れたイザークの顔が笑みを湛えた。
オリバー以下の駆けつけた長槍隊はまるで陽光を直視したかのようだ。眩しげに目を細めている。
「い、いえ。ここは一世一代の勝負を賭けるとき。多少の傷でお役に立てないなど、あり得ません」
療養先からこぞってユリウスの下で戦っていた者たちがやってきた。すでに同地の警護を担当していた狼人ルゥナーが参戦している。状況は伝わっていよう。
豪雨で戦闘を停止していた三日間が良い方向で働いた。
天はまだ我らを見捨てていないようだ、とイザークがもらすほどだ。万全でなくても長槍隊は見事な戦いぶりを見せた。死中へ敢えて飛び込んだきた者たちである。圧倒的な敵兵にも恐るるに足らずとした活躍だった。
較べて第七騎兵団のフリッツ騎士団長はユリウスを怖がって援兵にきた。指揮官の怯懦は従う者たちにまで伝染するのか。少しでも不利になれば退却の態勢に入る。まだ戦う気のある騎兵と交錯して混乱を招く。従来の第五騎兵団を助勢するどころか足を引っ張りだしていた。
よし、と確信を閃かせてイザークは皆へ通達する。
「私に続け。自らをヴァルキュリアなどと空言するシスティアは逃さない。ここで、討つ」
標的も帝国兵団の混乱した流れに呑まれている。乗馬はたしなんでいても、戦場の経験はほとんどない。実戦を知らないことに足をすくわれていた。
冷静にイザークは兵の流れを読む。時には強引に長槍で払う。手勢は長槍騎兵が占める。守りに弱点を抱える分、攻撃力に特化した編成がここでは良い方向で働く。
追いつくまでに至った。
イザークの、戦乙女なら潔く戦ったらどうだ、とする挑発には乗ってこない。ならばと長槍を投げつける。狙い通りとまでいかなかったが、最低限の役目は果たした。
馬の目前で地面へ突き刺されば、いななきと共に騎乗者は振り落とされた。
兜が外れ顔を露わになったシスティアは地面へ転がった。
とっくに激戦で素顔となったイザークが悠然と近づいていく。まず地面から長槍を引き抜く。穂先をシスティアの鼻先へ突きつけた。
「さぁ、覚悟してもらおうか」
待って! システィアが上体だけ起こして、手のひらを突き出す。
「待つ気はない。ユリウスたちの苦闘に一刻でも早く朗報を届けたい」
「ねぇ、イザーク。私たち士官学校からの付き合いよね。古くからの仲間よね」
「ユリウスが親しくしていたから、付き合っていたにすぎない。敵味方に分かれたこの場に及んで仲間などという相手は信用できない」
取り付く島も与えないイザークに、システィアの額には冷や汗が浮かぶ。けれども生命の危機へ直面していれば、口を廻さずにいられない。
「私はけっこうイザークのことを気に入っていたのよ。それに貴方の親友の婚約者だった女性を殺せるの?」
「やはりそうか。報告を受けた際に思っていたが、最初からユリウスが何もしないと確信して行く手に立ち塞がったか。相手の心理を読み切った判断と誉めてやりたいが、昔から知る誼みとしては腹立たしい限りだ」
「婚約破棄した件を根に持っていたというわけよね」
イザークの言に、システィアは焦りのあまり本心が口を吐いた。驚きだったのは、首が横に振られたことだ。
「いや、こちらとしては婚約破棄してもらえて良かったと思っている。おかげでユリウスにとって最高とする女性に巡り合えたわけだからな。しかも我々の野望を叶えられる身分でもある。キミでなくて、つくづく良かったと考える次第だ」
「それでユリウスやイザークにとって最高の婚約者は無事なの? とても助かるような傷には見えな……」
自棄になったシスティアは嘲笑の下で指摘した。不意に途切れた原因は激痛による。長槍の穂先が左肩へ突き刺さっていた。
「しまった。早々に首を揚げなければならないのに、つい簡単に殺してはもったいないと考えてしまった。未熟な限りだ」
相手の肩から穂先を引き揚げるイザークは沈着冷静に自己分析を披露する。
傷を負わされたシスティアは悶えていた。いくら士官学校で一通りの体練はしたが、精々すり傷を負う程度であった。深々と刺され血を流すような体験はあまりない。先ほどの矢傷も今に比べればずっと浅いものの、痛みはまだある。肩当てを易々と貫く相手の技量も驚異だ。自分が想像していた以上の脅威に、なり振り構っていられなかった。
「大の男がもう何も出来ない女を殺すの。騎士道として、どうなのよ」
言ってからシスティアは失敗を感じた。
あまり感情など表情に出さないイザークが嫌悪を露わにしている。かなり、はっきりと。
「女など私を産んだ者からして、ろくでもなかった。か弱き存在として己が仕出かした罪を、他へなすりつけようとする。自分の子供であろうともだ。私はこういう手合いには容赦ができなくなっている」
だから覚悟することだ、とイザークは最後に締めた。
自らの処刑執行を促した自覚があってもシスティアは諦めきれない。待って、待って、待ちなさいよ! と叫ぶ。
待つ理由はない、とイザークは長槍の照準を喉へ定めた。今度こそ戦乙女などと名乗る指揮官に確実な死を与える。
長き戦場の経験が気配を察知した。
長槍を握り直したところで、勘に近い感覚が顔を上げさせた。
矢が雨のように降ってくる。
ここでイザークは悔やむことになる。
自身の命など構わず、システィアを長槍で突くべきだった。
実際は反射的に長槍を掲げ、向かってくる矢を払う。長き戦いで身に付いた本能が働き、防御の体勢を取ってしまう。飛び道具の攻撃は自分の周囲を守っていた味方の隊形を崩すほどだ。
システィアを逃すはめになった猛攻の相手を確認したらだ。
イザークでさえ驚きのあまり声を失った。




