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14話 猫耳夫人と見る剣闘大会

 ついにその日になった。


 国内はもとより近隣国の貴族や騎士の令息令嬢たちが通うたちが通う王立の名門、『冠翼』ステリュクス学園。


 この学園には大きくはないが決闘用の施設がある。貴族や騎士は決闘が好き。矜持によって成り立っているためよく決闘するのである。

 そのためこの学園には決闘の授業なんてのがあるのだ。


 そんな決闘用施設『ステリュクス闘技場』の観客席から、アレリアは眼下で行われている試合を見ていた。


 本日の授業は午前で終わり、午後をまるまる剣闘大会に使っている。


 マルク主催のアレリアとの婚約権を掛けた剣闘大会には参加者はほとんどいなかった。全部で五人だ。

 そのうち三人はマルク、リヒャルト、いい人仮面で、あと二人はアレリアと結婚したいというよりはこの大会で名を上げたい力自慢の騎士たちだ。


 さすがに小さい頃から権謀術数(パワーゲーム)に慣れ親しんでいる貴族階級や騎士階級の子弟たちだけあって、この大会がどういったものなのかなどというのは先刻承知の上であり、わざわざマルク王太子の与太大会に付き合うものなどなかなかいなかった、ということである。


 それでも観客はほぼ全ての席が埋まっていた。なんだかんだいって貴族や騎士は決闘が好きなのだ。


 肝心の試合であるが、トーナメント戦である。マルク王太子がシード権を主張したため、他の四人で争って勝者が決勝戦でマルクと対戦することとなった。

 リヒャルトといい人仮面がそれぞれ勝ち上がっていて、眼下のグラウンドでは早くも準決勝と相成っている。


 剣を打ち合わせる音が闘技場に鋭く鳴り響く。いい人仮面は両手に持った二本の長剣で攻撃を防いでいる。双剣術だ。


 一回戦目のリヒャルトの対戦者は対戦が始まってすぐリヒャルトを見失っ(ロストし)ていたので、いい人仮面がリヒャルトの存在感の薄さに食らいついているのはさすがといっていい。


 だがいい人仮面一人ではリヒャルトの詳細な居場所が分からないらしく防戦一方である。犬さえいれば。しかし犬はトーナメントに参加できない。


「ごきげんよう、猫耳婦人です!」


 隣りに座った貴婦人が、選手たちを応援する周りの歓声に負けじと声を張ってそう話しかけてくるまで、アレリアは剣戟の音に耳を澄ませ、どこにリヒャルトがいるのか……と眼を凝らして見ていた。


 対戦相手が見失うほどのリヒャルトである、もちろん観客席からもよく見えない。いい人仮面が剣を振るのが見えるくらいだ。


 ここまで気配を殺せるリヒャルト殿下ってもしかしたら凄く強いのでは? と観客席のみんなが思っていたころであり、そんなリヒャルトの攻撃を剣で弾き続けるいい人仮面ってもしかしたら凄く強いのでは? と思い始めたところでもあった。いい人仮面が半仮面(ハーフマスク)を付けただけの男装したエメリーヌであることに気付いているのはアレリアしかいないようだった。


「あ、どうも……。アレリアです」


 アレリアは返事をしつつ会釈がてらに貴婦人――自称猫耳夫人に目を移した。


 貴婦人はクリーム色のマントを全身にまとっていた。深々とフードを被っており、それを頭の上の猫耳カチューシャで留めている。


 自分はもう猫耳カチューシャをした人くらいでは驚かないぞ、という自負がアレリアにはあったので、アレリアはその猫耳はスルーした。


 貴夫人の顔は見えないし、服装もマントに包まれ判然としない。

 多分正体を隠しているのだろう。それでも壮年であることが予想される体つきと声だった。この学園の闘技場に入ってこれるのだから、先生か生徒の家族あたりだろうか。


「リヒャルト殿下、頑張ってるわね。まあ見えないけど」

「ええ、まあ、そうみたいですわね……」


 アレリアが曖昧に頷くのは見えなくてリヒャルトの頑張りが把握できていないからである。


「いい人仮面さんは思いの外強いわね」

「ええ、それは」


 見えているのでそこは自信を持って頷くアレリアに、猫耳夫人はいたずらっぽく続ける。


「アレリアさんはどっちに勝って欲しいのかしら? もしかしたらその方があなたの将来の旦那様になるかもしれなくてよ?」

「それはマルク殿下次第ですので……」


 どちらに勝って欲しいのか、アレリアにも自分が分からなかった。

 それに、リヒャルトが勝てば即ちアレリアはリヒャルトと結婚する、というような簡単なことではない。どちらが勝とうが決勝戦で戦うマルク次第なのである。


 決勝戦でマルクがどう出るか。

 マルクが勝てばそのまま再婚約だが、マルクが負けたときは……。優勝賞品であるアレリアとの婚約権を得ることができなかったマルクがそのまま引き下がるとは思えない。

 というか、そのまま引き下がる気はない、と以前マルク自身が言っていた。


 マルクは何らかのリヒャルト対策をしただろうが、リヒャルトは大会に出場することは出場している。つまり対策が施されているとしたら試合中のこととなる。


 それが実行されるためにはリヒャルトが勝って決勝戦に出場する必要がある。

 だからいい人仮面が勝って決勝戦に進みマルクと対戦すれば、対策は不発とはなる。


 マルクの対策がどんなものかは分からないが、対策のことを考えるといい人仮面が勝ったほうがいいだろう。しかしそんなことでリヒャルトの負けを願うのもなんだか気が引ける。


 とにかく二人が怪我などしませんように、無事に試合を終えますように、と祈るばかりだ。


 猫耳夫人はおほほと優雅に笑った。


「どちらが勝とうが優勝しようがマルクが言いがかりを付けて対戦相手を潰すってことね?」


「……まあ、そういうことですかしら」


 ズバァッ! と切り込んでくる人である。そして王太子であるマルクをなんの敬称も付けずに呼び捨てるとは……何者なのだろうか、この猫耳カチューシャの貴婦人は。


「欲しいものはなりふり構わず手に入れる。……それがマルクの良い所ではあるのよね。まあ、大抵の場合、ただの利かん坊ですけれど」


 おほほ、と薔薇の描かれた鮮やかな緑色の扇で口元を隠して笑う猫耳夫人。マントから見えた袖は細かな金糸刺繍の施された濃緑の上品なもので、身分の高さが窺える。


「ただ、王にはそういう狂気が必要なときもあるのよ。マルクの気質をうまくいなし導く王妃がいればこの国は安泰だわ。あなたにはその腕があるように見えるのだけれど?」

「………………」


 アレリアはすぐには答えられなかった。

 王の狂気。それで家族共々処刑された前世を持つアレリアにとって、そんなものは金輪際近づきたくないものであったから。


 ただそれは前世の婚約者である皇太子のことだ。マルクと前世の婚約者は違う。分類するとなれば、同じく狂王の卵ということになりそうだけれども。


「腕があっても……」


 アレリアはようやく言葉を紡いだ。


「狂気をいなす腕があっても、それは自分のために使いますわ。マルク殿下のためではなくて。それでもし自分が危険になったら……」


 最後の瞬間まで婚約者の性善を信じていた前世。叶えられなかった救い。こうして転生しても付きまとってくる、誰かの狂気。

 耐えても(すす)げず、振り払ってもまとわり付いてくるのなら。


「自分を守るために、その腕で逆に殿下の狂気を叩きのめしてやりますわ。そういう人生があってもいいんじゃないかって、最近思いましたの」


 と猫耳夫人相手ににっこりと笑ってみせる。


 長く艶やかな黒髪に黄金色の瞳の美少女が織りなす涼風すら感じさせる爽やかな笑みは、見る者全てを引き込むような魅力があった。


「お強いのね。残念だわ」

「え?」

「マルクと結婚したらさぞかしいい夫婦になりましょうに」


 その言葉の意味を聞こうとしたとき――。


 闘技場全体から、どよめきのような歓声が沸き起こった。


 見れば、グラウンド中央に黒い全身鎧(フルプレート)の男が仰向けに倒れていた。楯を付けた腕ごと地に投げ出している。


 顔は兜で見えないが、鎧の上に着ている白い陣羽織(サーコート)の紋章は確かにゼルデモンド帝国ファインツヴェルテン皇家、リヒャルト・ファインツヴェルテンのものだ。ほんとにいたのかリヒャルト。しかも重騎士装備だったとは。存在感が薄くてそこまで気付けなかった。


 今アレリアにも認識できているということは、彼は気絶でもしていて存在感を隠す能力が働かなくなってしまっている、ということだろうか。それとも、死……?

 何にせよ意識がないときのほうが存在感があるって皇太子としてどうなんだろうという気もする。


 いい人仮面はその近くで片膝を突き、一本の剣を地に刺して肩で荒い息をついていた。こちらは白を基調とした『冠翼』ステリュクス学園の男子制服に鉄製の籠手のみという軽装である。


 もちろん飾り気のない半仮面(ハーフマスク)はしているし、ピンク髪だ。もう一本の剣は手で握ったまま地についた膝の横に置いている。なんとなくお行儀がいい感じだ。

 大きな怪我はなさそうだが、遠目なのでアレリアが気付けないだけかもしれない。



 猫耳夫人とお喋りをしているうちに死闘が終わってしまった。


 そして、審判席で審判役の生徒が叫ぶ。


「そこまで! 勝者、いい人仮面!!!!!」


 ひときわ大きな――まさに地から沸き上がってくるような、勝者を讃える大歓声が起こる。


 グラウンドでリヒャルトに向かって数人の男が走り寄って行く。リヒャルトの従者だろうか。リヒャルトは無事なのか……?


 アレリアは腰を浮かせた。


「すみません、ちょっと行ってきます」

「ええ、どうぞ。席は取っておきますわ」


 深く被ったフードの奥で、猫耳夫人はおほほと笑った。




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