22話 侯爵令嬢の専属騎士叙任式
エメリーヌにアレリアの専属騎士になるよう勧めたサリア=ル夫人は、アレリアとエメリーヌに意外そうな顔で返した。
「あら? そんなに変な提案をした覚えはないわよ。姫なら専属騎士くらいいてもいいでしょ? 特にそれだけ強い人が専属騎士になってくれたらこれからも続くであろうマルクからの攻撃にも対抗できるんじゃなくて? あなたたち、このマルクがこれくらいでアレリアさんとの結婚を諦めるようなタマだと思って?」
「いいえですの」
「まだまだしつこく来ると思いますわ」
「ああ、これくらいで終わる俺じゃあないぜ」
自信たっぷりに頷くマルク。何故か少し自慢げだ。
「じゃあ専属騎士になって守ってあげた方がいいんじゃなくて? ってことよ」
「でも、あの……」
「姫」
エメリーヌは涙に濡れた顔を、もう一度下に向けた。
片膝で跪き、顔を伏せながら彼女は言う。
「すぐに守護を開始したほうがよさそうですので、今やっちゃって下さいですの! エミィを姫の騎士にしてください……。どうぞ!」
と、ステージの床を見つめたまま動かなくなってしまった。
「……? あ、あの?」
「首打ちだろ。アレ姉知らないのか?」
呆れたようにマルクがいった。
「く、首討ち!? そんな拷問を……!?」
「いや首討ったら拷問どころじゃないだろ。その首討ちじゃなくて、首打ち。こう、手でさ……」
とマルクは自分の首に手をやり、素手で軽く打ち付けた。
「ガツンとな。ほんとはもっとキッツくやるんだぜ」
「え、あの、なんのためにそんなことを」
「専属騎士の叙任の儀式だよ。えーと、順番としては文言唱えて、そんで首打ちするんだ。できるだけキツくな」
「文言って!? なんて言えばいいのですか!?」
「そんなびびんなくていいから。軽くやっちゃえばいいよ」
「アレリアさん、主であるあなたにはエメリーヌさんにこれからこんな騎士になって欲しいな、っていう希望があるでしょ? それをいうのよ」
とサリア=ル夫人が助け船を出してくれるが、アレリアには訳が分からない。
「そんなこと言われても……急に主とおっしゃられても!?」
「エメリーヌが待ってるぞ。いっとくけどあの体勢結構辛いからな」
マルクに促されて視線をエメリーヌに向ければ、確かにじっとして動かないエメリーヌが少し奮えてきていた。
「……分かりました。最初は首打ちでしたか?」
「アレ姉落ちつけ。文言だ。こんな感じの騎士になってねってやつ」
「それではこれより略式ではありますが、アレリア・ステブナン侯爵令嬢専属騎士叙任式を執り行います」
サリア=ルが勝手に宣言した。
早い、展開が早すぎる。
「見届け人は私、ソレイユ王国国王ギール・マレシャルが妻、サリア=ル・マレシャルが引き受けさせていただきます。アレリア、宣誓の言葉をエメリーヌ・パラドに与えなさい」
アレリアは深呼吸すると、しゃがんだままの体勢で、エメリーヌに向かって口を開いた。
「あの……、自分を大切にする騎士になってください。わたくしを守る騎士になるのもいいんですが……、お姫様みたいにお洒落したり、お友達としてお話ししたり。そういうのも大事だと思うんです。今を……今を楽しみましょうね、エメリーヌ」
「エミィは……私は、もちろん姫を守る騎士になりますが、自分を大切にし、アレリア姫とお友達みたいにお話ししたり、お姫様みたいにお洒落したりする騎士、今を楽しむ騎士、になると、誓います」
「……はい」
アレリアは緊張したまま頷いた。
こんな感じでいいんだろうか。
ええと、次は。
「首打ち」
「首打ちよ」
マルクとサリア=ルの声が重なった。
マルクにいたっては首を打つ仕草付きである。
アレリアは息を吸い、覚悟を決める。
誰かを叩いたことなんてなかった。前世でもである。
二度の人生で初めて叩くのがエメリーヌだなんて……、これはどういった巡り合わせなのだろうか。
とにかく儀式だ。
思いっきり叩くのが肝心らしい。
儀式、儀式……。アレリアは心の中で「儀式」と言う言葉を繰り返した。
(ごめんなさいエメリーヌ! これは儀式なの!)
心の中で謝りながらエメリーヌの首を手で横に打ったが、殴り慣れていないからどれくらいの力でやったらいいのかが分からず、相手に痛い思いをさせたくなくて、つい力が抜けてしまった。
だから手応えとしては、ごうん、という感じで、おそらくまったくダメージは入っていない。
しばらく、エメリーヌは動かなかった。
もしかして思いの外ダメージが入っていたのかしら? 大丈夫? とアレリアが心配になってきた頃……。
エメリーヌは顔を上げた。
泣き濡れた顔ではあるが、強い意志を感じる濃ピンクの眼をしていた。
「このエメリーヌ、アレリア姫の騎士として、生涯をかけて姫をお護りいたしますわ」
うおぉおぉおぉおおおぉおおぉおおぉおおおおぉおおお!!!!!!!!!
闘技場が壊れそうなほどの、うねりのような大歓声が湧き起こる。
そういえば凄い数の観客に見守られていたのだった。
エメリーヌのアレリアの専属騎士就任は、この観客達が証人となったのだ。
エメリーヌはまだ涙に濡れている顔を袖で何度か吹き上げた。
つられて涙をぬぐうアレリアの前でエメリーヌはゆっくりと立ち上がり、首を回した。やはり硬直していたらしく、コキコキと音が鳴る。手、足、とぶらぶらとさせて凝りをとっていき、そして屈伸運動……。
「……ではさっそく、姫の騎士としての勤めを果たさせていただきますの」




