24話 女友達とピクニックランチな令嬢
剣闘大会から数日が経過した、その日の昼休み。
アレリアは中庭の木陰でシートを敷いてピクニック気分になっていた。
そよ風は優しいし、周りでボール遊びやらトランプやらに興じる生徒達の楽しそうな声も心地よい。
なにより目の前にいる白い小犬が可愛い。
白くてもこもこしていて黒い瞳で……。
なのだが、しかしこの犬、先ほどからアレリアに背を向けてあらぬ方向をじーっと見ている。まるでそこになにかがいるかのように……。
犬にしか見えない妖精でも見ているのだろうか?
「姫ー! サンドイッチ買ってきましたですのー!」
ピンク髪のエメリーヌが校舎のほうから望外に早い駆け足でこちらにやって来る。
本当に運動神経がいい子である。あっという間にアレリアの前にきた。しかもまったく息も乱れていない。
「えっと、これが姫の分、これがエミィの分……」
と座るアレリアの前に買ってきた物を広げていくエメリーヌ。
「あとこれ! 喫茶室のおばちゃんがエミィのファンだって、タダでくれたんですの!」
とクッキー一袋を嬉しそうに差し出した。
「みんなで食べるですの!」
「ええ、そうね」
彼女の珍妙なしゃべり方にももうすっかり慣れたアレリアは、にこやかに笑っている。
あの剣闘大会の日以来、エメリーヌは女子生徒に大人気となっていたが……その人気は女子生徒に限らず大人にまで普及していたのか。
確かに滅茶苦茶強いからそこを基準にすると格好いいといえる。今は帯剣していないが二刀流というのも変わっていて格好いい。
そんな人が自分の専属騎士をしてくれていることに、アレリアはほんのりとした優越感を覚えずにはいられなかった。
「ところでエメリーヌ、やはり学園内に犬を連れてくるのはどうかと……」
「姫の専属騎士が使う犬ってことで特別な許可を頂いておりますから大丈夫ですの。もっと大きいのもいるんですけれど、やはりここはこのルルが適任かと。去年エミィの群れに生まれた期待の新星ですのよ。おそらく群れでいちばん頭がいいですわ」
「……そ、そうですか」
専属騎士というのを一応調べはしてみたが、とにかく主を守るためにかなりの例外を認められている、ということしか分からなかった。だからエメリーヌには教わることばかりである。
ちなみにルルというのが白い犬の名前で、女の子だ。マルクからの手紙と見せかけた(つもりの)エメリーヌからの手紙を持ってきたのもこの子だ。ルルは主人であるエメリーヌが帰ってきても構わず背を向けずっと何かを見つめている。
「こんなナリですので人に警戒心を与えませんが、ちゃんと仕事はする子ですのよ! さっ、早く食べましょうですの! エミィおなか減っちゃって大変ですの!」
ということで、昼食が始まった。
良く晴れた日の学園の中庭で、下級生の女の子とシートを敷いてお昼を一緒に食べるなんて、ちょっと前まで考えられなかった。
これまでアレリアは人目をはばかって、息を殺して生きていたから。
だが、それはもうやめた。
新しい世界を楽しもうと決めたのだ。
「で、姫、リヒャルト様のことはどうなんですの?」
いきなりのこんなエメリーヌの言葉に、食べていたサンドイッチを慌てて飲み込んでしまう、なんていうのも初めての経験である。
「なっ、なにを言い出すのですかエメリーヌ……」
「大事なことですわ。そろそろ姫的にアリなのかナシなのかを教えていただけませんと、エミィも警護の方針迷っちゃいますの」
確かにそれはエメリーヌにとっては重要な問題かもしれない。
エメリーヌはアレリアの専属騎士になったあの剣闘大会以来、徹底してマルクからアレリアを守ってくれているのだ。
あるときは廊下の向こうで待ち伏せしているのを見つけてくれたり、あるときは呼びつけられたのに同行してくれて、マルクに詰め寄られそうになると、すっ……と間に入ってくれたり。
それをリヒャルトにも適応するか、という警備上の確認なのだろう。
しかし、これは恋バナといってもいいと思う。
こんなことを友達と……しかも年下の可愛らしい女の子とこんな話ができるなんて、考えもしなかった。
「そうですわね……」
リヒャルトとは仲良くなりたいと思う。
アレリアが変わる切っ掛けをつくってくれた人でもあるし、アレリアを守るために戦ってくれた人でもある。
優しいし、礼儀正しいし、顔も良い。じっくり話してみると面白い所もある。……あの存在感の薄さも面白いと言えば面白い。
だが、それでもまだ恋を楽しむ気にはなれないのだ。
もし恋をするにしても、まだ先……。そんなふうに思う。
「お友達として仲良くなりたい……では駄目かしら。今は今の関係を楽しみたい。楽しく話して、楽しく遊んで。今はまだ、そういう関係がいいわ」
「だそうですけど、どうですの? リヒャルト様?」
とエメリーヌは当たり前のようにそこにいないはずのリヒャルトに話しかけた。
「え?」
アレリアはきょとんとしてエメリーヌを見つめるが……。
「リヒャルト様? バレてますわよ? エミィたちっていうか、ルルに。さっきから」
「……犬は天敵だなぁ」
すぅっ、とそこに現れたのは青髪の皇太子リヒャルトであった。
「で、でででででで殿下!? そんな、いつの間にそこに……」
呑気なリヒャルトとは正反対に、アレリアは急に現れてびっくりするわ恋バナを聞かれた恥ずかしさで心臓が早鐘をうつわで大変である。
「そうだな、君たちがそこにシートを広げたくらいから……」
「最初から!? 最初からいらっしゃったのですか!」
リヒャルト・ファインツヴェルテン。大国であるゼルデモンド帝国から留学してきている、青髪灰目の皇太子。
影が薄いことに悩んでいたが、最近では存在感をコントロールすることを覚えて恐るべき存在へと変貌を遂げようとしている。
ストーカーとかそんなレベルはとうに超えていた。
リヒャルトは頷きながら話を続ける。
「この犬との間に物凄い緊張感があってさ……僕のことじーと見つめてきてるんだよ。いっそのこと吠えてくれれば出て行けたのに」
「ルルは賢いから目で制すんですの。もちろんリヒャルト様が何かしでかそうとする気配でも出されたら吠えて威嚇しますけれどね。で、リヒャルト様はアレリア様のことはどうお考えなのですか?」
「っ、エメリーヌ! そんなこと聞くなんてっ……」
「僕はアレリアにプロポーズした身だからね。その返事をまだ待っている状態だよ」
……そういえば、そうだった。
剣闘大会騒ぎで忘れていたが。マルクに婚約破棄を言い渡されたとき、リヒャルトはすぐにプロポーズしてきたのだった。
「あっ、あのっ、リヒャルト殿下。お返事は、その……」
「焦らなくていいよ、アレリア。君が受け入れてくれるまで僕は影から見てるから」
「それはちょっと怖いです」
「姫にはルルをお付けしますわ」
「それなら安心かしら」
「ライバルは犬か……」
「ライバルは俺だ! とうっ!」
木の上から声がして、かけ声と共にシュタッと飛び降りてきた者がいた。
アレリアはその人物を見上げる。太陽に輝く金髪、澄んでいるのに熱気を含んだ燃える水色の瞳の美少年――マルク王太子だ。
「マルク殿下まで! いつからここに……」
「木の上でサボ――風を楽しんでいたらお前らが下でシート広げ始めたんだよ。だから順番でいうと俺が一番だ」
授業をサボって木登りしていたらしい。
マルクは言うが早いがリヒャルトに詰め寄った。
「おいリヒャルト。アレ姉は俺の婚約者だからな! 勝手にイチャイチャしないでくれるか?」
「君は彼女との婚約を破棄しただろう? そして剣闘大会も無効となった。つまり今、彼女はフリーだよ」
そういうわけで、結局アレリアの今の立場は、マルクとの婚約破棄をリヒャルトによって証立てられている、だがマルクはそれを取り消したい、という剣闘大会前の状態のままである。
「ふん。絶対アンタに俺とアレ姉の婚約を認めさせてやるからな!」
「その前に僕との婚約を受け入れてくれるさ、アレリアは」
「なんだと、この泥棒猫!」
「ここは学園なんだから、先輩である僕にそういう口のききかたはどうかと思うんだけどね?」
アレリアを取り合う男二人……という凄いシチュエーションになってしまった。しかも二人とも将来それそれの国を率いて立つことになっている王太子と皇太子であり、かつ両方ともまったく引く素振りを見せない。
これはもしかしたら、国同士のいさかいにすら発展しかねない……。




