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20話 表彰式に割り込む

 表彰式である。


 選手は一端控え室に引っ込んで手当やら着替えやらを済ますこととなった。

 そしてグラウンドの隅にある大きな落とし穴はそのままに、中央に素早くステージが設けられた。そこに豪華な表彰台が備えられる。大きな花束を持った女子生徒、表彰楯を持った男子生徒も控えている。


 それまでざわついていた場内が、トランペットによるファンファーレで鎮まった。


 選手入場。

 グラウンドの出入り口から結構距離のある中央のステージまで、いい人仮面とマルクがそれぞれ東口と西口から歩いてくる。

 二人の到着をもって、先ほどまで試合の審判をしていた男子生徒が表彰台のとなりで式の進行を始めた。

 紹介を受け、表彰台にいい人仮面が上る。腰の両側に鞘を吊るし二本の剣――犬牙剣(けんがけん)犬爪剣(けんそうけん)を収めている。どっちが犬牙剣でどっちが犬爪剣か知らないが。なんとなく右の方が犬牙剣な気はする。


 傷は手当てをされ、新しい上着を着ているので汚れてもいない。

 表情は――よく分からない。仮面をしているので。


 表彰台のわきにはマルクも控えていた。どこにも怪我はなく、髪の毛も顔の汚れもすべて拭い取られていた。服装も新しい白を基調とした男子制服、そこに鎖剣ではなく長剣を帯剣しいている。黙って立っている分には絵画の中から抜け出してきた金髪美少年そのものだった。


 マルクは今大会の開催者であり準優勝でもあるということで、一応儀礼的に勝者を讃え式の次第を見守る役目があるのだ。やはり王太子、いくらマルクが常識をあまり鑑みないとはいえ、こういった役目はきちんと果たす男である。


 式は進行し、名誉と栄誉をたたえての花束と表彰楯の授与となった。花束と表彰楯を持った生徒が表彰台の上のいい人仮面にそれぞれの物品を手渡す段になり――。


「ちょっと待ったー!!!!!」


 ということで、ここでようやくグラウンドの南口で大声を張り上げて式を止めたのは猫耳夫人である。


 となりに控えるアレリアはちょっとだけ鼻白んだ顔をしている。


 表彰式になだれ込むということでグラウンドへの出入り口を守る生徒達とすったもんだしたときに猫耳夫人が自分の正体を明かし、それがやっぱりアレリアの思ったとおりの人物だったり、彼女が「一番良いときにバシッと止めましょう、そのほうが絶対楽しいから」と言い出して裾で出番待ちを始めてしまったからだった。


 アレリアはいろいろな意味で分かってきた。

 この人ありにしてあのマルクありなんだ、と。


 そしてグラウンドの裾からグラウンド中央のステージへはかなりの距離があるのもアレリアの気分をげんなりさせる要因の一つにもなっていた。


 とか思っている内に夫人はさっさか表彰台に向けて歩いて行ってしまう。夫人から「一緒に行くわよ!」とあらかじめいわれていたアレリアもそのあとを追った。


 が、しかし凄い人に見られているものである。

 闘技場に詰めかけた全員が今猫耳夫人とアレリアに注目しているのだ。


 アレリアは緊張で手足が同時に出て、かなり奇妙な動きになってしまった。

 先ほどまでこの大観衆の中で試合をしていた選手達は本当に凄い度胸ですわ……と感心する。


 ということで観客たちにも見守られながらようやくステージに上った。

 アレリアはステージの隅で止まり小さくなっているが、猫耳夫人はずんずんと表彰台の前まで歩いて行ってしまう。


「なんだぁ、お前……」


 と食ってかかってきたのはマルクである。

 一応この式を守る役目を仰せつかっているので、式を乱す闖入者を許すわけにはいかないのだ。


「なんだはないでしょう? 見て分からない? こちらにおわすはアレリア・ステブナン。つまりは優勝賞品でしょう。その優勝賞品がいない表彰式なんて、馬のいない戦みたいなものだわ。つまりは迫力不足!」


 なんかこういちいち物騒な人である。


「関係ないだろ? 確かに優勝賞品だがアレ姉は令嬢だ。令嬢ってのは戦いの場には来ないもんさ」


「一人のお嬢さんの運命を左右するのにそのお嬢さんが不要とはこれ如何に。そういう教育をした覚えはなくてよ、マルク!」


「ああ? 誰だよお前」


「ふふっ、私に気付かぬとは愚かなり。母はいい人仮面の正体にすら気付いているというのに!」


 ばーん! そんな効果音が似合う感じに夫人は劇場じみた動きでマントを脱ぎ捨てた。

 はじけ飛ぶ猫耳……。


 ……言ってないか? 自分の正体。あといい人仮面の正体に気づいてるだって?


「お、おふ、母上!?」


「そう、私はこの学園の理事長先生にしてあなたの母。サリア=ル・マレシャルよ!」


 中から現れたのは、年の頃は四十前後、輝く金髪に青い瞳というマルクと同じ特徴の美女であった。表情はかなり活き活きしている。着ているのは金刺繍が施された品のよい深緑のドレスだ。


 対してマルクは後ずさり気味でたじたじである。


「な、なんで。母上は王妃会議とかいう超暇そうな会議に出席しにゼルデモンド帝国に行っているはず……」


「超暇だったわ……」


 サリア=ル王妃陛下は遠い空を見やった。おそらくあの視線の先にここら辺一体の屋根たる山脈国家ゼルデモンド帝国があるはず……。

 もしかして標高? 標高なのか? あの角度が貴族の避暑地として名高く今回の王妃会議が開催された都市でもあるゼルデモンド帝国の湖水都市エンツィワイスの標高なのか?


「ですが、ある方から我が『冠翼』ステリュクス学園に多額の寄付金がありました! その方は多額の寄付をくれたばかりか我が学園に起きているとんでもない出来事を伝えてくれました。だから私は急いで学園に帰ってきたのです。さあマルク、それは誰でしょうか! 秘密です!」


「……いや言う気が無いなら話題にするなよ!」


 さすがのマルクもツッコミせざるを得ない即門即答度合いであった。


 だがアレリアには答えが分かった。


(リヒャルト殿下……!)


 リヒャルト皇太子がアレリアのために身銭を切ってくれたということだ。


 確か影の薄いリヒャルト皇太子は保健室で、『この世で唯一マルクが頭が上がらない人物』がアレリアの味方になってくれた、と言っていた。

 それは、サリア=ル・マレシャル王妃陛下のことだったのだ。

 確かに頭が上がっていない。おそらく母親であるということよりも、サリア=ルがマルクとためを張る変人であることが要因だろう。


(ありがとうございます、殿下……)


 そのリヒャルトは今頃控え室で寝ているだろう。

 この表彰式、準決勝で敗れた選手に用はない。


 そういえばリヒャルトに対してしかけたマルクの剣闘大会対策だが、あれはおそらくあの落とし穴のことだったのだろう。重騎士装備のリヒャルトに落とし穴は確かに鬼門だ。


「とにかく多額の寄付金よ。あれでこの闘技場を改修工事するの。水を溜められるように。さすれば夢の水上戦がついに我が手に……!」

「金に目がくらんだだけじゃねえか」

「そしてダイナミックな大砲戦……」

「せっかく改修工事したのに即壊れるわ」

「着弾! 油に引火! 一気に炎上! 慌てて水に飛び込む船員たち! 爆発! ダイナミック! そう、ここにお船を浮かべるの!」

「最後だけメルヘンチックに言うな!」


 さすがに親子だけあって掛け合いがポンポン続いていく。時系列的に考えてマルクが母親に似たのだろう。仲がいい親子である。

 というかマルク、口が悪い。本当に王太子か? まあこれも母親に似たのだろう。


「マルク、あなたかなりやりたい放題やったようね。聞いたわよ、アレリアさんのこと。また随分と纏わり付いて! 執着して! 馬鹿じゃないの!」


 ようやくアレリアの話題になった。しかもかなりの直球だ。


「うるせーな、十六にもなった息子にそんなこと言うんじゃねえよ!」

「十六にもなった息子にこんなこと言わなくちゃならない母の気持ちを考えなさい! この道楽息子! 情けないったらありゃしない! あなたにアレリアさんはもったいないわよ!!! そこのいい人仮面くんにこそ相応しいわ!」


 おお? これは……。

 リヒャルトのいうとおり、夫人は味方なのだ。

 別にいい人仮面と婚約したいわけではないけれども。というか中身がエメリーヌのいい人仮面とどう婚約したらいいのやら。


「なんだと? アレ姉は俺の嫁になるんだよ!」

「お待ちマルク。人の話は最後まで聞きなさい。……――と、言いたいところだけど、母は気付いてしまったのです……」


 自分で決めた大会の優勝賞品を真っ向否定したマルク王太子を速攻で制するサリア=ル王妃陛下。


「この勝負、無効よ!」


「は?」


「この決勝戦と準決勝と準々決勝は無効よ!」


 サリア=ルは両腕を大きく挙げ、全観客に向かって少し詳しく宣言した。

 息子のマルクは薄笑いで迎え撃つ。


「は? なにいってんの。いくらなんでも俺は母親にケツ持ちしてもらうほど情けなくはねえよ。負けは認めた上でここからゴネて正々堂々アレ姉を奪いに行くんだよ!」


 一瞬格好良くなる流れかと思わせておいての我儘王太子宣言。これは新手のギャグのつもりなのだろうか。


 しかしサリア=ルは気にせず、表彰台で呆気にとられたように二人のやりとりを見ていたいい人仮面をバッと指さした。


「あなたは反則負けよ、いい人仮面くん。……意味は分かるわね?」


 いい人仮面は一瞬硬直した。

 そして、ゆっくりと頷く。


「……はい」


「そう、いい子ね。あなたのようないい子が大会のレギュレーションを破ってまでこの大会に出たのには深い訳があるのでしょう。ですが、ルール違反はルール違反。残念ながらあなたがそこにいる資格はなくてよ……」


「はい。おっしゃるとおりです、陛下」


 いい人仮面は身軽に表彰台から跳んで、トンッとステージに降りた。



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