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悪魔が嘲笑う

 久しぶりの家で過ごす夜は、これが自分のいるべき場所なのだと実感させてくれた。

 それはやはり我が家という事実があるからだが、何より私がここにいたいと思うからだ。


 父と母は食事の後、お酒を嗜み、私はそんな二人を眺めるのだ。

 何も起きない、たいした話もない、ただの時間。 それが私には特別で大切な宝物。


 父は母に、私の帰宅理由を話さないつもりらしい。

 だから今も知らない。 ただの休暇による帰宅だと思っている。


『何も話すな。 余計な心配をさせて困らせてはいけない』


 父がそう言って、口を閉じさせたのだ。

 私も母を悩ませたり悲しませたりするつもりはない。

 今は父に私の思いを伝えたかっただけ。 それだけでいい。



 ☆ ☆ ☆



 たった数日間の帰宅が、学校の様子を一変させるとは思いもしなかった。


 寮に戻って来たのは昼頃。

 もう寮内には誰もいない。 すぐに学舎へ向かおうと扉を開けたところで、既に学舎にいたジャクリンが寮の部屋へと慌てて戻って来た。


「フロタリア様、良かった。 戻って来られたのですね」


 ジャクリンは私を押し込めるように、開けた扉をすぐに閉めた。


「ジャクリン、どうしたの?」


「フロタリア様がお戻りになったと聞きまして。 今日は学舎の方にはいらっしゃらない方がよろしいのでは、と」


「あら、それはどうして?」


「もちろん、フロタリア様の為ですわ」


 ジャクリンがそういう言い方をするのは、ネヴィル様について何らかの噂が飛び交っているからなのだろう。 もしかすると、本人達の口から発表でもあったのかもしれない。

 だとしたら、傷つくのも嘲笑の的になるのも私。 ジャクリンならきっと避けるようにしてくれるはずだ。


「私が行かない方がいいと言うのは、ネヴィル様が関係しているからなのね」


「フロタリア様は本当に純粋な心の持ち主でいらっしゃるのですね」


「え?」


 ジャクリンの様子がおかしい。 いつもの明るく朗らかな笑顔がない。

 いや、笑っているのに目の奥が笑っていない。

 まるで私を睨んでいるかのようだ。


「謝罪いたします。 私、先ほど間違っておりました。 学舎の方にいらっしゃらない方が、ではございませんでした」


「ジャクリン?」


 私は思わず、近付いた彼女との距離を取った。

 本能的な危機感というより、覚えのある嫌悪感だったからだ。


「フロタリア様はネヴィル様と婚約破棄なさるのでしょう?」


「確かに帰宅したのは婚約の件よ」


「でしたらもう、お二人が結婚する可能性はないわけよね。 安心したわ」


 ジャクリンの私に対する態度が、見下した雰囲気を感じるのはどうしてなのだろうか。

 こんな事、今まで一度もなかったというのに。


「貴方、何を言っているの?」


「フロタリア様が幾ら死んでも無駄よ。 今回は永遠に眠り続けるの、土の下でね。 ネヴィル様と結婚なさらないなら私達を脅かす者が現れる事もないのだから」


「ジャクリン、その手を離して……」


 取ったはずの距離が、気付けば目の前。

 あっ、と思った瞬間にはジャクリンの手が私の首を掴んでいる。

 そして逃げる間もなく、そのまま後ろの壁に背中を突かれた。


 そうだ、彼女の父親は勲爵士だ。 元々、騎士だと聞いている。娘にも何らかの修行をさせていた可能性はある。


 だから平気で私の首を掴めたのだ。しかも片手で。


 ジャクリンの親指が首に食い込んで、痛くて苦しい。 人差し指と中指に徐々に力が入るのがわかる。


「ジャ、ク……。 く、やめ……」


「あら、苦しいのかしら? 私は楽しいわよ? だって貴方の苦しむ姿が見られるのだもの」


「や…て……」


「ねぇ、知ってた? ネヴィル様がエマ様とどこかへ消えたのよ。 あの二人、やはり男女の関係なのね? 貴方は裏切られて捨てられて、私にさえもこんな風に苦しめられるの。 ねぇ、こんなに楽しい事は他にないと思わない?」


 目が霞んでいく。 ジャクリンの顔が朧気に見える。

 掴まれた首に掛かる手をなんとかしたくて必死にもがいても、私の力では全く相手にならない。


 どうしてジャクリンはこんなにも憎しみの瞳で私を睨むのだろうか。

 いったい私が何をしたと言うのだろうか。


「おいおい、殺すなよ。 俺の楽しみを奪わないでくれないか?」


 いつの間にいたのか、扉を背に立つのはデューク。

 腕組みをして、おもしろそうに眺めている。

 彼はこんな風に斜め上から他人を見下ろす人ではなかったはずなのに。


「こんな女を抱きたがる趣味がわからないわ」


「俺がずっとそれだけを待ち望んでいた事、知らないジャクリンではないはずだぜ」


 あぁ、そうだ。 思い出した。

 夢の中の、私を地獄に突き落とした声。

 あの二人だ。

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