23話 専属騎士の初仕事
専属騎士エメリーヌはアレリアに軽く微笑みかけると、濃ピンクの目をマルクに向けた。
「さきほどはよくもやってくれましたわね、マルク様」
腕をクロスさせてすらりと双剣を抜き、マルクに体ごと向ける。
「ルールを破ったエミィが言えたことじゃないかもしれないけど、あんな落とし穴はさすがに卑怯すぎますの。少しお仕置きいたします。よろしいですかしら、サリア=ル様?」
「許可します」
「なんだよ、お前勝ったじゃん!」
「問答無用。剣を抜いて下さいませ、マルク様。性根をここで叩き直して差し上げますわ!」
これのどこがアレリアの騎士としての勤めなのか?
アレリアはついていけずにサリア=ルに声を掛ける。
「あの、サリア=ル陛下、これは……」
「エキシビションマッチね! 楽しいわー!」
「エメリーヌ! これはどういうことなの」
話にならないサリア=ルよりは、直接エメリーヌに聞いた方がよさそうだ。
「ご安心を! 姫に対するおイタが過ぎる王太子殿にちょっとお説教するだけですの。この犬牙剣と……」
構えた双剣を一本ずつ構えていく。
「――犬爪剣で!」
剣で語るつもりか、エメリーヌ……。
それはいいとして、右手に持つのが犬牙剣、左手が犬爪剣だった。アレリアの予想とは逆だった。腰の剣を抜くときに腕をクロスさせたので左右が逆転したのだ……。
サリア=ルが、ステージの上や周辺にいた生徒達に声をかけ避難を促しはじめる。
「ここにいたら危ないわよ! 私たちはあっちに行きましょう。ほら!」
だがアレリアは腑に落ちない。
「いいのですか陛下、一介の騎士が王太子殿下に試合でもないのにこんなことで剣を向けるなんて……」
「いいのいいの。それが専属騎士に与えられた特権ですもの」
「はぁ……そうなんですか」
そんなこと知らなかった。
というかアレリアは、今世の世界ことを、あまり知らなかった。そんな余裕などなかった。
前世に囚われていたアレリアは、とにかく結婚も恋愛もしないこと、マルクを好きにならないこと……そればかりを考えていた。当然知識もそれに偏ったものばかりとなる。
この世界、ちゃんと目を開いて見渡せば、まだまだ知らないことばかりだ。
これからはこの世界のことをもっと知っていこう。それで、今の人生を生きていこう。
そう思わせてくれたのはエメリーヌであり、リヒャルトであり、サリア=ル夫人であり……そして、マルクだ。
そういえば、寝ているリヒャルトにここであったことを伝えなければなるまい。起きているかな、リヒャルト殿下。
「エメリーヌ、わたくしこれからリヒャルト殿下にお会いしてきますわ。なにか伝えておくことなどはありますか?」
「正体隠しててごめんなさいと、これから一緒にアレリア姫を守っていきましょう! と、それから是非ともエミィの提案した戦い方のご検討を、でお願いしますの」
「分かりました。確かに伝えておきますね。では……、あとはお願いします、エメリーヌ」
「かしこまりましたですの!」
「ちょっ待て!!!」
歩き出したアレリアたちを追おうとするマルクの前にエメリーヌが立ちはだかる。
「マルク様の相手はエミィですのよ。さあ、早く剣を構えて。さすがに丸腰の相手はしたくないですの」
「くっそぅ……馬鹿にしやがって。いいだろう、お前なんか落とし穴使わなくたって勝てるわ!」
「お忘れですの? 落とし穴使っても負けてますのよ、マルク様は。落とし穴の底でお見舞いしたやつ、また食らわせてあげますわ」
「くっ、同じ技が二度も通じると思うなよ!」
背後で気になるといえば気になるやりとりをしてはいるが……。
「さぁさ、行きましょ行きましょ。今度は貴賓席から見ようかしら、でも審判席から見たほうが迫力あっていいわよね。迷うわ……」
エキシビションマッチ楽しむぞ! という感じになったサリア=ルといい、スタスタ歩くスタッフたちといい、みんなすっかり撤収モードである。
アレリアの心もすでに違うことを考えていた。
これを期にリヒャルトと親交を深めるのも悪くない……そんなふうに思うのだ。恋愛……ではなく、友達として。
前世の記憶を取り戻した五歳のあの日以来、初めてこんなに心が浮き立っている。
スキップなんかしちゃおうかしら。しちゃおう!
アレリアはるんるん! と小刻みにジャンプする……が、足がもつれた。
誰にも悟られることがないくらい小さなもつれだったが、アレリアは一人赤面した。
そういえば、スキップのやり方も知らなかった。
(まずはスキップの仕方をマスターしませんとね……)
運動能力抜群のエメリーヌに聞いたら教えてくれるだろうか? だがさすがに恥ずかしい、スキップのやり方教えて、なんて……。
そんなふうにアレリアがニヤニヤしている後ろからは、早くも剣を合わせる音が発生していた。
◇ ◇ ◇
戦いは数時間にも及んだ。
そして結論からいうと、スタミナ切れによりマルクが先にへばった。
エキシビション・インタビューにてエメリーヌはこう語ったという。
『エミィの戦い方は持久戦ですの。だから体力が多い方が勝つのは当たり前ですわ。エミィの戦法にはまった時点でマルク様の負けは確定していましたの!』




